[過去ログ] 「鉄ヲタ」ついに社会問題に (1002レス)
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611: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 07:02:53.70 ID:E1qOcKgeO携(1/10)調 AAS
<font size=7>【神の言葉】トップ急行少女が教えてくれた鉄道研究部の存在意義【論文】</font>
数ある学校の部活の中で鉄道研究部の存在はある意味特殊だ。それはスポーツや武道といった人間が生まれつき持つ身体的能力を高めることが目的ではなく、自分が興味を持っている趣味の世界があって成り立つカルチャー系の部活だからだ。
近年では、学校教育改革により詰め込み教育を排他。一気にゆとり教育が提唱されて以降、授業とは別の課外活動でも規制緩和が行われ、様々なジャンルの部活が各教育現場にて散見される。
鉄道だけでなくアニメ研究部やゲーム研究部といった、明らか所属する部員の嗜好ありきりの部活が場所によっては従来の縦社会形スポーツ系部活よりもシェアを占め始めている。
話の照点を再び鉄道研究部に戻し話を進めていこう。鉄道研究部は数多のカルチャー系部活の中でも群を抜いてメジャーの座を確立したと言える。
世間ではジョイフルトレインなど貸切り列車を設定し部活の合宿を行う団体も多く、その列車を撮影するために我々撮影者側も良いネタとして心をくすぐらされる。
その他、実際に経営が苦しい鉄道会社に対して部員独自の経営改善意見を提出・発表し会社に貢献するという取り組みも見られる。このように世間の広い視点から見ると学校に存在する鉄道研究部の存在は重宝されるケースもあるようだが、
実際には鉄道研究部を初めとするカルチャー系の部活の存在には意義を唱える者も少なくない。その理由として活動内容が明確ではないにも関らず学校の運営資金から部費を捻出しなければならないこと。
また、スポーツ系とは異なりサンプリングした生徒のうち部に所属するに相応しい部員が一握の砂程度でしかなく、
更には、その生徒の多くがクラスの催事や他のスポーツ系部活などにおける集団生活を苦手とし、運動神経に自信が無い者であることなどが挙げられる。
612: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 07:09:01.00 ID:E1qOcKgeO携(2/10)調 AAS
特に後者に至っては部の金銭的な経営面だけでなく部外の生徒や教師にもマイナスなイメージを植え付ける原因にもなっていて、実際に私が中学生当時に一時所属していた鉄道研究部もこの典型例であった。
授業にすら出席せずに好き勝手な学生生活を謳歌する者。他者と協調することができず怒りっぽく自分の感情を制御できない者。他人の話を聞かず自分の興味がある話しかせず周囲を辟易させる者。
著しく知的障害を持ち、授業中に廊下を「ドロボー!ドロボー!」と叫びながら疾走していく者など世間で言う“普通”に値する生徒が少なく、周囲からの風当たりも相当強いものがあった。
そんなカルチャー系の部活の長所は誰でも気軽に部の仲間入りを果たせることである。鉄道研究部以外にゲーム部を例にとっても一定のゲームに興味がある生徒であれば無条件に参加することができる。
スポーツ系の部活であれば一定の水準を満たす体力がなければ先輩たちの足手纏いになってしまうが、自分の力量を気にすることなく参加できる点はカルチャー系部活特有の長所と言えるだろう。
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しかし、集団生活を身につけ、生徒を社会へ進出させる前の学習を主本とする学校の理念に逆らっているのもカルチャー系部活の存在だ。
まして、各クラスで協調性が無いばかりか問題を起こす生徒の受け口として存在する部活ならば学校教育全てに反旗を翻したと見做され、顧問や部長は学校全体から非難されるケースも少なくない。
生徒はやがて学校を卒業し社会への船出を果たしたとき、スポーツ系の部活に所属し県大会などで功績を挙げたことは自己アピールとして活用できるが、
鉄道研究部に所属しJR線全線を完全乗車したことを話しても単なる自己満足の世界のため第三者に思いは伝わらない。むしろ、他者と信頼関係を築くことができずに自己満足の世界に逃げたという否定的な見方をされてしまう。
614: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 07:42:42.94 ID:E1qOcKgeO携(3/10)調 AAS
