[過去ログ] 【腐女子カプ厨】巨雑6443【なんでもあり】 [無断転載禁止]©2ch.net (655レス)
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1(3): 旭=5001 転載ダメ©2ch.net (ワッチョイ 8db8-xmDs) 2016/04/10(日) 06:37:12.98 0 AAS
考察雑談ホモノマドリ百合単体厨みんなで仲良く語りましょう
※【禁止】支部、ツイ、他スレ等のヲチや晒し、出禁メンバーのプロファイルやお触り、凸行為、半生ネタ(実写のカプ萌えは他で)
※【出禁】ヲチ厨、対立厨、キャラアンチ、カプアンチ、厨アンチ
※ヲチネタにレスつけるやつは全員キャラアンチとカプアンチ認定
※このスレの転載禁止
※エログロリョナ話はpinkで
※実況(番組放送中)は絶対禁止
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【腐女子カプ厨】巨雑6442【なんでもあり】
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絵茶
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529: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:51:16.99 d AAS
何処までも揺るがないリヴァイの厚意に、今度こそ腹を括る決意をしたエレンが、彼の身体におずおずと手を伸ばす。
「あの、俺も…リヴァイさんに、触っていいですか?」
リヴァイの胸元に視線を留めたまま、エレンがか細い声で呟く。
ほんの僅かの沈黙の後「あぁ」と短く硬い了承の言葉が返って来た。
リヴァイの顔を見返せないまま、筋肉で膨らんだ彼の左胸にエレンが掌をそっと合わせた。
心臓の鼓動が、胸板を忙しなく叩いている。明らかに正常の域を越えた速さのそれに、エレンが瞠目する。
落ち着き払ったその表情とは裏腹に、彼の心が平穏では無い事を、それが如実に物語っていた。
弾かれたように顔を上げた瞬間、リヴァイがエレンの手を掴み、次いで肩を抱いてそのまま自分の方へと強引に引き寄せた。
「リヴァイさん…?」
「……緊張してるのは、俺だって同じだ」
思いがけず耳に吹き込んで来た彼らしくない本音に、エレンが重ねて驚く。
片腕で抱き込まれたまま見返す事も出来ずに瞬きばかり繰り返していると、今度は両腕できつく抱き締められた。
「緊張って、何で…?」
「…お前を傷付けたくない。お前に嫌われたくない。お前を失いたくない」
それなりの場数を踏み、主観的には判断が難しいが、ある程度の知識も技術も備えているつもりでいた。
少なくとも、事後に至るまでの過程を辿る事は出来る。
それが今はどうだろう、心底惚れた相手前に、初めて行為を経験する少年のように心許無い。
幻滅されないだろうか、満足させる事が出来るのだろうか、行為の後も同じ台詞を囁いてくれるだろうか。
するとエレンが「きらいになんてなりません」と、リヴァイの腕の中で頼りなく首を振った。
「…ずっとずっと、大好きです。逆に俺の方が、嫌われそうで、こわい」
「それこそ有り得ねぇ話だ」
「だって、俺、リヴァイさんに何もしてあげられない…」
一度は引っ込んでいた涙が、再びエレンの瞳から溢れ出す。
530: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:51:21.00 d AAS
彼を幸せにする為のものを、何ひとつ持たない。
与えられた数々のものを、返す事すら出来ない。
唯一捧げられるこの身体も、彼が抱いて来た誰よりも、見栄えも感触も遥かに劣るだろう。
「俺は、何も持ってないただのガキです、だから」
ぽろぽろと落ちる涙を肌に感じながら、リヴァイが彼の中に潜む苦悩の深さを知る。
エレンが何も持っていないとは思わない。
そして自分は、この恋愛で見返りを得たい訳ではない。
心底惚れた相手が振り向いてくれた奇跡、それだけで十分だった。
卑屈になりがちの彼に、これから少しずつそれは教えていけばいい。
「何かしたい、なんて思わなくていい。ただ、俺の傍に居てくれ。それだけで俺は十分幸せだ。………頼むから、この先も俺から離れないでくれ」
「こんな俺で、いいんですか…?本当に…?」
「馬鹿だな、お前がいいんだ。お前以外、何も欲しくない」
相手の全てを求めて止まない、こんな胸を焦がすような恋は知らない。
乱されてばかりの感情に、自分でも戸惑うばかりだ。今までは何事にも、冷静に対応して来た筈なのに。
一旦身体を離してそのまま顔を近付ければ、その切実さに胸を打たれたエレンも、応じるように双眸を瞼の裏に隠した。
深く唇を合わせて自重を掛けながら、エレンの身体をシーツの上に沈めた。
そうして優しく丹念に肌の愛撫を再開し、今度こそズボンと下着を脱がせて床の上に落とす。
若干の強張りは見られたものの、エレンは大人しくリヴァイに身を委ねている。
現れた性器は興奮の程を表すように、先端から透明な雫を零しながら緩く立ち上がっていた。
思わず見入っていると、「あんまり見ないで下さい…っ」と羞恥に淀んだ非難の声が届く。
リヴァイは思わず苦笑を漏らし、まずは秘部を広げる為に指を数本、自らの口に含んだ。
男は女のように、愛液で濡れる事は無い。だが潤滑剤となるローションもゴムも、残念ながら今は手元に無い。
そして短時間で思案した結果、この方法に着地した。
531: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:51:49.33 d AAS
「指入れるぞ、気持ち悪いかも知れんが少し我慢してくれ」
「は、はい…っ、ん…っ」
唾液で濡らした指先を擽るように動かしながら、やがて固く閉じたままの蕾に1本だけを潜り込ませる。
中は想像以上の窮屈さだった。
否、エレンの身体に過剰に込められた力が、更に道を狭めているのだ。
侵入を阻まれながらもリヴァイは根気強く中を解し、所謂『前立腺』と呼ばれる部分を探る。
「ひぁっ、あ、そこ、何…っ?」
ある一点を掠めた瞬間、びくん、とエレンの身体が一際大きく跳ねて、漸く見付け出したそこをリヴァイが重点的に嬲る。
「あっ、やぁッ、そこ、いや、だめっ、あ…!」
「前立腺だ。ここを突いたら、男でも気持ち良くなれるらしい。調べたのなら、お前も知ってるだろう?」
その名称は勿論以前から知っているし、男同士のセックスにおいて重要な器官である事も最近知識として得たばかりだが、刺激を与えるだけでこんなにも狂おしい程の快感を得られるとは思わなかった。
「…気持ちいいか?エレン」
「い、です…っ、あんっ」
耳元で囁かれるリヴァイの声が媚薬の様に、エレンの脳髄を侵す。
「あ、あ…っ、ふぁ、ん…っ」
覗き込んで来るリヴァイの輪郭が溶けていく。左右に開かされた下肢が、声を漏らす度に宙で揺れる。
思考が急速に白んでいく。
口を塞ぐ事すら億劫になり、高まる一方の絶頂感に流されるまま喘いでいると、ちゅぷん、と音を立ててリヴァイの指が引き抜かれた。
エレンは気付かなかったが、いつの間にかリヴァイの指は3本に増やされていて、広がされた内壁が名残惜し気に蠢いて彼を誘う。
エレンの中心は反り返り、先端から滲む蜜が腹部に点々と滴り落ちている。
とても性行為に一度も及んだ事の無い、15歳の子供の反応とは思えなかった。
淫靡な表情は絶えずリヴァイを煽り、その無垢な容貌の下に潜んだ素質の高さに、密かに内心で感心する一方だ。
精神的にショックを受けるかも知れないと、今回は性器に口を付ける事はしないつもりだった。
532: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:51:53.62 d AAS
だがその色香に当てられて、吸い寄せられるように銜え込んだ瞬間、「ひ…!!」と引き攣れた悲鳴が漏れた。
「ふぁ、いやっ、やだ、そんなとこ、きたな…っ、ひ、あぁっ…!!」
咽び泣きながらエレンが必死に訴えて来ても、リヴァイはそこから頑なに唇を離さなかった。
足を動かして示した抵抗も、両手で難無く抑え込む。
男への口淫など、相手がエレンでなければ一生経験する事はなかっただろうと本気で思う。
幾ら場数をそれなりに踏んでいるとはいえ、リヴァイとしても初めて同性と交わすセックスは手探りの状態だった。
少しでも気持ち良くなって欲しい、その一心で唇と舌を巧みに動かす。
「だめ、だめっ、リヴァイさん…っ、んぁっ、いやだっ、あ、やぁあっ」
絶え間無く溢れ出て来る蜜を湧き出る唾液と共に飲み下しながら、いつの間にかもっと泣かせたいという加虐心が混じり始めた事に気が付いた。
リヴァイの理性を痺れさせる程、初めて目の当たりにするエレンの媚態はこの上無く刺激的だった。
「も、いく、いく、くち、はなして…っ、あっ、おねがい…ぃっ」
千切れんばかりに首を振るエレンからの要求を無視して、リヴァイは彼を追い詰めに掛かる。
他人の手によって齎される強烈な快楽を、自分が初めて与えたい。
絶頂を迎える姿を、嬌声を、早く見たい、聞きたい。
「我慢しなくていい。ほら、全部ぶちまけろ」
「や、ひぁっ、あぁぁ…っ!!」
程無くして迸ったエレンの飛沫を、リヴァイが腔内で受け止めて余す事無く嚥下した。
我に返れば衝撃の余韻に啜り泣く声が聞こえて、身体を起こしたリヴァイが、汗で額に張り付いたエレンの前髪を優しく掻き上げる。そして晒したそこに唇で触れた。
「…エレン。可愛かった、すごく」
歯止めが利かなくなるぐらいに、と付け加えて、濡れた翡翠を覗き込みながら柔らかく顔を綻ばせた。
ずっと頭の中で繰り返して来た卑猥な妄想とは違って、エレンとの初めてのセックスは決して円滑には運ばないが、身体と心の隅々まで満たされて蕩けてしまいそうな程に幸せだった。
533: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:52:20.21 d AAS
暴走しないよう自制心を総動員させつつ、チャックを下げて前を寛げ、下着の中から自身を取り出す。
一応時間を掛けて丹念に慣らしたが、もう一度先走りをひくつく蕾へと馴染ませる。
「……………本当は、ずっとこうしたかった」
余裕を欠いている自覚はある。念願叶って、好きな相手を同意の上で今からこの手に抱けるのだ。
平静で居られる訳が無い。
呼吸は終始整わないままだ。
見下ろしたエレンの顔は情欲に染まり、その双眸が物言わずとも訴えている。『早く来て』、と。
十分に解したとはいえ異物を挿入するのだ、要領を掴めずにエレンに苦痛を与えてしまうかも知れない。
だからこそエレンの様子を注意深く観察しながら、行為を進める必要がある。
「エレン、入れるぞ」
「っ、リヴァイ、さ…っ、ん、んぅぅっ」
先端部分を後孔に埋めれば、堪えるようにエレンがリヴァイの肌に爪を立てた。
微かな痛みが背中に走る。
もしかしたら皮膚が切れたのかも知れない。
粘膜が傷付いたのかも知れない。血は出ていないだろうか。
「痛いか?」と問えば、顔を歪めたまま首を頻りに横に振る。
だからそれが本心なのか分からない。
それでもエレンが決心したのなら、同じく決意した自分もそれに応じるまでだ。
「ごめ、な、さい…」
本人の意思に反して閉じようとするエレンの内壁に阻まれて、リヴァイの腰は完全に止まってしまった。
罪悪感に苛まれて力無く詫びて来るエレンに、察したリヴァイが「謝らなくていい」と囁く。
「お前が望まない限り途中で止めたりしねぇから、今度は我慢するな。辛かったら遠慮せずに言え。とりあえず、深呼吸しろ」
ぎちぎちと不随意に収縮する粘膜に締め付けられ、平静を装って見せてはいるものの、実際はリヴァイ自身も苦痛と衝動に耐えていた。
「はい…、は…ぁっ」
少しでも力を抜かせる為に深呼吸を促せば、目尻から涙を流しながらもエレンがそれに従う。
「……あぁ、そうだ。ゆっくりでいい」
エレンに他を気遣う余裕など無い。飽和状態に達した頭で、羞恥と不安と戦いながら、必死に自分を受け入れようとしてくれている。
534: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:52:24.21 d AAS
せめてその先にある筈の快楽に早く到達させてやりたいと、タイミングを見計らって少しずつ腰を進め、漸く根元まで埋め込む。
深く息を吐けば、繋がる事の出来た実感が押し寄せる。
「…………入った」
不覚にも涙が込み上げそうになったのを堪え、エレンの身体を掻き抱いて、最大限の愛情を籠めて名前を呼ぶ。
「エレン、エレン」
エレンが愛しい、何よりも誰よりも。一生、甘ったるい幸福の蜜に浸してやりたいと切に思う。
暖かな陽だまりの中で、ずっと笑っていて欲しい。その為の努力なら惜しむつもりは無い。
持て余した恋慕を刻み付けるように、何度もエレンの肌に口付けていると、蕾が綻ぶ様にエレンの瞼が緩み、リヴァイの視線の先で弱弱しくも笑みを浮かべた。
「これで俺、リヴァイさんのものに、なれたんですよね…?」
脈動する熱を最奥まで飲み込んだ状態で、噛み締める様に呟いたエレンに、一瞬瞠目したリヴァイがすぐに微笑み返す。
いちいち可愛くて仕方無くて、殆ど使っていなかった筈の表情筋が緩みっ放しだ。
「だが、まだ終わりじゃねぇ。もう少しだけ付き合ってもらうぞ」
最後まで挿入出来たからと言って、セックスはこれだけでは終わらない。重ね合わせた手をきつく握り締める。
前立腺を狙って緩く腰を揺らせば、「あ…っ」とエレンの唇から艶を帯びた声が漏れた。
それからはまるで熱に浮かされたようにエレンの身体を貪った。
幸い、快楽に溺れるその顔に苦痛が滲む事は無く、ただただ向き合ったまま、萎える事の無い欲望の塊でエレンの中を思い存分味わった。
どうしてこんなにも惹かれて止まないのだろう。
喘ぎ続けるエレンを組み敷いたまま、リヴァイが僅かに混濁した意識の片隅で考える。
運命なんて信じない。
知らない誰かが敷いたレールの上を歩いてるなんて反吐が出る。
俺は俺の力で道を切り拓く。そう決め込んでいた過去の自分。
だがその先にエレンが居る事が、この夜を迎える事が、偶然では無く必然だったとしたならば。
かたちのないその存在を、信じてみてもいいかも知れないと今は素直に思えた。
535: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:52:49.52 d AAS
とあるカフェの午後の話
<リヴァエレ>
正月を過ぎて、今年は暖冬だと言われているが、それでもやはり寒いものは寒い。やっと訪れた週末の土曜日はあいにくの曇り空で、少しばかり風が強くてより寒さを感じる。
それでも、やはり恋人と一緒だと心が満たされていると暖かく感じるものである。
エレンはやっと出会うことができた前世からの恋人、リヴァイと週末のデートを楽しもうと、いつものカフェに来ていたのだが、少々困った状態になっていた。
「ほら、エレン。これもうまいぞ」
差し出されるフォークには、エレンの好きなガトーショコラが食べやすいように乗せられてエレンの口元が開くのを待っていた。
差し出しているのはもちろん、エレンの恋人、リヴァイ。
「あ、ありがとうございます、リヴァイさん。でも、自分で食べれますから」
「俺が食べさせてやりたいんだ。ほら、口開けろ」
早くしろと口元に軽くフォークを持ってこられてしまえば口を開くしかなく、エレンは甘さが控えめでほろ苦いビターのチョコレートの美味しさを感じながらも、内心焦っていた。
「うまいか」
「ん、おいしいですよ。リヴァイさんも食べてください」
「俺はいい」
あまり甘いものが好きではないリヴァイなので、強く勧めることはしないが、それならばケーキ屋がメインの
この店に来る必要はないというのにエレンが甘いものが好きだからという理由で、リヴァイは休日になるとこの店に来たがるのだ。
リヴァイとエレンの住むマンションから徒歩10分の場所にあるこの店は、メインがケーキ屋で、併設したカフェも落ち着いた雰囲気が人気の店で、平日はもちろん、休日ともなるとかなり混雑する。
ケーキの美味しさはもちろんだが、飲み物の種類が豊富で、どれを選んでもハズレがないと人気の店なのだ。
だが、不思議なことにリヴァイとエレンがこのカフェに入店する時に待たされたことがない。
536: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:52:53.73 d AAS
いつもなぜか窓際の中央の『予約席』とプレートが置かれた席にすぐさま案内され、ゆっくりと二人の時間を楽しむことができるのだ。
「エレン。こっちも好きだろ」
濃厚なミルクを使ったプリンがたっぷり乗ったプリンアラモードに手を伸ばしたリヴァイがスプーンですくってまた口元に運ぶ。
「えーと、その……」
「ほら、食べろ」
「んぅ……」
口の中に入れられれば、美味しいと思う。本当に思うのだが少しばかり恥ずかしい。
「やった!今日はこの席でラッキー!」
「相変わらずラヴラヴねー」
「見てよ。彼氏のあの嬉しそうな顔」
「ってか、ケーキの甘味を感じなくなったわ」
周囲がざわりとなるが、原因は間違いなく、リヴァイ。そしてエレン。
実は、この店で店員はもちろん、客ですらエレンたちの顔を知らないものはいないというくらいに覚えられてしまっていた。
いや、それどころの話ではない。現在、カフェは満員。
しかも本来カフェで相席などありえないというのに、席という席はすべて埋まっている状態で、そのことに誰も文句も言わなければ、不満もないようだ。
「先に来ててラッキーだったね」
「この席ならばっちり見えるわ」
「実況中継、してあげないと」
「あ、店の宣伝来てるよ」
「店員さん、ナイス!」
ツイッターがすごい勢いで拡散していく。
カフェの店員は、なぜか店の宣伝を打ち込む。「甘い甘い時間をお過ごしください」と。
実はこれ、知るものが知るあのカップルが来ているぞという暗号でもあった。個人情報流出が叫ばれる中、店員が苦肉の策で編み出した方法で、意外にもこれが好評なのだ。
『これ以上、あのカップル見たさに人が増えられると座る席がなくなる』というのが理由である。
あのカップルというのはもちろん、リヴァイとエレン。
外は極寒の1月だというのに、この店だけは春……というには少々暑苦しいかもしれないが。
537: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:53:21.52 d AAS
前世の記憶を持って生まれたエレンは、遠い遠い昔に恋人だったリヴァイを捜していた。
リヴァイも記憶を持っていたので、必死になってエレンを捜してくれていたのだが、なかなか出会うことができず、エレンが大学に進学するために上京し、一人暮らしを始めたころ、ようやく再会することができた。
壁に囲まれた世界で、巨人を倒すために命をかけて戦い続けた日々の中、エレンは調査兵団の希望であった兵士長リヴァイに恋をした。
共に戦う仲間としての信頼が深くなっていくにつれて思いは強くなり、溢れだしそうになった時にリヴァイも同じ思いを持っていることを知った想いを伝えあい、恋人になってもおもわしくない戦況の中、共にいることが出来ないまま命を落とした哀しい過去。
この平和な日常で、再びリヴァイに会えたことは、エレンにとって最高の喜びだった。
リヴァイも同じだったのだろう。
あの頃、伝えることのできなかったエレンへの想いを、隠すことなく伝えてくれる。
過去の世界でリヴァイは無口な人だった。
だがそれは彼の立場がそうさせていただけのことで、本来のリヴァイはそれほど無口というわけでもないのだ。
他愛ない話もするし、冗談だって言う。エレンに対して惜しみなく言葉で愛情を伝えてくれる。
そう。実はそれが少しばかり問題だった。
調査兵団にいた過去の世界で、リヴァイは本当に苦しんでいた。
次々と死んでいく仲間や様々な思惑をかいくぐって戦場に立たなければならないリヴァイは、エレンに気持ちを伝えることが出来なかったことをひどく悔やんでいたのだ。
その反動なのか、今リヴァイは本当にエレンへの気持ちを余すことなく伝えてくれる。行動にも躊躇いがない。
………それが二人きりだろうが、周りに人がいようが、往来であろうが。
たとえ渋谷のスクランブル交差点のど真ん中であろうとも、リヴァイはエレンを可愛いと思ったら、素直に口にしてしまうし、抱きしめる。
羞恥心がどこかに消えてしまって影も形もないのだ。
あれ、リヴァイさんってこんなに素直な人だったっけ?人前でもこんなにくっつくような人だったっけ?
あれ?
あれ?
違う。この人、俺の知ってるリヴァイさんじゃないと本当の意味で理解するまでに半年かかった。
エレンはエレンで相当浮かれていたので仕方ない。
538: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:53:25.27 d AAS
ようするに、リヴァイは恋人であるエレンに対して、周囲がドン引きするほどの甘い言葉を臆面もなく言い放つ、ちょっと……、いや、かなり恥ずかしい人になっていたのだ。
「お前の手は柔らかいな」
「リヴァイさんと比べたら、ですよ」
「俺の好きな柔らかさだ」
ガト―ショコラとプリンアラモードをすべてリヴァイの手によって食べさせられたエレンは、ようやく恥ずかしさから解放されたとホッとしたが、片手はリヴァイの手によってテーブルの上で柔らかく握られたままになっている。
ふにふにと手の甲を突いてきたり、少し強めに握ってきたり。とにかく触れているのが嬉しいとでもいうように、離してくれない。
「これからどうします?買い物でも行きましょうか」
「そうだな。買いたいものがあるなら行こう」
「特にこれといってあるわけじゃないんですけど、たまには出かけたいところとかないですか」
「お前と一緒ならどこでもいい」
「一緒ですよ。せっかくの休みだし」
「そうだな。やっとお前と一日中一緒にいられる」
お前誰だよ、と思ったあなた。あなたは正しい。
だが、このリヴァイは正常運転であり、しかもこれくらいは序の口である。ボクシングでいうならジャブ。
軽い軽いジャブだ。
このカフェでは有名となりつつある二人の会話を周囲の人間が耳を澄ませて聞いているのだが、エレンしか眼に入っていないリヴァイはそんなものは関係ないし、エレンはエレンでまさかそこまで注目されているとは思っていなかった。
さすがにリヴァイに食べさせてもらう時は周囲の眼が気になったが、自分たちの会話を聞いて身悶えしている人がいるとは思っていない。
「ねぇ、あの二人って一緒に暮らしてるんでしょ?」
「そうよ。半年前にリヴァイさんがエレン君を必死に口説き落として暮らし始めたの」
「なら、ずっと一緒にいるんじゃない」
「バカね、仕事で離れてる間が辛いのよ」
「どんだけ……」
リヴァイとエレンの座る窓際のテーブルを中心に、すべての席は埋まっている。
若い女性ばかりなのには、もちろんこの店がケーキ屋のカフェという理由があげられるが、それだけではない。
彼女たちの目的は、間違いなく、リヴァイとエレンであった。
539: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:53:51.01 d AAS
ストーカーにならない程度の情報は共有され、この店の常連客は二人が一緒に位していることや、好んで食べるこの店のメニューくらいは把握している。
家を付きとめたり、あとをつけたりという行為は厳禁だ。
これは徹底されている。
あくまでも、この店で客としてこっそり聞き耳を立てて楽しむ。
それがこの店の客としての正しいあり方だと彼女たちはルールを順守していた。
「あー、この二人の会話を聞いて、来週も頑張れる気がするわ」
「ブラックのコーヒーがシロップの原液飲んでる気分になるのに、やめられないのよね」
こそこそと交わされる彼女たちの会話は、エレン達の耳には入らないようにひそめられている。
突然、リヴァイの手が、エレンの手を持ち上げて手の甲に唇を落とした。
「たまに正面に座ると、お前をまっすぐ見ることが出来ていいもんだな」
「リヴァイさん…、だから今日は隣に座らなかったんですか」
「ああ。だが、こうやってテーブル越しにしかお前に触れられないのは辛い」
切ない表情でリヴァイが握っているエレンの手を両手で包み込んでしまう。赤くなったエレンは恥ずかしそうだがどこか嬉しそうだ。
背筋が寒くなるほどにくさいセリフだというのに、許されてしまうのはアレである。いわゆる但しイケメンに限る……というやつだ。
「すごいわね…。私、今日初参加だけど、まさか本当にこんな人いると思わなかったわ」
「初参加なの?ラッキーじゃない。でもTwitterとかではかなり有名でしょ」
「都市伝説みたいなものかと思ってたの」
今日初めて参加した女性は、とんでもない美形が、超可愛い少年に甘い言葉を囁くというTwitterが賑わっていることを知り、友人に誘われてこの店に辿りついた新参者だった。
午前中からこの店に入店し、ケーキを楽しみつつ友人と話が盛り上がって長居していたら、二人が現れて、気が付けば周囲の席がすべて埋まっていた。
「カッコいいとは聞いてたけど、あそこまでカッコいい人と思わなかったし、恋人もあんなに可愛い子だと思わなかったわ」
さらに言えば、ここまでリア充爆発しろと思えるとも。
「まだまだ初心者ね」
「大丈夫よ。そのうち爆発しろなんて思わなくなるから」
「むしろもっとやれって思うようになるわ」
540: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:53:55.32 d AAS
この店に訪れる女性は下は10代から50代まで様々な年齢層で、中には当然お腐れ様もいる。
お腐れ様率は高い。だいたい比率でいえば6対4といったところか。
ちなみにこの対比はお腐れ、乙女系といった2種類に大きく分けられる。
この分類がよくわからない初心者のために簡単に説明すると、お腐れは、まあ、わからない人はいないだろう。
男同士のカップルをこよなく愛し、カップルでないものまで脳内でカップルに返還させる特殊能力を保持した女性の尊称である。
最近は市民権を得たかのようにその数を増殖させている(異論は認める)
次に乙女系。
これは乙女ゲームをこよなく愛す、二次元の世界に嫁やら夫やらがいる女性のことでもあるのだが、中には本当に純粋に自分もこんな甘いことを囁かれたいという願望を持った一般人も含まれているので要注意だ。(異論は認める)
一見、この女性たちにつながりなど何もない。
服装も違う、年代も違う、趣味、嗜好も違う。
なのに、彼女たちの一体感というものはすごかった。
「これを見ないと落ち着かなくなってしまったのよ。もう、中毒よね」
「わかる…!全身を駆け回る甘味がクセになるのよ」
周囲のざわつきなど耳に入っていないリヴァイは今日もエレンに思うがままの言葉を伝える。
「夕食は俺が作るからな」
「たまには俺が作ります。リヴァイさん、仕事で疲れてるのに…」
「お前がうまそうに食ってくれるのが俺の疲れを取ってくれるんだ。お前はただ座って待ってくれてりゃいい」
「俺も、たまには作りますよ」
「お前のこの手が、荒れることを想像するだけで気分が悪くなる。洗いものもするなよ」
「いや、1週間に1回もさせてくれてないじゃないですか。洗濯だって俺、一緒に住むようになって1回もやってないのに」
「お前がする必要はない。クリーニングに任せろ」
「下着とか、肌着くらい俺、洗います」
「それは俺の役目だ」
エレンは生活をするうえで必要な家事を一切やっていない。
リヴァイがやらせてくれないのだ。
「どんだけ過保護なの」
「手が荒れるって、今の洗剤、荒れないよね」
「炊事、洗濯やってるの、彼氏なんだ」
「羨ましいー。あたしの彼氏なんか、何にもしないのに」
「ってか、彼氏いるだけいいじゃない」
541: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:54:21.63 d AAS
エレンの手をまだ離さないリヴァイは、正面で向かい合って座っているのがもどかしくなっているようで、しきりにエレンの手を引っ張っていた。
「リヴァイさん、引っ張らないで」
「こっちに来ないか?」
「いかないですよ。今日は向かいあわせが良かったんですよね」
「もう十分だ。やっぱりお前が隣にいねぇと落ち着かねぇ」
「我慢してください。これ、飲み終わったら出ましょう」
まだ残っている紅茶を示してリヴァイを説得するエレンは、困った顔をしながらも幸せそうだ。恋人に甘い我がままを言われて喜ばないわけがない。
「今から買い出しに行きましょうか。ちょっといいスーパーで買い物しましょう」
リヴァイの好きなワインを買って、それから二人で家に帰ろうと。
「荷物は持つなよ。俺が持つ」
「そんなたくさん買い物しないから大丈夫ですよ」
「お前は俺の手を持ってろ」
それは手を繋げと言っているのだが、こんなセリフ、テレビかゲームの中でしか聞いたことがない周囲の女性たちは身悶えた。
「待って…、心臓が痛い」
「いきなり投下してくるから、背中がぞわぞわする」
「あのいい声で、俺を持ってろ、なんて卑怯すぐる……!」
「ああ……、何で私、ホットココアなんて頼んじゃったんだろう。砂糖の味しかしない」
「言われてみたい……、あ、ううん、本気で言われたら引く」
「あの彼が言うから許されるのよ」
世界の真理、ただし、イケメンに限るの発動である。
紅茶を飲み終えたエレンが席を立ち、出口に向かうために足を進める。
リヴァイはエレンよりも出口に近い席なので、エレンが通り過ぎた後に立ち上がるのかと思いきや、横を通り過ぎようとしたエレンの腰を掴み、そのまま引き寄せて自分の隣に強引に座らせてしまう。
「ちょ、リヴァイさん」
「お前が悪い」
エレンの肩に顔をうずめて、甘えるように眼を閉じて擦り付け、独特の色気のあるあの低音ボイスで囁いた。
542: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:54:25.30 d AAS
「腹が減った。俺の好物が喰いてぇ」
「好物ですか?じゃあ、ついでに買って帰りましょう」
「俺が喰いたいのはとびっきり甘いこれなんだが」
ちょん、とリヴァイの指がエレンの唇をつつき、リヴァイの言っていることを理解したエレンの顔が真っ赤に染まる。
ガンッ、ガコッ。
「腰にキた……」
「ダメ。顔があげられない……凄すぎる」
「んー、これこれ。この背中を這い上がる感覚が癖になるのよ」
「まだまだイケるよぉ。こいこいっ」
慣れていない新参者はここでテーブルに突っ伏した。
恥ずかしくて顔があげられない、腰にきてテーブルに突っ伏すしかないなど、理由はあるが、常連客はまだ眼を輝かせている。
これが常連客の慣れというものなのか。
「こんなところで何言ってるんですか。ほら、出ましょう」
「もう少し」
エレンの腰を引き寄せ、まだリヴァイは離す気がないようだ。
「家に帰ってからでいいじゃないですか」
「いやだ。今から買い物に行くなら、こうやって抱きしめることは出来ねぇだろ」
「だから、家に帰ってから……」
「エレン」
リヴァイがエレンの顔を覗き込み、唇が触れそうなほど顔を近付ける。
「お前の唇は俺とキスすることと、俺に愛してるって言うためにあるんだ」
それ以外、今は聞きたくない。
いや、そこは食べることも入れてやってくれ。本来の使用目的が完全に除外されている。
ガツンッ、ドンッ。
テーブルに頭を打ちつける音と、壁にぶつけた音が店内のそこかしこから聞こえてきた。
「鼻からシロップが出そう……」
「吐く……。蜂蜜を吐く……」
「これは……、つうこんのいちげき……」
「子宮が疼いたわ」
「こんな攻撃が来るとは……」
歴戦の勇者……ではなく、常連客もテーブルに突っ伏す見事なリヴァイの攻撃。
カフェの店内は、テーブルに突っ伏す女性客にあふれていたが、店員は気力を奮い立たせ、脚を踏ん張り続けていた。
543: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:55:13.45 d AAS
今まで、すべての光景をこの目に焼き付けてきたこのカフェのウエイトレスとして、私は負けない、と何と戦っているのかわからないが彼女は、立ち向かう。
だが、相手は強敵。
「好き…ですよ。じゃなきゃ、一緒に住んでません」
「俺はお前のことが好きなんじゃねぇ。愛してるんだ」
クリティカルヒット。
ウェイトレスは400のダメージを受けた。
「もうダメ……。腰が抜けて……」
「全身が練乳に漬かってる感覚が……」
新参者たちはすでに戦闘不能状態だ。
常連客もすでにヒットポイントは残っていない。
今日もこのカフェで、甘さにやられた女性たちの屍が大量生産されてしまうのだろう。
「俺もだよ。リヴァイさん。こうやって一緒にいられるの、嬉しい」
少しばかり拗ねてしまったリヴァイにエレンも恥ずかしさを堪えて小さく囁く。耳が異常に鋭敏になっている女性たちはもちろん聞き逃しはしない。
そして本日、最大の攻撃が投下された。
「あと長くても70年しか一緒にいられねぇんだぞ。少しでも長く一緒にいてぇじゃねぇか」
リヴァイのエレンに甘えるような声音に、ついにウエイトレスの膝が崩れる。
あと70年。
それは今から死ぬまで一緒にいることは決定なんですね。
しかも70年しかと言いましたね。
短いんですか?
