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>>87 > 「どこへ行く」と中野君が高柳君をつらまえた。所は動物園の前である。太い桜の幹みきが黒ずんだ色のなかから、銀のような光りを秋の日に射返して、梢こずえを離れる病葉わくらばは風なき折々行人こうじんの肩にかかる。足元には、ここかしこに枝を辞したる古い奴やつががさついている。 > 色は様々である。鮮血を日に曝さらして、七日なぬかの間日ひごとにその変化を葉裏に印して、注意なく一枚のなかに畳み込めたら、こんな色になるだろうと高柳君はさっきから眺ながめていた。血を連想した時高柳君は腋わきの下から何か冷たいものが襯衣シャツに伝わるような気分がした。ごほんと取り締りのない咳せきを一つする。 > 形も様々である。火にあぶったかき餅もちの状なりは千差万別であるが、我も我もとみんな反そり返かえる。桜の落葉もがさがさに反そり返って、反り返ったまま吹く風に誘われて行く。水気みずけのないものには未練も執着もない。飄々ひょうひょうとしてわが行末を覚束おぼつかない風に任せて平気なのは、死んだ後あとの祭りに、から騒ぎにはしゃぐ了簡りょうけんかも知れぬ。風にめぐる落葉と攫さらわれて行くかんな屑くずとは一種の気狂きちがいである。ただ死したるものの気狂である。高柳君は死と気狂とを自然界に点綴てんてつした時、瘠やせた両肩を聳そびやかして、またごほんと云ううつろな咳せきを一つした。
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