【余程の材料が出ない限り】下山事件【真相は闇の中】 (536レス)
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188
(1): 2024/04/28(日)20:21 ID:??? AAS
柴田本に疑問を呈してたブログがあるんだけど
柴田母の証言で祖父の柴田宏に長島フクから昭和24年から昭和34年まで年賀状が来てたと

「母の記憶によると、長島フクの年賀状が来ていたのは、昭和二四年から三四年までだという。祖父の年賀状を整理するのは毎年母の役目だったので、よく覚えている。
後で調べてみると、長島フクは昭和三四年に子宮癌のために死亡していた。母の記憶と完全に一致する。
毎年同じような図柄の年賀状で、旅館の名前と住所が印刷してあり、末尾に直筆で長島フクの名が書き加えられていた。五反野という住所にも覚えがあった。」

・昭和24年正月だと下山事件前
.・昭和34年頃だと長島家は旅館を廃業して不動産屋になってる
・なぜ長島勝三郎名義でなく長島フク名義なのか
・当時の末広旅館の住所は足立区千住末広町75なのに五反野という住所に見覚えがあるのはなぜか
・柴田母は1934年生まれで、昭和34年(1959年)の24.25歳になるまで祖父柴田宏の年賀状を整理したのか
省7
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(1): 2024/05/01(水)09:49 ID:??? AAS
>>188
柴田本では母がどんな理由でいつ離婚したのかハッキリ書いていたかどうか、出戻りとして息子の哲孝と共に
父の柴田宏と一緒に実家で暮らしていたみたいだね。

亜細亜産業の人間が社用でときどき旅館を使っていたなら、年賀状は勤め先に出すのが自然なような気もする。
だけどこれはごく普通の取引相手の話であって、総裁らしき人物が立ち寄ったことにして詳細な証言の因果を含めた
時点で、末広のおかみは自分が何やら途方も無く恐ろしいことに有無を言わせず加担させられること、
柴田宏には逆らえないと観念するしかないと察したのかもしれない。それでも敢えて柴田宏個人宛の年賀状なら、
恩義を感じており約束を守っていることを伝えることで、我が身を守っていたのかも知れないなあ。

元特高の旦那は何をやってたのか?安旅館でも対外的にはおかみが表に出るのが普通かもしれない。
ともあれ、事件後に金回りが良くなり土地&建物を買い取ったらしいので、柴田宏が他言無用と念を押して
省3
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