長寿者の記録 Part27 (721レス)
上下前次1-新
抽出解除 レス栞
588(1): 02/23(月)09:45 ID:hVLfh9sJ(1/2) AAS
泉重千代の真実
外部リンク[html]:www.pdfworld.co.jp
1865年 父「為源」母「つるかめ」の長男として生まれる。生後半年のうちに両親を相次いで失い、叔父に育てられる。
画像リンク[jpeg]:i.imgur.com
26年遅れて提出されていた戸籍に書いてあった泉千代善の正体が1947年に70歳没なので1877年生まれで父が「千代徳」で母が「つるかめ」なので母の時系列が矛盾しているので1865年生まれは決定的な時系列矛盾。泉重千代の正体は恐らく泉千代善の弟であって次男坊である事を理由に20歳前後まで戸籍登録されていなくて1900年代頃の戸籍登録の際に徴兵されて日露戦争に行かされるのを恐れて1865年生まれで1885年に家督の兵役免除制度を利用して免除になったとしたかった為の役所ぐるみでの戸籍偽装なんだろうな。(ちなみに家督の兵役免除制度は1889年まで)つまり泉重千代の1872年頃の家督相続や1885年の兵役免除は1900年代に作られた役所ぐるみのデタラメという事だ。こういう事が出来たのは離島で戸籍制度が遅れていた事、村社会であった事、徳之島が本土と確執があった事だろうな。(ちなみに何故千代善と重千代が父が違くて母が同じ理由は次男坊の重千代が当時の家父長制から、長男だと装いたい為にデタラメな家督相続関係を作っていたから)
598(1): 02/24(火)02:29 ID:N1oYvGK6(1/4) AAS
>>588
致命的矛盾だらけな上に既に指摘されていることばかりではないか
当時、夫が死亡したら妻は婚姻を解消して実家へ戻ることもできた
これが重千代が「母を失った」ということ
その後につるかめが千代徳と再婚して千代善を産む流れは極めて自然であるが、逆に千代善を産んだ数年後に別の男為源との間に重千代を産んだという流れは不自然だねえ
姦通でもしていたというのかね?
1900年に壬壬戸籍を作ることは制度上不可能
無知にも程がある
兵役云々も、重千代がいなかったら家督になっている筈の徳芳は突然家督でなかったことにされ兵役義務を負わされることになるのだかそれは?
自分でも矛盾だらけだとだと理解しているのか、遂に家族や役所すらも加担した壮大な犯罪計画だったという荒唐無稽な説を出してきたが、裁判所も重千代は勝澄の養子であると認定しているぞ
省3
上下前次1-新書関写板覧索設栞歴
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル
ぬこの手 ぬこTOP 0.022s