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つけびして 煙り喜ぶ 田舎者

1名無し:2019/07/27(土) 10:09:36
山口県周南市の民家2軒が焼け、3人が死亡した火災で、2軒は約100メートル離れており、
周南署は放火の可能性も視野に、詳しい状況や出火原因を調べている。

火災は21日午後9時ごろ、周南市金峰の民家から火が出ていると、近所の人から119番があった。
周南署によると、民家2軒が燃え、1軒から2人、別の1軒から1人の遺体が見つかった。

現場は山間部。周南署によると、2軒にはそれぞれ70代の夫婦と80代の女性1人が住んでいたといい、
同署は遺体がこの3人の可能性があるとみて確認を進める。

ソース
産経新聞

http://daily.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1374440309/1

周南市金峰みたけで2軒の民家が相次いで燃え、計3人が遺体で見つかった火災で、
山口県警捜査1課と周南署は22日、現場近くでさらに男女の2遺体を発見した。
2人には外傷があるとみられ、県警は21日夜の火災現場で見つかった3人と合わせて計5人が
犠牲となった放火、殺人事件とみて22日午後1時に周南署に捜査本部を設置した。
県警は行方が分からなくなっている近くの63歳の男性が何かを知っている可能性があるとみて捜している。

 21日夜に全焼したのは、貞森誠さん(71)方と山本ミヤ子さん(79)方の2棟。
周南署は火災現場で見つかった3遺体は貞森さんと妻の喜代子さん(72)、
山本さんの可能性が高いとみて調べている。22日午後に見つかったのは石村文人さん宅で男性の1遺体、
河村聡子さん宅で女性の1遺体という。

新たに近くで2遺体発見 周南の民家火災 - 中国新聞

http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1374473417/

17名無し:2019/07/27(土) 11:15:44
山口「八つ墓村事件」、死刑囚が弁護士にも語らなかった“田舎暮らしの地獄” 牛刀で襲いかかる集落の古老、毒殺された愛犬
保見死刑囚は周南市で、高齢者が住む居宅のリフォームを請け負ったり、頼まれれば高齢者を車に乗せ、買い物に付き合ったりするなどしていた。そのため、逮捕後でも密かに彼を慕う高齢者がいた。

「保見容疑者には助けてもらっていた」と語る老女が、私に以下のようなことを明かしたことがあった。

「保見さんが裁判で主張した嫌がらせは、すべて本当のこと。集落の人から刃物で切りつけられ、胸に大きな傷を負った時も、私は『殺人未遂でしょうに。なんで警察に行かんの』と言ったくらい。集落でイジメられて、カレーを食べて苦しくて死にそうになったことも聞いています」

 ある日、保見死刑囚は外出から帰宅すると、作り置いていたカレーを食べた。次の瞬間、息が止まらんばかりに嘔吐し、床にのたうち回った。

 食中毒ではないかと保見死刑囚は考えた。「誰かがおそらく農薬か化学物質を混ぜたのでは」と判断した。それ以来、彼は自宅の周辺に過剰とも思える監視カメラを設置し、自宅のベッド脇のモニターで画像を確認できるようにしていたという。

「保見さんが言っていることは、全部本当ですよ。集落の者も分かっているはずです。でも誰も口には出さんでしょうけどね。保見さんが住んでいた金峰地区だけでなく、あの集落はどこでも、後から来た者はみんなイジメられている。やっぱり保見さんは親が亡くなったら、さっさと集落を出るべきだった……」

※省略

 (前略)「わしの言うことが聞けんかったら、田舎では生きちゃーいけんどー」

 そう言ったとされる人物も、今回の事件の犠牲者となった。保見死刑囚に、「田舎の人」と「都会の人」はどう違うと思うかと訊ねた時のことである。彼はこう答えた。「田舎の人は無神経です。都会の人は無関心です。私は都会に長く居すぎた……」

 彼は故郷で自分が疎まれた原因についても、冷静に分析していた。「A、B、C、D、E(殺害された被害者らの名前)、みな自分の味方につけようとしたけど、私が相手にしなかった。それで、多分ですが、みんなで組み敷こうとしたけどダメだった」

※省略

 保見死刑囚とは、戦後に起きた過去多くの出来事や事件についても言葉を交してきた。なかでも強く反応したのが、1997年に奈良県月ヶ瀬村(現:奈良市)で発生した「女子中学生殺人事件」について話をしていた時だった。

 当時25歳だった村の青年(のちに拘置所内で自殺)が、村内の女子中学生を殺害したかどで逮捕された事件である。保見死刑囚はその青年が、出自や家庭環境によって村内で幼少期から差別を受けてきたという話に、鋭く反応したのである。

 保見死刑囚は差別について、「言葉には出さなくとも、される人間は体で感じるものです」という。

※省略

 彼が比較的、心を赦したと思しき知人の1人は、声を潜めて「保見死刑囚に差し入れてやってくれ」と言って、ある時、1冊の般若心経を私に託した。その知人もまた、若い頃に集落の外で働き、理由があって帰郷した。いわゆるUターン住民の1人だった。私との会話で彼は、「殺された者の名前を聞いて、ああ、やっぱりな、やっぱりやられたか、と思ったよ、正直」と振り返った。

「俺みたいにあくまでも下手下手に出て、要はゴマすって生き続けるしかねーんだよ、こういうところでは。ここじゃあ、人間関係は上か下かしかねーんだから。『あなたがいなければ』、『あなたがいてこそ』って、声を掛けなきゃ。でも、そこまでやったって、向こうが挨拶を返してくるかどうかはわかんねえ。その時の向こうさん次第だ。でも、とにかく向こうが気づく前に、こっちからゴマすって、挨拶をしなけりゃダメなんだ。保見はそれができないから、嫌われたんだよ。ゲートボール場とかでも言われてたんだよ。いろいろ噂して。だから、殺された者を見てね、ああ、やっぱりな、と思ったわけよ」

 保見死刑囚は“妄想”に駆られて、見境なく無差別殺人を犯したかのようなイメージが流布している。だが実際の被害者は、冷静に“選別”されていたことが分かる。イジメに加担しなかった家は素通りされ、被害に遭っていない。

 私が保見死刑囚の自宅を管理するため、金峰を訪れていた時のことだ。あの般若心経の知人と再会すると、彼は「俺だって、犬2匹、殺られたからな……」。

 そして不穏な言葉も口にした。「俺もよ、いつ手縄がかかることになっちことをしかねないか、わかんねえからな。俺だって、明日は保見死刑囚と同じになっちまうかしれねえからな」
http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1564134376/746
http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1564147683/778


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