大山康晴の50回連続タイトル戦登場は将棋界で1番不滅の記録 (155レス)
上下前次1-新
59: 03/14(土)12:25 ID:SRHXbaxm(1/3) AAS
>>56
あなたは大山全盛期の棋士など誰も知らないから何でも言えると思っているのだろうが、羽生世代より27学年も年長の米長を基準にして比較するだけで大山の偉大さが際立っているのは歴然としていますよ
1971年度(大山49歳の年度)から1975年度(大山53歳の年度)の対米長戦は大山の17勝7敗(勝率0.708)、対中原戦は25勝47敗(0.347)
この間のタイトル戦の成績は
棋戦 登場 獲得 挑戦 優勝 準優勝
大山: 31 17 8 7 6 5
米長: 31 6 1 5 1 2
中原: 31 21 18 5 10 2
1992年度(米長49歳の年度)から1996年度(米長53歳の年度)の対谷川戦は米長の3勝5敗、対康光戦は3勝3敗、対羽生戦は6勝7敗、対森内戦は4勝6敗
この間のタイトル戦の成績は
省7
60: 03/14(土)12:28 ID:SRHXbaxm(2/3) AAS
米長が史上最強の棋士は大山をおいてほかにないと語っているのは、大山、中原、羽生それぞれとタイトル戦の経験がある米長の言葉だから重みがある
61: 03/14(土)14:47 ID:tHyJ5Tv0(1/2) AAS
米長、中原、谷川、羽生は、みな50代前半でA級を去った。
69歳でA級プレーオフ進出の大山。
だれが見たって大山最強は明らか。
62: 03/14(土)15:02 ID:tHyJ5Tv0(2/2) AAS
>>37
大山だからこそ言える台詞だね。
羽生や聡太が言ったら「何を偉そうに」と反感を買うだろう。
63: 03/14(土)20:00 ID:D0YdBAxx(1/2) AAS
大山先生は単純に、将棋界最高棋戦である名人戦で18回優勝したことが評価の主軸です
(中原先生の15回優勝も、もの凄い)
それを補うのが、連続45年のA級以上在籍、ざっくり言えば棋界のおよそトップ10(正確には11、A級の人数が多いときは12とか)を45年キープし続けたことですが
優勝記録が盛期の48歳までに成し遂げられたのに対して、A級記録は69歳の高齢までにわたるものなのでインパクトがデカく
大山先生の偉大さを分かりやすく説明する場合には好まれますね
ただ、そちらばかりをアピールすると、持続力のような側面ばかりが評価対象になりやすいので
棋界最高の名人戦で最多優勝であるという全盛期のピーク力についても併せてアピールするのが良いと思います
高齢記録ばかり前面に出すと、全盛期の飛び抜けた強さに関してぼやけやすくなりますからね
全盛期に圧倒的なればこそ老いて衰えてなお強し、この論法が重要です
64(1): 03/14(土)21:42 ID:fa5bx7hz(1) AAS
>>56
中原が全盛期にたくさん勝てたのはお客さんの大山ばかり挑戦したのも大きい
羽生の挑戦者が康光や谷川ばかりだったように
65: 03/14(土)22:20 ID:SRHXbaxm(3/3) AAS
54歳の年度までの対局数
大山の対局数 羽生の対局数
80加藤(17学年差) 26天彦(17学年差)
19大内(19学年差) 51豊島(20学年差)
40米長(21学年差) 25永瀬(22学年差)
107中原(25学年差) 15誠也(26学年差)
17聡太(32学年差)
大山はずっとA級棋士だったので55歳の年度以降も加藤と45局、大内と23局、米長と63局、中原と55局も対局している
羽生はこのあとハイレベルな棋士との対局数はたかがしれているだろう
つまり、55歳以降もハイレベルの棋士と戦い続けたのは大山だけといってよい
66: 03/14(土)23:11 ID:nYItDcQD(1) AAS
ただ、中原先生に二日制番勝負で勝てたのは大山先生だけ、という時期も長かったですからね
中原先生が二日制番勝負で負けたのは加藤一二三先生が二人目で、1978年度王将戦、これは中原先生が30-31歳のシーズンでしょう
二十代のうちは中原先生は大山先生以外には二日制無敗だと思います
大山先生には1970年度王将戦、1971年度王位戦で挑戦失敗、1973年度十段戦では奪取されて計3回大山先生にやられていますね
中原先生若い頃の二日制番勝負の負けはこの3つだけ、いずれもフルセット負けですから長時間将棋では無敵に近い存在でしたね
中原先生と大山先生どちらの凄さも分かるネタですね
中原先生は一日制タイトル戦では割と可愛げを見せてましたけど
67(1): 03/14(土)23:31 ID:ak5WoaZ/(1) AAS
>>64