70年は短いから足りないと言っているんですね。
ありがとうございます。
膝と腰が同時に砕けたウェイトレスに、その場の誰も責めることなど出来ないだろう。
彼女はよく頑張った。そう褒め称えてやりたい。
ようやくリヴァイが納得したのか二人で席を立ち、会計を済ませるためにレジに向かったのを、壁に縋りながら必死に立ち上がって「ありがとうございました」と震える声で送り出したは、カフェの店員として優秀だった。
手を繋ぎ、二人寄り添って歩く後ろ姿を見送った店内では、店中の女性客が脱力し、その後、ブラックコーヒーの注文が殺到することとなる。
平和な休日の光景であった。
544: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:55:18.12 d AAS
秋も終わり、深夜の風はすっかり冷たいが、空にまたたく星はいっそう澄んで夜道を照らしている。
リヴァイは足取りも軽く帰途についていた。原因はわかっている。
エレンだ。
まだ付き合いたての恋人であるエレンとは、人生の転機となる衝撃的な出会いからこっち、半同棲が続いている。
今日は会社にとって重要な接待があり、リヴァイも出席しなければならなかった。
数日前にそれを聞いたエレンは友人と飲みの約束をし、今日は実家に帰ると言っていたのだが、先程スマホをチェックしたところリヴァイの家に帰っているというメールがきていたのだ。
一昨日会ったばかりとはいえ、やはり浮かれる。『今日のオレは一味違います』という意味深な追記は期待していいということだろうか。どんな味がすることやら。
(寝てなきゃいいがな)
とはいえ寝てたら寝てたで明日は休みだ。たっぷり堪能させてもらう。
そんなことを考えながら自宅の扉を開けたリヴァイは、すぐに違和感に気がついた。
エレンの靴があり、リビングの電気がついている。
しかしいつもならばエレンがおかりなさいのハグをしに犬のように走ってくるのだが、それがない。
消灯を忘れて寝たのだろうかとリビングに入り、リヴァイはそこでソファに突っ伏しているエレンを発見した。
「……エレン?」
寝ている。しかもただ寝ているのではく、上半身は何故か裸でビニール紐がぐるぐると巻かれてあった。
ズボンのベルトは外されテーブルに放られており、そのテーブルにはガムテープとはさみが置かれていた。
どういうことだ。何がしたかったのか謎だが、とにかくこのままでは体が冷える。リヴァイはエレンの肩を揺さぶった。
「おいエレン起きろ。風邪引くぞ」
「ん……」
むにゃむにゃと口を動かすもののエレンは起きない。仕方ない。
ゆるく巻かれただけのビニー紐を外し、リヴァイはエレンを抱き上げた。
「んぅ〜」
むずがるエレンが、目を閉じたままリヴァイの肩口に額をぐりぐりと押し付けてくる。いとけないエレンの様子に機嫌が浮上する。
545: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:55:43.69 d AAS
寝室へ入り、エレンをベッドへ座らせたリヴァイは布団をあけてエレンの体をそこに滑り込ませてやった。
ズボンと下着も脱がせる。
そこまでしてもエレンは目を開けない。
どうも大分飲んできたようだ。
(今日のお楽しみはなしか)
少々残念に思いながら、エレンにそっとくちづける。
そうしてからリヴァイは音をたてないようベッドを離れた。
コートを脱いで所定の位置へかけ、リビングで部屋着に着替える。
シャワーを浴びるつもりだったが、その前に冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しエレンの眠るベッドへ戻った。
それほど飲んできたのなら水を飲ませておいたほうがいいだろうと思ってのことだ。
あたたまった部屋ではエレンが裸の肩を出して眠っている。
「……」
足の裏から頭のてっぺんまで貫いた充足感に、リヴァイは無言でエレンの寝顔を撮ることに決めた。
そうでもしないことにはこの気持ちが収まらない。くすぐったいくらい、深くやわらかい感情。
まさか自分が恋人の写メなど撮るようになるとは。
感慨深くなりながら何枚か角度を変えて撮っていると、音に気づいたのかエレンがもそもそ体を動かし、ゆるり瞼を開けた。
「ただいま」
髪を梳きながらそっとくちづける。
酒と眠気でとろんとしている金を見つめ、今度はもう少しだけ深くキスすればエレンの唇が受け入れるように開いてゆく。
吸い込まれるように、飽きず何度も音をたててくちづけていれば、エレンの反応も段々しっかりしてくる。
このままやっちまうか。しかしシャワー浴びてえなと迷っていると、唇を離したエレンがふにゃりと笑った。
「リヴァイさんだあ」
とろけた無防備な笑顔にリヴァイの心臓がどくりと音をたてた。
だから反応が遅れた。
「しばってえ」
「あ?」
「しばるー」
くすくす笑っている。
言葉も舌ったらずで思った以上に酔っているようだ。
エレンは強い筈なのでかなり飲んだのだろう。だとしても聞き捨てならん。
「しばるって、縛る、か? Tie me up please?」
「はい! ぷりーず!」
子供のようにうんっと頷いたエレンが首に抱きついてくる。
シャワーを諦めたリヴァイはそのままエレンの横に滑り込んだ。
546: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:55:47.97 d AAS
ちゅっちゅっとリヴァイの頬にキスしてくるエレンが楽しげに説明しだす。
「SMです。リヴァイさんの好きな」
ちょっと待て。
「道具勉強したし、きっこー縛り、します! あ、でも」
出来なかった……と途端に顔が曇り、酔ってるせいだろう目までうるうるし始めた。
「オレ、まだまだ、ぎゃふんじゃないれすね……」
「アホか」
いやホントにアホか。
前髪をのけて額にキスしてやりながら、リヴァイは考えを巡らせた。
何をどうなってSM好きと判断されたのか知らないが、してみると先のビニール紐は亀甲縛りの練習でもしていたようだ。十二メートルはいるだろ。あれ。
いややったことはないが。
もう少し尋ねてみると、ガムテープは口を塞いだり手錠の代わりに用意したのだという。
そんなもんかぶれるに決まってる。酔っ払いに言っても仕方ないが。
「そもそもなんでSMだ」
「ちがう……」
「なにが」
「たいつ売ってなかったんれす」
「タイツ?」
「全身タイツ……」
そのままうにゃうにゃと不明瞭なことを言いながらエレンが胸板に頬ずりしてくる。
あやしてやりながら、リヴァイはもう片方の手でスマホを操作した。
自分が恋人の寝顔を撮るようになるというのも予想外だったが、全身タイツの意味を調べるはめになるのはもっと予想外だった。果たして検索結果が出る。
曰く、全身タイツとはその名の通り頭から足先までの全身をタイツで覆ったもので、日本では新しいジャンルのプレイとしてポルノ界の片隅を風靡しており、ZENTAIという名称で海外でも認知度が高まっているとのこと。平和か。
そもそもエレンはそれを買ってきて何をどうしたかったのか。
今日のオレは一味違いますって、一味どころじゃねえだろ、これ。
あの馬面とどんな飲み会してきやがった。いや。誰に断ってエロ話してきた。
「エレン、起きろ」
きつく呼んで強めに肩を揺さぶる。眠りの粉をかけられて再度深いところへ行こうとしていたエレンが重たげに瞼を開く。
547: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:56:13.49 d AAS
「んん……?」
「なんだ全身タイツって」
「ドイツ人に……」
「ドイツ?」
「ドイツ人に勝つにはそれしかないから……」
「ハァ!?」
「リヴァイさん、よろこぶ」
よろこばねえよ。どんな目で見てんだ。半眼になるものの骨子が掴めてきたリヴァイは、うにうに言うエレンから辛抱強く事と次第を尋問した。
がしかし、自分にテクニックがないから、リヴァイはSEXで満足出来ていないのでは→実はもの凄い趣味を隠しているのでは→リヴァイは四分の一ドイツ人→ドイツ人といえばSM→マニアの友人宅でAVを見せてもらおう。
という経緯を聞き出したリヴァイは、呆れてものも言えなかった。
しかもその友人に見せてもらったものが凄かったらしく、これに対抗するには全身タイツしかない! と覚悟を決めたそうだ。
覚悟の決めどころの大いなる逸脱よ。感動もんである。
語るうちにエレンがぼろぼろ泣き出す
「だって、だってドイツのやつらひどいんです。あれは飲み物じゃねえしそれは食べ物じゃねえ。そこは手袋じゃねえし、ましてブーツでもねえ。ヘルメットでもねえんだよ!! なに考えてんだあのジャーマン!!」
「お前のダチがなに考えてんだ」
「E・Tパロでポルノ撮るなよ! どこだよ抜きどころ! あいつら全員くちくしてやるー!!」
わっと泣き伏すエレンの背をリヴァイは仕方なく撫でた。
ちょっとPTSDになってんじゃねえかよ。
リヴァイを喜ばせたいと悩み、友人に相談し、準備して帰りを待ち、裸でポルノの話をしているというのに色気というのがどこにもない。
斬新な……と抱きしめていると、落ち着いたエレンが今度は静かにしゃくりあげる。
「……イギリスもひどいんです……」
国境越えた。
「変態ニュースで世界のトップをひた走るんです。ジェントリやべぇ」
「長いか、その話」
「自動車とかフェンスとかテーブルとか冷凍チキンとか、どうやってヤルんだよ!? 愛好サークル作ってんじゃねえよ! ……くちくしてやる……一匹残らず……!!」
548: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:56:17.76 d AAS
全然落ち着いてなかった。
涙を流す凶暴な金に、しかしリヴァイの心臓が不覚に高鳴る。
初めて見た時のエレンを思い出したのだ。
月光の下、刃物を持った男と対峙するエレンを見た、あの衝撃。
何者の指図も受けぬ焔をまとう獣のような。血まみれの化物のような。
気づけばリヴァイは口を開いていた。
「……手伝ってやろうか」
「う?」
「皆殺し」
「あいっ!」
「いい返事だ」
ご褒美に頬にキスすれば、くすぐったがったエレンが笑みをこぼして抱きついてくる。
なめらかな肌を手のひらで堪能しながら、リヴァイは笑みを噛み殺した。
残念な酔っ払いだ。大変残念な酔っ払いではあるが――――実に悪くない。。
「ほら、いい子だからもう寝ろ」
「んん……でも……アメリカの奴らだって……」
「大西洋を越えられる程夜は長くねえ。おら」
エレンを抱き直し、幼児を寝かしつけるように布団の上からぽんぽんしてやる。
元々眠たかったエレンは抵抗せず瞼を閉じた。リヴァイの腕の中でごそごそと寝心地のいいように体を動かし、隙間なくひっついてひとつ大きく満足気な息を吐く。
しばらくそうしていると、やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。
破壊神のような話をした当の本人の癖に、その寝顔はあまりに無垢で幼く、リヴァイはSDカードを交換せねばならなかった。
トーストの焼ける匂いで目が覚めた。
あたたかな太陽の気配がする。重い瞼を開けたエレンは、ぼんやりとあたりを見回してここがリヴァイのマンションであることに気がついた。
(あれ……昨夜どうしたっけ)
猛烈に喉が渇いている。リヴァイのほうが早く起きるとは珍しい。
朝が超絶に弱い彼を起こすのが普段のエレンの役目なのに。と、そこへリヴァイが姿を現した。
「起きたか」
瞬間、エレンは昨夜のことをあますところなく思い出した。
「ぎゃー!!」
「人の顔見て悲鳴あげるたあ随分な恋人だな」
「あ、あわわ、あわわわわ」
慌てて起き上がり、エレンは自分が何も着ていないことに気がついた。
飛び上がってシーツにくるまる。リヴァイはドアにもたれたまま面白そうにそんなエレンを見つめた。
549: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:56:44.10 d AAS
「変な格好してたから脱がせただけだ。何か飲むか」
「えっ!?」
「酒以外」
「うあー! 昨日はすいませんっ!!」
「構わん。で、何飲む」
「う、あ、え」
しどろもどろになりながら、なんか甘いのと呟くとリヴァイが踵を返す。
エレンはわたわたと昨夜の記憶を掘り起こした。途切れ途切れだが、多分ほとんど覚えている。
オレ、すっげえリヴァイさんに絡んでなかったか!?
「エレン」
呼ばれ、振り向くと戻ってきたリヴァイがペットボトルを渡してきた。苺ミルクだ。
珍しいもの買ってるなと思いつつありがとうございますと蓋を開けてあおる。
落ち着きたいのと喉が渇いているのと、リヴァイの視線から逃れたいのもあって心持ち視線を外しながらごくごく喉を鳴らしていると、リヴァイがベッドに座った。
「それで、どこからにする」
「?」
「滅ぼすんだろ。ドイツとイギリス」
なにそのハルマゲドン。
しかも昨夜のエレンの理屈だと日本が真っ先に滅ぼされておかないことには。
ペットボトルから恐る恐る口を外し、エレンは情けなく眉を八の字にした。
「わ、忘れてくださいぃ……」
「仕方ねえな」
やわらく目を細め、リヴァイは腕を伸ばしエレンの髪を撫でた。
何だか物凄く上機嫌だ。優しい。
髪を撫でた手のひらが、どぎまぎしているエレンの頬に触れる。
ベッドに乗り上げたリヴァイは、ペットボトルを取り上げてサイドテーブルに置き、エレンにそっとくちづけた。
くちびるを離したリヴァイはいたずらっぽく首を傾げた。
「……この程度で赤くなるくせにな」
「それはっ!」
反論しようと声をあげたところで視界がまわり、気づくとリヴァイがエレンを押し倒していた。
布団もシーツも引っペがされて裸の体にかぶさられる。
朝の明るい光のなか、一人だけ裸で伸し掛られるという恥ずかしさにエレンはぎゅっと目を閉じた。
「リヴァイさんっ!」
「俺とのSEXに不満があるか」
エレンはぱちりとまたたいた。意味を理解するなり、頭の奥で怒りの火花が弾ける。
「っなわけないでしょう!?」
「なら」
両頬をぐっと掴まれる。
「一人で焦ってんじゃねえ。俺もお前も満足してる。それでいいだろうが」
「焦るに決まってんじゃないですか!」
550: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:56:47.83 d AAS
がばりと身を起こす。鼻と鼻が触れ合う距離でエレンはキッとリヴァイを睨んだ。ここだけは外せない。
「確かにSMだのなんだのはいきすぎでしたけど、でも、リヴァイさんはオレに何してもいいっていうのは本気なんです。遠慮なんてかけらもさせたくない。オレは経験不足でテクもないし、男だし、だけど、でも――オレだって男です」
アイスブルーを見据える。
「リヴァイさんを気持ちよくしてあげたい」
死ぬほど。
エレンの、それが今出来うる精一杯で最大の愛の渡し方なのだ。
このひとが運命だと思った。
しかし一目惚れは理屈の欠如であり、運命に保証書はなく、愛が変化するものならば、この恋はふと覚める夢のようなものであることを考えなければならなかった。
ならばエレンがどれほど焦がれようと、リヴァイが我に返ったように『これは勘違いだった』と言い出す日が来るかもしれない。
その時、エレンの体はそれを繋ぎ止めるくさびになる必要があった。
たといそこまで最悪なことにならなくとも、リヴァイが完全にエレンに満足することで、そうする可能性を限りなく減らすことが出来る。
なにもかも初めてのこの恋は、なにもかもが幸福で、だからこそとても恐ろしい。
なんでもするというエレンの覚悟を探るように見つめたリヴァイは、ひとつ息を吐くとエレンの腕を引いて起き上がった。
ベッドの上にぺたり座るエレンにシーツを巻いて、真正面にあぐらをかき顔の下半分を手のひらで抑える。
その表情にマイナス要素がないか注意深く見つめ、エレンはふと気づいた。あれっ。
よろこんでる?
「……遠慮、と言ったがな、エレン。俺はなにひとつ遠慮してない」
「嘘ですよね」
エレンは即答した。
「リヴァイさんのSEXは優しすぎるんです。不自然なくらいオレを気遣ってくれる」
「そういうプレイだからな」
エレンはまばたきした。窓の隙間から風がさしこみ、カーテンが揺れる。
「え?」
「そういうプレイだからだ」
顎を撫でてリヴァイが続ける。
「負担をかけないようにだとか、そういうのも勿論あるが、優しいフリしたほうがお前の羞恥心を煽れるし、トロ顔だのイキ顔だのもじっくり見られる。
551: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:57:14.66 d AAS
些細な表情の変化も見逃すつもりはねえし、お前、エレン、優しい言葉かけりゃあかなり恥ずかしいポーズだって言うこと聞くだろ。オレに得だ」
何故か偉そうに胸を張るリヴァイをエレンは呆然と見つめた。
開いた口が塞がらない。なんか、もしかしてもしかしなくとも。
(……お、オレ……もしかして、凄い勘違いをしてたんじゃ……)
「それを知っちまったお前は、今後更なる羞恥と屈辱に耐えるハメになるわけだ」
いい墓穴を掘ってくれた。満足そうにトドメを刺すリヴァイに、エレンはゆっくりと崩れ落ちた。
「あああああ……」
「なんでもするっていう言質もとったしな」
「あああああ!!」
とうとう絶叫するエレンである。
さんざん悩んだオレとか! 昨夜の覚悟とか! 亀甲縛りだとか全身タイツだとか、死ねオレ!!
リヴァイはサイドテーブルから苺ミルクを取ると、一口飲んで顔をしかめた。
「甘え」
「ああああああああ」
「遠慮とか言ったがな。エレン、お前こそ俺にすべて差し出してはねえだろ」
「あ!?」
涙目で顔を上げるエレンにリヴァイはペットボトルを軽く振ってみせた。
「お前、苺ミルク好きだろ」
「えっ」
なぜそれを。言ったことはないのにと目をまるくすれば、リヴァイが得意げに目を細める。
「苺ミルクが好きだが、興味無いフリをする。紅茶は砂糖を入れたい。コーヒーはカフェオレぐれえにしねえと飲めない。本当は淋しい癖に、なんでもないフリして実家に帰る。オレの前で大人ぶりたいんだ。違うか」
「あ……あぅぅ……」
口をぱくぱく開閉させる。違わない。大人なリヴァイの前で、ガキっぽいと思われたくなかったから少しだけ見栄を張っていた。
けれどまさか気づかれていたなんて。
「いいじゃねえか」
羞恥に丸まろうとするのを持ち上げられ、膝の上に乗せられる。
赤くなった顔を下から覗き込まれて、エレンは視線を彷徨わせた。
「遠慮したり、見栄張ったりすんのはカッコつけたいからだ。惚れた相手には特にな。俺だって同じだ」
「……リヴァイさんも?」
意外だと目を見張れば当たり前だと呆れたように返答される。
552: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:57:18.64 d AAS
「お前は俺との違いを気に病んでるようだが、社会的地位だの、金だの力だのはな、誘蛾灯にはなってもお前が俺に惚れる要素にはなってくれん。
そもそもそんなもん、望めばこれからいくらでも手に入れられる筈だ。お前は根性がある」
やさしく頭を叩かれ、エレンは突如膨れ上がった喜びと誇らしさに声もなかった。
(そんな風に思っててくれたんだ……)
胸がいっぱいになる。その胸に、すとんと落ちてくるものがあった。
自分が本当に欲しかったものは、きっとこれだったのだ。追いつきたい。
認めて欲しい。
果てしないような広い差を、なんでもいいからどうにか埋めたかったのだ。
エレンはそっとリヴァイの首に腕をまわした。
「リヴァイさん」
「ん?」
「……リヴァイさん、テディベア好きでしょ」
リヴァイが固まった。
静止した青のなかにある驚愕の色を見下ろし、エレンはにんまりと笑った。
「テディベアとか、子猫とか、可愛いぬいぐるみ大好きですよね。隠してるけど、知ってるんですよ。オレ」
リヴァイがエレンに張っている見栄があるのなら、絶対にこれが入っている筈だと確信して笑う。
TVでテディベアが特集されていれば、PCや仕事の手は止まっているのに頑として見ようともしない。
だのに意識だけはそちらに一点集中している。
映像が終われば動き出す。リヴァイは本当は、とてもわかりやすいひとだ。
反応のないリヴァイの頬に手をあて、鼻の頭にちゅっとキスを落とす。
「リヴァイさん可愛いっ!」
「ってめえ!」
「あはははは!」
がばっと襲いかかるのを、ベッドの上で転がりながら逃げる。
すぐに捕まって抱きしめられて、くすぐられて、げらげら笑いながら暴れるともっと拘束がきつくなって、苦しくて、リヴァイが重くて、くすぐったくって、笑いが止まらない。
リヴァイががぶがぶと犬みたいにキスしてくるのだって楽しい。
リヴァイにぎゅうと思い切り抱きつけばくすぐりは止んで、乱暴なキスがほんのちょっと甘くなる。
そうしてキスを交わしていれば、やがてくすぐっていた手のひらがねっとりとエレンの背筋をなぞった。
「ん……」
腰の奥をじんわり揺らす感覚にエレンはそっと目を開けた。
553: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:57:58.38 d AAS
「リヴァイさん。あの、もうひとつだけ」
「まだ納得してねえのか」
「んんっ、いえ……納得はしました、ケド、やっぱもうちょっとテクニシャンにはなりたいです」
手を止めたリヴァイがエレンを覗き込む。そういや昨夜もそんなこと言ってたなという呟きに頷く。
「だってリヴァイさん、オレのフェラじゃイかないじゃないですか」
くちびるを尖らせてみせると、リヴァイはああ成程とエレンを抱き直した。
「射精だけが快楽じゃねえだろうが。オナニー覚えたての猿じゃあるめえし」
「お、大人の発言だ……」
性を覚えたての猿ことエレンはおののくのみである。しゃぶられるとすぐイってしまうのをどう思われているのか、怖くて聞けない。
リヴァイは楽しげに続けた。
「お前、食いちぎるつもりかってぐらいに必死にかぶりついてくるだろう。あの形相は悪くねえ」
「形相て」
「テクニックがどうのこうの言ってたが、そういう表情を視姦させてもらってるし、お前が裸でいるだけでさっきから犯したくて仕方ねえんだ。今はそれで充分だろうが」
あけすけな言いようにエレンは顔を赤くした。
(……なんか、リヴァイさん、ほんとにオレのこと好きなんだな)
空回りしたし全然噛み合ってなかったけれど、リヴァイの思っていることが聞けてよかった。
口も悪くてぶっきらぼうだけど、エレンの不安は台風の後のように一掃されていた。
いつか近い未来、エレンはまた不安になったり、勘違いしたり、暴走したりしてしまうんだろう。
リヴァイのことを好きでいる限り、幸せでいる限り、失うことを恐れずにはいられない。ただ……
「リヴァイさん」
「ん?」
微笑んだエレンは、とびきりの内緒ごとを話すように囁いた。
「これから、何百回も、何万回も、オレとSEXしてくださいね」
リヴァイが瞠目する。エレンは喉の奥で笑った。
リヴァイがエレンとの未来を考えてくれているのならば、自分が迷ってちゃ駄目だ。
もしかしたらの不安なんてリヴァイが軽く蹴飛ばしてくれる。
なら、自分はひたすら一生懸命にリヴァイを愛せばそれでいい。
(それに何万回も抱かれたら、テクニックぐらいつくだろ!)