カルチャー系部活の短所は全てここにあると言える。
これから話す一例は私が実際に鉄道研究部所属時に経験したものである。
中学2年生の春、1年先輩の3年生の女子が鉄道研究部に入部届けを出してきた。彼女は当時現役だった165系のファンで、学校に程近い路線にその形式が入線する光景を見ることができた日のことをとても嬉しそうに話していた。
時既にこの形式は従来の急行運用を退き、専ら団体臨時列車など波動運用に用いられていたが、学校の行き帰りに見かけるステンレス車両に囲まれながら停車している湘南色の車体は一際目立っていた。
「165系って言うんですよね?私、この前駅でこの電車を見かけて―」
<img src="外部リンク:dl1.getuploader.com
熱心に鉄道車両を追いかけて撮影するような筋金入りの鉄道愛好家とは程遠い知識量でありながらも個人的にこの形式は何か特別な思い入れがあるのか気に入っていたように思えた。
しかし、私は将来有る身である彼女が入部届けを通じて受け入れようとする部活の体勢に疑念を抱き、こう回答した。
「あなたのような人が入るような部活ではないですよ。この部活に入っていると他の人間から蔑んだ眼差しで見られることは明白です。もっと社会に役立つような部活に入るべきですよ。」
615: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 09:44:58.65 ID:E1qOcKgeO携(4/10)調 AAS
学園祭の打ち上げに足を運くれるまで入部を前向きに考え、彼女との交渉が成立すれば鉄道研究部設立以来初の女性部員となりえるところまで話は進展していながら私が思いを無に返したため誘致計画は頓挫。
私の行動は部長の逆鱗に触れ、身勝手なことにあっさり強制退部処分を受けることになる。読者によって意見が二分する所だと思われるが、長い年月を経た今でも私の行動は間違っていたとは全く思っていない。
入部を断られた彼女の残念そうな眼差しは今でもはっきりと覚えているところだが、鉄道研究部という社会的地位の低い部活に片足を入れることにより彼女の人生を棒に振らずに済んだと言い切れる自信は確かに感じている。
昨今の鉄道ブームにより鉄道趣味にも女性の進出が著しいという記事を見かけるが、実際の所、それは鉄道を利用した旅を楽しむ『旅鉄』に値するジャンルに限定した話題であり、
『撮り鉄』である私が有名な撮影ポイントで女性を見かけたことはたったの一度も無い。それもそのはずで、列車を利用した鉄道の旅は老若男女誰しもが楽しめる趣味の領域であるのに対し、
列車を被写体の的とした撮影活動は肉体的にも精神的にも苦になる面が多いのが実情だからだ。夏は暑く、冬は寒い中で数時間も待ち続けてシャッターボタンを押し、コンマ数秒の風景をカメラに刻む。
この一連の動作は単純に列車に乗って温泉旅行へ出かけたり切符を収集して楽しむものとは比較にならない程、並大抵の精神力では達成できない。
更に言うと、撮り鉄の中でも取り分けて精神力との戦いになるジャンルは俗に『ネタ鉄』と呼ばれる期日を限定して運行される臨時列車の撮影を目的とする撮影部隊だ。
中には運行回数が年間を通して1回あるかないかの臨時列車も撮影の対象とする彼らは常に神経を尖らせながら撮影活動を続けている。そのため、出先では神経を尖らせている精神が裏目に出てしまい、
沿線住民へ理不尽かつ傲慢なまでの要求をする。それだけでなく、鉄道敷地内で撮影する部隊も数知れず、彼らの行為が元に日本全国各地で列車の運行を支障する事象が発生している。
616: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 09:46:54.01 ID:E1qOcKgeO携(5/10)調 AAS
その影響から鉄道愛好家の中でも撮り鉄に注がれる邪な視線は強く、昨今では撮り鉄を題材にしたマスコミが記事の餌として嗅ぎ付け、不必要なまでのバッシングが行われている。
趣味の中でも一般世間からの評価が低い鉄道趣味だが、その中でも取り分けて撮り鉄への評価はかなり低いということは明らかだ。撮り鉄全体の秩序が低下している理屈は前回の論文で発表しているためここでの記述は割愛するが、
鉄道撮影者の秩序が下がっている最中、身を徹してまでこの趣味を始めようとする女性はまず考えられない。時折ドラマで鉄道撮影を趣味とする若年の女性という役柄を散見するが、これはオタク社会が生み出した幻想に過ぎない。
すなわち、広義で言う鉄道愛好家としては女性の進出が著しいという表現は適切だが、その数は全体の1割にも満たないと言えよう。
