[過去ログ] 現代数学の系譜 古典ガロア理論を読む35 [無断転載禁止]©2ch.net (667レス)
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372
(1): ◆2VB8wsVUoo 2017/07/04(火)18:51 ID:wspk9Yjr(8/27)調 AAS
それはどうなんでしょうなあ。人に拠るとは思いますが。フランスに入国した時に私は
一言も喋れませんでしたが、でもまあ最初の二年程度で「何とかなる」っていう状態に
までなりましたね。尤も鍛えてくれた人が何人も居ましたけどね。但しフランス語とか
ロシア語は、英語みたいに簡単じゃないので、そういう違いはありますが。でも講義す
るだけならば『下手でも大丈夫』でしょうね。実際に私の知り合いで「ちゃんと日本語
で講義してる」っていう外国人が日本に居るので。日本語は相当に難しい筈ですが。


377: 現代数学の系譜 古典ガロア理論を読む 2017/07/04(火)19:32 ID:8fQUKD9a(10/22)調 AAS
>>372
>それはどうなんでしょうなあ。人に拠るとは思いますが。フランスに入国した時に私は
>一言も喋れませんでしたが、でもまあ最初の二年程度で「何とかなる」っていう状態に

¥さん、どうも。スレ主です。
それは大変でしたね。

夏目漱石など、留学で”神経衰弱”になったという(下記)
異境の地に耐えられるかどうかですが・・

まあ、夏目漱石と異なり、現代は飛行機や国際電話もありますから、漱石とは異境のレベルが違うかも
しかし、我々の友人でも留学や海外赴任した人を何人か知っていますが、みなその体験で成長していますね(^^

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E7%9B%AE%E6%BC%B1%E7%9F%B3
夏目漱石
(抜粋)
イギリス留学

1900年(明治33年)5月、文部省より英語教育法研究のため(英文学の研究ではない)英国留学を命じられる。

英文学研究への違和感がぶり返し、再び神経衰弱に陥り始める。

1901年(明治34年)、土井晩翠によれば下宿屋の女性主人が心配するほどの「驚くべき御様子、猛烈の神経衰弱」に陥り、1902年(明治35年)9月に芳賀矢一らが訪れた際に「早めて帰朝(帰国)させたい、多少気がはれるだろう、文部省の当局に話そうか」と話が出て、そのためか「漱石発狂」という噂が文部省内に流れる。
漱石は急遽帰国を命じられ、同年12月5日にロンドンを発つことになった。帰国時の船には、ドイツ留学を終えた精神科医・斎藤紀一がたまたま同乗しており[5]、精神科医の同乗を知った漱石の親族は、これを漱石が精神病を患っているためであろうと、いよいよ心配したという[6]。
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