覚悟ととに拳を握り締め、リヴァイを見つめ――今度はエレンが瞠目する番だった。
554: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:58:03.01 d AAS
硬直するエレンに、リヴァイはそっととのしかかった。
恐怖のような快楽のような痺れがエレンの背筋を這う。
「忠告はした筈だ」
「ひっ!?」
「言っただろう。優しさはただのギミックだと。昨夜から散々煽ってくれやがって」
頬、首筋、胸板。撫でられるところから震えが走る。
「仕方ねえよな。お前がここまで暴走するってことは、次のステージに移行するべき時期を俺が逃したからだ。違うか?」
「えっ……」
なんだ次のステージって。
全身タイツとか言い出した癖にわけもわからず思考停止していると、素早く抱え上げられ反射的に首に腕をまわす。
リヴァイはベッドから降りて歩き出した。
「え、ど、どこに……」
「風呂。隅々まで洗ってやる。抵抗したら縛る」
どんな洗い方されんだ!? あわあわとエレンはうろたえた。
まだ朝なのに、これから何をされてしまうのか。
何を教えられてしまうのか。
怯えたままリヴァイにしがみつくままなエレンは、しかし脱衣所で鏡に映る自分の顔を見て唖然と口を開けた。
「降ろすぞ」
声とともに抱っこから降ろされる。ふんわりしたマットの上に降り立ったエレンは、浴室のドアを開けるリヴァイのシャツを掴んだ。振り向いたリヴァイが鋭く反応する。
「なんだ。反論は却下する」
「はい」
紅潮の冷めぬまま、エレンはリヴァイをしっかりと見据えた。なんにもわからなくたって、なにをされたって、覚悟はありますと伝わるように。
あなたが好きだって、伝えるように。
「望むところです」
そうしてエレンは、噛み付くようにくちづけた。
その後の二人を語る必要はあるまい。出会いの瞬間からフルスロットルで爆走しているバカップルにとって、エレンの一夜の暴走などその磐石になんの影響も及ぼさない。
ただ、リヴァイの部屋にエレンの実家の家具が運ばれ、冷蔵庫には苺ミルクが常備され、棚にはテディベアのぬいぐるみが置かれるようになった、ただそれだけのことである。
ちなみにこれはエレンの余談だが、後日我に返ったジャンにその後の経緯を尋ねられたので、「オレの存在自体がテクニシャンだから大丈夫だった」と答えたら「意味がわからない」とキレられた。
END(笑)
555: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:58:29.02 d AAS
リヴァイが二年と少しという長期に渡る出張から帰ってきたのはもう冬から春に季節が切り替わる時のことだった。
エレンの誕生日には間に合った、とリヴァイは内心胸を撫で下ろしている。
それでも前日というギリギリのところである。本当に間に合って良かった。間に合って良かった。
自分自身の誕生日から年末正月にかけて、エレンと二年ぶりの再会を果たし一緒に過ごした日々が既に懐かしくなっている。
その後のエレン不足からリヴァイの疲労はピークを通り越して砂漠である。
早急にエレンという名のオアシスを欲している。
だが空港にエレンの姿はない。仕方がなかった。
帰国日が最後まで曖昧であり、エレンに知らせることすらままならなかったのだ。
エレンには自宅のあるマンションで待っていて欲しいと伝えてある。
空港からタクシーをすっ飛ばして家に帰ろうと思っていたリヴァイに、思いがけないものが目に入った。
光に色を変え、宝石のように美しく輝く大きな瞳。
意思の強いそれが、目の前のリヴァイをじっと見ている。
舞い踊るような衣装がひらりと風に舞っているのがよくわかる。
差し出された手は、指が長くしなやかだ。
だがそれでも、リヴァイよりも手が小さいのをよく知っている。
空港の大きな柱。そこに貼られた大判のポスター。
その中にエレンがいた。
ようこそ!の英字版と共に。
その下に、おかえりなさいとなじみ深い言葉が書かれているのにうっかりときめきそうになる。
早く会いたいとは思ってはいたがそういうことじゃなかった。
リヴァイはポスターの下で立ち尽くしてしまった。
556: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 04:59:42.86 d AAS
とりあえずリヴァイはエレンにメッセージを送った。
『リヴァイさん! おかえりなさい!!』
「ああ、エレン。今すぐ会いてえすぐ帰るから」
『はい! お待ちしてますね』
その文字列が目の前のエレンとポスターのエレンの言葉が重なった。
リヴァイはタクシーの運転手をびびらせながらそれからすぐさま帰宅を果たした。
が、扉を壊す勢いで開けたリヴァイの前に仁王立ちしていたのは、かのエレンの幼馴染、ミカサ・アッカーマンであった。
リヴァイは扉を開けたまましばし固まった。エレンも出てくる様子がない。
どこに行った俺のオアシス。
「……なんでてめえがここにいる?」
「悪いけど、あなたをすぐにエレンに会わせるわけにはいかない」
「ふざけんな、どういうことだ」
「二年もエレンを待たせておいた上に、エレンが会いにいかなければどうにもできなかったあなたが悪い」
それを言われてしまえばぐうの音も出ないが、リヴァイのエレン不足は深刻である。
普段ならそこまでイラつかないミカサの言葉だが、リヴァイの額には青筋を立った。
557: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:00:19.15 d AAS
駐車場に寄り、自分の車を発進させる。
「……まあこれは単純なやつだな」
リヴァイはこの文字列を見てすぐにピンときた為、その場所へと車を向かわせた。
「お前か」
「うおっ」
ジャンはびくっと肩を跳ねさせて振り返る。不機嫌最高潮のリヴァイにビビり、思わず座っていたベンチから転げ落ちる。
びゅうびゅうと昼過ぎの風が吹き付けるデパートの屋上はまだ寒い。風邪をひいたらどうしてくれるのか。
だが、思いの外早いリヴァイの到着に風邪は回避できそうだ。精神的に死にそうだけども。
「は、早かったっすね……?」
「機械には強いほうだ」
「な、なるほど?」
ぶすっとしたリヴァイに、ジャンは内心でエレンを殴りつけたかったが、それもそれでこの人に殺されるだろう。
ついでにミカサに冷たくされるのも耐えられない。
アルミンに協力を要請された時は冗談じゃないと思ったが、エレンがこのおっかない大人を待ち続けてる間喧嘩をふっかけても張り合いがなかったことを思い出すと、勝手に頷いていたから全くあの死に急ぎは質が悪い。
リヴァイは、で? と顎をしゃくった。
「ここにエレンがいるわけじゃねえんだな」
「は、はい。これを渡すようにと」
半分震えながらもメモを渡すジャンからひったくるようにメモを受け取ったリヴァイがまたしてもチッと大きく舌打ちをする。
「……ここでてめえを締め上げればとっととエレンの場所を聞けるのか?」
「か、勘弁してください!! 俺も教えられてないんですよ!!」
「……そうか。分かった。巻き込んで悪かったな」
「い、いえ……」
そう言って背を向けたリヴァイに、ジャンは一気に身体の力を抜いた。
「くそ……」
ぐったりとしながらアルミンへと電話をかける。リヴァイの到着を知らせるためだ。
「おいアルミン、リヴァイさんやべえぞ、魔王みたいになっちまってる」
『あはは。さすがリヴァイさんだ』
「……お前な」
魔王のようだったと聞いて笑い飛ばせるこいつは一体何なんだ。
558: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:00:23.04 d AAS
なんてことはない。アルミンはちょっとだけ怒っているだけだ。
『だってエレンがあんなに苦労して会いに行ったんだもの。リヴァイさんにだって頑張ってもらわなきゃ』
お前らはほんとエレンのことしか考えてねえな、とジャンは溜息を吐くと、天を仰いだ。
デパ地下でケーキでも買って帰ろう。
「……さて」
リヴァイは車に戻るとメモを開く。
『128,603+8,709,959=?』
思わずハンドルに突っ伏した。これはなかなかに難しい問題をふっかけてきたようだ。
「クソが……」
自分よりもかなり年下の人間にこうも振り回されるのは面白くないが、エレン絡みだと思えばやってしまうのがリヴァイである。
早くエレンに会いたい。
リヴァイは頭をフル回転させ、問題へと立ち向かった。
「驚きました。早かったですね」
かつてエレンが通っていて、リヴァイの出会った場所。春休みがもうすぐ終わるであろう高校の校門の前でリヴァイはアルミンを捕まえた。
「頭がかち割れそうだ」
不機嫌を隠そうとしないリヴァイに、アルミンは苦笑を零した。どんなに不機嫌で怖いオーラを纏っていてもリヴァイは理不尽に暴力を与える人間ではないことをエレンから聞いてちゃんと知っている。
だから少し困らせたところで怖くもなんともない。
「お付き合いいただいてすみません。でも、僕としてもエレンがあなたを待ち続けているのを傍で見てましたから」
「……それについては、お前らにも心配かけた。悪かった」
「いいえ、ご無事でよかったですし、お仕事なのも理解してますが結局行動をしたのはエレンからでした」
それなら、リヴァイさんもエレンの為に動かないと。
559: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:00:51.19 d AAS
ことりと可愛らしく首を傾けたアルミンに、リヴァイはただ溜息を吐くだけだった。
「お疲れのところすみません。実は実行するときにエレンにもちょっと怒られたんですよ。でもエレンも勝手に旅に出たのを悪いと思っているみたいで僕たちを邪険にできない。だからエレンもあなたに会いたいのを堪えて付き合ってくれてるんです」
怒らないであげてくださいね、と言われてリヴァイは少し目を細めただけだった。
怒りはしないが、少しだけベッドの上で啼かせてしまう可能性は大いにある。
「これで最後です。エレンを迎えに行ってください」
最後に渡されたメモは何の変哲もないただの地図だった。
ふわりと、リヴァイの鼻を春の温かな香りが掠めていった。
エレン、エレン。お前は一人でそこで待っているのか。何年も待たせて、会いに来させて、あんな風に寂しかったと泣かせて。
それでも愛してると言ってくれた。
リヴァイの足は自然と早くなる。春の空気は熱を上げるリヴァイの体温にじっとりと汗を滲ませた。
あの熱帯のような鋭い日差しではない。木を掻き分けて進むわけでもない。
だけど、エレンまでひどく遠く感じた。
それよりも遠い距離を、エレンは飛んできてくれたのだ。
ならば、今度は自分が、飛んでいこう。
エレンはアルミンに言われた場所でぼうっとベンチに座っていた。
人気はない。結構な穴場なのだここは。
ひらりひらりとすぐ傍で色の薄い花びらが舞い散っている。
少しだけ早い満開を迎えるこの桜があるこの高校の裏山の展望台は、エレンとリヴァイの思い出の場所だった。
あの日もこんな桜吹雪の中だった。
学校を去るリヴァイを呼び出して、泣きながら、縋りながら告白をした。
リヴァイは泣くエレンの背を抱き締めてその想いに応えてくれた。
最初から目を奪われ、初めての感情に振り回され、それでもリヴァイの優しさに諦められなくて。
想いに応えたリヴァイもまた、最初からエレンを傍におきたいと思っていたらしい。
だからやたらと用事を言いつけられたり補修に付き合ってくれたりしたのか。
理由など分からない。
ただ、こいつは俺のものだと思った。
そう好きな人に言われてときめくしかなかったエレンは、そこまで思い出して顔を赤くした。
560: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:00:59.77 d AAS
かつかつかつ、と磨き抜かれた革靴が階段のコンクリートを駆け上がってくる音を聞いて、思わず立ち上がった。
「エレン!!!」
「リヴァイさん!!!」
息を乱し、空港からそのままあちこち駆けまわって来てくれたリヴァイにエレンも駆け寄って、桜吹雪の中強く抱き締め合った。
「お前な……ほんと、お前らな……」
「すみません……お疲れなのに、こんなことになっちまって」
「いやいい……とにかくお前に会いたかった。エレン、ただいま」
ただいま、という言葉にエレンは瞳を潤ませた。待っていた、その言葉を。ずっと待っていた。
「………おかえりなさい……!!」
「もう長期の出張はこりごりだ」
「エルヴィンさんからも今回のことについては謝罪がきました。でもお仕事ですし、仕方ないですよ」
「ふざけんな俺が耐えられねえ。もう二度とごめんだ」
ぎゅううと強く抱き締めてエレンの肩に顔を埋め、リヴァイはようやく帰ってきたと感じることができた。
オアシス最高。
「で、エレン」
「はい?」
「色々あるが、とりあえず聞きたいことがある」
あのポスターのことだ。
独占欲がそこそこあるリヴァイにとって、エレンを見せびらかしているあのポスターにこの先不安しかない。
いや、被写体がいいためポスター自体はとてもいい出来だ。
飾っておきたいくらいには。
「あ、あれですか……その、大学のサークルのやつにどうしてもって頼まれて……一度だけ撮ったんです」
事の発端は空港でのこの国くる外国人向けのポスターの募集だった。
それにエレンの通う大学の写真サークルが乗っかり、モデルを探していたところエレンに白羽の矢が立ったらしい。
561: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:01:39.19 d AAS
「ほんとに一度だけって約束で……、まさか採用されるなんて思ってなかったんですが……」
「お前が妙な奴に絡まれないか心配だ」
「大げさですね……」
「ふざけんな絶対寄ってくる」
エレンは苦笑するばかりだが、リヴァイの心配は尽きないだろう。
「なんせ写真の出来はすごく良かったからな」
「あ、確かに自分でも自分じゃないみたいで、なんか不思議でした」
「なあ、何を考えて写真を撮ったんだ」
「……っ」
言葉に詰まるエレンの腰を更に引き寄せる。
ごうと風が吹いて、桜が降り注ぐ中、キスを交わす。
「あなたに、」
むせかえるような花の香り。
白く霞む背景の中、それこそ桜色の頬をしたエレンが息も絶え絶えに告げる。
「おかえりなさいと言える、その日を思って」
それはまさしく今日のことだった。
だが、リヴァイが見たエレンの表情はあのポスターとは全然違う。
それはリヴァイしか知らない、エレンの表情である。誰にも教えてやるものか。
あとリヴァイさんがいつ突然帰ってきても一番最初におかえりなさいとポスターでもいいから言えたらいいなと思ってと言われたリヴァイはエレンを抱き上げて桜吹雪と同じように踊りそうになるのを必死に堪えて、抱き上げたまま車へとダッシュした。
どうしてやろうかこいつ。
END(笑)
562: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:01:43.14 d AAS
十八歳の誕生日に恋人ができた。
相手は近所に住む母親の従弟で、リヴァイという。
エレンより十五歳年上の彼は、外資系の会社に勤めていて、月の半分くらいは出張で家を空けている。
そんな彼を小さな頃から大好きで、逆を言えばリヴァイしか好きじゃなかった。
物心ついた頃から、リヴァイの膝は自分のもので、両親が苦笑するくらいだった。
当時は学生だった彼も、エレンが小学生の頃に社会人になり、会える機会がぐんと減った。
「しょうがないでしょ。リヴァイ君だって、いつまでもエレンのお守りだけをしてる訳にはいかないんだから」
しょぼくれて膝を抱えて座っているエレンに、母親が呆れたように腰に手を当てて溜め息をついた。
「だって、リヴァイさん、今度プラネタリウム連れてってくれるって言った。野球も一緒に観に行ってくれるって……」
あれもこれも、みんなエレンがねだったことだ。
ぐちぐちとしている息子に、業を煮やした母親が喝を入れる。
「あー、うっとおしいね! 少しはお日様に当たって遊んでおいで!」
猫の子のように首根っこをつままれて、外へ放り出された。
家のすぐ傍は公園で、誰かしらがいつも遊んでいる。
顔を出せば、野球かドッヂボールに誘ってもらえるだろう。
幼馴染みのアルミンが新しい図鑑を持ってきて一緒に見ようと言ってくれるかもしれない。
しかし、今は公園でみんなと遊ぶ気はまったくなかった。
今、リヴァイに会いたいのだ。
「だって……約束したし」
ナントカの一つ覚えのように呟いて、エレンは閉められてしまった玄関を見上げる。
もう三か月、リヴァイに会っていない。限界だ。
そう思ったら、エレンは涙がじんわりと滲むのを感じた。
学年が変わる前には、毎週のようにリヴァイと会っていたのに。
リヴァイの家は、エレンの家から徒歩で五分ほどの場所だ。
丘の上に建つ一軒家で、子供のエレンでも迷う事はない。何度もエレンは、母親には内緒でリヴァイの家の前まで行ったがいつも留守だった。
「今日は、いるかな」
エレンは、リヴァイの家に向かって歩き出す。
リヴァイの両親は今年の春、転勤でこの街を離れた。
派手なアロハのようなお揃いのシャツを着たふたりが写っている転居ハガキが家に届いたのを、エレンも見た覚えがある。
563: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:02:08.46 d AAS
ナチュラルカントリー風のエレンの家とは違う、モダンな作りの建物は今日もシン……と静まり返っている。
「やっぱりいない」
駐車場に、車がない。インターフォンを鳴らしても、もちろん返事はない。
リヴァイはどこに、行ってしまったのだろう。
「リヴァイさんに会いたい」
どうしても、一目だけでもいいからリヴァイに会いたくて、エレンはリヴァイの家の門の内側に入り込んだ。
ガレージが良く見える玄関前に植えられた細い幹の木の下に、エレンは座り込んだ。
「ここなら、リヴァイさんが帰ってきたらすぐにわかるもんね」
今日こそは。一目だけでも。
エレンはリヴァイに会ったら、この三か月のことを何から話そうか指折り数えだした。
ふわりと身体が浮く感触がして、エレンは目をしばたかせた。
自分が抱き上げられているのに気が付いたが、眠くて仕方ない。
遠くで母親の声が聞こえるので、父親に抱かれているのだろうか。
エレンは開きかけた目を、またとろんと瞑った。
しっかりとした腕は、エレンをまるで宝物のように抱いてくれている。
ぎゅっと抱き寄せられて、エレンは頬を擦り付けた。
そこからふわりと香ってきたのは、サンダルウッドとオークモス。
それにまつわるブレンドされた他の香りは、エレンの大好きな香りだ。
大好きな、リヴァイの纏う香り。
そこで自分が抱かれているのが、父親ではなくてリヴァイだと気が付き、エレンは飛び起きる。
「リヴァイさん!」
目を擦りながら顔をあげれば、間近にリヴァイの顔があった。
エレンを見つめている青灰色の瞳は優しい。
会いたくて会いたくて仕方がなかった人物が、そこにいることにエレンは歓喜した。
「ああ、起きたか」
リヴァイはエレンが目覚めたのを知って、声を和らげた。
「おかえりなさい!」
エレンは、リヴァイの首に両手を回してしがみついた。
「おかえりなさい、じゃない」
「え、違うの……?」
「エレン!」
ようやく帰ってきたのではないのかと、眉を下げたエレンの後ろから母親の声がした。
「あれ、母さん。どうしたの?」
「どうしたじゃないでしょ!」
首だけを回して声の方を見れば、母親がものすごい形相でエレンを怒鳴っていた。
564: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:02:12.51 d AAS
「な、なに?!」
「アンタって子は! 心配させて!」
そこで、初めてエレンは気が付いた。辺りはもう夕闇を通り越して、真っ暗だという事に。
「あ……」
「あとちょっとで、警察に電話するところだったんだからね!」
鬼の形相の母親は、怒っているのに泣いているように見えて、エレンはどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
「ご、ごめんなさい。オレ、オレ……うぇぇ……ごめんな……い!」
わんわん泣きだした泣きだしたエレンと、やっぱり泣いてしまった母親の間でそれまで黙っていたリヴァイが仲裁に入る。
「カルラさん、落ち着いて。エレンも、反省してるからもう許してやってほしい。なんにもなかったのだから、良かった」
「……まったく、エレンはリヴァイ君が好きで好きでしょうがないんだから」
最後はそう締めた母親は、エレンに向かって手を差し出した。
「さあ、帰りましょ」
「や、やだっ! リヴァイさんと一緒にいるっ!」
やっと会えたリヴァイと離れるのはいやだと、エレンは泣いた。
そして根負けしたのはリヴァイの方で。
「カルラさん、今日エレンをうちに泊まらせていいですか」
「リヴァイ君だって、お仕事から帰ってきたばかりで疲れてるでしょ」
「いや、明日は休みだし、エレンがこんなんなのも、俺のせいだし気にしないでください」
リヴァイは、エレンを抱いたまま、母親に話しかける。
「じゃあ、申し訳ないけど、お願いするわ。あとで着替えとか持っていくから。明日の晩は、うちにご飯食べに来てちょうだい。それならいいでしょ、エレン」
「うん! ありがとう!」
肩をすくめた母親に、エレンは笑顔で返事をした。
「泣いたカラスがもう……だね」
「現金だな」
エレンを間に挟んで、大人二人は苦笑しきりだった。
「あと数年はこのままかと思ったが、意外と早く時期がきたな、エレン」
初めて見る、リヴァイの恋人としての顔だった。
保護者でも庇護者でもない、対等な人間を相手にした時のリヴァイの顔は、凶悪な程に色気があって。
「俺と、恥ずかしいことしような」
甘い艶を孕む声で囁かれたら、エレンはもう陥落するしかなかった。
おわり(笑)
565: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:02:38.59 d AAS
まだまだ陽の高い時間から、ベッドの上にいることに居心地の悪さを覚えて、エレンはうろうろと視線を彷徨わせる。
リヴァイはチェストの傍で、こちらに背を向けて何事かをしている。
その間に、もう逃げてしまいたい衝動に何度も駆られて、エレンは腰を浮かせては戻るという事を繰り返していた。
「リヴァイさん……?」
不安になって声をかければ、リヴァイは振り向かずにもう少し待っていろと返事をしてくる。
スーツの上着だけ脱いだ彼の背中を、エレンはいたたまれない気持ちで見つめた。
そしてようやく振り向いた彼が手にしていた物を見て。エレンはぽかんとする。
「リヴァイさん……それ、それなに……?」
ベッドの枕元に置いたそれは、ローションのボトルとスキンのパッケージ。それから……
「デジタルビデオカメラだな。正式に言うならカムコーダ」
そう、リヴァイの手には小型のレコーダー一体型のビデオカメラが握られていた。
「これは仕事で使ってるやつだが、まだ新しいから使いやすい。ワイプも使えるしな」
「ワイプ……?」
「サブカメラが付いていて、多方面から映像が撮れる」
「それ……まさか……」
「初めてだからな。エレンの可愛い顔を残しておかないと」
おかないと!って意味がわかりません!
速攻逃げ出そうとしたエレンの足首を、リヴァイが握る。
そのまま自分の方へ引き寄せて、リヴァイがくるぶしに口付けをひとつ。
そして、伸し掛かってきたリヴァイが、枕元の壁にあるニッチにビデオカメラを置いた。
カメラの本体には、すでに赤いランプが灯っている。
「大丈夫だ。やってる間は、気にならないくらい溺れさせてやるから」
顔を寄せられて、唇を奪われる。
ファーストキスだと言うのに、最初から本気のキスを仕掛けられてエレンは喘いだ。
唇を舐められて、その隙間から舌が忍んでくる。
唇が触れるだけがキスじゃないと、リヴァイは徹底的にエレンに教え込む。
口蓋の裏の誰もが弱い部分を舌先で刺激して、驚いて逃げる舌を絡ませるように舐めあげて、いつしかエレンはとろんとキスに酔ってしまう。
566: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:02:43.59 d AAS
室内に響くリップ音がエレンの思考力を奪って、リヴァイのなすがままになっていく。
さりげなくリヴァイが位置を調整して、エレンの顔がよく映るようにしていることにも気が付かない。
エレンを背中から抱いて耳朶を食みながら、一つずつボタンを外していく。
徐々に露わになる首筋に、紅い痕をいくつも付けながらエレンのシャツをはだけて、ベッドの下に落とす。
「エレン、可愛い……」
耳朶から耳殻にターゲットを変えて、リヴァイはエレンを何度も味わう。
キスに酔ったエレンは、ぐったりとリヴァイに身体を預けて、なすがまままだ。
こんなにもキスが気持ちいいなんて、知らなかったエレンは、ふわふわとした気分で自分の身体を探る手に身を震わせていた。リヴァイの手が動く度に、身体が反応してしまう。
胸の飾りやうなじを食まれながら、両手で摘ままれれば明らかに快感が腰から這い上がってくる。
「……っ、んっ」
両の胸の乳首がリヴァイによって、育てられ弄られる。最初はなんの感触もなかったそこが、今は明らかな快楽を拾っている。噛み殺そうとしても、秘かな声が漏れてしまう。
「……ぁ、も、そこやだ……」
低下した思考力で首を振れば、うなじを甘噛みされる。
「ここは嫌か。じゃあ、こっちだな」
するりと離れた手が脇腹をかすって、エレンのボトムを緩める。指が下着をくぐり、直接下腹に触れた。
「リヴァ……!」
慌てて止めようと手を重ねたが、その手ごと股間を揉みしだかれる。
「ひゃ……んっ!」
自分でもびっくりするような甘い声が出て、エレンは驚く。
リヴァイの手が、自分の手の上から股間を揉んでいる。
まるで自慰をしているようで、エレンは恥ずかしさに身を捩った。
「もぅ、やだぁ……!」
許容範囲をとうに超えて、エレンが涙目になる。
リヴァイにされている事が嫌なのではなくて、恥ずかしいのが嫌なのだと思う自分は、もう終わっていると思う。
あんなに無理だと思っていたことが、いざ始まってしまうと気持ち良くて、馬鹿みたいに声を上げてしまう。
涙をぽろぽろ流しながらリヴァイを睨むと、苦笑された。
567: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:03:16.52 d AAS
「あ? 何だって?」
リヴァイは思い切り眉をしかめ、机越しに真面目な顔をしているエルヴィンを見据えた。
リヴァイが低い声で不機嫌を隠しもせずにいるのに、エルヴィンはいつものことだとさらりと受け流すだけだ。
「聞こえていただろう。エレンを縛る練習をしておけ」
どうやらリヴァイの聞き間違いではなかったらしい。
リヴァイは音を立てて机に手を着くと、エルヴィンとの距離を詰めた。
「なぜ。縄でぐるぐる巻きにでもしろっていうのか?」
「そうは言っていない。ただ、手錠がいつでもあるとは限らない。それに手錠だけでは心もとない。全身を芸術的に拘束しろと、上からの指示だ」
芸術的に、の言葉でエレンを拘束することの意図を把握し、思わず舌打ちをしてしまう。
リヴァイの気持ちを知っていながらなんと残酷な命令だろう。
もっとも、リヴァイは己の感情で動くような愚かな男ではない。
命じられたならば、命じられただけの働きをする。
「チッ……貴族の豚共がまた妙な知恵を付けたな。巨人化したら俺がすぐに削げるとわかっているだろうに」
「巨人を見たことがない方々には、いくらか刺激が必要なんだろう」
「……壁の外には刺激しかないっていうのに、気楽なもんだ」
皮肉に皮肉を重ね、リヴァイはエルヴィンを見下ろす。
エルヴィンは静かに視線を返すだけだ。リヴァイは声を潜めた。
リヴァイと共に本部から戻って来たものの、リヴァイはエレンに地下室――つまりはエレンに与えられた部屋――の掃除を命じ、一人執務室に籠ってしまっている。
リヴァイが地下室に訪れるまで掃除を続けるよう言いつけられているが、エレンが掃除を始めてからそれなりに時間が経った。
毎日の掃除終了の時間を大きく過ぎても、リヴァイが地下室を訪れる気配はない。
おかげでエレンは先輩兵士から様子を見に来られる度に「もう掃除はいいんじゃないの?」と休憩を提案され、苦笑いして首を横に振るばかりだ。
洗いたてのシーツもベッドの上でぴんと皺ひとつなく伸ばされ、いよいよすることがなくなってくる。
一体どうしてリヴァイはわざわざ部屋の掃除を命じたのだろうか。
毎日の掃除よりも入念に、という意味だとはわかっていても、エレンを含め新兵はそう荷物が多くない。
特に巨人という脅威に最前線で刃を握る調査兵団は。
568: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:03:20.62 d AAS
兵団服や立体起動装置、ブレードなどは支給されたものだが、一番大きなエレンの持ち物になっている。
この地下室には、そんな僅かなエレンの持ち物の外には、ベッドと毛布、枕、それから明かりくらいしかない。
どこを掃除しようか悩んでしまうのも仕方ないだろう。
なんとか掃除をするものを見つけようとあたりを見回すと、鈍い光を放つ鎖が目に入る。
「あとは……これ、か?」
支給された、とは言い難い。最初からこの部屋に安置されていただろう鈍色の鎖は、エレンの両手を拘束するための手錠だ。
しかし、同時にエレンが生存するための命綱でもある。
エレンが嬉しさで胸をドキドキさせていると、リヴァイは部屋を見回して頷いた。
「部屋は……悪くない。掃除の腕を上げたな」
「先輩方も何度も様子を見に来てくれたので」
「ああ、あいつら。そういえば、いい加減勘弁してやってくれと言いに来たな」
あはは、とエレンは思わず乾いた笑いを浮かべてしまう。
エレンが念入りに掃除をする姿を見て、彼らは手伝う場所すらないのだと理解した上で休憩を促してくれていたのだ。
先輩方がエレンの様子を見に来てくれていたのは、何も化物への監視だとか、兵士としてエレンに休憩を促すためだけではなかったらしい。
リヴァイへの進言もしてくれていたとは、頼りになる先輩だ。
リヴァイは掃除の出来を確認し終えると、エレンの隣をすり抜けて換えたばかりのシーツが張られたベッドに座る。
隣を通った時にふわりと香る匂いは優しい石鹸で、エレンは自分の汗臭さに恥ずかしくなる。
そういえば、本部から古城に戻ってからずっと掃除をしていたので、汗と埃にまみれている。
血がないだけ壁外調査に出ているときよりはましかな、という程度だ。リヴァイは綺麗好き≠セ。
エレンはさりげなくリヴァイの座るベッドから一歩下がって距離を取った。
後ずさるエレンを気にも留めず、リヴァイは話を切り出した。
「ところで、だ」
「は、はい」
ベッドのリヴァイがエレンを見上げる。その静かな視線と声にエレンの背が自然と伸びた。
「エレン、お前に掃除を命じたわけだが、俺も準備をしてきた」
「準備、ですか」
569: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:03:46.21 d AAS
一体何の準備をしてきたのだろうか。エレンに命じていた掃除もその何かの準備だと言う。
すぐには気が付かなかったけれど、リヴァイは確かに白い袋を持っている。あまり大きくはないようだが、その袋の中身まではわからない。
エレンがじっと袋を見つめていると、リヴァイはゆっくりと袋を開けた。中身は――縄、だった。
ゴクリと喉を鳴らす。胸は、先ほどとはまるで違う意味でドキドキしている。
「ああ。本部でエルヴィンからある指令を受けた」
「団長から……何でしょうか」
エレンが固い声で尋ねると、リヴァイは言い淀むように一瞬だけ間を作った。それでいて、はっきりと告げた。
「……お前が人類に仇なす者ではないことを、その身を持って証明しろと」
心臓が、うるさい。
エレンはただ「わかりました」とだけ言った。
これはエレンが化物だからではない。リヴァイはエレンを化物ではない証明をしようとしているのだ。
そう、言い聞かせるように胸を押えた。
リヴァイが掃除の次にエレンに命じたことは、風呂に入ることだった。
エレンは掃除道具を片付けると手を洗い、着替えを持ってリヴァイのいる地下室から一人、地上へと上がった。
風呂で念入りに身体を磨く。肌が赤くなるくらい、擦って、擦って、擦り上げる。垢の一つ、残さないように。
うとい、とよく周りから言われるけれど、エレンは医者の息子だ。
両親と幼い頃別れたとはいえそういうこと≠知らないはずがない。知っていて、あえて反応しないだけだ。
興味があるわけでもなく、自身の手で再現したいとも思わなかったから。
しかし、この身体にリヴァイが触れるというのなら別だ。
570: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:03:50.18 d AAS
エレンが人間であるという証明のために、リヴァイがそういうこと≠他でもないエレンにしようとしている。
あまりにもエレンは特殊な入団だったため、あまり詳しくはないけれど、まだエレンが訓令兵だった頃、風の噂で聞いたことがある。
特に男性兵士の間で、お互いの信頼や味方であることの証に身体を開くことがあると。
もちろん、身体を開くのは若い兵士だ。
きっとリヴァイは命令で、触れたくもないエレンの身体に渋々触れようとしている。
今以上の迷惑は、かけたくない。
嫌悪感を抱かれるのは仕方内にしろ、せめて、きれいな身体で挑みたい。
頭の先から足の先まで、石鹸の匂いしかしないように。
リヴァイが触れるのは最低限必要な局部だけかもしれないけれど、どこまで触れるのかはわからない。
そっと萎えた自身も、奥の窄まりも、洗える範囲で指を辿らせていく。
「……アッ」
若い身体は正直だ。泡立てた石鹸で下腹部を洗うだけで反応してしまうのだから。
はしたないな、と頭の片隅で冷静に思っても身体は高ぶったままだ。
残念ながら思考と身体の反応はイコールではない。
快感を得られるか否かは、接触によるものであって、精神のありようではない。
もっとも、単にエレンが本能に左右されやすい年頃なのかもしれないが。
窄まりのシワを伸ばして洗って、中に指を差し込んでようやく自身が萎えたことに安堵し、また泡を足していく。
泡がひりひりする。
しかし、途中でやめるわけにはいかない。
リヴァイが触れても問題がないくらい綺麗にしなくてはいけないのだから。
念には念を、と二本の指で洗い終える頃には、エレンはぐったりしてしまっていた。
「……遅い」
いつもよりも二倍ほど時間をかけて風呂に入ったエレンが地下室へと戻ると、待ちくたびれたらしいリヴァイから早速お小言をもらってしまった。
エレンは恐縮したまま頭を下げる。
「す、すみません」
「いいから、こっちに来い」
リヴァイは待ちくたびれたと言った具合に、縄をその手に巻き付けたり引っ張ったりと、暇つぶしをしていたようだった。
571: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:04:17.52 d AAS
エレンが言われるまま素直にベッドに近づくと、腕を引かれて寝転ばされる。湯上りで火照った身体がひんやりと冷たいシーツに触れ、心地いい。