あの日、私は鉄道研究部を強制退部させられた。初々しき女性部員が誕生するというチャンスを無駄にしたことに対する報いということは明らかだ。もう一度言うが、あの日の私の行動は間違っているとは思わない。
こう言っては語弊があるかもしれないが、純真無垢な彼女が泥沼に嵌る寸前で救出した正義のヒーロー気取りで当時の話をこうして話すことができることを誉れに感じている。
ここまでは私が学生生活の実体験を基に鉄道趣味に対する世間の印象を断腸の思いで執筆してきたが、ここからは視野を広げ、俗世間からオタクよばれるカルチャー系の趣味に対する印象はいかほどのものか論述をさせてもらう。
日本社会の中で『オタク』の定義は確立されていない。オタクの特徴を具体例として挙げると一定のジャンルについては根深い知識を持ち合わせている反面、社交性やそれに伴う広範な知識は欠如している点が代表的だ。
近年までオタクという表現そのものが対象者を蔑んだ言い回しとして定着してきた以上、ここ数年経った今でも彼らに対する印象は決して好意的とは言い切れない。その理由は上記具体例でも示した通り、
617: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 09:50:15.76 ID:E1qOcKgeO携(6/10)調 AAS
社交性に欠くという事実が依然として存在するためである。この欠点が故、第三者からオタク本人の性格を読み解くことが非常に難しく、人物の性格が見えないということが自然と恐怖心を煽り立ててしまうからである。
これは一種の偏見と言えるが、偏見は人間がだれしも持ち合わせる心理であるため偏見主義そのものを否定することはできない。
要は多くのオタクは第一印象が悪いため内面が如何ほどであったとしても全て第一印象だけで評価されてしまうのである。オタクの多くが相応の年齢に沿わず独身であるという現実からも社交性を欠いているという事実が受け取れる。
学生時代は自分の好きな趣味の世界に時間を投資していたため社交性が築けず。更に、大人になり新社会人という新たなスタートラインを切っても学生時代に身に付けるべき社交性が備わっていないため、
他者とのコミュニケーションが巨大な壁となって立ちはだかってしまう。その壁は、コミュニケーション能力を何よりも重要視される現代社会で致命傷だ。近年では企業の採用選考でも学術的な筆記試験よりも面接試験に重点を置いている。
これは言い換えると企業側は学術的能力よりも採用希望者に社会性(社交性)が備わっているかを見極めたいからである。学生時代にコミュニケーション能力が培われず、
更には授業も抜け出しその時間を趣味活動に投じていたため学術的能力も培われていないオタク達は企業側から見れば採用基準に値するどころか底辺に等しい人物でしかない。やがて彼らは、篩に掛けられ次々と落選していくのが実情だ。
昨今の社会で問題となっている無就労者、いわゆるニートの中には極めてオタクの多さが抜きん出ていることに目を見張るが、その裏には社会全体がオタクを嫌悪し拒否反応が出ている事実が確かに存在している。
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それでも、一定の能力を持ち合わせるオタクは社会に進出して行く。しかし、彼らは仕事に専念して賃金を得ているという実感が皆無で、日々の社会生活を惰性的感覚で過ごしてしまっている。
618: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 09:52:08.29 ID:E1qOcKgeO携(7/10)調 AAS
すなわち、社会人であるからに仕事を習得しようという心構えを強く持つことができていない。私を含めた鉄道愛好家もその類だ。
趣味を通じた人物以外の者と話していても背後を電車が通過すると形式が何か気になり無意識のうちに振り返ってしまったり、
仕事で車を運転していても通り慣れない道で踏切や線路を見かけると電車が通過しないか淡い期待をしていたりしないだろうか。そうした事象を本稿では以下『禁断症状』と呼ぶことにする。
オタクの多くは禁断症状こそが仕事を習得する妨げになっているのではないかと私は推測する。オタクは仕事に対する知識習得よりも自分の趣味を最優先に考えてしまい勝ち。
その結果、自分がこなさなければならない仕事を後手に回すため、仕事を習得する機会を自ら失っているのである。月日が経過しても周囲のライバルは次々と仕事に慣れていくのに対しオタクは仕事の習得ができず苦労する。
中にはせっかく入社できた会社を辞職し転職するどころか社会で働く意志を失いニートの道にひた走る事例も稀ではない。また、鉄道愛好家であれば一度は憧れるであろう鉄道会社への入社。