大山が挑戦者になかなかこなくなった頃に中原の全盛期が終わった
ボーナスステージみたいな挑戦者が続くと記録が伸びやすい
68: 03/14(土)23:55 ID:D0YdBAxx(2/2) AAS
それが事実だとして、因果関係はどっちが先なのでしょうかね
強い最盛期の時期だからこそ、強い棋士に勝ちまくることが出来たとも言えますね
大山先生や谷川康光さんたちが強いから、他の棋士たちを蹴散らしてよく挑戦してくる
それを中原先生や羽生さんが蹴散らす
他の挑戦者だと中原先生や羽生さんは負けたのですかね
そこの精査は重要かもです
中原先生は加藤一二三先生によく負け出したのが王朝崩壊の始まりです
4つの二日制タイトル戦のうち、三つ
王将戦は6連覇中のあと1-4、十段戦も6連覇中のあと1-4、名人戦は9連覇中10年連続在位のあと3-4で一二三先生に止められました
王位戦は米長先生に3-4でやられましたが、こちらはうっかり?と言った感じで翌年のリターンマッチでは圧勝して取り返しています
省3
69: 03/15(日)00:16 ID:RiC/0TAZ(1) AAS
中原が名人失陥して無冠になった時、実は大山はまだ王将だった
意外と知られてないけど大山のとんでもなさがよくわかる
当代の霸者が潰されたのに先代の霸者が健在だったという
70(1): 03/15(日)00:24 ID:RsKiii7b(1) AAS
>>67
今期名人戦のダニーはまさにそれ
イトタクや永瀬とダニー、山崎らでは難易度が全く違う
71: 03/15(日)00:36 ID:2ppUk+u0(1) AAS
トーナメントでは山崎挑戦者のようなことはありがちですが
糸谷名人挑戦者はどうなんでしょうかね
頂点のA級順位戦で永瀬さんに連勝しての挑戦ですから、ケチのつけようがないと言いますか
ボーナス、なんですかね?一応今年度のA級順位戦で最強だったということで出てくるわけですが笑
大山王将が中原挑戦者相手に1勝3敗からまくって、1981年度の王将戦は長引くに長引いたのです
実質八局だと当時の資料に書かれています、4月まで突入したんだったかな
で、次のタイトル戦が1982年度の名人戦で、これが加藤一二三先生が中原王朝を終わらせたシリーズなのです
中原名人失冠には、大山王将相手の手痛い負けが影響したのかもという話は当時の資料にも出ていますね
最強決戦のはずの名人戦、実際に中原名人と加藤十段が二強であるとの評価が当時下されていて頂上決戦ではありましたが
両者とも直前のタイトル挑戦は失敗しています
省3
72: 03/15(日)00:42 ID:CecGszG9(1) AAS
>>70
ボーナスステージっぽいけど糸谷名人になったら感動する
73: 03/15(日)07:08 ID:Z44VdsIw(1/2) AAS
その時代の中原は米長二上内藤森安にタイトル戦で負けてるので
力が落ちてたんでしょう
少し後には谷川修塚田に負けるようになる
74: 03/15(日)09:24 ID:cBeHgtsj(1/4) AAS
50代終盤でタイトルを獲った(その後防衛した)のもすごい。
50代でタイトルを獲ったのは、他には二上だけ。
これも隠れた実績。
75: 03/15(日)10:57 ID:0plf/4eH(1) AAS
中原は30歳越えてから酒と女で遊ぶこと覚えて将棋に影響が出てしまったね
それでも40代になるまで谷川に優勢だったから大したものだけど
76: 03/15(日)11:13 ID:KGMRohu1(1/3) AAS
二上の50歳棋聖が偉いのは米長中原加藤を相手に3連覇しての業績なんだよな
しかも米長棋聖への挑戦者になったときは2次予選からの勝ち上がりで6連勝、決勝戦の相手が大山だった
つまり、当時の4強をことごとく打ち破ったわけだ
当時だと持ち時間も5時間のストップウォッチ式だから体力的に不安な年齢でも実力を十分発揮できたようだ
返す返すも無念なのは12回登場しながら1期足りず永世棋聖になれなかったこと
最充実期に大山と20回タイトル戦を戦っていて、その中には棋聖戦も6回あった
77(1): 03/15(日)12:32 ID:cBeHgtsj(2/4) AAS
大山にタイトル戦で20期挑み、奪取は2期だけ。
歴史にタラレバは無いが、大山の全盛期にぶつからなければ
ひょっとしたら二上が16世名人だったかも。
78: 03/15(日)12:34 ID:hHEtwVQA(1/2) AAS
◆藤井被害者の会◆
(33−14)永瀬拓矢
(26−13)豊島将之
(25−5)渡辺明
(15−3)羽生善治
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