エレンがシーツの心地よさに目を細めていると、ベッドサイドテーブルの明かりに照らされたリヴァイの影が揺らめいた。
エレンが顔を上げると、リヴァイはエレンを囲うように覆いかぶさっていた。
「お前、随分肌が白くなったな」
エレンはさり気なく視線をシーツに落としてリヴァイから目を逸らした。
「よく、洗ったからでしょうか。……少し擦りすぎたかもしれません」
肌をよく擦ると垢も取れるが血行もよくなる。赤い肌は普段よりも肌を白く見せるかもしれない。
実際のところ、エレンの肌は日によく焼けていてあまり白くはなかった。……なかったのだけれど。
度重なる巨人化の影響で何度も肌が再生したようで、訓練兵だった頃よりずっと白くなっていた。
本来の肌の白さと言われればそれまでなのだが、己の中の化物の力がなんてことない一瞬さえも支配しているように感じられて少しだけ薄気味が悪い。
日焼けは結局のところ火傷なわけだが、ある程度男は焼けていた方が強く見えていい、とエレンは考える。
ただし、リヴァイのようにそもそもの存在が最強であれば、肌の白さや黒さは関係ないのだが。
リヴァイはそんなものかと頷いてエレンの服の裾を掴んだ、と思うとぺらりと捲った。エレンの腹が見える。
「……ああ、悪い。寒かったか」
エレンが驚いて咄嗟に声を上げると、リヴァイは服を戻して謝ってくれる。
一瞬にして心臓が早鐘を打つ。
驚いたけれど、これからリヴァイとエレンがしようとすることを考えると扱く当たり前のことだ。
こんなことで驚いていてはいけない。全身リヴァイに触れてもらえるように洗ってきたくせに。
エレンは自分を奮い立たせるように首を左右に振って、自ら服を捲り上げた。大丈夫、綺麗、なはずだ。
「いえ、……すみません、ちょっと驚いちゃって」
「驚く?」
抱かれるにあたって覚悟は決めたとはいえ、貧相な身体だ。
大人のリヴァイと比べると、エレンの身体は筋肉も全然ついていないし、骨格もまだ発達途中で薄い。
おまけに風呂で肌を擦りすぎたせいで少々赤味を帯びていて、少し恥ずかしい。
572: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:04:23.11 d AAS
エレンもこの身体をリヴァイに開くために、中まで洗ってきたのだ。
むしろ触れてくれなければ無駄な苦労だったと虚しくなる。
リヴァイはエレンを見下ろしたまま、触れさせられた腹を撫でた。
その手つきは、いつもリヴァイがエレンの頭を撫でるときとはまるで違った。
形を確かめるような、皮膚をたどるような、羽がふわふわと肌の上を踊るようなそんな繊細な触れ方だった。
「……まあ、抵抗されると少し手間だからな」
リヴァイの声も、心なしか柔らかく聞こえる。
兵士たちの前にいるときのリヴァイでもなく、民衆の前にいるときのリヴァイでもない。
地下室の暗闇の中、明かりに切り取られた小さな空間だけの特別な秘め事――エレンはゆっくりと空気に呑みこまれていく心地だった。
リヴァイの声が柔らかくて、勘違いしそうになる。
しかし、これは命令なのだと言い聞かせて、兵士としてリヴァイに続きをねだる。
「うまくいかなかったら、気絶させてでもお願いします」
「気絶? それはむしろやりにくい」
「なら、頑張ります。声は出さないほうがいいですか?」
「声? いや、それはどちらでも構わないが、悲鳴は勘弁してくれると助かる」
「わかりました」
エレンはさらに服を捲り鎖骨のあたりまで露出させ、今度はベルトに手をかける。
なるべくリヴァイに手間をかけさせないように、ことをスムーズに運べるように。羞恥心を振り切るようにエレンは衣類を肌蹴させた。
「おい……?」
腹を撫でていたリヴァイの手がぴたりと止まる。
573: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:04:51.95 d AAS
エレンは構わずベルトとボトムを寛げ、腰から引き下げた。
しかし、リヴァイの身体がすぐ上にあるせいで、うまく脱げない。
足から引き抜くには少し難しいし、脱がなければ汚れてしまう。
せっかく勢いに任せて羞恥心を置いてけぼりにしようと思ったのに、とんだ誤算だ。
ちらりとリヴァイを見上げ、恐る恐るねだった。
「脱ぎにくいので……できれば、少し手伝ってもらってもいいですか?」
リヴァイは驚いているのか、まじまじとエレンを見つめた。
「全裸でやるつもりか?」
「その方が、いいかと」
ところで、エレンはあまり服を持っていない。
綺麗好きなリヴァイのことだ。きっと、汚れた服で寝ることは許してくれないだろう。
そうなると、エレンが選ぶのは、全裸で寝るか、服を着て寝るかの二択になる。
ことが済んだ後、きっと羞恥心はエレンに追いついてしまう。
リヴァイが地上へ帰った後も一人裸で情事後の雰囲気を引きずるのはつらい。
服を着て、夢だったんだとでも思っておいた方が、ずっとマシだ。
「わかった。……なら、縄をもう少し考えてくればよかった」
縄、の一言に妙な緊張が戻って来る。
リヴァイの声は相変わらず優しいままだったが、どうやら縄は使うらしい。
「やっぱり、縄は使わないといけませんか?」
「そうだな。むしろ縄がメインだ」
縄は抵抗したら使われるのだろうと思ったけれど、そうでもないようだ。
もしかすると、リヴァイがエレンを抱くための必須条件なのかもしれない。
574: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:04:56.02 d AAS
縛れば少なくとも、エレンから手も足も出なくなり、無駄な接触は避けられるだろう。
抵抗だけではなく、エレンがリヴァイの身体に腕を回したり、腰に足を回したりすることも好ましくない、そう仮定すると納得できる。
エレンの表情があからさまに硬くなったことに気が付いたのか、リヴァイは腹から手を離し、頬を撫でてくれた。
頬は手を添えるだけで、目尻を親指でそっと撫でてくれる。
まるで甘やかされているような心地だ。
「心配するな。こういうのは不得手じゃない。……痛くするつもりはないから、練習だと割り切って身を任せろ」
「はい……」
優しい手に縋りたくなるが、練習≠フ一言でさらに心配になってしまう。
まさか他の兵士にもエレンは身体を開かなくてはならないのだろうか。嫌だ、と直感的に思う。
身体を開くのならば、幼い頃から憧れていたリヴァイがいい。むしろ、リヴァイ以外、この身を捧げようと思っていない。
先ほどよりも不安な気持ちで見上げると、むに、と下唇を親指で下げられる。目尻に触れていた優しい指は、いつの間にか官能的にエレンに触れている。
ぐっとリヴァイは顔を近づけた。
「キスは、大丈夫か?」
どきり、と心臓が跳ねた。今にもキスができそうなほどに迫ってきているというのに、今更聞くのだろうか。――聞くのだろう。
エレンが応と返事をしなければ、リヴァイはキスをせずに抱いてくれる。
エレンは瞬きで返事をした。
すぐにリヴァイの唇が重なった。
あまりにも近い距離に恥ずかしさが追いついてしまって咄嗟に目を伏せる。
視覚が遮断されてしまうと他の感覚器が鋭くなるとかいうが、本当らしい。
見てはいないから実際のところどうなっているのかわからないけれど、リヴァイの唇が啄むように何度かエレンの唇に触れた後、唇よりも柔らかいぬめった何かがくすぐった。
小刻みに触れる何か≠ェ気持ちよくて唇で挟むと、吐息が触れた。
そしてちゅるんと音を立てて離れていく。
「お前、キス好きなんだな。……優しくしてやる」
リヴァイの声は楽しそうだ。そっと瞼を持ち上げると、リヴァイが舌を出しているところが見えた。
575: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:05:22.55 d AAS
「ん……舌?」
エレンが思わず口に出すと、リヴァイは上機嫌な様子でエレンの額に自身の額を重ねた。エレンによく見えるように舌を出して見せてくれる。
「舌だ。……ほら、口を開けて舌を出せ」
「あ……ん、く」
エレンがリヴァイを真似て舌を差し出すと、またすぐに唇を塞がれてしまった。
今度はぱくりと舌を食べられて、息が出来なくなる。
もごもごとしゃべると、おかしかったようでリヴァイの吐息が笑っている。
まるで子供を甘やかす大人のようだった。
リヴァイはどうやらエレンを優しく抱いてくれるらしい。
はじめ縄を見せられたときは、どんな酷い抱かれ方をするのか不安だったけれど、冷えた心も妙な緊張も少しずつほぐれていく。
リヴァイの手がシーツとエレンの身体の間に差し込まれ、掬いあげられるようにして抱き上げられる。
「あ、……へい、ちょう」
「ん、全裸だろ? ほら、腕を上げろ」
エレンの息が上がる頃、ようやく唇が解放されたというのに、口がすぐ寂しくなってしまう。
しかし、いくらリヴァイが優しいからと言ってあれやこれやと我儘を言ってはいけない。これは、儀式なのだ。
エレンがいかに調査兵団に、否、リヴァイに身を捧げられるかを示す、儀式。
エレンはリヴァイの言う通り腕を上げ、服を脱がしてもらった。
中途半端に脱いでいたボトムも下着ごと取り払われて、正真正銘全裸になる。リヴァイの視線が肌に突き刺さるようで、落ち着かない気持ちになるけれど、同時に冷静にもなる。
エレンの身体を隠すものはもう何もなく、ただのエレンがベッドに座っているだけだ。
リヴァイの手が背中に回る。
「あ……」
「細い身体だな。傷もない、綺麗なもんだ」
「……巨人化をすると、傷痕も何も残りませんからね」
抱きしめられたままエレンが自虐的に答えると、リヴァイはそうじゃないと背筋をたどるように撫でる。
576: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:05:26.28 d AAS
「卑屈になるな。……それでいい。お前はこの力だって利用して目的を果たすんだろうが」
「はい……兵長」
エレンの声は、震えてはいなかっただろうか。
リヴァイは、わかってくれている。
エレンが巨人を憎んでいることも、そのためにはこの身体だって化物としてだって闘う意思があることも。
エレンは、誰よりも強い目的意識を持っている。エレンが優れているのは頭脳でも戦闘能力でも、何でもない。
目標に向けて、目的に向けて、一心に努力を続けることのできる意思の強さだ。
その目的を手にするまで決して足を止めない、止めることは許さない。
そんな、強さがある。そして、そのエネルギーは周りまでも巻き込んで、影響する。
――それでも、エレンはまだ十五だった。リヴァイの半分も生きていない子供=B
大人しく子供でいられる時間は疾うに過ぎ去ってしまい、大人と対応に渡り合うために一人前になることが必要だった。
幼さは、敵だった。
エレンは早く大人になるため、人一倍努力を重ねてきた。
大人として認められる兵士になるため、三年間厳しい訓練にも耐えてきた。
それなのに、今こうしてぎゅっとエレンを抱きしめてくれている腕にすがりたくなってしまう。
リヴァイの腕の力強さに、幼心が揺さぶられる。
兵団服を脱いだエレンは心まで無防備だ。
大切な人を失ったあの時から、エレンの幼い心は止まっている。
情操教育のすべてはあの瞬間途切れた。
いつもは兵士という強靭なコートを着ているけれど、裸になってしまえば幼い心が剥き出しで、頼りない。
本心が――見え隠れする。
本当は、誰かに甘えたかったのかもしれない、だなんて。
幼い頃憧れた翼に、大人の腕に、泣きたくなる。
ぽんぽん、とあやすように背中を撫でられ、甘いキスをされ、エレンはついにリヴァイの身体に手を伸ばした。
リヴァイが早く縛らないからいけないのだと。
リヴァイは、拒まない。
つづきは最彼で!(笑)
577: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:05:51.76 d AAS
幸福の箱庭
by 黒繭
甲高い鳴き声と共に小さな影が飛び立った。
その姿を大きな瞳に写した少年は空高く舞い上がろうとする一羽の小鳥をまるで追うようにして右手を掲げる。
その指先に触れたのは尾羽の滑らかな手触りではなく、冷たい無機質な感触。
いっぱいまで開かれた金翠色の双眸を、上から帳が下ろされるように影が覆う。まるで諭すみたいに、温かい手が両翼が生えていたはずの背中をゆっくりと撫で下ろした。
その手は優しくて、どこまでも安心を与えてくれるから、少年はどうしても眦から零れるものを止めることが出来なかった。
開いた本を片手に乗せ、文字の羅列をひたすら目で追っている金髪の少年と、難しい顔をして眉をひそめ、迷わせながらペンを走らせる暗褐色の髪の少年。
テーブルの角に斜め向かいに座った彼らはどちらも下を向いて、今やるべき事をただ黙って各々打ち込んでいる。
先に沈黙を破ったのは暗褐色の髪を持つ少年。
書き洩れがないか紙を上から下までざっと目を通した彼は、ふう、と短く息を吐いた後、持っていたペンをテーブルの上に置いた。
「アルミン、出来たぞ」
そう呼ばれた少年は、自分の名を綴る声に本から現実へと引き戻され、顔を上げてそちらを見る。
そしてお願いしますというように目の前に両手でスッと差し出されたその紙を受け取ると、目を走らせ出来たものを確認した。
右手にペンを持ち、まるをつけ、その下もまるをつけてチェックを入れたり、それからまるをつけ、直しを入れて、まるをつける。
正解の方が多いだろうか?そう思いながらも紙を渡した方の少年は、手を膝に置き、真剣な顔で相手の次の言葉を待った。
「凄いよエレン、この前より断然出来るようになってる」
「そ、そっか!良かった」
その言葉にやっと緊張が解れた様子で、エレンと呼ばれた少年は採点が終わるまでの間に溜め込んでいた息をやっと吐き出し、少しの笑みを浮かべる。
578: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:05:55.65 d AAS
正直、あまり得意ではないし、難解な数式やら興味のない王族の歴史なんぞを覚える事に意味があるのかは分からない。
必要だと言われればそうなのだろうと思うし、同じ年頃の少年たちが皆相応に勉学に勤しんでいて知っているべき事だと言うなら、自分も出来るようになる必要はある。というくらいには考えていた。
「お前の教え方が上手いおかげだけどな。」
「エレンが努力してるからだよ。あとは、ここの計算の仕方だけど……」
「2人共、お茶が入った。少し休んで」
部屋のドアを開けて中に入ってきたのは黒髪の少女。その片手には金属製のトレーとその上にティーポットとカップ、中央に菓子が置かれていた。
先程から、部屋の向こう側からオーブンの熱で拡散され、屋敷中に広がっていた焼き菓子のいい匂いがずっと鼻孔を擽っていたことには気付いていた。
少女が入ってきた途端、更に香ばしいバターの匂いが部屋に充満して、少しの空腹の隙間を突付いてひとりでに鳴り出しそうだった腹をエレンはなんとか持ち堪えたと撫で下ろす。
ソーサーごと目の前に置かれた紅茶はそっちの気で、真ん中にやってきたお待ちかねのマドレーヌを手に取り、嬉しそうにそれを頬張るその表情には年相応のあどけなさが宿る。
少女はティーカップを配り終えるとエレンの隣の席に座り、美味しそうに食べるその顔を横で見ながら朗らかに笑み、口に合ったようだと安心した様子で彼に声を掛けた。
「エレン、厨房に昼食も用意しておいた。」
「ん、ああ。悪いな、ミカサ。助かる」
そう答えて視線を少女の方へ送るために顔を右横に向けると、ついてる。と言われながら頬の食べカスを指で拭われたエレンは、母さんみたいなことすんなよ!と、不満気に顔を顰めた。
そんなよくある光景を静かに眺めていた金髪の少年は、ふ、と笑い、ティーカップを口元に運ぶ。
自分でも気付いている。突っ慳貪に相手を突き離そうとも、素直になれないだけだ。
血の繋がりはないが今や唯一の家族であり、母代わりになろうと躍起になっているミカサ。
自分に無償で座学を教えに来てくれている昔からの幼馴染み、アルミン。この2人と過ごす時間はエレンにとって心地よいものだった。
当たり前のようにずっと自分の傍にあるそれらは、ありふれていて、だけど絶対に無くしたくないものだ。
579: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:06:21.41 d AAS
この癖は、いつからだったか。
大切な人たちから自分に向けられる言葉や表情、一つ一つを思い出にしようと、心にしたためるようにして深く刻み付ける。
「なぁ、ヒストリア……いや、女王様は元気か?」
そういえば、と、ふと思い浮かんだ見知った顔。
だがその人物は自分とはあまりにかけ離れた地位にあり、今や名前で軽々しく呼んでいいような身分の相手ではない。
まさか自分と共に勉学や訓練に励んできた仲間が、国の主になってしまうなんて。
元々、由緒正しい王族の血筋であったことが明らかになり、国の変革を求める人々らによって祭り上げられた彼女は、形ばかりだった今までの王に成り代わり、名前も生活をも一変させて女王として国に君臨することになった。
「今は僕たちも遠目で見れるだけなんだ。でも、時々隠れて手を振ってくれたりするよ」
「そっか。もう暫く会ってない気がするな…」
彼女が女王に就任してから会えたのは、2度程だったか。お忍びで此処へ来たヒストリアとミカサやアルミンを含む同期連中が数人、自分の誕生日に皆でパーティーを開いて祝ってくれたのがもう大分前のことのように思える。
「なぁ、あと、ライナーとベルトルトは?アニのやつもずっと見てないような気がするし」
エレンの言葉に、隣に居たミカサが顔を上げて斜め前に座っているアルミンを見た。
アルミンは持っていたティーカップをソーサーに戻すと、話し始める。
「アニの方は憲兵の仕事が忙しいみたいで。他の2人も僕らよりずっと大変な任務があるからね。なかなか時間が取れないらしい」
「そっか。みんな忙しくやってるんだな…」
訓練兵を卒業して疎遠になってしまった者も当然いる。
アニはあんな性格だ。同期だからといって自分一人のためにこんな場所まで訪ねて来るはずもない。
しかし、それぞれが自分に与えられた役割を果たしている。
…自分ばかりが、取り残されて。
580: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:06:25.50 d AAS
「エッレーン!お邪魔するよ〜!」
「あ。この声、ハンジさんだ。」
玄関の呼び鈴よりも余程威勢のいい声が響き渡り、その声の主である客人をもてなさなければと慌てて立ち上がったエレンは、部屋のドアからロビーに急ぐ。
「こんにちはエレン君、早速だけど庭の手入れをさせてもらうね」
そう言ってハンジの斜め後ろに立っていたのは、この人の部下。
頭には日除けの麦わら帽子を被って首にはタオルを巻き、両手に使い古された軍手をはめて右手には彼の得物とも取れる使いなれたスコップ。
その出で立ちは熟練された庭師であることを物語っている。
…彼の実際の職業はともかくとして。
自分たちの上官でもある客人の訪問に、エレンに続いてミカサとアルミンも出迎えようと部屋から出てきた。
「いつもすみません、モブリットさん。ハンジさんも忙しいのに…」
「いいの、いいの。私は息抜きで遊びに来てるんだから。モブリットも何かを世話するのが趣味なだけなんだから気にしないでいいよ」
「お言葉ですが、ハンジさん。僕は貴方の世話は趣味でやってるわけじゃないですからね。」
モブリットの、上司に対する恐れもない毅然としたその言葉に笑いが起こり、ハンジ本人とエレンまでも同じく声を上げて笑った。
皆でこんな和やかな会話をしながら、笑いの絶えない生活が当たり前のようにいつも傍にある。
こんな穏やかな毎日が与えられているのは、自分がこの場所に居ることを許されているからだ。
「そろそろ僕たちは帰るね。」
そう言ったアルミンと、泊まりがけで必要だった荷物を纏めたミカサがその後に続く。
外開きの玄関のドアが開放され、出ていこうとするミカサとアルミンにつられてエレンは咄嗟に足が動いた。
踏み出してしまった一歩。だがその先を続けられない。続けてはいけない。
いつだってこの2人の隣を歩いていた。
だけど、今の自分にその権限は与えられていない。
581: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:06:51.28 d AAS
「外まで見送りは要らないよ、エレン」
「…ああ。オレもいつかお前たちに追い付くから、それまで待っててくれよな」
エレンがそこで笑って見せたのは、精一杯の強がりだった。
今は自分が出来る事をしなければならないと、思っているから。
その顔を見たミカサが持っていた手荷物を取り落とす。
玄関に投げ出されて鞄の中からバラけ出た替えの洋服が散らばったことなんか気にもせず、エレンに駆け寄り彼の体を強く抱き締めた。
「安心して此処に居て。エレン、貴方の世界は残酷なんかじゃない…」
「………」
「ミカサ、行こう」
落とされた鞄に荷物をまた押し込めて本人の代わりに拾い上げたアルミンがミカサの肩に触れて、先を促す。
ゆっくり離れていくミカサの顔は泣き出しそうなのに笑顔で。
前にもこんな顔を見たことがあった気がするのに、それがどういう場面だったのかどうしても思い出せない。
不安にさせないようにという気遣いからか、自分の顔を見て微笑んだまま外に出て行く2人に何て声をかければ良いのか、エレンには分からなかった。
「心配しなくてもあの2人はまたすぐ会いに来てくれるよ、親友なんだから。」
3人の様子を黙って見ていたハンジが、あの2人が居なくなってもボンヤリと玄関のドアを眺めて放心したままその場に立ち尽くしていたエレンの背中に声をかける。
振り返って頷いた顔はそれでもすっきりしない物憂げな表情だった。
そんな彼の気持ちを切り替えさせなければと考えたハンジは屋敷の奥へと勝手に歩き出す。
「…さてさて。モブリットの庭仕事が終わるまで私たちは何して待ってよっか。座学の時間にする?」
「あ、えっと…ハンジさん。今日はまた一勝負お願いしてもいいですか」
「おぉ!私に何勝何敗したか覚えているかな〜?エレン。」
「ハンジさんの5勝0敗。オレの勝ち星無しで連戦連敗。ですよね」
582: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:06:55.52 d AAS
玄関から応接間へと移動した2人は、向かい合うソファに座り、中央に置かれたテーブルにチェス盤を拡げて駒を並べる。
先行するのは白を選んだエレンだ。
時間が経つにつれ互いのポーンが数個取られていきエレンの持つ重要な駒の多くはボードの端へ追いやられる。
ハンジが次の一手でチェックに持ち込めるかと思われた瞬間だった。
エレンが自分のルークをキングの隣へ動かしキングを後退させる。
「良い一手だ。アルミンの入れ知恵かな?」
「ふふ。バレちゃいましたか。昨日あいつに教えてもらったんですよ」
昨晩、徹夜でアルミンと対戦してやっと覚えた手だ。
一手で2駒動かし王を城で守ることが出来るキャスリングという特殊な技。
この前まではそれぞれの駒を動かせる範囲や簡単なルールくらいしか頭に入ってなかったエレンだったのが実に目覚ましい進歩だ。
キングを動かさず守りに入れたいのは分かる。
チェックメイトを決められればそこでゲームが終わってしまうのだから。
しかしそれに相反し、後先を考えず攻める一方であるナイトの縦横無尽な動かし方。
キングやナイト、ポーンたち。
それらをエレンが誰に見立てて動かしているつもりなのか、ハンジには手に取るように分かってしまった。
みんなの力が必要だと理解していながら、どうしても自分が先行して動くこと止められない、エレンらしい戦い方。
それでエレンがこの先サクリファイスという一手まで覚えたなら、自分たちは見るに耐えられないだろう。
ボードゲーム上の事だとしても。特に彼は。
「やっぱり負けちゃいました」
決め手となったのは、自分の駒が相手の駒に囲まれてしまいそれにエレンが気を取られている隙に、駒を奥へと動かしていたハンジがプロモーションという手を使ってポーンでしかなかった駒をクイーンに昇格させ、チェックに使った奇術だった。
それはさしずめ一兵士から一日にして女王にまで上り詰めさせられたヒストリアのように。
「なかなか良い勝負だったよ」
「…ねぇ、ハンジさん。オレたちの戦いは、こんなボードの上で行われているような生半可なものだったでしょうか」
「……?」
「ヒストリアの存在は確かに重要だった。けれど相手のキングを取れば終わりに出来るような、そんな簡単な戦いじゃなかったはずです。」
583: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:07:21.59 d AAS
続けてエレンは言い放った。
「だから、ちゃんと皆殺しにしねぇと…」
声色が一変し、見開かれた双眸が攻撃的な金色を湛えてぎらりと光る。
「エレン…?いきなり物騒なこと言うなぁ。どうしたの?」
しかし殺意剥き出しの顔を今しがたしていたはずのエレンが、今度は俯いて顔面蒼白になり、いやだ、こわい、と言いながら急に体を震わせ始める。
「何で…?オレのキングが無い。居ないんです、此処に、」
「……え?」
エレンの駒だった白のキングは台座の上に置かれている。
しかし、それは彼の眼には映らない。どうやらチェスの駒のことを言っているのではないらしかった。
「オレは、あの人の命令ならちゃんと従えるのに…」
ハンジは気付く。エレンが言う『あの人』が、誰のことを言っているのか。
「命令…?違う、そうじゃないッ!オレは自分の意思であいつらを…!」
大声で叫んだエレンがソファから急に立ち上がる。
エレンの意識と魂は交錯していた。
唯一信じて自分を託せるその人にその身を委ねたいという彼の意識と、自分が思うように戦いたいと思えば檻をも破壊できるほどの攻撃性を孕んだ、魂とが。
均衡が崩されつつある。
これ以上は自分の手に負えないと判断したハンジが何とかしなければと、自分も立ち上がった。
「少し落ち着こう、エレン。待って、今、薬を…」
激昂し今にも暴れ出しそうなエレンに背を向け、ハンジはこの部屋で安定剤が保管されているであろう場所へ移動する。こういった不測の事態でも対応出来るように念のため、各部屋に用意してあったはずだ。
注射器で精神安定剤を打つ前に手がつけられない状態になったらどうするべきか。生憎、気密性の高い防音に優れた屋敷だ。
異変に気付いた部下が駆け付けてくれる見込みはあまりない。外に出て先にモブリットを呼びに行くべきかどうか。
584: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:07:25.57 d AAS
考えながらもハンジは飾り棚の引き出しから取り出して、密閉された容器に入っていた薬を注射器で吸い上げさせ、準備をする。
「嫌だっ…!オレはッ!誰の指図も受けないッ!」
ガシャンッ
エレンの手によって乱暴に振り払われたチェス盤が大きな音を立てて床に投げ出される。飛散してばら蒔かれた駒が床に転がり落ちた。
朧気な意識の奥底からそれでもいつだってじわりと胸を掴んで離さない記憶。
深紅の絨毯に散らばるその様を見て、赤く赤く無惨に投げ出された幾つもの亡骸が脳裏に思い起こされる。
敵も仲間も同様に。無数の死体の上に築き上げてきたのは、ただ国の安寧を願うためのものだったか。
自分たちが手に入れようとしていたのは平和という偶像で飾られた小さな世界でしかなかったのか。
狂っているのはオレじゃない。
ずっと前からエレンはそんな違和感を少しずつ感じていた。
皆が話している言葉と自分の記憶とにズレが生じて、本当のことが分からなくなっていたことに。
自分はどうして此処に居なければいけないのか。
己の意思を蔑ろにされてまで閉じ込められている理由が分からない。
もう誰の言葉も信じられないならいっそ、自分の感情に付き従うしかないのではないか。
そう。自分を支えてくれていたのは、ミカサとアルミンだけじゃない。
いつも隣に居て自分を見守ってくれていた人が、他にも居た。
家族や親友という繋がりが足枷になって引き止めさせてしまうのならば、自分に対し何の柵もない彼ならきっと。
あの人ならば…自分の全てを理解してくれる。望みを伝えれば此処からだって解き放ってくれるはずだ。
585: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:07:50.95 d AAS
「…ねぇ、ハンジさん。みんな遊びに来てくれるのに、何で兵長だけオレに会いに来てくれないんですか?」
立ち竦むエレンは窓の外を見た。
何故だろうか。空を見て、彼の影を探してしまうのは。
自分はあの人の背中をいつも追い求めていたのだと、それだけはハッキリと分かる。
自分はあの背を追って、まだ飛べる。
皆が握って離そうとしない命綱を、自ら振りほどくことだって厭わない。
「待って、エレン…『兵長』って、誰?そんな人、どこにもいないよ…?」
信じられないような発言にエレンは眩暈がした。
「!?嘘だッ!最期まで一緒に戦うって決めたんだ!!今も一人で戦ってるかもしれないのに!何でッ!オレだけが、こんな所に…っ」
自分の中に確かにある、あの圧倒的な存在が現実のものではないと否定されるなんて。頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
いつでも先頭に立ち、導いて、進むべき未来を選ばせてくれた彼は、自分が造り出した幻や妄想なんかじゃない。そんなはず、ない。
「此処に居ないって言うなら、オレ、探しに行かなきゃ…あの人を。」
「待って!エレン!!」
迷わず部屋のドアへと向かおうとするエレンを制止しようと、薬が入った注射器を握り締めたハンジが後を追う。
その時だった。
エレンが出口に到達する前にドアがひとりでに開いたのは。
実に良いタイミングでモブリットが戻ったのだとハンジは思った。
だが予想に反してその人物は、自分の部下なんかよりも今最もこの場所に必要となる人間だった。
「おい、何の騒ぎだ」
586: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:07:54.84 d AAS
品のある黒いスーツジャケットに身を包み、首には白いクラバットを巻いている。
前髪はやや右側で分けられ、襟足は短く刈り揃えられた黒髪の男。
眉根を寄せて怪訝さを顔面に貼り付けたその人物。
それは間違いなく今しがた帰って来た、この屋敷の主人だった。
その人物を視界に写した途端、エレンの瞳から大きな涙が零れ落ちる。
「あ…あ…っ、兵長…っ、兵長っ」
言いたいことは山ほどあった。
だが、一気に溢れ出るものを言葉として伝える術も分からず、衝動のまま彼に縋り付く。
堰を切って漏れ出た感情のまま、子供みたいに泣きじゃくって自分の身体に縋る少年に動揺を見せるわけでもなく、その男は肩を支えて相手を少し押し戻した。
「教えてくれ、エレン。いつから俺にそんな肩書きがついたんだ?」
その男は、先程エレンが口にした言葉を確認しようとしていた。
責めるわけでもなく、突き放すわけでもなく、落ち着かせるように頬に触れて涙でくしゃくしゃの顔をじっと覗き込む。
「俺の名前は?」
この少年の持ち前の美しい両眼はいまや白目が血走り充血して、鼻面までをも赤くさせている。整っているはずの顔を歪ませ酷い有り様だった。
「……っ」
それでも眼を背けず自分を見つめてくるグレイシュブルーの静かな瞳に、エレンの眼は戸惑うように揺らぐ。
自分はこの人をいつもなんと呼んでいるか。なんと呼ぶべきであるか。分かっていないわけじゃない。
「リヴァイ…さん」
587: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:08:21.07 d AAS
俯き、小さな声でそう言ったエレンの肩は酷く震えていた。
その後も消え入りそうな声で続けざまに自分の名を呼び、肩に顔を埋めて泣く少年の頭を手で支える。
リヴァイと呼ばれた男は、エレンに向けていた穏やかな表情とは一変し、睨みを効かせ、相手を責めるような鋭い眼をエレンの肩越しから奥に居た人物に向けた。
困ったように苦笑いで答えるしかないハンジ。
リヴァイは、どういうことか後で説明しろと眼で問い質しているらしかった。
だがその前にチェス盤と駒がぶちまけられた床の惨状を見るに、もっと別の落ち着ける部屋にエレンを連れていき、暫く様子を見るべきか。そう考えたリヴァイが、彼から少し離れようとした瞬間、かくん、と、細身の身体が力無くその場に崩れ落ちる。
「エレン…?」
咄嗟に抱えられた少年はリヴァイの腕の中で、そのまま意識を手放した。
お互いの自室とは違い、2人で夜を過ごすための部屋は、別の場所に用意されている。
応接室や客間から離れた所を敢えて選んで用意されたその場所は、何日の間も使用されていなかったというのに、清掃を担当した本人が言う通りに塵一つ無く、ベッドメイキングも何もかも完璧だった。
ベッド脇の飾り棚に灯りを灯すための道具。香油が入ったガラスの小瓶。水差しとコップ。
いくつかの着替えとタオル、替えのシーツが仕舞われた引き出しが付いた収納棚がその隣に置いてあるくらいの、シンプルな内装。
余計な物は一切置かない。この部屋は。時間を気にするのも煩わしいから、時計だって置いてない。
お互いの身一つがあればいいと、そんな意味を持つことも知っているから、それ以上は何も言わない。確認する必要もない。
「わっ、ちょ、リヴァイさ…!」
ベッドの上で無遠慮に剥ぎ取られる衣服はあれよあれよと言う間に脱がされていくのだが、カーテンが開け放たれたままで窓から射す光を直に受けて曝された自分の貧弱な身体が哀れになり、その先を一旦止めさせたくなった。
明るいうちから致す事になろうとは思っていなかったから。
それならせめてカーテンを閉めて、暗いなら蝋燭を灯すくらいの配慮を貰いたかったのに。
588: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:08:25.18 d AAS
あー!わー!とか叫んでる間に結局全部脱がされてしまい、残った恥じらいを捨てきれないエレンはシーツを身に纏おうと手繰り寄せて握り締める。
その様子を見ながら腰を下ろし、今度は自分の衣服を脱ぎ始めるリヴァイを、直視出来ずに視線を不自然に泳がせたエレンは明らかに挙動不審だ。
「いい加減慣れねぇのか」
慣れる、わけがない。
現役の兵士であるこの人の屈強な肉体を見せ付けられたら、どんなに自主トレしようと屋敷で燻っているしかない自分の身体なんて比べてしまえば情けないったらない。
だから女性のような恥じらいというよりかは、そっちの方がエレンにとっては酷だった。
でもそんなどうにもならない劣等感を知られることすら恥である。
「だ、だって。…だって、オレ、記憶があやふやだから、毎回初めてのような、ものなんです」
自分の上へのし掛かってきたリヴァイに対しどうか容赦を…と、そんな意味も込めての、苦し紛れの言い訳だった。
その言葉に少し口端を吊り上げ嗤うリヴァイの顔は影になった所為もあってか、いやに蠱惑的であり、エレンは心臓を直に撫で上げられるような恐怖と期待の矛盾した切迫感に身を震わせる。
「そりゃあ、ヤる度に初々しくて堪んねぇな」
…なぁ、エレン?