しかし、日本の鉄道会社の多くは鉄道愛好家の採用を忌避する。その理由もやはり鉄道愛好家は仕事と趣味を混同しがちで、覚えるべき知識を習得しようという心構えに欠けるからだと言う。
それだけでなく、仕事中に他のことを考えながら執務に当たるという行動は利用客の安全を守るという何よりも優先すべき使命をまっとう出来る保障がなく、引いては安全を脅かす結果を招くことが理由の代名詞と口を揃えて言われる。
万が一、1人の社員の怠慢が元凶となり鉄道の安全が脅かされれば会社は忽ち世間の信頼を失墜することは必至。そう。会社が信頼を失うという結果は安全神話を歌う鉄道会社にとって何よりも打撃になるのである。
無論、鉄道会社の箱を開いてみると鉄道愛好家も相応に存在するが、知り合いの話では入社後の現場でも鉄道愛好家は上記のように仕事に対する信念が欠けているため敬遠される傾向があるという。
619: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 11:19:21.75 ID:E1qOcKgeO携(8/10)調 AAS
それでは、社会の輪を抜け出しニートという人生の選択をしたニートの生活はどのようなものか。ニートという身分は非常に快楽だ。衣食住全ての生活環境を親や家族が提供してくれる。
カネが無くても食っていける生活環境はニート本人に取って快楽この上ないが、本人を除いた家族からすれば単なる穀潰しであることこの上ない。しかし、一度快楽を得てしまった人間を元通り社会復帰させることは容易ではなく、
ニート本人の意識改革が第一条件だ。単なる学生時代のイジメからなる引きこもりなど心の傷を負っているだけのニートであれば一定の支援を受け社会に復帰させることはできたとしても、
一旦社会生活を経験した上でニートの道を選択したオタクは社会経験で社会を生きる辛さを身に染みて感じた後に無職生活の快楽を味わっていることになる。
本人にとって楽園とも言うべき日常から脱却させることは前者のケースよりも難しいと専門家は語る。
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特に、鉄道趣味は一貫して自分だけの世界に打ち込みやすいジャンルで、自分以外の誰かがいなければ成立しないスポーツ系趣味と比べると同じ趣味でも隔たりは確かに存在する。
その自分1人だけで楽しめるという一種の長所が仇となり、
鉄道を始めとするカルチャー系趣味はニートにより快楽感をもたらす温床となっていると言える。
620: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 11:21:57.60 ID:E1qOcKgeO携(9/10)調 AAS
それではこれまでの点を踏まえ、改めて鉄道研究部の存在意義を見直してみる。社会へ進出するに当たり学力だけでなく、それに伴い精神面も成長させることを目標とする学校教育の各現場。
どの学校でも同種の風潮はある中でカルチャー系部活の存在は至って邪道という意見が多数を占めている。
学校側は集団生活に溶け込めない生徒の駆け込み寺として存在する部活は生徒の精神面そのものを育成する教育理念に反していることを感じていながらにして部活の存続を認めなければならない。そうした歯痒さを感じている所だろう。
無論、鉄道研究部の存在そのものを否定する声は無くても、部に所属していることでクラスやその他の催事への関心が薄れるため、社会性が培われないことは事実。私は声を上げてでも声明を発表したい。
「鉄道研究部が若者を弱体化させる」
と。
あの日、私が鉄道研究部への入部辞退を進めた女子部員。被差別部活の泥沼に嵌ることなく有意義な学生生活を送った彼女の今を知る者は誰一人としていない――。
622: [鉄道評論家]でってぃう太田◇脱・貨物同盟 2013/12/18(水) 11:31:00.01 ID:E1qOcKgeO携(10/10)調 AAS
<イメージ画像出演者>
<a href="外部リンク:dl1.getuploader.com秋山竜次、出川哲郎</a>
<a href="外部リンク:dl1.getuploader.com柄本時生、渋谷飛鳥</a>
<a href="外部リンク:dl1.getuploader.com滝藤賢一、緋田康人</a>
<a href="外部リンク:dl1.getuploader.com神木隆之介</a>
外部リンク:detthiu.exblog.jp
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