艶めいた低い声でそう言われてしまえば、もう。
589: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:08:50.42 d AAS
耳から犯されたそれが首を下り、背筋から伝わって腰までをも悪寒が走り抜ける過程で既に。
痺れが全て快楽に変わる事を、予感させていた。
さっきの初めて宣言はどこへやら。
自ら腰を揺すって躯をしならせ、いい、いい、と浮かされたように繰り返し囀ずる淫靡さに、持っていかれそうになりながらリヴァイは迫り上る射精感に堪えていた。
「っ、…おい、ちょっとは自制しろ…ッ」
「や、あっ、止まんな…んぁあっ」
いつの間にか完全に主導権が奪われている。
無垢だった少年をここまでにしてしまった自分に罪があると今ここでリヴァイは懺悔したい気持ちにまでなったが、申し開きをしたいその相手は聞いてもらえるような状態ではなさそうだ。
元々加減をしてやるつもりであったから、前戯も丁寧に時間をかけ、挿入後も様子を見ながら動きを緩やかにしてやっていたというのに。
途中から自分で動きたいと言い出したエレンに、本人のペースでやらせた方が相手にとっても楽かと考え、上にさせてやったのが間違いだった。
一度イかせたしそれで落ち着くだろうと思ったのだが、余計に拍車を掛けてしまっただけのようだ。
我を忘れ向こう見ずに突き進む性格もリヴァイは理解しているつもりだったが、今日のエレンは妙に性急で、貪欲である。
「やッ、んン、やだぁ…っ、ほしい、りばいさ…っ、もっとシて欲しぃ…ッ、」
「…ッ、エレン…」
そんな可愛いことを、腰を擦り付けながら言う。
脳を掻き交ぜられるような甘い声でねだられ頭が麻痺しかけて、倒錯行動に至らせるほどの危険すら感じたが、理性の綱をそれでもリヴァイは手放さなかった。
590: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:08:54.56 d AAS
身を起こし、エレンを抱き締めると、宥めるように背中をさする。
「…駄目だ、今日はゆっくり。…な?」
「ふ、ぅ、ん…うぅ、」
その言葉に相手の肩に取り縋り、必死で自分を落ち着かせ従順になろうとするいじらしいエレンに、いい子だ。と言って、震える額にキスを落とし、乱れた髪を梳いてやる。
本当なら淫ら極まりない声で泣くまで喘がせ、溺れさせてやりたいくらいだが。
倒れたばかりでこんな行為を強いていることさえ間違いなのに、これ以上無理をさせるわけにもいかない。と、リヴァイは我慢させざる負えなかった。
首に手を回して相手の律動に合わせられるまでにやっと自分を取り戻したエレンの腰を抱いて、緩和な動きで下から突き上げる。
洩れ出た熱い吐息を時折奪って口付け、エレンの様子を見ながらリヴァイは抽送を繰り返していたのだが、閉じられた瞼の端から突然、水滴が頬を伝って零れだした。
動きを止め、どうした?と、聞きながら、眦から零れ落ちた涙を唇で拭ってやっても、留めどなく溢れ出て更に止まらなくなったので、困り果てたリヴァイはエレンの頬を両手で抱えるようにして押さえ、真っ直ぐ見つめる。
「おいおい。泣かれたら、善くねぇのかと思っちまうだろ…?」
具合が悪いのか?と聞くリヴァイに、ふるふると首を振って、エレンがしゃくり上げる。
途中で気分が悪くなったら中断するから、ちゃん言え。と、最後まで自分の事を第一に気遣ってくれているリヴァイの優しさに、エレンは今まで押さえていた涙がついに決壊してしまった。
「……ん、ふ………って、だって…っ、こんな、近くにいるのに遠くて、こわいんです…また離れ、たら、リヴァイさんのこと、全然分からなくなっちゃうかもって…思ったら、オレ…ッ」
一緒に居る間は相手の事が分かるのに、傍に居ない時は何故かリヴァイの記憶だけが薄れていく。
同期の皆や幼馴染みのことは絶対に忘れないのに、リヴァイのことだけが、何故か。
事故で一時的に失われただけかに思われていた記憶の穴は、リヴァイに関することだけが未だ進行して広がっていた。
リヴァイと過ごした日々の大事な記憶を何度も何度も反復し、紙に書き留め、忘れまいと抗う事を人知れず繰り返していたけれど、いつかまた完全に喪失してしまったらという恐怖がエレンをいつでも責め立てた。
591: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:09:20.09 d AAS
「……。大丈夫だ。俺はお前を覚えてる。ちょっとくらい忘れても、ちゃんと思い出させてやるから…」
だからもう泣くなとリヴァイはエレンを強く抱き締める。
その言葉にやっと開かれた揺蕩う瞳は水底の硝子玉のようにゆらゆらと綺麗で、尚も愛しさが込み上げる。
自分を信じて疑わないのであろう純真な瞳ごと、舐め回して愛してやりたいくらいだった。
愛しいと感じる身体そのものが情欲に直結しているみたいにリヴァイを昂らせてしまったから、エレンは自分の中に収まっていたモノを、強制的に思い出させられて腰にずくん、と、快感が走る。
抱き締めたままで堪らずリヴァイが中を穿つと、甘ったるい矯声が耳に心地よく響いてそれを更に引き出すようにして腰の動きが速くなり、互いの熱を限界まで掻起させるのも容易かった。
「んンぁ、ふぁあっ、あ、ぁっ」
「……っは、エレ、ン…ッ」
最奥まで捩じ込み、中イキさせて自分の種をこれでもかってくらい植え付けてやりたい程だった。
しかし、ドライオーガズムは平常でも暫く動けなくなるくらい身体に負担がかかるものだ。
元より今日は大事を取ってそこまではしないつもりだった。
肉穴が、きゅうきゅう締まって限界を訴えてくるので、イキそうか?と、聞けば、こくん、こくん、と頷いて、エレンが絶頂を前にしがみ付こうとするので、リヴァイは中から濡れて滑る自身を引き抜いた。
なんで?どうして?と、恨めしそうに震えている哀れな瞳に構わず、血管が浮き出て極限まで猛った肉棒を相手のそれに擦り付ける。
エレンの手を取り互いのモノを握らせて、リヴァイも一緒に強く握り込んで裏筋をぐっと擦り上げた。
「っあぁ、ン…!あ、ーんんッ」
「ーーッ!」
吐き出した自分の体液が相手の性器を汚していることすら、得も言われぬ快感で。
出した後で白濁に塗れたぺニスをしつこく擦り付け絡ませ合うという動物じみた行動にすら互いに酔いしれて、いつまでも2人は名前を呼び合い濃厚なキスを交わして確かめ合った。
「明日はオレが調子良かったら、対人格闘の訓練つけてもらってもいいですか?」
「ああ。」
「オレ、いつか記憶が戻って病気も治ったら、リヴァイさんと色んな所へ行きたいです」
「……そうか」
592: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:09:24.16 d AAS
穏やかな表情で夢物語を話して微笑むエレンの頭を撫でてやれば、すぐにうつらうつらと微睡み始める。
その稚い様子にどうしようもなく愛情が湧き出てしまうリヴァイは、こめかみにキスを送った。
「無理をさせたからな。もう休め」
そう言ってやれば、素直なもので、数分も待たずにエレンは眠りへと落ちていく。
「……何処にも行けないんだ、エレン。」
深い眠りに静かな寝息を立てる綺麗な顔を見下ろしたリヴァイの瞳は冷たい影を落とし、曇る。
忘れても思い出させてやるなどと、根も葉もない戯れ言を吐いた自分のこの舌を噛み切ってやりたい。
「なんせ、俺が切り落としちまったんだからな」
飛ぶことを覚え始めたばかりで未完成だったが、真っ直ぐで美しかった柔い風切り羽を本人も気付かぬ間に削ぎ取ったのも、この鳥籠に閉じ込めてお前を騙し続けているのも、他でもない自分なんだ…と。
この前はサシャとコニーが泊まりに来て。また別の日にはジャンとマルロ。
その後はピクシス指令と部下の女性が訪ねて来た。
その次はエルヴィンさんとナイルさん。昨日はまたミカサとアルミンが来ていた。
必ず毎回2人ずつ、それすらも意味があったのだと。
『身体の調子がまだ戻ってないこともあるけど、脳が情報を処理しきれなくて、一時的にまた昏睡状態に入ったんだと思う。』
『何故、エレンの記憶は戻りかけている』
『薬に対して身体に抗体が出来てしまっているのか。それとも自分の意思で飲まないようにしているのか…』
『だが、飲み続けたとしても、あいつの中に未だ燻る衝動をそんな薬ごときでずっと抑え込めるなどと、俺には到底思えん』
『そのためのストッパーとして貴方がいる』
夢か現か。その時は、自分でもよく分かっていなかったが。
裸足のまま夢遊病みたいに意識がはっきりしない頭で屋敷を彷徨って辿り着いた部屋の前でそんな会話を聞いてしまったのは、大分前の事だったろうか。
気怠さが抜けきらない身体を起こしたが、そのままでは少し寒く感じた少年は素肌にシーツを身に纏い、ベッドから這いずり出て窓から外を眺めた。
ガラス越しに空を仰ぎ見、月明かりを宿したまるい瞳は磨かれた金のような眩い輝きを放つ。
593: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:09:49.23 d AAS
脱ぎ捨てベッドに置いたはずの服が縺れ合う間に散らばってずり落ちたのか、自分の衣服が床に散乱していた。
どうにかしようとそれらを拾い上げると、シャツから何かが落下する。
そのまま転がり落ちて壁に当たり、動きが止まった小さな石ころのような球体のものを彼は拾い上げた。
自分にだけ見せる顔。雄の顔ではない、男のリヴァイだけが見ることのできるエレンの雌の顔が見たいのだ。
結果的には…そう、結果的にその顔は見ることができたし、自分のモノにもできたと思う。だが、エレンは心までは許してくれなかった。
「ぁ…っん、ァ、…っ…っ」
「良さそうだな、エレン」
「んっ、…は、ぃ…気持ち、いいで…すっ…はぁ、アッ」
エレンの背中にちゅ、ちゅ、と吸いつきながら、腰を掴んでぐちゅぐちゅになって解れている後孔を何度も穿つ。
外気に触れれば熱を持つローションがエレンの内側の肉をますます敏感にしてしまうようで、中は火傷しそうなほどに熱かった。
こうしてセックスするようになって、どのくらい経つだろうか。季節は冬から春に変わっていた。
エレンはやたらセックスをねだるようなことはしなかったが、我慢ができなくなるとリヴァイのところにやってくる、そんな感じだった。
まだ少し、リヴァイに抱かれることに戸惑っているようだったが、指先でも触れればその体は素直になった。
だが、エレンは最初の頃よりも声を抑えるようになった。
息ができているのか心配になるくらい顔を枕に押し付けて、くぐもった喘ぎだけを漏らす。
手はシーツを強く掴んでいて決して離そうとはしなかった。
まだ男に抱かれる屈辱に耐えているのかと思いきや、気持ちいいか、と聞けば素直に気持ちいいと言うのだ。
だったら我慢などせずにもっと喘げばいい。
縋りつけばいい、そう思っているのにエレンは頑なにそうしようとはしなかった。
「おい、エレン」
「ぁ…な、なに…っン、ぁっ、っ、…アッ、ひあ!」
声を我慢されるのが不愉快で、一度性器をずるりと抜くと、その体をひっくり返してこちらを向かせた。
顔を真っ赤にして瞳を潤ませ、荒い息を繰り返すエレンは驚いた様子でリヴァイのことを見た。
594: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:09:53.35 d AAS
「な、なん…っ」
「たまにはいいだろ。声、我慢するな」
「えっ、ちょっと待っ…アッ、」
「いいな?」
「あぁ…っ、待っ…リヴァイさ、まだ、いれないで…っ」
「ああ?」
抜いたばかりでまだ少し開く後孔に性器の先端を押しあてようとした所で、エレンがそこに手を伸ばしてそれを阻んだ。
「こっちでするなら、…っ手、縛ってください…っ」
「……なに?」
「お願いします…っ初めての時みたいに、両手、縛ってください…!」
リヴァイはその懇願に頭がくらくらした。
確かに初めてエレンとセックスした時はネクタイで両手を縛ったが、あれはエレンが抵抗するからであって、別にリヴァイに緊縛の趣味があるわけではない。
「…理由は?」
「………なんとなく、…っいいから!早く縛れよ!」
じゃないと入れさせない!みたいに叫ぶものだから、リヴァイは不本意ながらも床に放られた自分のネクタイをとる。
だが、エレンに「皺にしちゃうからオレのにしてください」と言われて、言うとおりにエレンのネクタイでその両手首を縛った。
「痛くないか?」
「平気です…もっときつくてもいいくらい」
これでも結構きつめに縛ったのだが、少しの隙間にエレンはまだ不満そうだった。
「跡がついちまうだろうが」
「いい…明日、休みだから」
そして、手首を縛るために起きあがらせていた上半身をどさりとベッドに横たえると、エレンはリヴァイを見上げて言った。
「ひどく、してください…」
エレンが何を考えてこんなことを言うのかがわからなかった。
595: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:10:19.07 d AAS
それはそうなのだが、リヴァイはそれでは納得できないのだ。
「どうして?だってさ、君の可愛いエレンはセックスしたい時に来るわけで、リヴァイだって自分の所にきてくれて満足。
彼は気持ちいいし、お互いそれだけの関係でしょう?実際それだけの繋がりでしかないんだし。むしろそれだけの関係ならもっと気持ち良くなりたいと思うんじゃない?」
女だというのにはっきりと言うハンジに若干ひきつつも、リヴァイは一理あるその言葉に眉を潜めた。
「それじゃあ体だけみてぇじゃねぇか。アイツはセフレじゃない」
「は…本気で言ってる?セフレじゃなかったらなんなの?」
リヴァイは黙考した。
エレンはセフレじゃない、と思う。
確かに会う度にセックス…というかセックスするためにしか会わないけれど、リヴァイの中ではそうではないのだ。
それだけの関係にしたくない。男のエレンが同性のリヴァイに抱かれる。
そんなのは普通では考えもしないことで、彼が自分の手の中に堕ちてきただけでも僥倖だと言うのに、リヴァイはそれ以上をエレンに求めているのだ。
「リヴァイがそう思ってなくても、きっと彼はそう思ってるよ。だからリヴァイの所に行くし、セックス自体に嫌とも言わない」
「…それでも、アイツは」
正直に話そう。
リヴァイはエレンのことを自分のモノにしたいと思っていた時から、たぶん、彼に好意を抱いている。
支配したいと思うのも、自分のモノにした優越感に浸りたかったのも、全てただの独占欲だったのだ。
こんな関係になる前、二度も強引に抱いてしまったことを少なからず後悔していたリヴァイは言うなればただの不器用で、これ以上嫌われてしまわないようにするにはどうしたらよいかわからなかった。
とりあえずもう無理矢理に手を出すことを止めよう。
けれど、あの日エレンに初めて呼びとめられた。
体に触れてしまうと抑えが利かなくなるから、出来るだけ触れないようにした。
煽るようなことを言ったのも、エレンがいつでも逃げ出せるように逃げ道を作ったつもりだった。
けれど、エレンは顔を仄かに赤くして、潤んだような瞳を期待に染める。以前とは違う反応だった。
おわり(笑)
596: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:10:23.15 d AAS
氷海樹
恋に落ちる音はどんな音
どうにも先日から、リヴァイの頭の隅をチラチラと掠めて離れないものがある。
『3年大将のハチマキ、頂きます…っ!』
体育大会でリヴァイに立ち向かってきた1年生大将のひとり、エレンのことだ。
そのときはもちろん瞬殺してやったが、以来、リヴァイの頭を悩ませるようになった。
彼は調査団の後輩でもあるので、それなりに関わりがある。
関わりはあるし掃除の指導なんて何度もしているが、こんなにも脳内にチラつくのは初めてのことだった。
(なんだってんだ、クソッ)
チラつくのは決まってひとつ。
エレンがただでさえ大きな目をギラギラとかっぴろげて、こちらを睨みつける顔だ。
直後にハンジがやらかしたせいでその日は曖昧になってしまったが、とうにリヴァイの悩みは始まっていた。
浮かぶ残像を振り払うように首を振る。
そこでふと聴こえた声に顔を上げた。
今は昼休み、開け放った窓のおかげで校庭の声が聴こえてくる。
「エレン! ミカサとアルミンも聞いて下さい! ついに…ついにメロンパンを手に入れましたよーっ!!」
「マジか! すっげえな?!」
「それはすごいね、サシャ!」
「おめでとう」
「はい! 今までの私の努力がこれでひとつ報われ…っむぐむぐ」
「食うのはえぇよ…」
「サシャ、もう少し味わってもバチは当たらないよ…?」
言うまでもなく、エレンと彼の友人たちの声だ。
窓から校庭を見下ろしてみれば、グラウンド傍の芝生で弁当を広げているエレンたちの姿がある。
しばらく彼らを…正確にはエレンを…眺めて、リヴァイは打ちのめされた。
(なんでアイツを気にしてんだ、俺は…!)
ただの後輩だ。
調査団へ乗り込んできた猪突猛進で、ときどき生意気な口を利く後輩。
(…あのとき、巨人をぶっ殺したいと言った顔も悪くなかった)
と思ってから、リヴァイはまたも打ちのめされる。
(だから…!)
エレンの、友人たちと弁当を食べる顔。
597: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:10:49.17 d AAS
調査団で活動するときの顔。
それから。
巨人に対するときの顔。
チーハンチーハンと騒いでいるだけの、煩い子どもだと思っていたのに。
(そうだ。あれはただの後輩だ)
強く頭(かぶり)を振って、リヴァイは窓の外から無理やり視線を引き剥がした。
調査団の活動は、秘密裏の部活ゆえに正規の部活動が終わった後に始まる。
「お疲れ様です!」
「あ、エレン。アルミンたちもいらっしゃい」
今日も彼らは調査団の部室へ来たようだ。
生物部に寄ってからやって来たリヴァイは、廊下を歩いているだけで分かる部室の騒がしさに眉を寄せた。
仮にも闇に紛れた部活、もう少し密やかに出来ないものか。
(そういえば…)
エレン・イェーガーという後輩が1人でいるのを、リヴァイは見たことがない。
まあリヴァイ自身もなぜかハンジとミケがよく寄ってくるし、ペトラたちもいつも4人でいるし、常につるんでいるのも珍しくはない。
「おい。もう少し静かに出来ねえのか、てめぇら」
「あっ、リヴァイさん!」
「リヴァイ先輩、おつかれさまです!」
しかし人数が多いというのは、掃除にはありがたい。
学校の窓は壁美化部の範疇だが、旧校舎の大部分は調査団が使用している。
「てめぇら、今日は倉庫の掃除だ」
「えぇーっ?!」
「また掃除ですかぁ?!」
(こいつら、掃除に対する意識がなってねぇな…)
躾直しか、とハリセンを取り出そうとしたところへ、後ろから走ってきたハンジが取りなした。
598: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:10:53.26 d AAS
「まあまあ、1年生諸君の気持ちはよーく分かるよ。でもね、今年の調査団の活動方針は、顧問の先生がいないと決定も履行も出来ないんだ」
「…アルミン、りこうって何だ?」
「実行するってことだよ」
「へえ」
「そういえば、調査団の顧問って誰なんですか?」
「エルヴィンだよ」
「エルヴィン先生?」
3年生の学年主任をしている教師は、エレンたちも知っている。
彼の授業は週に1度しかないが、とても分かりやすいしキースと違って話しやすい。
「秘密裏の部活だからさ、顧問として活動するのは私たちよりもっと大変ってことだよ」
「へえ…」
そうなんだ、と1年生たちの顔が納得に変わったところで、リヴァイが舌打ちをした。
「チッ、喋ってねえでさっさとやるぞ。時間は有限なんだ」
どうせ今日も、エルヴィンは来ないだろう。
その意見にはハンジたちも同意であったので、文句は言わない。
「エルドたちは部室と隣の空き部屋だ。ハンジとミケはガキ共を倉庫に連れてけ。…エレン、お前はこっちだ」
「えっ?」
ハンジの後を追おうとしていたエレンは、なぜか呼び止められて目を丸くした。
「俺…ですか?」
「そうだ、お前だ。俺の掃除を手伝え」
首を傾げながらもリヴァイに着いていこうとしたエレンの腕を、ミカサが掴む。
「待って、1人ではきけ…危ない。私も行こう」
「…ミカサ。危険も危ないも同じ意味だよな?」
言い換えれてないぞ、というエレンにしてはずれていないツッコミを、彼女はスルーした。
「リヴァイ先輩。エレン1人では大変なので、私も手伝います」
「いいや。お前は倉庫だ」
「! なぜですか?!」
人数が多い方がと食い下がるミカサに、リヴァイは犬を追い払うように手を振る。
「俺もやるんだ。それに狭い部屋に人数はいらねえ」
ミカサはぐっ、と唇を噛んだ。
深刻そうな空気だが、中身は掃除の組分けの話である。
埒が明かない、とエレンはミカサの両肩を掴んだ。
599: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:11:18.60 d AAS
「ミカサ。お前にはお前の役目がある。子供みたいな駄々こねてんじゃねえ!」
君たちも子どもだよ、というツッコミを飲み込んだハンジは偉かった。
エレンに真正面から諭され、彼女はようやく頷く。
「…分かった。終わったらすぐに行く」
「おう」
「おい、話が終わったならさっさと行くぞ」
「はい!」
先に歩き始めたリヴァイを追い掛けるエレンを、ミカサはいつまでも見送っていた。
「……これ、掃除の話だよな?」
ジャンの呟きは誰にも拾われなかった。
リヴァイが向かった先は、元は職員の宿直室らしかった。
簡単な調理場と調理器具や食器があり、来客用なのか仕切りのない隣には小さめの応接室。
「旧校舎にこんな部屋が…」
「俺たちしかいないからな。勝手に使わせてもらってる」
さて、とリヴァイは掃除専用スタイルへと切り替える。
要するに、埃避けのバンダナとマスク代わりの布を付け、ハタキを装備した状態のことだ。
「うぇっ、リヴァイさんいつの間に」
「おい。てめぇもさっさと着替えろ」
「いや、着替えるったって…」
それ大掃除の格好じゃ…と言い掛けたエレンを、まさかとリヴァイが睨み上げる。
「エレンよ…掃除を舐めんじゃねぇぞ」
ピシッとその両手に張られた白い布。
鋭すぎる眼光に、エレンは思わず悲鳴を上げた。
「躾直してやる」
「ヒッ?!」
掃除は上から。
面倒でも物を避けながら。
「うぅ…何なんです、これ」
「なんだも何も、掃除のための正式なスタイルだろうが」
「掃除に正式スタイルって何…」
どうにも心地の悪い頭の三角巾を直して、エレンはリヴァイを振り返る。
「ていうかここ、十分綺麗じゃないですか…」
「ぁあ? 何言ってやがる」
この埃が見えねえのかと凄もうとしたリヴァイは、エレンを見るなり固まった。
ちょうど口許の布を下ろしたところであったエレンは、目を見開いているらしいリヴァイに首を傾げる。
「リヴァイさん?」
「……………何でもねぇ」
たっぷり数秒を使って顔を背けたリヴァイは、さっさと続きをしろと言っただけだ。
(どうしたんだ?)
600: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:11:22.50 d AAS
まあ、掃除が終わらなければ他のことはさせてくれないようなので、大人しく従う。
リヴァイはハタキに意識を戻したエレンを盗み見て、内心で頭を抱えた。
(どういうことだ…可愛いってなんだ可愛いって!!)
そう、リヴァイは口の当て布を下ろして振り返ってきた三角巾姿のエレンを、あろうことか『可愛い』と思ってしまったのである。
(待て…あいつは男だろうが! 確かに可愛い顔をしてるが!)
…と言い訳を脳内で叫んで、再び自分の思考に絶望した。
(おい…可愛いって顔ならやつの馴染みだというきのこ頭の方が…いや、あれも男だ。クリスタって女のことを言うんじゃないのか)
しかしクリスタの姿を思い返してみて。
(エレンの方が可愛いだろうが!)
と、セルフツッコミのち絶望というコンボを自ら喰らう。
器用な男だ。
「リヴァイさーん?」
悶々としているリヴァイをエレンが呼んだ。
「こっちの棚終わりましたけど…」
「…分かった。確認する」
(人には手ぇ止めるなって言っといて、リヴァイさんの手の方が止まってんじゃん)
ムッと頬を膨らませて、エレンはぼすりとソファへ座る。
他の誰かがやろうものなら「掃除中だ」とか「埃が立つ」とハリセンを飛ばすところだが、今回のリヴァイは違った。
(クッソあざとい!!!)
先ほどうっかりどきゅんとキたかもしれない、掃除スタイルのエレン。
そのエレンが同じ格好でソファに座り、膝に立てた両手に顎を乗せて膨れっ面をしているのである。
そのまま叫びそうな声を深い溜め息に変え、リヴァイは掃除の終了を告げた。
「まったくなってねぇが、今日はもういい。倉庫を手伝ってこい」
「? 分かりました」
釈然としないながらも、エレンは立ち上がる。
「その掃除スタイル用の三角巾はお前にやる。どうせ倉庫でも汚れるしな」
「はあ…ありがとうございます…?」
首を傾げるエレンに、なぜ首を傾げるのか尋ねたいのはリヴァイの方だ。
エレンが部屋を出ていけば、部屋の中は一気に静かになる。
(なんだってんだ畜生…)
ソファへどかりと腰掛け、2度目の深い溜め息を吐く。
そこがエレンの座っていた箇所だなんて自覚はリヴァイにはなく、彼は片手にハタキを握り締めたまま考える人になっていた。
シュールである。
601: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:11:49.35 d AAS
スン、と鼻を鳴らしたミケに、即時復活を遂げたハンジが食いついた。
「そうそう! 特にペトラなんか女神って言われてるクリスタと張り合っちゃって、この間恋バナしてたよ!」
「恋バナ?」
「そ、恋愛話。まあリヴァイには縁がない…わけでもないか〜」
靴箱にラブレター入ってたりするもんねえ、とハンジは笑う。
「迷惑なだけだ」
「うわ、今の台詞で世の男子生徒を敵に回したよ?」
「知るか」
調査団の部室はそろそろだ。
「じゃあ、クリスタは彼氏欲しいな〜とか思わないの?」
「そんなもんいらねーよ! アタシがいるからな!」
「もう、ユミルったら」
ペトラが笑顔のままで固まった。
そのシュールさにクリスタとユミルは気づくことはなく、ペトラは自ら金縛りを解く。
「と、ところで。クリスタは『恋に落ちる音』ってどんな音だと思う?」
引き攣る口許を直したペトラが、改めて会話を再開させた。
クリスタは疑問を抱かず食いつく。
「素敵な言葉ですよね! 私の好きな曲にもその歌詞があるんです」
「確かに素敵よね。でもこれってどんな音なのか気にならない?」
気にならない、わけでもなかった。
「うーん、心臓が鳴る音だとしたら、ドキン?」
言ったクリスタを、ユミルが後ろからぎゅうぎゅうと抱き締める。
「うっわ可愛い! アタシはそんなクリスタにキュンってするな!」
ペトラは笑顔のまま固まりかけたのを阻止した。
「『ドキン』と『キュン』ね。あり得そうだわ…」
「何か可愛らしいものが落ちる音なら、『コトン』とかじゃないか?」
唐突なエルド参戦。
それをペトラとクリスタは許した。
「一理あるわね」
「あっ、一目惚れなら目が合った音とか!」
「それどんな音だ?」
「え、えっと…ばちん?」
まるで火花だ、頬を張られた音だと笑ったところへ、不機嫌な声が割り込む。
「おい、てめぇら。調査団の活動は静かにやれと言わなかったか?」
「リ、リヴァイ先輩!」
ガラリと調査団部室の扉を開けると、まさに噂をしていたペトラとクリスタ
602: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:11:53.20 d AAS
「じゃあ、クリスタは彼氏欲しいな〜とか思わないの?」
「そんなもんいらねーよ! アタシがいるからな!」
「もう、ユミルったら」
ペトラが笑顔のままで固まった。
そのシュールさにクリスタとユミルは気づくことはなく、ペトラは自ら金縛りを解く。
「と、ところで。クリスタは『恋に落ちる音』ってどんな音だと思う?」
引き攣る口許を直したペトラが、改めて会話を再開させた。
クリスタは疑問を抱かず食いつく。
「素敵な言葉ですよね! 私の好きな曲にもその歌詞があるんです」
「確かに素敵よね。でもこれってどんな音なのか気にならない?」
気にならない、わけでもなかった。
「うーん、心臓が鳴る音だとしたら、ドキン?」
言ったクリスタを、ユミルが後ろからぎゅうぎゅうと抱き締める。
「うっわ可愛い! アタシはそんなクリスタにキュンってするな!」
ペトラは笑顔のまま固まりかけたのを阻止した。
「『ドキン』と『キュン』ね。あり得そうだわ…」
「何か可愛らしいものが落ちる音なら、『コトン』とかじゃないか?」
唐突なエルド参戦。
それをペトラとクリスタは許した。
「一理あるわね」
「あっ、一目惚れなら目が合った音とか!」
「それどんな音だ?」
「え、えっと…ばちん?」
まるで火花だ、頬を張られた音だと笑ったところへ、不機嫌な声が割り込む。
「おい、てめぇら。調査団の活動は静かにやれと言わなかったか?」
「リ、リヴァイ先輩!」
ガラリと調査団部室の扉を開けると、まさに噂をしていたペトラとクリスタ、ついでにユミルたちもいた。
不機嫌オーラ全開のリヴァイの後ろから、ハンジとミケも顔を出して部室を見回す。
何の話してたの? と続けるハンジに、ミケがスン、と鼻を鳴らした。
「甘い話だ」
「え、空気甘いの?」
ハンジも真似して嗅いでみるが、さっぱり判らない。
「甘い…ああ、かもしれないですねえ」
ユミルは相変わらずクリスタを抱き締めながら答えた。
「『恋に落ちる音はどんな音なのか』っていう話をしていたんです」
爽やかなクリスタのその笑顔こそが恋だと、ライナーなら言ってのけそうだ。
603: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:12:19.34 d AAS
リヴァイは眉を寄せる。
「…『鯉が落ちる音』…?」
「ちょっ、リヴァイ。あなたそれ素なのww?」
ハンジがうっかり草を生やして吹き出した。
さすがにリヴァイ相手は不味いと思っているのか、ユミルは吹き出しそうな口を両手で押さえている。
グンタとエルドも顔を逸らし、オルオはさっさと舌を噛んだ。
クスリと笑ったペトラは、非常に堂々としている!
「違いますよ、リヴァイさん。『恋に落ちる音』です」
「そんな音があるのか?」
「マジボケかよ!」
リヴァイが恋愛事に興味がないことがよく分かる。
一頻り笑ったハンジが話に加わった。
「あれだね、よく歌詞にあるやつだろう? その音がどんな音かって話かな」
「そうなんです。候補が幾つか出ていて」
クリスタが指折り数える。
「まずは『ドキン』で、似たような形で『ドキッ』もそうかなって」
「ふんふん、なるほど。漫画とかでもよくある表現だよね」
控えめな『トクン』とかもありかな! と思い付いたハンジに、ペトラがおおっ! と身を乗り出す。
「『トゥンク…』ってやつだな? 少女漫画定番の!」
ユミルがケラケラと笑い、謎の擬音祭りが始まった。
「さっき言ってたんですけど、よくあるのはやっぱり『きゅん!』ってやつですよね!」
「あー、あるある! 私は巨人ちゃん見てるときゅんきゅんするなあ!」
「「「いえ、それはないです」」」
一斉に否定されても、ハンジはえぇー、と唇を尖らせるだけで凹みはしない。
リヴァイは1人考えていた。
604: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:12:23.09 d AAS
(…きゅん…だと?)
口の当て布を下ろして振り返ってきた、三角巾姿のエレン。
(ドキン……だと…)
膝に立てた両手に顎を乗せて、膨れっ面をしていたエレン。
「あ、ハンジさんは一目惚れの音ってどんなだと思います?」
「一目惚れかあ。目が合ったときだから、やっぱり『バチッ』じゃない?」
目が合ったあの体育大会の日、そんな音が…。
(聴こえてない、聴こえてない、そんな音は…)
「まあ、でもさあ」
ハンジがひらひらと片手を振る。
「『ドキドキ』も『キュンキュン』も、すでに恋してる音だよねえ」
てことは、私はいつでも巨人ちゃんに恋してるってことだね! 知ってた!
騒ぐハンジに、ユミルも改めてクリスタの頭を撫でる。
「アタシもいつだってクリスタに恋してるぜ!」
「もう、ユミルったら」
三様に花を飛ばす彼女らに、ペトラは今度こそ口許を引き攣らせた。
「わ、私だって…!」
605: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:12:48.11 d AAS
私だって恋がしたいっ!
荒ぶり始めたペトラを宥めるエルドすら、気付かなかった。
沈痛な表情で考える人になってしまったリヴァイの姿に。
(いや、待て。あいつは男だぞ?!)
馬鹿なところも可愛いが、と思ってしまってから、またも無限ループに陥る。
リヴァイのオーラがピンク混じりの不味い色になっていることに気づいても、グンタは我関せずを貫いた。
相変わらずオルオは舌を噛んで悶絶していて、調査団の部室は騒がしい。
「…なあ、アルミン。鯉がどうかしたのか?」
エレンがミカサとアルミンと共に部室を覗いても、まだ誰も気づかない。
中を指差しながら尋ねたエレンに、アルミンは苦笑する。
「いや、エレン。魚の鯉じゃなく」
「裏庭の池に、巨大な鯉がいたらしい。そんな話をしている」
アルミンの言葉を遮り、ミカサが強引に続けた。
「へえ、すっげえな。釣れたらサシャが喜びそうだな!」
「ダメだよ。鯉は寄生虫がいっぱいいるんだから」
「えっ、そうなのか?」
「そう。エレンに近づけるわけにはいかない」
ミカサの強引な言葉の意味に気づいたアルミンは、いろいろと察して顔を青くした。
エレンはふぅん、と感心するばかり。
調査団の本日の活動ーーーなし。
解散!(笑)
606: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:12:52.32 d AAS
え? ハイヒールについて、何か面白い話はないかって?
とあるブランド服メーカーの、靴のデザイナー室に勤めているってだけのオレにそれ聞く?
あー、ハイハイ、判ったよ。
んじゃ今から話すエピソードは、別に他言無用じゃねえけど自己責任でやれよ?
…下手したら本人様に削がれるからな。
どこをって? バカ、聞き流せよ。
で、ハイヒールな。
ここに話聞きに来るってことは、春と秋にあるコレクションは知ってるよな。
そのコレクション企画のときにだけ、アトリエに来るデザイナーがいるんだよ。
名前はリヴァイ・アッカーマンって言って、東洋の2世って言ってたかな。
どんなって…うーん、目つきめっちゃ怖くて背が低い。
まあ、その辺と人種の話で馬鹿にすると完膚なきまでに叩き潰されるけどさ。
…察しろ、話さねえよこれは。
んで、そのアッカーマンさんな。
靴のデザイナーなんだけど、自分担当のデザイン試作で最終版になると、必ず違うカラーリングで2足分作らせるんだ。
例えばこのハイヒール。
ターコイズブルーのグラデーションとシルバーのリボン彫刻だろ。
607: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:13:19.09 d AAS
これ、決定稿がターコイズブルーであって、最終版の試作はクリームイエローとオレンジのが別にあった。
そんで出来上がった2つの試作を持ち帰って、一晩考えて翌朝に自分の決定を全員に伝えて最終審査に入るんだ。
オレは思ったね。
「ハイヒールをじっくり眺めて決めるなら、アトリエでやっても同じじゃね?」って。
だから、恐れ多くもご本人に聞いてみたんだ。
「なんでわざわざ家に持ち帰るんですか?」ってよ。
…うっせ、同期にも「死に急ぐなバカ!」って散々言われたっての。
ああ、あと「死に急ぎは間に合ってるから戻ってこい!」とか言われたわ。
ある意味プライベートに関わる話なわけだろ?
オレ死ぬかも、ってさすがにちょっと思ったけどさ。
訊いたとき、アッカーマンさんびっくりしてた。
どんな美女に言い寄られても鉄壁な無表情のあの人が、なんか目ぇ丸くしてたし。
驚いたからか珍しかったからか、休憩時間に答えてくれたよ。
…先に言っとく。
そのコーヒー、零すんじゃねえぞ?
あの人こう言ったんだよ。
『恋人に似合う方を選ぶためだ』
…ってよ。
っぶねえ?! だから零すなって言ったんだろが!!
大丈夫か? そ、ならいいや。
コレクションは時流を作るから、いろんな人間が知恵と予測を持ち寄ってデザインとかを決める。
もちろんアッカーマンさんもそれを元にデザインを作る。
けどあの人の中では、最終的にはいつも『恋人に似合う方』を選ぶのが正しいんだとさ。
あー、はいはい。
気持ちは分かるよ、ゴチソウサマってやつな。
でもまだ終わりじぇねえよ?
恋人っつーかな、あの人もう結婚してる。
正確に言うと恋人じゃなくて『パートナー』なんだけどな。
…うん、相手は男だ。
なんつーか、乱暴な表現になるけどキラッキラしてる子だな。
イケメンでモデル体型だけど、それよりも身の内から輝いてるってーの? そんな感じ。
もちろん訊いたさ。
「男性ならコレクション用デザインのハイヒールなんて履けませんよね?」って。
…だーから、死に急ぎ言うな!
『履けなくても似合うかどうかは分かる』ってよ。
おい、おい、机叩くんじゃねーよ、やかましい。
608: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:13:23.75 d AAS
『すえながくばくはつしろください』? なんだその呪文?
オレもその続き聞いて居た堪れなくなったけどよ…。
『あいつの足元に1足ずつ置いてじっくり見て、その次はあいつに片方だけ持たせるんだ』
『シンデレラの硝子の靴みてぇにな』
…っ、そうだよ! 惚気に使われたんだよオレはっ!!
右か左かどっちかの靴だけそのパートナーに持たせて、絵になる方を選ぶってこったよ!!!
もう、マジで居た堪れなくてオレバカだったわ…ほんと走り去りたかった。
あっ!
おいこら待て、まだあるんだよ続きが。
ほら、ちょうどあそこにアッカーマンさん居るだろ。
そうそう、エントランスの。
黒髪は珍しいからすぐ分かるよな〜。
で、隣がアッカーマンさんのパートナーな、確かエレン君って名前だったかな。
…な?
なんかキラッキラしてるだろ?
でさ、そのエレン君の足元見てみろ。
見たことある色とデザインしてねえか?
ご名答。
この間の春夏コレクションで、うちが女性用で出したデザイン。
アッカーマンさんが担当したやつのな。
紳士靴でも出してたのかって? いいや、出してねえ。
あれはアッカーマンさんが、決定稿になったやつを紳士用にデザイン落とし込んだやつだ。
コレクション分の作成が一段落した頃に、あの人自分でアトリエの職人に発注してるんだってさ。
名目は「紳士用への転用試作」らしいんだけど、もうだーれもそんなこと信じてない。
けどあの人、厳しいけど誠実だから信用力凄くて、みんなそういうことにしてる。
まあ、な?
あんたもあれ見りゃ、ピーン! と来るよな。
紳士用への転用試作なんかじゃなくて、恋人に贈るために作ってるってさ。
社員だしデザイナーだし、ってんで若干は安いらしいけど、でもほぼオートクチュール料金だぜ。
信じられるか?
オレは無理だね…オートクチュールなんて頼めねえよ。
609: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:13:54.73 d AAS
あー、うん。
アッカーマンさん居ないとこで、エレン君と話す機会あったんだけどさ。
その靴のこと聞いてみたんだ、去年だったかな。
コレクションと同じアッカーマンさんデザインの靴、贈られてどんな感じ? って聞いてみた。
そしたらまず苦笑してたよ。
そりゃあな…。
『どう見ても高そうじゃないですか…。タグには本革って書いてありますし。
初めはもちろん断りましたけど、すでに作って俺の手元にあるわけで、しかも俺しか履けないし』
『なんで仕方なく履いてたら、見る度にすっごい嬉しそうな顔してるんですよね…。こっちが恥ずかしいくらいに』
『しかもコレクション終わったと思ったら、また違うやつ作って持ってきますしね…』
『こんな高いものは止めて下さい! ってきっぱり言ったら、なんて返したと思います?』
『"年に2回だけの俺の趣味を奪うんじゃねえ。こいつの発注費はxxx(桁が凄い)だが、俺の年収はxxx(やっぱり桁が凄い)だ。何の問題もねえだろうが!"って何か勢い良く…』
『あはは…。お察しの通り、諦めましたよ』
言ってたエレン君も、負けず劣らず嬉しそうな顔してたとオレは思うけどな。
2人の家、かなり立派なシューズクローゼットあるらしいぜ。
…おっと、アッカーマンさんたち帰るみてえだ。
こんな偶然ないだろうし、エレン君の今履いてる靴の話聞いてみたら?
惚気話はもう結構? そりゃそうか。
んじゃ、オレの話はこれでオシマイ!
良い話だっただろ?
End.(笑)
610: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:13:58.68 d AAS
小さい頃に父親グリシャの部屋にあった写真集。
今はもう実家のどこにあるかもわからない。
空、街中、植物、動物…同じカメラマンの写真集がワンセットで置いてあった。
医者であったグリシャの部屋は医学書ばかりが並び、海外の言葉で書かれた本も多く、どれを見ても当時のエレンには理解ができなかった。
当時の、とは言っても今読んだところで、医学を専攻しているわけでもなければ、外国の言葉に強いわけでもない大学生のエレンには到底理解ができる内容でもない。
読んでみたいともあまり思わないのが正直なところだ。
そんな中で写真集は異彩を放っていた。並んだ背表紙からも小難しい医学書ではないことが簡単に見てとれる。
グリシャの趣味とも思えないが、確かにそれはそこにあり、エレンはグリシャの不在時に父親の部屋に忍び込んではパラパラとページをめくって楽しんでいた。
それは母親のカルラが病気で亡くなるまで続きカルラが亡くなった後は掃除や整理をする人間がいなくなったことで、いつのまにかその写真集は医学書の中に埋もれて見つけられなくなってしまった。
この季節、時折吹く風はまだ冷たい。しかし日に日に気温はどんどん暖かくなって春の訪れを告げていた。
もう少し経てばコートも要らなくなるだろう。
アパレルショップはもう春の新作がショーウィンドウに並んでおり、春らしいパステルカラーが駅前の通りを彩っていた。
ショップの奥では一部の冬物衣類のセールをやっている店もある。
何か掘り出し物がないか立ち寄りたくなって、しかしそこで提出期限はまだ先とは言え、課題のレポートがまだ完成していないことを思い出せば、自然と足が帰宅を急いだ。
大学の講義も昼過ぎに終わり、アルバイトもない。早くレポートを仕上げてしまおう。
前方から携帯電話を見ながらふらふらと人が歩いてきたので、そっとよけて人とすれ違えるだけのスペースを空ける。
人通りが多い。
都会の人は歩くスピードが早いというのは本当だった。
またせかせかと歩く小柄な男性が前方から歩いてくる。
ぶつかりそうな距離ではなかったのでエレンは今度はよけるような動作はせずにそのまま歩き続けた。
「!」
男性とすれ違った時だった。ぐいっと腕を掴まれてエレンの体は後方へと引かれ、驚いて振り返れば、そのまま男と目が合う。
611: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:14:30.26 d AAS
思い出せたところで、モデルになるつもりがないエレンは今度はこの場をどうやって切り抜けよう考え出す。
「あー……じゃあ、考えます。考えるので、とりあえず離してもらえないですか?」
試しに名刺を受け取って曖昧な返答をしてみせてみた。
すると、思いの外すんなりと腕は解放されて自由になる。返事が決まったら連絡してほしいと告げられ、また曖昧に言葉を濁す。
「いい返事を期待している。返事が決まっていなくとも質問があれば何でも答えるから連絡してほしい」
「わかりました。ちょっと急ぐので今日はこれで、」
名刺を鞄にしまい込んで頭を下げる。律儀にもリヴァイもまた頭を下げてくれた。
終わってみれば因縁をつけられたわけでもなんでもない。
キャバクラのキャッチに声をかけられたようなものだと頭を切り替えて、逃げるようにしてその場を離れた。
万が一にでも後をつけられていたら困るので、時々振り返って後方を確認したがリヴァイの姿は遠くなる一方でそんな様子はない。良かった、助かった。
ほっと息を吐いて、帰路を急ぐ。住んでいるマンションまでここから歩いて十五分。
そんな出逢いとも言えない出逢いからひと月ほど経った頃だった。
ひと月も経てば、リヴァイのことは変な勧誘を受けただけ。飲み会の話のネタにもならない出来事になっていた。
もらった名刺は鞄に入れたままなのでぐしゃぐしゃになっているだろう。
そういえばこの間、傘を持ってもいないのに雨に降られたから濡れて文字すら読めないかもしれない。
早めに処分しておいたほうが良さそうだ。
あの時やろうと思っていた課題のレポートも早めに終わらせることができて、もう提出済み。大学生活は順調だった。
来週くらいにはまた新しい課題が出されるかもしれない。
金銭面の面倒をみてくれているグリシャのためにも、エレンは勉強しなければならなかった。
『……続いて、特集コーナーです。今日は写真家のリヴァイ・アッカーマンさんについて! 知る人ぞ知る写真家ですが、』
突然、夕方のニュースを流していたテレビから聞き覚えのある名前が聞こえてきた。
「え?」
思わずエレンがテレビを見ればそこには先日見た顔の写真が画面の半分を占領し、リヴァイ・アッカーマンと紹介されている。
612: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:14:34.22 d AAS
混乱するエレンを置いて、リヴァイの顔写真が映っていた画面は次に彼の撮った過去の写真や写真集をスライドで流し出す。
見たことのある写真だった。
一部、エレンの知らない写真もあったが、出てくる写真のどれもがエレンの記憶にあるものばかりだ。
忘れもしないし、間違えようもない。それはグリシャの部屋にあった写真集の写真だった。
(だからなんとなく聞き覚えがあったのか?)
リヴァイについて調べもしなかったエレンはその事実に愕然とする。信じられない真実に頭がくらくらした。
リヴァイは、怪しくないどころか好きだとも言える人物らしいことが分かる。
ああ、でもこれで名前が分かったから写真集が買える。
違う、自分はなんて失礼なことをしたんだ。でもあの場では仕方がない。
いきなり写真を撮らせてくれなんて言われて警戒しないはずがない。あの写真集のカメラマンだなんて誰が思うか。
『アッカーマンさんはまだ発売日は未定ですがまた写真集を出すそうです。今度は自身初の人物写真がメインで、それに合わせて個展も予定しているだとか……これは楽しみですね!』
テレビのアナウンサーは既に纏めに入っている。特集と言えどもコーナー自体の時間は三分程度の短いものだ。
その三分間でこんなにも混乱したのは世界広しと言えどもエレンだけではないだろうか。
久々に見た思い出の写真はやはりどれも綺麗だった。
思い出補正などは決してなく、どれもが記憶以上のもので、改めて好きだと思った。
特集コーナーが終わるとニュースは一旦コマーシャルへ移る。
新商品のお菓子のコマーシャルで独特の歌が流れていた。
頭に残ってたまに鼻歌で歌ってしまうけれど、今はそんなものは一切頭に入ってこない。
エレンは慌てて、鞄を置いてある部屋の隅まで走り、中を乱暴に探り出した。
あの名刺はどこへいった? 鞄のどこかにあるはずだ。
「あーもう!」
探してもなかなか目当てのものが見つからない。苛立って鞄の口を逆さまにひっくり返して中身を床にぶち撒けた。
613: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:14:59.85 d AAS
物をひとつずつよけて探すとやがて角が折れてボロボロになり、雨水で茶色くシミができてしまったいるそれが見つかる。
幸いにもまだ字は読める状態だった。
「良かった! あった!」
両手でそれを取り上げて、指先で折れてしまった場所を伸ばす。そんなことしたって元の状態には戻らないことはわかっていても、そうせずにはいられなかった。
ひと文字ずつ指でなぞる。
自分がリヴァイの世界の中に入れるとは考えもしたことがなかった。
似合うとも思えない。あれからもうひと月も経っているし、待っていると言われたのにエレンはリヴァイに連絡のひとつだってしなかった。
考えるとごまかして、しっかりとした断りだってしなかったのに、好きな写真家だったというミーハーな理由で話を蒸し返されても困らせるだけだろう。
なんだこいつは、と嫌な印象を与えてしまうかもしれない。返事もしていない時点でもう充分嫌な奴だが。
「はぁ……」
大きなため息がエレンから漏れる。落胆していた。
(もったいなさすぎる、)
あの後になんでリヴァイのことを調べなかったのか。
レポートの提出日はまだ先だったのだから少しでももらった名刺に書かれた名前をインターネットで検索をかけてみれば良かったのだ。
たったの一分、時間を使っていればきっと今と違う結果になっていた。
一気に後悔が押し寄せてきて、エレンの気持ちはどんどん下降する。
もう夕食を作るのも面倒だった。
そう思いつつも、腹は空腹を主張してぎゅるるるると鳴いていた。
「気晴らしに外で食べるか…」
なにか美味しいものでも食べて気持ちを落ち着かせよう。
エレンは財布と携帯だけをジーンズのポケットに突っ込むと、ついたままだったテレビの電源と部屋の照明を落として駅前へ向かった。
歩きながら店を決める。
最近できた個人経営の洋食屋にしようか。
とても美味しかった。今度ディナーでも利用したいと思っていた店だ。
とぼとぼと歩いていると、もうその店は目の前だった。
開店したばかりでまだ客は少ない。
真新らしいドアに手をかけると、ドアの内側にかけられたベルが来店を知らせてチリンチリンと鳴った。
落ち着いた照明の中に客はひと組。奥のテーブルに座って何やら歓談中のようだ。
614: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:15:04.17 d AAS
店主とウェイター、それぞれからいらっしゃいませと声をかけられたので会釈して、カウンター席へと座る。
奥の客がどんな料理を頼んでいるのか気になって、メニューを開く前に横目で盗み見た。
「あっ!」
しかしエレンの視界に飛び込んできたのはテーブルの上の料理ではなく客の顔だ。忘れもしない。
あの顔、あの髪型。そこにはリヴァイが女性と対面して座っていた。
声を出した時、リヴァイと目が合った気がする。
通りすがりのようなものだったし、もしかしたらリヴァイはエレンのことを忘れているかもしれない。
でも覚えていたら気まずいことこの上ない。
急いでメニューを開いて、その中の文字列を追った。
カタカナばかりの料理名でちっとも頭に入ってこない。流し見るようにしてページを次々とめくっているとあっという間に最後のページまできてしまった。もう一度最初のページに戻る。
奥の席が気になって仕方がない。何かぼそぼそと話している。
「……ほら、行ってきなよ。アンタなら大丈夫だって。わたしもう帰るからさ」
何かエレンにとって不穏な内容な気がする。
(行ってきなって、もしかしなくてもオレのところにか? いや、お姉さん帰らなくていいですよ。助けてください。あっ、ちょ、立った。こっち来る。やばいやばいやばい……)
顔面蒼白。なんだか急に体調が悪くなってきた。呼吸が苦しいし、鼓動も尋常じゃないくらい早い。
変な汗も出てきたし、顔も熱い。熱でもあるんじゃないのか。帰ったほうがいいんじゃないか。
カルパッチョってなんだっけ。サルシッチャってなんだっけ。あれ? アヒージョって踊り食いのこと? コンフィって猫の種類じゃなかったか?
まさにエレンの頭はパニックだった。
数歩の距離なのにリヴァイがこちらに来るまでがひどく長く感じた。
そうだ、きっとトイレがこっちにあるんだ。そうに違いない。
以前トイレを借りた時に奥に行った記憶を打ち消してそんな現実逃避まで始めるも、リヴァイはエレンの背後でその足を止めた。
「…………」
615: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:15:29.97 d AAS
「よう、覚えているか?」
「…………」
「チッ、」
緊張でなにも言えない。後ろを振り返ることすらできない。
背中を丸めるとメニューにどんどん顔が近づいていき、もうすぐメニューとキスしてしまうそうだ。
そんなエレンの気を知ってか知らずか、リヴァイはエレンの隣の椅子を引いてそこに腰かけた。
体は完全にエレンの方を向いている。頬杖をついて、メニューとキスする五秒前のエレンをじっとりと眺めていた。
怖い。最初に腕を掴まれた時の恐怖が蘇る。いや、今日はエレンに後ろめたいことがある分、初対面の時よりももっと怖い。
こんなに怖い人があんな綺麗な写真を撮ってるだなんて詐欺だ。
「このひと月、ずっと連絡を待っていたんだがそろそろ待ちくたびれたな」
わざとらしいため息。視線が痛い。リヴァイは目から針でも出てきて自分をチクチクと刺しているのではないか。
「…あの、それ…オレに言ってます…よね…」
「あ? 忘れたのか?」
この期に及んで、もしかしたら人違いかもしれないという可能性にかけて確認してみると、針がナイフに変わった。
ようするにさらに鋭い目つきで睨まれた。
「すみません! よくある勧誘だと思って無視していました! でも本当に写真家さんで、しかも昔よく見た写真集の人で、まさか道ばたでいきなり腕をすげえ力で掴んできて自分を撮りたいと言った人がその写真家さんだなんて思わなくて、……ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げると、ゴツン! といい音がした。
メニューとのキスは避けられたが、テーブルとは額でキスをしてしまう。
どうにでもなれとばかりに正直に話して謝罪する。
まだ心臓はドキドキとうるさい。
「……まあいい、」
「…………」
ふっとリヴァイを纏う空気が変わった。
針もナイフも感じない。
おそるおそる顔を上げてリヴァイを見ると無表情に近いが笑っているような顔をしていた。
(怒ってない……?)
「飯食いにきたんだろ。何にするんだ? ここは何でも美味いが、メニューになくても食べたいものがあれば言え。店主が知り合いだから作らせる」
その言葉にこの店がリヴァイのテリトリーだったことを知る。
また腹の虫が空腹を訴えて鳴き出して、エレンは羞恥で赤くなった顔をメニューで隠した。
616: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:15:33.77 d AAS
小声で伝えると、リヴァイは知り合いだと言う店主にハンバーグのチーズ焼きとサラダ、ライス大と辛口のジンジャーエールを注文した。
次いで、会計はリヴァイ持ちでいいと言い、自分用にグラスシャンパンを頼んでいる。
奢ってもらう理由がないと慌てたエレンは会計は別にしてほしいと頼んだが、あえなく却下されてしまった。
曰く、何の欲目もなしに奢るわけがない。下心があるに決まっているとのことだった。
「まだモデルは決まっていない。撮らせてくれ。その目が欲しい」
睨むでもなく、ただ真剣に目と目を合わせてそんなことを言われると、口説かれているような気分になる。
男同士なのに妙な気分になってしまいそうだ。
改めて見るとリヴァイは整った顔立ちをしていた。
背こそ低いが、欠点はそれくらいに思える。
リヴァイと一緒にいた女性はエレンがメニューに沈んでいる間に本人の宣言通りに帰ってしまっていたようだ。
エレンがようやくまともな思考で話せるようになったと判断したのか、リヴァイはテーブル席に置いていた荷物を取りに一旦席を立ち、またすぐに戻ってきて先ほどと同じようにエレンの隣に座った。
「さっき、テレビでアッカーマンさんの写真を見ました。特集コーナーで、」
「リヴァイでいい」
「……リヴァイ、さん…………昔、父親の部屋にリヴァイさんの写真集があったんです。でもどこかにいってしまって、誰の写真集かも分からなかったそれっきりだったんですけど、やっと分かったので今度買おうと思います」
リヴァイが切り取った世界はどれも美しい。ずっと好きだった。
新しい写真集も発行されているのなら調べてそれも買いたい。
彼が話したいこととは違うことは分かりつつ、好きだと訴えることをやめることはできなかった。
本当なら今ここで携帯電話を使ってネットショッピングでもしてポチっと購入してしまいたいくらいだ。
「そんなことを言うといい返事だと期待するが?」
617: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:16:09.58 d AAS
頼んだグラスシャンパンが出される。合わせて、ジンジャーエールもエレンの前に置かれた。
軽く乾杯をしてからひと口飲む。シュワシュワした炭酸で頭が冴えてきた。
テレビを見た時はモデルを引き受ければ良かったと後悔したが、本当にエレンで良いのだろうか、と疑問がわく。
当たり前だがエレンは一般人だ。
どこにだっている大学生で、リヴァイはやたらと目を褒めてくれるけれどそれだって人より少し大きな釣り目というだけだ。
目力が強いとはよく言われる。でも目が大きければそんなことは必然で、ほかにも似たような人はいるだろう。
それどころか、もっと良い人だってたくさんいるはずなのだ。
リヴァイがエレンを選ぶ理由がないように思えた。エレンでなければならない理由が、エレンには分からない。
素人を使うより、プロを使ったほうが撮影も楽に進む。
何より、自分がリヴァイの世界に紛れ込むことで、彼の世界が汚れてしまうんじゃないかと恐怖すら感じてしまった。
すっかり怖じ気づいたエレンはそれを素直にそのまま伝える。
「…お待たせさせてしまったのに申し訳ないです」
リヴァイの期待する返答ができない自分が悔しかった。もっとエレンに自信があれば、喜んでと言えたかもしれない。
「…言いたいことはそれだけか?」
そう尋ねたリヴァイどこか、覚悟を決めたような表情に見えた。
シャンパンを口に含んで、喉を鳴らして飲み込む。
「いいか、よく聞け…………俺は、お前に一目惚れした。だからお前が一番綺麗だと思っているし、一番綺麗に撮れる自信がある。
好きだと思った奴を撮りたい。
自分の世界に入れたい。そう思うことは自然だろう? 他の奴じゃ駄目だ」
「え」
「惚れたと言っても付き合えとは言わない。好きだ。撮らせてほしい」
緊張しているのか、リヴァイの肩がわずかに震えていた。
突然の告白にパチパチと目を瞬かせる。
リヴァイに見えないようにカウンターテーブルの下で自分の手の甲を抓ってみると痛かった。夢じゃない。
口説かれているみたいだ、と思ったのは勘違いじゃなくて、真実だった?
「え、は…?はああああ?なん、どういう…っ!」
「一度しか言わねえよ。こっぱずかしい」
リヴァイもどこかぎこちない反応を大混乱中のエレンに返して暫く無言が続いた。
618: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:16:13.53 d AAS
ピピピ! と調理場からタイマーが鳴っているのが聞こえる。
頼んだ料理がそろそろ出来上がるのかもしれない。こんな状態で食べて味がわかるか不安だ。
「引き受けてくれないか」
立ち上がって頭を下げるリヴァイにエレンはどうすれば良いのか真剣に考えた。
教えていないので、リヴァイはエレンの名前も知らない。
知り合ったばかりのおそらくかなり年下の男に告白をすることにどれだけ勇気と覚悟が必要だろうか。
不思議と嫌悪感はなかった。
エレンでなければならない理由もあった。
断ろうと思った理由は自信がなかっただけ。
嫌なことはハッキリと嫌だと言える人間だ。
実際今までそうして自分の意志を相手に伝えて生きてきた。
そのせいで衝突することも少なくなかったが、それがエレンだ。
ならばもう答えは出ている。
「次の写真集だけでいい。頼む」
リヴァイの頭は下げられたまま、今どんな表情をしているのかは分からない。
でもきっと真剣だろう。
真剣に自分を撮りたいと思ってくれている。
好きな写真家の作品になれる。
だからこそ緊張もするし、不安だって大きい。
(だけど、)
こんなに光栄なことは他にあるだろうか。
「……分かりました」
「!」
言ってしまったからには取り返しはつかない。リヴァイの覚悟に、エレンも覚悟を決めた。
リヴァイがやっと頭を上げる。
目を丸くして、驚きと喜びが混ざったような、そんな顔だった。
「いいのか?」
「本当に、オレでいいのなら」
こくりと頷いて見せる。とても小さな声でありがとう、と聞こえた気がした。
目尻を下げて微笑んだリヴァイにエレンの胸が高鳴る。
619: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:16:39.41 d AAS
これはなんだ。
告白されたせいか、なんだか変に意識してしまっているのかもしれない。
いまだに立ったままのリヴァイに座るように促してから、自己紹介をした。
すると名前を褒められ、またドキドキしてしまう。
タイミング良く出てきた料理を食べることでなんとか平常心を保ちながらエレンはリヴァイと会話を続けた。
食べた料理はこの店のメニューをコンプリートしたくなるくらい美味しかったのでランチもディナーも外で食べる時は暫くこの店に来ることを決意した。
それをリヴァイには言う余裕はなかったけれど。
リヴァイは終始柔らかな雰囲気を出しており、エレンの返答にとても満足したことは確かだ。
連絡先を交換した時もエレンの電話番号を登録した後に大事そうに自分の携帯電話を見た後で、エレンには「絶対に削除するんじゃねえぞ」と凄んできた。
「本当に引き受けてくれて嬉しく思っている。短期アルバイトとして契約書を書いてもらいたいから後日、俺の事務所まで来てほしい」
聞けば、正式に書面で契約を交わすこと、撮影した日の分はしっかりと給料を出すと言われ、それならばと都合のつく日と時間帯をいくつか提示するとあっさりと来所する日取りが決まった。
写真集の為の撮影なんてもちろん初めてのエレンはどれくらいの時間が取られるかは想像もつかない。
今のアルバイトの合間にできるか心配になって尋ねるとできる限りエレンに合わせるが、リヴァイもスタッフも他の仕事もあるので多少は融通をきかせてほしいことを頼まれ、それには引き受けた手前、了承した。
そうしているとエレンが家を出てからもう四時間も経っていた。そろそろ帰る時間だと、トイレに立つ。
用を済ませて席へ戻ると支払いは終わってしまっていた。
「こういう時は収入の多い大人に任せるもんだ」
けろりと言い放つリヴァイが少しだけ憎くなった。
確かに大学生と社会人では収入は大きく違うが、支出だって違うはずだ。
なんとなく腑に落ちない気持ちになって無言でリヴァイを睨むと頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
完全に子ども扱いじゃないか。
「家まで送る。どっちだ」
「ち、近いのでそれはさすがに大丈夫です!」
今度はリヴァイが不服そうな顔をする。
言いくるめるのにかかった時間は十五分。なかなか粘られたほうだろう。
620: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:16:43.37 d AAS
数メートル進んでから振り返るとリヴァイはまだ店の前でエレンを見ていた。見えなくなるまで見送るつもりらしい。
お辞儀をすると手を振られ、エレンは携帯電話を取り出した。
メールを起動させて登録したばかりのリヴァイのアドレスを選択する。
『風邪引かないうちに帰ってくださいね。今日はごちそうさまでした。おやすみなさい』
本文を入力して送信ボタンを押す。メールに気づいたリヴァイがそれを読んでいる間に走って逃げるように帰った。
家を出た時と違って、とても気分が良い。今夜はぐっすり眠れそうだった。
2、
「おはようございまーす」
「今日はよろしくお願いします」
テレビでしか見たことのない機材を持つ人々が行き交っていた。
あれからエレンは約束通りにリヴァイの事務所でアルバイトの契約を交わし、元々働いていたアルバイト先に少しシフトを減らす交渉をした。
タイミング良く大学は春休みに入り、自由な時間が増えたこともあって、そこまでシフトを減らさずに撮影にも当たれそうだ。
リヴァイが春休みとゴールデンウィークに集中的に撮影を行う計画を立てて、今日はその初日の撮影の日だった。
指示された時間に事務所へ行くと、控え室に連れて行かれて簡単に化粧をされた。
ファンデーションで肌を整える程度だったが、生まれて初めての化粧だ。
顔にペタペタと塗られる感覚に息苦しさを感じた。
今日のところは髪はそのままでいいらしい。自然な感じがいいのだそうだ。
これから三ヶ月ほど撮影は続く。
まずは近場からと廃ビルでの野外撮影と、白ホリスタジオを利用しての室内撮影をする予定だ。
廃ビルでの撮影ではエレンがメインになるものもあれば、なんとなく誰かがいる程度にしか写っていないような写真も多く撮られた。
休憩中に撮った写真を見せてもらうとリヴァイの作品作りに参加ができていることを急激に実感してわくわくしてくる。
夢みたいな現実だ。
ビルの使用許可が取れているギリギリまで撮影をした後、次はスタジオへと車で移動する。
スタジオという場所へ行くのも初めてだ。
一体どんなところだろうか。ドラマや漫画で見るような場所だろうか。
気持ちが高揚して普段よりもテンションが高くなる。
621: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:17:08.47 d AAS
しかしそれもスタジオでの撮影が始まるまでだった。
失念していたが、白ホリということはここで撮る写真はエレンがメインのものばかりなのだ。
廃ビルとは違って、エレン以外には何もない真っ白な空間にわくわくが全て緊張へと差し替わる。
緊張は如実に撮影に影響し、ガチガチに固まってしまったエレンは自分でもこれではリヴァイが思うような写真が撮れないことが分かってしまう。
「エレン」
見かねたリヴァイがエレンに声をかけて近づいてくる。
「上手くできなくてすみません…」
「そうじゃない。これを見ろ」
そうしてリヴァイの持っていたカメラの液晶画面を前に出された。
表示されていたのは廃ビルで撮った写真で、さっき見せてもらったのとはまた別のもの。
伏し目がちにどこか遠くを見るエレンがアップで写っていた。
「綺麗だろう。気張らなくても大丈夫だ。ポーズや視線はこっちで指示する。絶対に良く撮ってやるから自信を持て」
ぽんぽんと頭を撫でられるとそこからすっと緊張が解れていく。
リヴァイに頭を撫でられるのは二回目だった。
「よし、いい目だ。それを撮らせてくれ」
リヴァイにずっと褒められていた目。両手で顔を隠して目だけ出したり、下から見上げる形でカメラを睨みつけるようなエレンの目力が強調される構図やポーズでの撮影が続いた。
同じ構図でも色々と角度やライティングを変えてリヴァイの満足するまでシャッターは切られる。
最後に目のアップを撮られて、撮影は終了した。
撮った写真を確認するリヴァイにしきりに綺麗だと褒められ周りのスタッフもまた写真を見ると同様にエレンに賛辞を送ってくれた。
スタジオでの撮影中、リヴァイはよく喋った。
「いい」「そのまま」「もう少し腕を上げてくれ」「綺麗だ」「もっと睨めるか?」「今のは良かった」
リヴァイがいない時に教えてもらったが、こんなに喋るのは珍しいらしい。
もしかしたら緊張でガチガチになってしまったエレンを気遣ってくれていたのかもしれない。
「顔は怖いけど優しい人なんですよ」
教えてくれたスタッフはそう言って笑っていた。
この日の撮影の後は公園、車の中プールなど色々なところに行った。
スタジオもまた使用しては色々な小道具に埋もれたり、家具を使用したりと多種多様だ。
622: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:17:12.58 d AAS
撮影の終わりにいつもその日の写真を少しだけ見せてもらうのが楽しみだった。
やっぱりリヴァイの撮る写真はすごい。
自分が自分じゃないみたいで、色んな意味で感動する。
ぼーっと間抜け顔で立っていただけでもリヴァイの手にかかれば、物憂げに悩む美しい青年に変わる。
人物を入れた写真を撮るのが初めてなんて嘘みたいだ。
そんな、美しく世界を切り取るリヴァイという人間を知る度に、惹かれ、心を奪われてしまったのは必然だろう。
リヴァイは優しかった。
それはエレンだけにではなく、スタッフにもスタジオの管理人にも、誰にでもだ。
仕事もキッチリこなすし、周りの迷惑になるようなことは絶対にしない。
なんて怖い人だと恐怖し、不審がっていたのが遠い過去に思えた。
こうなると気になるのはリヴァイの気持ちだった。
モデルになってほしいと頼まれた日以降、彼の口からエレンに好意を示す言葉は出ていない。
今もエレンを好きでいてくれるのか。気持ちが変わらないのなら両思いのはずだ。
エレンのことが好きだから、一番綺麗に撮れると言っていた。
リヴァイが撮るエレンは本当に綺麗で、それが変わらずに好きでいてくれている証と思ってもいいのだろうか。
自惚れてしまいたい。
リヴァイのことを考えるとぽかぽかと体が温かくなった。
撮影は野外よりもスタジオで行うことが多く、この日はシャワールームで撮影をする為にハウススタジオの一階を借りている。
シャツをはだけさせ、肩を出した状態で浴槽に腰掛けたり、逆に服をすべて着込んだまま浴槽に入ったり。今日もシャッターは次々と切られていく。
浴槽には半透明のシャワーカーテンがついていて、そのカーテンを締めた状態でそこにうっすらと見えるシルエットの撮影をしていた時だった。
「うわ! え、な、ええ?」
設置された水道管からいきなり水が溢れ出してきた。
蛇口には触れてもいない。
瞬く間にエレンは水浸しになり、その冷たさに声を上げた。
カーテンを開けて逃げようとも考えたが近くには撮影機材が置いてある。
623: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:17:38.84 d AAS
自分が濡れるのはいいが機材が濡れることがあってはならない。
ここは自分がなんとかすべきだと判断し、水が出ている箇所を抑える。
水漏れ(というレベルの出方ではなかったけれど)が起きていることはきっとみんなすぐにわかるはずだ。
機材を避難させるまでは濡れても構うものか。
だが、エレンの思いもむなしくカーテンはすぐに開けられた。シャー!と勢いよくカーテンレールが滑る音と共にリヴァイが姿を現したのだ。
「機材が!」
「もう近くにはない。いいからお前も早く離れろ」
開いたカーテンの向こう側を見ると、確かに水がかかってしまう範囲から機材は既に撤収されていてエレンはほっと胸をなで下ろす。
「でもリヴァイさんまで濡れることなかったのに」
声を出して呼んでくれれば。
「それがお前を心配するなという意味なら却下だな」
勝手に体が動いたのだと、苦笑される。
水道管を抑えていた手を取られて、浴槽から出るように促されれば遮るものがなくなった水はエレンとリヴァイを容赦なく濡らした。
水も滴るいい男、という言葉がエレンの脳裏をよぎる。
しかも白いシャツを着ていたせいで濡れた部分がうっすらと透けており、大人の男の色気を感じる。
エレンはその肉体に目を輝かせた。
着痩せするタイプであったことを初めて知った。
透けて見える筋肉の付き方がすごい。
ひょろっとしたエレン自身の体とは比較にもならない。
「なに見てんだ。タオルもらって早く体を拭け。こんなもん素人じゃどうにもならん。管理人に連絡して業者を呼ぶ」
突然のアクシデントにもほぼ慌てることなく対処するリヴァイを尊敬の目で見る。
当然のことなのかもしれない。
でも自分がいざこの状態になったら落ち着いて対処できる自信はない。
リヴァイはスタッフに渡されたタオルで濡れた髪の滴を拭いながら携帯電話を片手にスタジオの管理人へ連絡していた。
管理人常駐のスタジオではなかったが、リヴァイからの連絡をもらうと管理人はすぐに水道整備の業者を呼び、自らも来てくれるとのことだった。
管理人はすぐ近くの別オフィスにいるらしく到着までに五分ほど要する。
特になにかをしてほしいという指示もなく、ただ安全なところで待っていてほしいと言われたとリヴァイがその場にいた全員に伝えてきた。
624: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:17:43.05 d AAS
撤収の準備をしている間に管理人は到着し、それから間もなく管理人が呼んだ業者もやってきた。
エレンは濡れた衣服を着替えて、髪を乾かし終えると帰宅の許可が降りた為、ほかのスタッフよりもひと足早くスタジオを出ることになった。
「今日はすまなかった」
「そんな! 大丈夫ですよ。お疲れさまでした。またよろしくお願いします」
申し訳なさそうに頭を垂れるリヴァイにぶんぶん首を横に振る。
「また連絡します」
「ああ、次も頼む」
リヴァイもこの頃にはもう着替えてしまっていて、エレンは少しだけ残念に思う。
実はエレンは筋肉フェチなのだ。リヴァイの筋肉を見て目を輝かせたのはそのせいで、ひどく憧れた。いい腹筋してるんだろうな。触ってみたい。
このことで、余計にリヴァイへの想いに火がついてしまったのは言うまでもない。
業務連絡以外でリヴァイからメールや電話がくることはほとんどないのに携帯が鳴るのが待ち遠しくなった。
暇さえあれば携帯の画面を見て、リヴァイから連絡がないかと今か今かと待ち続ける。
メール着信があったかと思えばメルマガだったり、友人からの遊びの誘いだったりで、落胆することが増えた。
自分の気持ちを自覚すると、やはり相手を独り占めしたくなるのが人間というものだろう。
一度告白されているせいでその想いは余計に膨れ上がった。
次会えるのはいつだったかな、とスケジュール帳を確認すると三日後だ。
先日は水のアクシデントがあったけれど、そんなアクシデントはそうそうあるものでもない。
撮影自体は順調で、もう半分程度が終わっていて、次の撮影は泊まりで郊外へ行く予定だ。その打ち合わせが三日後。
625: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:18:09.22 d AAS
スケジュール帳を確認していると、つきっぱなしだったテレビに幸せそうなカップルがカメラの前でお互いの仲の良さを見せつけている様子が映し出された。
エレンは音がない空間が苦手で、家にいる時ならばテレビは常についていた。なにか見ているわけではない。
ただなんとなくつけて流しているだけ。
今、リヴァイと一緒にいられるのも、あのニュースが流れた時にこうしてテレビをつけっぱなしにしていたお陰だからこの習慣も捨てたものではない。
テレビに映っているカップルの映像に、エレンは簡単に触発された。
二人はとても幸せそうで、きらきらした瞳で笑いあっている。
自分もリヴァイとこんな関係になりたい、と思うことに時間はかからなかった。
打ち合わせが終わった後、エレンは早速、告白をする為にリヴァイを呼び出した。
まだリヴァイには事務仕事が残っていたので、場所は事務所の近くの喫茶店だ。
いまだかつて彼女がいたこともなければ告白をしたこともない。
メールや電話で言ってしまえば簡単だったかもしれないけれど、
それでは自分の好きという気持ちがちゃんと伝わるかわからないし、すぐに返事がほしかったからちゃんと本人を目の前にして自分の気持ちを告げることを選んだ。
付け加えて、あんなに自分を綺麗に撮ってくれるのだから、きっとまだリヴァイもエレンを好いていてくれているだろうと踏んでいたことも直接告白をしようと思った理由のひとつだ。
夕方から夜に変わる時間帯で、店内はまばらに客がいるだけ。
626: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:18:13.27 d AAS
店員に通された席も前後左右に他の客が座っていることもなく、店の角席でちょうどよかった。
リヴァイは紅茶を、エレンはレモンスカッシュを注文して、それぞれ何口か飲んでいる。
いざ、告白するとなると少しばかり緊張する。リヴァイもこんな気持ちだったのだろうか。
それとも先にエレンの気持ちもわからないまま告白したリヴァイはもっと緊張しただろうか。
今から言うことがリヴァイを喜ばせる内容だといい。
そもそもそうじゃなかったら、きっとエレンは気まずさに撮影を続けることはできない。
だから、どうか。
「リヴァイさん、」
テーブルの下、膝の上に置いた手のひらを握った。
本当は目を見て伝えたいけれど、エレンにそこまでの勇気はない。
「どうした? なにか撮影に不満でもあったか?」
わざわざ呼び出して伝えたいことがあると言ってきたエレンにリヴァイは心配そうな顔をしていた。
持っていた紅茶のカップをソーサーの上に置いて、エレンの言葉を待っている。
「そうじゃなくて、あの、」
いきなり好きです、と言えばいいのか。それとも少しは前振りがあったほうがそれらしいのか。
悩んで悩んでエレンは前者を取った。まどろっこしいのは性に合わない。
「好きです。撮影、とか……してたら、リヴァイさんのこと好きになりました」
「………………っ、」
この時、エレンが顔を上げて告白していれば気づいたかもしれない。
しかしエレンは俯いたまま、もっと言えば目を閉じてリヴァイの表情を見ないままだった。
だからエレンは気づかない。告白を受けたリヴァイの顔が一瞬青冷めたことに。
驚きで表情が抜け落ちたことに。
「……あの、なので、まだリヴァイさんがオレを好きだと言ってくれるなら、付き合いません、か…………?」
エレンの言葉はまだ続いた。
緊張しつつも心の片隅ではイエスをもらえると思っての告白だ。
緊張はしても不安は少ししかなかった。
「…………」
「リヴァイさん?」
なかなか反応をしないリヴァイに焦れて、閉じていた瞼をそっと開いて、様子を窺う。
視界に入ったのは驚きに目を丸くしているリヴァイだ。その表情からはなんとも感情が掴めない。
「……そう、だな。突然だったから驚いた」
627: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:18:38.88 d AAS
エレンが顔を上げたのをきっかけに、リヴァイもやっとそのひと言を返した。
「嬉しい、と思う」
「本当ですか……!」
テーブルに身を乗り出して、リヴァイに詰め寄る。
気持ちが受け入れられた、リヴァイも同じ気持ちだった、とエレンの表情は明るくなった。
一方でリヴァイはまだ信じられないものを見る目でエレンを見ていたが、両思いになったことが信じられないのだろうとごく自然にそう思った。
それが、間違いだとは気づけなかった。
さっきまでの緊張が嘘のようにエレンは途端に生き生きとし出す。
「オレも嬉しいです。リヴァイさんのこと好きになれて同じ気持ちになれて」
「ああ、……じゃあ、付き合うか。あー……それで、今日はこれが言いたかったのか?」
「はい、好きだって思ったらいてもたってもいられなくて、仕事が残っていたのにすみませんでした」
にこにこと笑うエレンにリヴァイもぎこちない笑みを返してくる。
表情筋が仕事をしないのはいつものことだ。
特に気にとめることもしなかった。
告白の答えを聞けて安心すると急に喉が乾く。
レモンスカッシュをストローで一気に飲み干した。リヴァイは腕時計を見ている。
「時間大丈夫ですか?」
「そろそろ戻らないとだな……送ってやりたいが今日もできそうにない。悪い」
「いいえ、むしろありがとうございます。帰ったらメールしますね!」
話も終わったし、飲み物もなくなった。リヴァイも仕事が残っていることだし、帰ったほうがいいだろう。
見るとリヴァイの紅茶は殆ど減っていなかったが、彼が席を立って荷物を持ったのでエレンもそれにならう。
会計を済ませて、喫茶店を出た。
「気を付けて帰れよ」
「はい、リヴァイさんもあまり遅くまで頑張りすぎないようにしてください」
628: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:18:43.12 d AAS
目線より少し下にあるリヴァイの目を見る。抱きついてみてもいいだろうか。男同士だし、外だからまずいか?
でもせっかく付き合いだしたんだから触れたい。
別れの言葉を交わしてもエレンはうーんうーんと悩み、立ち去ることができなかった。
ふう、とリヴァイが息を吐く。
エレンの心情を察したリヴァイの腕がエレンの背に回って軽く引き寄せられた。ぽんぽんと背を叩かれる。
熱い抱擁とまではいかなかったが、それはエレンの望んだものだった。
わずかに触れるリヴァイの体は震えている。
「緊張する、な……」
「はは、らしくないですね」
「じゃあ、またな」
最後に頭を撫でられて、体が離れる。小さな触れ合いだったが、満足したエレンは今度こそ笑顔で帰って行った。
周りは太陽が沈み、暗くなっている。ビルの明かりはあるとは言え、普段から表情の変化に乏しいリヴァイの暗く悩むような面もちに、最後までエレンは気づくことはなかった。
3、
予報は雨のち曇りのはずだった。晴れることを願って車に乗り込んだのは何時間前だろう。
目的地に近づくにつれて、空から雲は消えていき、とうとう着いた頃にはエレンたちの頭上には晴天が広がっていた。太陽が眩しい。予報は嬉しくも大ハズレだった。
一泊二日での泊まりの撮影。これで撮り終わらないとなるとまたやってくることになる。
よくあることではあるものの、それはできれば避けたいとリヴァイが言っていたので、エレンは前日に年甲斐にもなくてるてる坊主を作り窓辺にぶら下げていた。
リヴァイと付き合うことになってから、約一週間。
629: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:19:12.04 d AAS
今日まで会える予定はなく、代わりにエレンはメールや電話で会いたい気持ちを発散させた。
おはよう、から始まり、おやすみなさいで終わる。
なんでもないようなことでもリヴァイと共有したかったし、リヴァイはこれを聞いたらなんと言うだろうと反応が気になった。
恋の力は大きい。
電話はリヴァイからメールの返信がきた時にすかさずかけた。
出られない時はメールしかできない旨のメールがエレンの着信の後に必ずある。律儀な人だ。
メールの返信はだいたいが相槌ばかりで、なにかリヴァイから話題を提供することはない。
電話でも同じだった。
それでも話を聞いてくれるだけで嬉しい。
改めて年齢を聞けばリヴァイはエレンの十歳も上だった。
年が離れているので、当然同年代と接する時とは違うだろう。
出会ってからの時間は短くともリヴァイはエレンと同じく嫌なことは嫌だとハッキリ言うタイプであることも知っている。
言葉遣いから、そのハッキリした物言いは時にきつく感じることもあるが、相手を傷つけようとしていることではなく、ただ不器用なだけだ。
そんな不器用なところも好きだと思うひとつの理由になっている。
続かないメールや会話に少しの不満や寂しさはあったけれど、元々口数は少なく、さきほども言ったように言葉遣いも乱雑であるリヴァイに今以上を求めることはしてはいけないだろう。
そんな中で待ちに待った撮影だ。リヴァイに会える。
しかも撮影の間はリヴァイはエレンだけを見続ける。
その上、泊まりでてるてる坊主まで作った。成功させたい。
成功して、もっとリヴァイとの仲を親密なものにしたかった。
小さな湖のある森に隣接したペンションが今夜の宿で、着いた早々に撮影には入らず、各々与えられた部屋に荷物を置いて昼食をとったのちに、準備が整ってから撮影を始める運びだ。
そこまできてエレンは一人、不満の声を上げていた。
「え、オレ一人部屋なんですか?」
ペンションは小さい。
スタッフの数も多いとは言えないけれど、その殆どが二人〜三人部屋だった。
エレンはひっそりと期待していたのだ。
付き合うようになったのだから、もしかしたらリヴァイと同じ部屋かもしれない、と。
現実はリヴァイもエレンも一人部屋。エレンの願望は叶うことはなかった。
630: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:19:17.24 d AAS
「俺は部屋でもやることが多いからな。自分でできることは自分でやりたい。隣で仕事をされると同室になった奴が休めないだろう」
「オレはそんなこと気にしません」
「俺が気にする。お前はバイトとは言え、俺が撮らせてくれと頼みこんだモデルだ。VIP待遇を喜べ」
付き合ってるのに、と続けようとした言葉は声になることはなかった。
リヴァイが真剣にこの撮影に挑んでいることを知っていたし、不器用なリヴァイなりの気遣いを無碍にすることはできない。
もしかしたら隣で眠れるかもしれない。いつもよりも長く一緒にいられるかもしれない。そう期待した心が少しだけ折れた。
(リヴァイさんは仕事だし、仕方ねえよな)
一人で与えられた部屋に入る。一泊分の荷物なんてそう多くない。
エレンはモデルなので、機材を準備することもなく、部屋へ入って持ってきたボストンバックをクローゼットに押し込んでしまえばやることがなくなってしまった。昼食の時間と指定された時間までまだ三十分もある。
どうしようかと考えたが、特にやることも見つからず、結局携帯にダウンロードしていたアプリゲームでその三十分を潰した。
その後、ペンションの管理人が用意してくれた弁当を食堂で食べ終わると、撮影をするために全員で森へと入る。
四月も終わる頃で緑が綺麗だった。
晴れてくれたこともあって今日の撮影も順調だ。
エレンの衣装は上も下も真っ黒なシンプルなTシャツとパンツ。
時々裸足になって緑の中に立った。
暗くなるまで続いた撮影が終わったのは夜の八時も過ぎた頃。
それから昼同様に食堂で夕食をとってあっと言う間に解散となった。
大浴場のような共同風呂もあったが、エレンはなんとなく部屋に備え付けてある風呂に入り、一日の汚れを落とす。足の裏は特に念入りに洗った。
その都度タオルで拭いていたし、ペンションに戻ってからも簡単には洗ったが、森の中を裸足で歩いたので洗うにこしたことはない。
地面に寝ころんだりもしたので、頭もよく洗う。
風呂から上がれば石鹸のいいにおいがエレンを包んでいた。
このペンションのアメニティの石鹸は安物ではなかったらしく、風呂上がりの髪はいつもよりもふわふわで触り心地も良くなっている気がする。
ドライヤーで乾かした髪を自分で触れて、エレンは満足気に笑った。
631: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:19:43.28 d AAS
パジャマ用に持ってきたシャツとスウェットのズボンをはいて、スリッパを引っかける。
部屋の鍵を持って、ドアを開いた。
カードキー型のオートロックキーだから鍵を閉める作業はしなくてもいい。
向かうはリヴァイの部屋。
部屋番号は昼の間に本人に聞いている。
行ってもいいかとは聞かなかったけれど、駄目だとも言われていない。
少しくらい、行ってもいいだろう。
コンコンコン
リヴァイの部屋はエレンの部屋と同じ階の一番端だ。
ズボンのポケットに持っていたカードキーを入れて手ぶらになったエレンはその部屋のドアをノックした。
「エレンです。今、大丈夫ですか?」
声をかけるとこちらに近づく足音が聞こえて、ガチャリと鍵が外されドアが開く。
「なんだ」
開いたドアを足で止めて、リヴァイがエレンを見る。
彼は宣言通り、パソコンでなにか作業をしていたようだ。
ドアが開いた先にノートパソコンがありリヴァイは眼鏡をかけていた。
「明日は早朝からだから早く寝ておけ」
そう言って眼鏡を外して、眉間を二、三度揉む。
早く寝なければいけないのはリヴァイのほうではないだろうか。
エレンから見ても彼が疲れを感じているのは明白だった。
「はい、でも、えーと、」
ここにきたのにはあることをするためだ。でも自分からは言いにくい。
リヴァイの作業も中断させてしまったし、できるだけ早く済ませたい。
眼球がきょろきょろと左右に動く。しかしエレンがためらったのはその一瞬だけだった。
ええい、言うより悩むより行動だ。それが自分のいいところのはず。
「失礼します!」
リヴァイの身長はエレンよりも低い。
肩は掴みやすかった。
なぜ肩を掴んだかって。
それはリヴァイの体を固定するためだ。
なぜ固定するのかって。それは……。
「っ、」
その時、息を飲んだのはエレンかリヴァイか。
肩を掴んだエレンはそのまま自分の顔をリヴァイの顔に近づけた。
時間にして一秒ほど、二人の唇が重なって。離れる。
「……へ?」
先に声を出したのはエレンだった。
キスをした、はずだった。
自分はリヴァイに、おやすみのキスをねだりにきたのだ。
結果はねだれずに、半ば強引に唇を奪ったのだけれど。
632: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:19:47.24 d AAS
付き合ってから、エレンにとっては生まれて初めてのキスだった。
ファーストキスはレモンの味、なんていうのは今はもう古いのか。レモンかどうかはわからなかった。わかる前に、離れてしまった。
離したのはリヴァイで。
唇が重なった瞬間、リヴァイは力づくでエレンの体を引きはがした。突き飛ばすにも近いそれにエレンはバランスを崩して一歩後ろへ下がる。
なんだ。この反応は。これではまるで。
……その先は考えたくなかった。
「いきなりだったから、だ。もう少し自分を大切にしろ」
ごく自然にリヴァイは袖口で唇を拭った。その腕は下ろされることなく、リヴァイの唇をエレンから隠してしまう。リヴァイも動揺していた。
でもエレンはもっと意味がわからない。
あからさまな拒絶に見えた。ぱちぱちと瞬きをして、表情がごっそりと抜け落ちる。
「いえ、すみません。おやすみの、キスとか、……ちょっと憧れてて、はは」
ははは、と声を出しながら、顔は全く笑えていなかった。
一歩引いてしまった足を元の位置に戻す。その一歩分、リヴァイとの距離が近くなる。そこで、エレンはまた見てしまう。理解してしまう。目の前の男が、近づいた分だけエレンから距離を取った。
(なんで、)
問いたい言葉を飲み込む。
「おやすみなさい」
代わりに就寝の挨拶をした。今度はちゃんと笑顔で。キスはしない。これ以上近づかない。笑顔で手を振るだけだ。
「あ、ああ。また明日」
「明日、もしオレが寝坊したら叩き起こしてくださいね」
迷惑はかけたくないんで、と付け足して言う。
そこにいたのはもう普段と変わらないエレンだった。本当はなんでと問いただしたいのを我慢して、いつも通りの自分を心がけた。
「リヴァイさんも早く寝てください」
リヴァイにはどんな自分に見えただろう。そんなことも考えたが、これ以上はこの場にいるのが苦しい。
もう一度、「おやすみなさい」とできる限り明るい声で挨拶して自分の部屋へ走り帰った。短い距離の廊下を走りながら片手でポケットに入れたカードキーを探る。
部屋の前に立つと、ガクガクと体が震えてきてカードキーを落としてしまった。ゆっくり膝を折ってそれを拾う。重力に負けて目からなにか出てきそうだ。
633: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:20:12.64 d AAS
カードキーを差して、ドアを開く。
電気は消したまま一直線にベッドまで歩き、倒れ込むように横になった。
もぞもぞとシーツにくるまる。
(本当は、気づいてた)
でも、気づかないようにしてた。
この一週間。
都合よく、言い訳をつけて、見ない振りをしていただけだ。
両思いだった、と喜んだのはつい最近。
(そういえば好きだとは言われなかった)
付き合うか。と言われただけ。
メールの返信も、電話も、思い描いていたようなものではなかった。
テレビに映っていたカップルはもっと距離が近かった。
(オレは遠ざけられた)
好きな相手とのキスをあんなにふうに拒むだろうか。
キスした唇を無意識に拭うだろうか。
これ以上キスされないようにと自分の唇をガードするだろうか。
最初に一目惚れをした、と言ったのはリヴァイだったのに。
一緒に撮影をする中で嫌われてしまったのかもしれない。
告白してしまった手前、エレンの告白を断れば撮影できなくなるかもしれないと危惧されたのかもしれない。
自分を好いてくれていると思った理由は綺麗に撮ってくれたからだ。
それだって、リヴァイのカメラマンとしての腕がいいだけで、できて当たり前のことなのかもしれない。
だって、普段から何でもない世界をあんなに綺麗に切り取るのだから。
そこにエレンが入るか入らないかの差でしかない。
しっかりと考えればわかったこと。それを自分は調子に乗って。
そうだ、そもそも一目惚れなんて姿形だけを見た時の感情だ。
中身を知ればいくらだって気持ちが冷める可能性はあった。
キスなんてするんじゃなかった。せめて撮影がすべて終わるまでは甘い夢を見たかった。
(でもまだ本人から言われるまでは信じたい)
そう思うのは我が儘だろうか。
「そろそろ起きてくれ」
「……?」
ぼんやりとした視界の中にリヴァイが見えた。もう朝なのか。いつ寝たか記憶にない。
634: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:20:17.12 d AAS
(今日もリヴァイさんは整った顔してるなぁ……)
いっそ自分なんか撮らずにリヴァイをモデルにしたほうがいいんじゃないか。ああ、自分で自分を撮ることは無理か。もったいない。
寝ぼけた頭で、エレンはそんなことを考えてふわりと笑った。
「幸せそうな顔をしているところ悪いが、そろそろ出ないと間に合わない」
リヴァイが布団にくるまったエレンを揺する。体が動くと頭が冴えてきた。
「……! え、あ、…………え? リヴァイ、さん?」
「おはよう、エレン」
日が昇る前で外はまだ暗い。跳ね起きてベッドサイドの時計を確認すると時間は早朝の四時前だった。寝坊したかと思ったが、そこまで寝過ごしてもいない。
「な、なんでここに?」
「マスターキーを借りた。起きたらいつもメールが来るのに今日はなかったからな」
エレンの問いに簡潔に答えたリヴァイはベッドに腰掛けて、リヴァイの重みの分、ギシ、とスプリングが鳴ってベッドが沈んだ。昨晩のことを思い出して、気まずい。
できる限り考えないようにしなければ。
リヴァイの態度は恋人らしくはないけれど、決して嫌いな者へのそれとも違う。良くも悪くも普通だった。
昨晩のことは夢だったのかもしれないと、都合のいいことを考えながらベッドから起きあがって洗顔と歯磨きを済ませる。
洗面台で見た頭には寝癖はついていなかった。どうせ撮影の前に少しだけ整えられるのだ。くしで簡単にとかすだけにしておく。
リヴァイが部屋にいるまま、エレンは前日の内に渡されていた衣装に着替えだす。昨日は真っ黒な衣装だったが、今日は反対に真っ白だ。
シャツの裾が長めに作られていて、ヒラヒラしている。天使のような衣装だった。そこにまた真っ白なストールを首に巻く。
635: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:20:51.42 d AAS
着替えている間リヴァイの視線はずっとエレンに向けられたまま。
顔を洗って頭がハッキリしてきたエレンはそこでふとした違和感に襲われた。また気づいてしまった。決して気づきたくなかったのに、また。
(好きな相手が目の前で着替えてたら多少はこう、なんか、むらっとくるよな、)
エレンは水に濡れたリヴァイにドキドキしたことを思い出す。
リヴァイは眉ひとつ動かさずにエレンが着替え終わるのを待っている。
その姿はただのカメラマンだ。恋人ではない。
なんの反応もされないということは、エレンを全く意識していないのだろう。
一方通行になってしまったかもしれない気持ちの整理はまだつかない。
だってまだ昨日気づいたばかりだ。しかもつき合ったのだって最近のこと。
なにか、ほんの僅かにでもリヴァイが焦るような仕草をしてくれていたのなら、エレンはまだ信じることができるのだ。
それなのに、思う通りにならない現実に奥歯を噛み締める。
準備が終わりリヴァイと共に部屋を出てペンションのロビーへ向かう。
そこにはもう他のスタッフは全員揃っていた。
その場で簡単に化粧を施され髪を整えてから、まだ真っ暗な森の中へ入っていく。
空に雲はない。一昨日雨だった予報は昨日晴れに書き換えられていた。
きっと綺麗な朝日が見られるはずだ。
湖畔まで移動してから暗がりの中で撮影の準備を行う。
リヴァイはカメラのチェックに余念がないように見えた。
エレンはリヴァイが作った絵コンテを確認して頭に叩き込む。
こんなに早く撮影の準備を行っているのは朝日を撮る為だ。
日の出は一瞬。
その一瞬を自分のせいでシャッターチャンスを逃すことはあってはならない。
日が昇っていない湖畔は寒かった。
ぶるりと震えたエレンにスタッフがブランケットを貸してくれたが、体が温まる前に遠くが明るくなってくる。
合図もなく、それが当たり前のように撮影が始まった。
時々、リヴァイに指示を受けながら、立ち位置やポーズ、視線を変える。
シャッターは止めどなく押されていき、チラリとリヴァイを見ると口元が綻んでいた。
いい写真が撮れたのだ。
その時、強い風が吹いた。
首に巻いていたストールが後ろへなびき、エレンは振り返ってその先端を目で追いかける。
636: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:20:55.14 d AAS
リヴァイのカメラがカシャカシャと連続して鳴った。
その音が鳴り終わるとリヴァイはカメラから手を離す。
「一旦休憩にしよう」
エレンにもその言葉は届いていたが、足がその場から動かなかった。なぜかは自分でもわからない。
ただ、なんとなく。その場にしゃがみこんで、朝日できらきらと光る水面を見つめた。
ひんやりと冷たい空気に包まれて、感じる太陽が暖かくて気持ち良い。
「寒かっただろう。風邪をひく」
背後から誰かくる気配がして、上から声が降ってきた。
振り返るとリヴァイがブランケットを持って立っている。
それ以上言葉を発さずに前方に回り込んできたリヴァイは、地面に膝をついてエレンと視線の高さを合わせ、持っていたブランケットをエレンの肩にかけた。
「……はい、」
「はいじゃねえだろ」
外に出ていて誰にも使われていなかったブランケットは撮影前に羽織っていた時よりも冷たく感じる。
「じゃああっためてくださいよ」
「なに言ってんだ」
頬を膨らませてエレンがぼやく。それを聞いたリヴァイが笑った。いい写真が撮れて機嫌が良い。
ああ、やっぱり好きだなぁ。
目の前の男に対する自分の気持ちを再確認させられた。
でもこれ以上はリヴァイには近寄らない。彼が嫌がることはしない。
こんなに近くにいるのに、なんて遠いんだろう。
エレンからは決して縮められない距離を、今度はリヴァイが詰めてきた。
(また、この顔、)
今までに何度か見たリヴァイの表情。なにかを決心して覚悟したような、そんな顔だ。
深く息を吸ってからぎゅっと唇を一文字に結んでいる。
今回近づいたのはエレンからではないのにこんな顔をさせてしまうなんて。
(もうこの顔は見たくない)
瞼を閉じて、そっと視界をシャットダウンした。
唇に柔らかく湿っぽいものが触れて、離れる。
「ん……?」
さっき閉じたばかりの瞼を持ち上げると、リヴァイの顔のアップが眼前に広がっていた。
じゃあ今唇に当たったのは、もしかしなくてもリヴァイの唇か。
637: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:21:20.21 d AAS
キスされたことを疑問に思うよりも先に、リヴァイはあんな顔をしないと自分とキスもできないことに気づいてしまう。
好きでもない男とキスするなんてエレンだって御免だ。
絶対にしたくない。
それをさせてしまったのは仕事のためか、昨晩の償いのつもりか。
どちらにせよ、このキスでエレンは確信した。
(本当にもう、好きじゃないんですね)
昨日思った通りだった。
痛い痛いと心臓が悲鳴を上げている。
なんで気づいてしまったんだろう。
なんで好きになってしまったんだろう。
リヴァイみたいな人に好きだと言われれば意識しないなんて無理だ。
仕方ない。
飽きられてしまったのは自分に魅力がないからだ。
それでも笑いかけてくれる。
関係を良好に保とうと努力してくれる。
これにエレンは応えなければならない。
「ほんっと、寒いですね」
ぶるりと震えてから身を縮こまらせてしまえばリヴァイが半歩分離れた。
不自然にならないようにそっと距離を取る。
エレンの傍にいては不愉快だろう。不愉快の原因にはなりたくない。
気遣わせたくない。
「休憩っていつまでですか?腹減りました」
わざとらしいほど明るい声を出した。準備のいいリヴァイのスタッフたちのことだからそう大きな声で言えば聞いた誰かが菓子を出してくれるかもしれない。
その予感は的中して、「クッキー持ってるからおいでー!」と手招きしてくれるスタッフへとエレンは駆け寄る。
リヴァイはその後をゆっくりとした歩調で追いかけた。
それから、エレンは恋人らしいことをリヴァイに望むことをパッタリとやめた。
別れてほしいとは言われなかったし、エレンからも言えなかった。
代わりにプライベートでリヴァイに関与しないように言動を改めた。
638: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:21:24.04 d AAS
好き合ってもないのに、付き合う意味があるのかと考えて何度か別れましょうとメールを作成したけれど、送信することはできず、未送信のままエレンの携帯電話に溜まっていく。
(だって。付き合っていればまたオレを好きになってくれるかもしれない)
そんなことあるわけない。この関係を望んだのはエレンだけだ。
リヴァイは早く自由にしてあげなければならない。分かっているのに、できなかった。
だからせめてリヴァイの気苦労が減るように。
前よりも真剣に(前も真剣だったけれど)撮影に打ち込む。リヴァイとの距離は常に一歩あけた。
そのことを意識した状態でいると、不意にリヴァイから近づいてきた時にビクリと体が跳ねてしまって、そういう時は大体、咳をして誤魔化す。
エレンをモデルにして良かったと思われたくて。仕事の汚点にはしたくなかった。
カメラマンとモデルの関係が拗れるといい写真を残すことは難しくなる。もうしてはいけないことをたくさんしてしまったから、これ以上は失敗できない。
名前だけの『恋人』を見るたびに痛む胸に気づかないふりをして、自分の気持ちに蓋をした。
そんな努力の甲斐あって後半の撮影では撮影終わりによく食事に誘ってくれた。
勘違いでなければ、撮影中に頭を撫でてこようとしてきたこともある。
伸びてきた腕は上手に避けてしまったが、警戒が解けてきていたことは確かだと思う。
エレンは間違っていなかった。
そうだ、間違っていなかった。その事実がエレンに牙をむく。牙は深くエレンの心臓を抉り、傷つけていく。
もうきっとこれは抜けない。日々ゆっくりと深く突き刺さり、いつか心臓を食い破ってしまうだろう。
今はそれが撮影がすべて終わった後だといいな、と願うばかりだった。
そうすれば、リヴァイの迷惑にならないから。
そうすれば、最後に一番みっともないところを見られなくても済む。
そうすれば、リヴァイの記憶の中でエレンはちょっと困った奴程度で収まるかもしれない。
そうすれば、嫌いって言われないかもしれない。
最後に「よくやったな、助かった」と声をかけてもらうだけでいい。
その後まで彼がほしいだなんて言わない。これ以上わがままは言わない。
彼を見ているともっと好きになってしまうそうな自分がいることが怖くて。
639: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:21:49.38 d AAS
いっそ嫌いになれれば楽になれるのにそれすらできず。
ただ、心臓がズキズキ痛み、その痛みで意識を保っていた。
最後の撮影は海浜公園で行われた。
リヴァイからの指示はなく、公園の中を自由に回っていればいいとのことだったので、好き勝手に動くことにする。
最初はこれでいいのかという戸惑いが強かったけれど、一時間もそれを続けていれば戸惑いも吹っ切れて一人の散歩を楽しむようになる。
数時間、一応カメラを気にしてゆっくりとした動きで公園内をぐるぐる回り、最終的にたどり着いたのは浜辺だった。
今日もまた晴天で風もなく、穏やかに波を打つ海が広がっている。
海水浴の季節にはまだ早いので人もあまりいない。
「すっげーきれい!」
元々海が好きだった。
一人で考え事をするのも、友人たちとわいわい騒ぐのも、全部楽しい。
広い海を目の前にしていると自分の悩みなんかちっぽけに感じて気が楽になる。
すぐ傍に流木があり、その陰で蟹がちょこちょこ横歩きをしているのを見てからからと笑う。
せっかくだから友人とくる時にはできないことをやろう。
エレンが始めたのは砂遊びだ。
海水でほどよく湿った砂を山にして固める。
中央にトンネルを掘って反対側に貫通させてから、なんとなく城っぽい形状にしていく。
なにが完成したのかと聞かれると自分でもわからないものだったが、久々の砂遊びで立派な作品ができて満足した。
「いいな、」
リヴァイはそう独り言を言い一心不乱に浜辺で遊ぶエレンにレンズを向けてシャッターを押している。
考えてみれば撮影中はリヴァイといる時間の中で一番楽かもしれない。
レンズを通せば笑えるし、見つめることだってできる。
撮影という線引きがすでにされていることが大きな助けになっていた。
カメラに夢中なリヴァイの姿に、これが最後なんだから、と悪戯心がわく。
今日は一度もカメラに視線を送っていない。
640: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:21:53.26 d AAS
このタイミングで思いっきり笑顔でカメラを見たらきっと驚くに違いない。
両手をパンパンと合わせて簡単に砂を落とした。
そのままぐるん! となんの予告もなく、上半身を回して、横から写真と撮っていたリヴァイに向けて全開の笑顔を見せた。
カシャカシャカシャカシャカシャ……
何度もシャッター音が聞こえてきて、仕掛けたのは自分だったけれどそんなに撮られると恥ずかしくなる。
「そんなに撮らないでくださいよー!」
カメラに両手の平を突き出して顔との間に遮りを持たせると、ようやくシャッター音が止まる。
リヴァイの手からカメラが離れ、ネックホルダーにぶら下がって胸のあたりでぷらぷら揺れていた。
「どうしたんですか?」
自然体の写真を撮りたかったのに、カメラ目線なんかしたから気に障ったのだろうか。
でもそれならそれで注意されるはずだし、そもそもシャッターはあんなに切られることはない。
「お前……っ、その顔は反則だろ……」
ついにはしゃがみこんでしまったリヴァイに少しだけ近寄る。この距離ならまだ大丈夫のはず。
「え、……なんか、すみません?」
「違う、最高だった。俺はずっとあれが撮りたかったのかもしれない」
「よく分からないですけど、リヴァイさんが満足したなら良かったです……?」
「した。これで撮影は全部終わりだ」
エレンの理解が及ばないまま、リヴァイは一人で納得して立ち上がる。
『全部終わり』
641: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:22:19.14 d AAS
その言葉にエレンがはっと息を飲んでいる間に、少し離れた場所にいるスタッフに告げれば、スタッフからは歓声がわき上がる。
口々に「お疲れさまです!」と言い、拍手が起きた。
なんとも呆気ない終わり方だった。
そうは思ってもリヴァイが終わりだと言えば撮影は終わりで、同時にエレンの役目も終わってしまう。
その後、リヴァイは簡単なデータの確認、他のスタッフは機材の後片づけをしてから、都合のつく者全員で簡単に打ち上げに行くことになっている。
先にそのことを聞かされていたエレンも参加する予定だった。
ちなみに本打ち上げはまた後日あり、今日は一旦のお疲れ会といったところらしい。
普段ならばやることがないエレンは先に帰宅となるも今日は暇を潰さなければならない。
砂で汚れた手足を洗い、汗ふきシートで体を拭くとスッキリした。
車には着替えも準備してあるので、スタッフに鍵を借りて空いた時間の内に着替えてしまう。大きなワゴン車で窓にはカーテンがかかっていた。
(ちょっと疲れたな、)
まだ時間はあるだろう。一日中歩いた疲れで瞼が重い。
ワゴン車の一番後ろの席にゴロンと横になった。
足を伸ばすことはできないし狭いけれど、それよりも横になれることが嬉しい。
うとうとと夢に意識がもっていかれる寸前、隣の駐車スペースに別の車が止まった音が聞こえた。
エンジン音が止まり、続けてドアが開く。閉める時はバン!とそんなに力強く閉めなくても閉まるのになあと思うくらい大きな音が響いた。
「リヴァイいたー! 撮影どうなの、順調……ってえええええええ! もう終わっちゃったの? 最後くらい見学したくて車飛ばしてきたのにひどいじゃないか」
出てきた人物はよく通る大きな声のようだ。エレンが乗る車の中にまでよく聞こえてくる。
リヴァイの知り合いらしく、そしてリヴァイもまたこの近くにいるらしいことがわかった。大きな声は女性のものだ。
「うるせえよ、クソメガネ」
「ねー、そのカメラのデータ見せてよ……って、え? いいの?もっとごねないと見せてもらえないかと思ったのにどういう風の吹き回し?」
「ほんとにうるせえな。声のトーン抑えろ。ほらよ、」
女性の声はどこかで聞いたことがある。どこだったか。聞いてるうちに思い出すだろうか。
642: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:22:23.13 d AAS
「おおー、めちゃくちゃいいね。モデル、エレンで大正解!」
「そうだな。あいつが引き受けてくれてよかった」
外から聞こえてくる会話にエレンは嬉しくなった。
リヴァイがエレンをモデルにして良かったと他者と話している。彼らはエレンがここにいることを知らない。つまり、これは本音だ。
頑張って良かった。
この言葉を聞けただけで満足できる。自然と口元に笑みが浮かんだ。傷つきすぎた心臓に鎮痛剤が打たれた。
「わたしのアドバイス通りにして良かったよね」
「…………」
「なにその間は。エレンが引き受けてくれたのってわたしのお陰じゃん!」
「……まあ、そうなんだが」
「全然理解できないけど、リヴァイってやっぱりモテるんだなって思ったよ。好きだって言ったんでしょ?」
「……ああ、」
「君が好きだって言えば大概の子は落ちて言うことを聞いてくれる、なんて我ながらひどいこと言ったし、実行するリヴァイもリヴァイだけど、その点はこの写真見たら納得。ほんといい写真」
「そりゃ、どうも」
「どうしたの? さっきから浮かない顔して」
「なんでもねえよ」
途中から両手で耳を覆ったのに、彼女のよく通る声は鼓膜に届いてエレンの脳に無理矢理入ってきた。
これ以上聞いちゃ駄目だ。聞きたくない。そう思うのに、理解してしまう。分かってしまう。
最初からリヴァイはエレンを好きじゃなかった、なんて。そんな知りたくもないことを。
好きだって、一目惚れをしたと言われた。
ほんの少しでもリヴァイに好かれている期間があったのとなかったのでは全然違う。
それがなかっただなんて聞きたくなかった。
それが全部モデルを引き受けさせるための嘘だったなんて、。
鎮痛剤だと思ったものが毒に変わる。即効性の毒だ。
じわじわと体を蝕むなんてレベルじゃない。
急激な吐き気を目眩に襲われて、以前に二度合わせた唇が冷えていく。
相手を見てドキドキしたことも。
連絡がこなくてそわそわしたことも。
次に会えるのは何日後だとカレンダーを見てカウントしたことも。
触れたいと願ったことも。
好きになってもらいたいと望んだことも。
643: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:22:48.68 d AAS
好かれようと努力したことも。
付き合うことになった時の喜びも。
なにも、なにも。
リヴァイは感じていなかった。
思っていなかった。
全てエレンの一方通行で、全てエレンだけが感じ、望んだことだった。
それが分かってしまえば全てが簡単に繋がるのだから笑えない。
最初から、この想いが叶うはずなかった。
それならば尚更、距離を取ったことはいい判断だったんだ。
あれ以上近づいていたら、嫌いにランクダウンしてしまっていたかもしれない。
(……馬鹿みたいだ、)
リヴァイの言葉を信じた自分も。エレンに告白されて後に引けずに我慢して付き合っていたリヴァイも。
なのに嫌いになれない。
ひどいことをされたのはエレンなのに、自分でも嫌いになったっておかしくないと思うのに。
だってあの人はいつも優しかった。いつもエレンを気にかけてくれた。
食事に誘ってくれていたのだって嬉しかったんだ。
味は分からなかったけど、一緒の時間を過ごせるだけで幸せだった。
写真だって本当に綺麗に撮ってくれていて、自分が彼の作品の一部になれることが本当に嬉しかった。
人生で一番の自慢だ。
撮影のことがあったからといっても、エレンの言葉を拒否することは簡単だったのに、彼は恋人ごっこにも付き合ってくれた。
恋人らしかったかと聞かれれば、疑問は残る。
だけど、リヴァイはリヴァイの時間をエレンにくれた。
不器用なりに一生懸命だったんだと思う。
今だって別れようとは言われていない。
エレンの気が済むまで付き合ってくれるつもりかもしれない。
(ああ、でも、)
「……それは駄目だろ」
自分の思考に自分で否定した。
声に出さなければこの期に及んで気持ちが揺らいでしまう。
大好きな人の時間を奪ってしまう。
リヴァイを自分から解放してあげなければならない。
エレン自身からリヴァイに別れを告げる。できるだろうか。
いや、しなくてはならない。リヴァイに罪悪感が残らないように。
その為に自分が悪者になっても。
気づけば、リヴァイたちはどこかへ行ってしまっていた。
二人は最後までエレンがここにいて、会話を聞いていることは知らないままだった。
644: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:22:52.41 d AAS
「先生さようならー!!」
「おう、また明日な!!」
勢いよく手を振る少女に向かってエレンも同じように大げさに両手を上げて手を振った。その隣にいる母親は笑いながらエレンに向かって頭を下げている。
彼女は母親にしてはまだ若かった。エレンと同じ年代だと聞いたことがある。
自分ももしも早く結婚をしていればあれくらいの年代の子供がいたのだろうか。
子供の手を引いて帰っていく親の姿を見るたびにエレンはそう考えていた。
シガンシナ地区にある小さな保育所がエレンの勤務先だった。
住宅街の傍にあるこの保育所に預けられるのは先ほどの母親のように両親が共働きをしている家庭や母子、または父子家庭の子供も多い。
あまり各家庭の事情を詮索するつもりはないし、エレンとしては子供と触れ合えればそれでよかった。
昔から子供が好きだったから今の職業は天職だと彼自身は思っている。
両親――特に父親はエレンに医療関係に従事をしてほしいと願っていたようだったが、彼自身そこまでの学がなかった為早々に諦めた。
単純に子供が好きだからといってこの仕事は続けられるものじゃない。預かっている子供たちの中には難しい家庭の子供や両親もいる。
彼らも人間であるから、ともちろん念頭に置いて応対はするのだがそれでもやはり理想と現実は大きく異なることもある。
ストレスだって思いのほか溜まるし、休日も満足に休める時間も少ない。
それでもエレンはこの仕事が好きだ。子供が好きで、彼らと触れあえる時間はここでしか得られないものだった。
親子の姿が見えなくなるとエレンはくるりと振り向いて園内の中へと戻る。
あと残っているのは――親がまだ迎えに来ていない子供はミカサだけだった。
「ミカサ」
教室を覗けばミカサは一人大人しく積み木遊びをしていた。
エレンの声にぱっと表情を輝かせた彼女に笑いかけながら「おいで」と彼はしゃがんで両手を広げる。
途中まで積み上げた積み木を放り出してミカサはエレンに向かって走ってきた。
645: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:23:19.50 d AAS
スピードをつけたおかげで抱き着くというよりは彼女の突進を身体で受け止め、思わずよろめいてしまう。
「こら走るなよ。危ないだろ?」
「だってエレンが呼んだから」
「エレンじゃなくて先生って言いなさい。ったく」
そうは言いながらもエレンは笑いながらミカサを抱きあげた。
そして慣れた様子で彼女を抱き上げると、先ほどまでミカサが遊んでいた場所まで連れて戻る。
ミカサは毎日最後まで残る園児だった。
彼女の父親は毎日迎えが遅く保育所が閉まるぎりぎりの時間にならないといつも迎えに来ない。
駅からここまで走って来る時もあるらしく、冬でも額に汗を浮かべて迎えに来ることもあった。
すまないと頭を下げる彼のことをエレンも他の保育士も迷惑だとは思ってはいなかった。
詳しくは知らないが父親と母親は彼女がこの保育所に預けられる前に離婚をしてしまったのだと聞いている。
たまに彼女が母親に連れられて帰る子供の姿を羨ましそうに見つめることがあった。
やはり母親が恋しいのだろうか。その姿を見るたびにエレンは胸が締め付けられるような思いをしていた。
「ミカサ、楽しいか?」
だからというわけでもないが他の子供たちよりもエレンはよくミカサにこの問いかけを行う。
彼女以外にも片親の家庭の子供だって何人かいる。
その子供たちも片親を恋しく思い寂しさを抱いているはずだ。
エレンは彼らにも同じ問いを聞いているがミカサには特についつい同じ質問を繰り返してしまう。
贔屓目に見てしまうことは悪い事だと思っているがミカサだけは特別だった。
彼女だけはどうしても放っておけず、それ以外にも他の子供たち以上に構ってしまっていた。
ミカサは積み木を手にしたままエレンを見やった。
決して大きな瞳ではなかったが彼女の目はとても綺麗だ。
澄んだ瞳いっぱいにエレンを映しながら、ミカサは控えめに首を振る。
「エレンがいるから寂しくはない。私は楽しい」
「エレンじゃなくて先生な」
彼女以外は皆「エレン先生」や「イェーガー先生」とちゃんと呼んでくれるのに、ミカサだけは「エレン」と彼を呼び捨てで呼ぶ。
はじめからずっとそうだ。
いくら言っても直そうとしないのでエレン以外の子供も保育士も何も言ってはいない。
諦めていないのは彼だけだ。
646: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:23:23.41 d AAS
ため息をつきながらエレンはミカサが組み立てた積み木の上に最後のひとつを乗せる。
三角形の積み木を乗せれば家のような形が出来上がった。
ミカサはその周りに小さなぬいぐるみを並べる。どうやら積み木の建物が彼らの家らしい。
「どれがお父さん?」
「クマさん。それでウサギさんがお母さん」
並べたぬいぐるみを一つひとつ指さしながらミカサはエレンに家族たちを紹介していく。
それを眺めながらエレンはミカサに相槌を打っていた。
「ワンちゃんがお兄ちゃんでネコちゃんが妹」
「そうか、たくさんいるな」
「うん、みんなが寂しくないように。家族は沢山いたほうがいいから」
微笑ましく思っていたがその一言でエレンは思わず表情を曇らせる。こういう場合はどういう顔をすればいいのか、一瞬分からなかった。
「ミカサは今、寂しいのか?」
ミカサはウサギのぬいぐるみを抱きしめながら彼顔を上げた。無表情で自分を見つめるエレンにミカサは小首を傾げる。
「寂しくない。エレンもお父さんもいるから」
ぎゅっと彼女の腕に力がこもったのが分かった。寂しくなんてないわけがない。
ミカサのことをずっと見てきたエレンにはそんなことくらいすぐに分かってしまった。
ミカサは強い子だ。素直だし我儘も滅多なことでは言わない。
泣きたいこともあるのに泣こうとはしないし、自分のことよりも周りのことを常に見ているようなタイプの子供だ。
強がる必要なんてどこにもないのに。エレンは手を伸ばして再び彼女をぬいぐるみごと抱きしめた。
647: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:23:49.14 d AAS
「……エレン?」
先ほどよりも強く、きつく抱きしめる彼の腕にミカサは困惑を示す。
はっ、と我に返りエレンは慌てて腕の力を緩めた。
身体を離すことはなく、腕の中にミカサを閉じ込めたままエレンは彼女の顔を覗き込む。
「そうだよな、こうやっていれば寂しくなんてないもんな」
やはりミカサだけはエレンにとって特別だった。
どうしても構ってやりたくなってしまうし、他人事として見られない。
出来ればずっと傍にいてやりたいと思う。
この保育所から巣立った後も、自分がもしもこの子と一緒に暮らせればきっと寂しい想いなんてさせない。
彼女とこうして迎えが来るまでの時間を二人きりで過ごしている間、何度もそういった想いが過っている。
しかし彼女と一緒にいたいという理由はそれだけじゃない。
ミカサと一緒に暮らしたいという理由はそんな単純なものじゃない。
さらにいえばそれは彼女には直接的には関係がなかった。
どちらかといえばエレン自身の問題ではあるし、しかもこれはミカサのことを考えたうえでのものじゃない。
むしろミカサにはさらに寂しい想いをさせるだけだろう。
新しい母親と出会わせてやることが出来なくなるのだから。
これらは万が一に、エレンが彼への想いを成就させた場合の話ではあるのだが。
648: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:23:53.16 d AAS
がらっ、と扉が開く音がする。
エレンとミカサ、二人揃ってそちらのほうを見やれば一人の男がそこに立っていた。
今日は額には汗は浮かんではいない。チェックのマフラーを巻きグレーのスーツを着た男は彼らの姿を見て鋭い瞳をほんの少し和らげた。
どきり、と心臓が大きく高鳴った。ミカサよりも彼のほうへと視線が釘付けになり、外せなくなってしまう。
穏やかに見つめる視線は自分に向けられたものじゃないことは知っている。
それでも今は勘違いもしてしまいそうになる。
いや、実際してしまっていた。彼がそんな眼差しで自分を見つめているものだと思うと胸がさらに苦しくなる。
「お父さん」
ミカサは彼に向かってそう叫ぶ。その声にエレンは現実に引き戻された。
気付いた時にはミカサはぬいぐるみを手放していた。
エレンの腕から抜け出すと彼の元に向かって歩いて行く。
「お父さん」と彼女に呼ばれた男はしゃがみこんでミカサと目線を合わせる。傍まで来た彼女の頭を撫でるとミカサは嬉しそうに笑みを零した。
「遅くなって悪かったな。いい子にしていたか?」
「うん、エレンと一緒にいたからいい子にしていた」
大きく頷いたミカサに「そうか」と男はつられたように笑みを浮かべた。
人によってはそれが微笑みだとは分からない程度のものだ。しかしミカサにも、そしてエレンにもそれは彼の精一杯の笑顔だということは見て明らかだった。
ミカサに続き遅れてエレンも彼らがいる入り口のほうへと歩み寄った。手にはミカサの荷物や上着を持ち彼女の帰り支度もついでに用意してやる。
「お疲れ様です、リヴァイさん」
エレンは父親の名前を呼んだ。ミカサからエレンへと視線を移し、「ああ」と表情を変えないままに頷く。
「今日も遅くまで悪かったな」
「いいえ、これがオレの仕事ですから。気にしないでください」
エレンは答えながらミカサに上着の袖に手を通す様に促す。その姿は父親であるリヴァイよりも手慣れた様子だった。腕を広げたミカサに合わせて上着を羽織らせ、そのままボタンまで留めてやった。
「遅くなるようなことがあれば事前に連絡を頂ければ夕飯くらいまでは面倒を見ますから。いつでも連絡してくださいね」
「ああ、いつも本当にすまないな。助かる」
649: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:24:26.85 d AAS
エレンがいつも最後まで残ってミカサの相手をしていることはリヴァイも知っていた。
この時間帯に残っているのは大抵エレンしかいない。
はじめはあまり話すこともなかったが、機会が増えれば自然と会話も増える。
しかもエレンは女性ではなく男性だったから余計に距離も縮まったのかもしれない。
子供を放っておいて仕事に行くなんて、という女性からの視点ではなく同じ男性として同情をしてくれるエレンにリヴァイはいくらか救われているのだというは話をリヴァイ本人から直接聞いたこともあった。
付き合いが深くなれば連絡先も交換をするし、対応に関しても贔屓とまではいかないが少し甘くもなってしまう。
リヴァイは仕事が終わってから急いで保育所までやって来てはくれるが、それでも最終の預かりの時間を過ぎてしまうことも何度かあった。
そういった時もエレンは文句も言わずにミカサの相手をしている。
事前にリヴァイから連絡を貰えば彼女と一緒に夕飯まで食べることさえもたまにあった。
本当は公私混同なんてしてはいけないことなのだが、エレンはリヴァイに対して甘かった。彼だけは特別だ。
ミカサだけではなく…いや、ミカサがリヴァイの子供だからこそ彼女まで特別扱いしてしまう。
「寂しくなかったか?ミカサ」
上着を着せ終え鞄を背負ったミカサにリヴァイはエレンと同じ質問を問いかけた。
差し出された大きな手を握り、ミカサは大きく頷いた。
「エレンがいたから大丈夫。お父さんが来るまでちゃんと待っていた」
「そうか。それならいい。いい子にしていたご褒美に今日はハンバーグでも食うか?」
「うん、お父さんと一緒に食べたい!!」
リヴァイの前ではミカサも一人の子供だ。
いくらエレンが好きだと言っていてもやはり態度は大きく違う。
ミカサが感情をここまで素直に表せるのはリヴァイの前だけだ。
二人の姿を見守りながらエレンは自然と笑みを浮かべている。
「それじゃあ、エレン。また明日」
「ええ、また明日。おやすみなさい」
「おやすみ、エレン。また明日」
ひらひらと小さく手を振るミカサに手を振り返しながらエレンは二人の姿を見送った。
手を揺らしながら二人は寒空の下を歩いていく。
リヴァイの手を小さな手のひらで握っているミカサの姿にエレンはほっと胸を撫でおろした。
650: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:24:30.54 d AAS
同時に抱くのはやはりミカサに対しての罪悪感だった。
彼女の父親のことを父親として見ることをしていない。
一人の男として意識をしている。
その為にミカサのことも多少なりとも利用していた。
悪いとも思うしいけないことだともちろん自覚はしている。
でもそれを止められない自分がいることもまた事実だ。人として最悪だ、エレンは彼らの姿を見送る度に自分を蔑んだ。
幼いミカサは恐らく気付いてはいないはずだ。
エレンが自分の父親のリヴァイに恋情を抱いていることを、まだ彼女は知らない。
エレンはゲイだ。
いつから、という明確な時期はない。
中学に入学し、周囲の友人たちがグラビアアイドルの際どい写真やクラスメイトの可愛い子の噂話などで盛り上がっていたがエレンは大して興味がなかった。
しいていうなら隣のクラスの同級生が気になる程度だったが、それは女子ではなくて男子生徒だった。
その頃はただの憧れに似た感情だと思っていた。
クラスは違ったが彼とは仲が良く、顔を合わせば話をするくらいだった。
彼はあまりよく喋るようなタイプの人間ではなかったが頭もよく誰に対しても優しかった。
自分にないものを沢山持っていたから憧れていたんだろうとはじめは思っていたが、実際は全く違った。
そのことに気が付いたのは二年目の夏休みが終わった後、彼に初めての彼女が出来てからだ。
突然心の中に出来た大きな空洞にエレンは驚き、その日はよく眠れなかったことを覚えている。
日が経つにつれてそれは「空虚」だということに気付き、自分が彼を必要以上に欲していたことに気が付いた。自分は彼に憧れていたんじゃない。
彼を欲していたんだ。
その気持ちに気が付いてもどうすることも出来なかった。
651: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:25:13.44 d AAS
むしろさらに愛おしいと思う。
友人たちが可愛い女性に欲情するように、エレンも好きになった男に同じように欲情をした。その頃辺りからだろうか。
周囲のことをそれほど気にすることがなくなったのは。
さすがに自分の性癖を簡単に打ち明けることは出来なかったが、昔よりはまだマシだ。
自分は男が好きだ。男しか好きになれないとはっきりと受け入れてしまうとこれまで悩んでいたことが少し馬鹿らしくも思えた。
だからエレンは生まれてから一度も女性を抱いたことはない。
これから先も間違ってもそんな気は起らない。だから結婚もしないし子供を授かることもないだろう。
両親には申し訳ないと思うが自分の気持ちも変えられない。でも子供は好きだったからなるべく彼らと接することが出来る職業に就きたいと思った。
そしてエレンは保育士を志し晴れてその夢を叶えることが出来て今に至っている。
やりがいのある仕事だし飽きも来ない。そして何よりも子供たちと過ごす毎日は楽しく自分が後ろめたさを感じながら生きていることを忘れさせてくれた。
ちょうど社会人になってから恋人とは上手くいかないようになっていた。新しい恋人が出来て短い付き合いばかりだ。
そんなことを馬鹿みたいに何回も繰り返していくうちに、次第に付き合い自体が面倒になって身体だけの関係を重ねるようになっていた。
週末には夜に行きつけのバーに通ってその夜の相手を探すことだってあった。
体中が空っぽになって何をやっても満たされない。自分は一生このままなんだろうと思っていた。
リヴァイがミカサを連れて保育所へやって来たのは。小さな女の子の手を引いてやって来たその父親の姿に、エレンは目を奪われた。
「おはようエレン」
翌朝、いつものようにリヴァイはミカサの手を引いて保育所にやって来た。
入り口に立ってやって来た子供たちを出迎えていたエレンは二人の姿を見るや否や満面の笑みを浮かべる。
「おはようございますリヴァイさん。それにミカサも」
にっこりと笑いながら彼女を見下ろすとミカサも嬉しそうに笑った。
滅多なことで笑わない子だったがエレンが相手をすると別だ。
彼にだけは特別、彼女は笑うことが多い。
リヴァイ曰く、自分と一緒に家にいる時よりもエレンといる時のほうがいい笑顔をしているらしい。
652: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:25:17.24 d AAS
「おはよう、エレン」
「だからエレン先生だって。あと『おはよう』じゃなくて『おはようございます』だろ?ほら、ちゃんと言って」
昨日は許してくれたが今朝はそうはいかなかった。
ちゃんと言えるまでここを通さないと仁王立ちをして立ちふさがる。
腕を組んでわざと怖い顔をするエレンに、さすがのミカサも怖気づいてしまう。
「う」と声を漏らして思わずリヴァイの手を強く握った。
「どうしよう」とリヴァイに助けを求めたが彼もエレンと同じような顔をしていた。
残念ながらミカサを助けることはなくただ首を振るだけだ。
「おはようございます。エレン、先生。」
「よし、えらいぞ。よく出来ました」
渋々彼女は言う通りにはしたが、またすぐにエレンと呼ぶのだろう。
不貞腐れる彼女の頭に手を置き、ぽんぽんと軽く叩いて褒めてやる。
するとすぐにまた表情を明るくし、機嫌を良くした。
よくよく見ればミカサの鼻先はや頬は少し赤くなっていた。
寒そうにマフラーに顔を埋めているし、昨日はつけていなかった白い耳当てまで付けている。
これは多分リヴァイに付けられたんだろう。
昨日に比べれば確かに今朝は冷えていた。
夜中に雨が降ったおかげで濡れたコンクリートが冷えて一部は凍って滑りやすくなっている場所もある。
「今日は寒いな。早く中に入って温かくしろよ?」
部屋の中は朝からストーブをつけているので暖かいはずだ。
これ以上ここにいると風邪を引いてしまうかもしれない。
頭に置いた手をもう一度ぽんとまた一つ叩いた。エレンの言葉にミカサは素直に頷く。
「お父さん、行ってくるね」
リヴァイと繋いでいた手を呆気なく手放して、入り口まで走っていってしまった。
最後に建物に入る前に一度二人のほうを振り向き「お父さんいってらっしゃい」とだけ言うとミカサはすぐに中に引っ込んでしまう。
ミカサぐらいの年の子でもまだ母親から離れられない子供も中にはいる。
ここまで手を引かれてやって来てもいざ保育所の中に入ろうとすると・嫌がって泣いてしまう光景を目にするのは割と日常茶飯事のことだ。
あの歳でもういくつかのことはしっかりと割り切っているようで、リヴァイと離れることもあまり寂しがっている様子を見せたことはなかった。
653: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:25:43.07 d AAS
今朝のリヴァイは黒いコートを羽織っていた。
それと同色の手袋をしながらミカサと同じようにマフラーに顔を埋めている。
恐らくミカサもああやって寒さをしのいでいたのは、リヴァイの格好を真似ているからだろう。
親子で似た仕草をしている彼らを微笑ましく思い口元が緩んでしまう。
「偉いのはお前のほうだろう。よくもまあチビをあんな簡単に手なずけるな」
リヴァイは感心した様子で息をつく。吐き出した吐息は白くふわりと舞った。
「それが仕事ですから。でもミカサはすごく楽なほうですよ。ちゃんと良い子にしてくれますから」
「……そうか、ならよかった」
ほっ、としたのだろう。
瞬間、表情を綻ばせたリヴァイにエレンは目ざとく気が付いてしまった。
「あ、」と思った時にはもう遅かった。彼の表情から目を離すことが出来なくなってしまう。
綺麗だ、と思ってしまった。男なのに。いや、男だからそう思ってしまうんだろう。
目じりに少し皺を浮かべて笑ったリヴァイは父親の顔をしているのに。
自分だけが彼だけを「そういう対象」で見つめてしまっている。
「どうした?」
あまりにも食い入るように見つめていたエレンにリヴァイは少し怪訝そうに眉を潜ませていた。
エレンは慌てて首を振り「な、なんでもありません」としどろもどろになりながら答える。
しかしリヴァイの視線は外れることはなかった。
むしろその眼差しはきつくなり、エレンに突き刺さるように鋭いものになっていく。
654: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:25:46.78 d AAS
そして何を思ったのか、リヴァイは唐突にエレンへ向けて手を伸ばしてきた。
手袋をしたままの黒い手がずい、と急に近づいてくる。
「うわっ、」
思わずエレンは声をあげて目を閉じる。殴られる、と咄嗟に身構えたがそんなことはなかった。
むしろ感じられたのは柔らかくて温かな感触だった。但し布越しではあったが。
しかしリヴァイの手のひらの温もりであったり、ある程度の感触はなんとなくそれでも伝わってくる。
エレンの前髪を少しあげてリヴァイは彼の額に自分の手を置いていた。
「熱があるってわけでもないみたいだな」
「あ、ありませんよ、そんなの!!」
少し声を荒げながらリヴァイの手をエレンは振り払った。
エレンの心臓はばくばくと五月蠅い。それを服の上からぎゅっと押さえつけるように左胸を押さえながらとりあえず落ち着こうと何度も大きく深呼吸を繰り返す。
「顔が赤いからてっきり熱があるのかと思ったんだが……」「違いますよ、大丈夫です。体調が悪かったらそもそもここにはいませんから」
幸いなことにリヴァイは挙動不審なエレンの様子をおかしなものだとは思ってはいないようだ。
離された手は再びエレンの元へと伸びることはなく大人しくリヴァイのコートのポケットの中へと戻される。
気遣われたのは嬉しいが気付いてくれないのはやはり少し寂しいと思う。こんな気持ちは自分の我儘だ。
「お前がいなかったら寂しいな」
「え?」
自分勝手な感情だと思っているから、ある程度は抑制しなければいけないとも思っていた。
なるべくそれを抑え込んで表に出てこないように押し殺してしまおうと、そう考えているのにこの男はその意図をこうやっていとも簡単に壊していく。
655: (スプッ Sdb8-xmDs) 2016/04/12(火) 05:26:12.37 d AAS
「そりゃあミカサは寂しがるでしょうね。オレによく懐いていますから」
「まあ、そうだな。あいつもそう思うだろうしそれに俺も寂しいと思うんだがな」
ほら、そうやってまた好き勝手に振り回して。
こちらがどんな気持ちを抱いているかなんて知らない癖に。
毎晩貴方のことを思ってベッドに寝転がった後に、どんなことをしているかなんてことも、全部、全部知らない癖によくもまあそういうことを言うものだ。
呆れるところではあるが、リヴァイを手前にした以上浮かび上がっている感情はやはり彼への好意とこれからの関係の期待だった。
しかしいずれの感情にせよ、愛情は結ばれることはないし関係が発展しないことなんて目に見えて分かっているのだが。
「冗談言わないで下さいよ。オレに会わなかったら寂しいだなんて」
本気にしてしまいたくない。
いちいち真に捉えていたら自分の身も心も持たないなんてことはよく分かっている。
分かっているのだが頭はそうはいかなかった。
「冗談なんかじゃない」
リヴァイはエレンが目の前でここまで葛藤を繰り広げていることを知らない。
素知らぬふりをしているようにも見える彼の顔が憎らしくも思えてきた。
もしも自分の気持ちが、今の瞬間にすべて伝わってしまったらリヴァイは軽蔑するだろうか。
綺麗な彼の顔がぐちゃぐちゃに歪んで、もう自分のほうを見てはくれなくなるかもしれない。
「お前がいると落ち着くんだよ。それにミカサのことも色々と任せられる……ここで一番安心して頼れるのはお前なんだよ、エレン」
頭の中で何かが崩れていく。
自分が必死になって隠そうとしていた感情が身体の中から溢れ出して止められない。
胸が苦しい。
息もまともにできなくて、また熱があるわけでもないのに顔中が熱くなって頬が赤らんでくる。
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