[過去ログ] ◆どうして精神科医は霊の存在を無視するのか?◆ (78レス)
前次1-
抽出解除 必死チェッカー(本家) (べ) 自ID レス栞 あぼーん

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
次スレ検索 歴削→次スレ 栞削→次スレ 過去ログメニュー
1
(7): 2010/03/28(日) 10:48:58 ID:pmZLymUQ(1/15)調 AAS
解離性同一性障害や統合失調症の症状は、
霊が取り付いたと言う以外説明が付かない。

精神科医は、何時まで霊の存在を無視して的外れな治療を
続けるつもりなのだろうか?

必読
>>1-30
2: 2010/03/28(日) 10:51:24 ID:pmZLymUQ(2/15)調 AAS
まず「霊」とは何だろうか?
辞書で調べてみたら「肉体と独立して存在すると考えられる心の本体」とあった。
キリスト教では、神と、天使と、人間が霊的存在であると考える。

※未信者のことも配慮し「御使い」を「天使」と記す。
3: 2010/03/28(日) 10:52:57 ID:pmZLymUQ(3/15)調 AAS
◆神に付いて◆
神は「父なる神」「神の御子イエス」「聖霊」の三つで一つと考える。
これを三位一体(さんみいったい)という。
カルトを見分けるのに役立つので、この言葉を覚えておいて欲しい。キリスト教系のカルト宗教の殆どが、この三位一体を否定している。(中には、口先だけで三位一体を肯定するカルトもあるので注意)
カルトは信者に、三位一体の神以外のものを崇めさせようとする傾向がある。

◆天使に付いて◆
天使は神の使いである。神に背いた天使もいて、それが「悪霊」(堕天使)である。天使は、力の強弱や性質が千差万別で、それは悪霊も同じである。悪霊の王のことを「悪魔」という。
どれくらいの数の天使がいるのか見当も付かないが、悪霊だけでも、全世界の人口より多いと思われる。

◆人間に付いて◆
人間にも霊がある。人の肉体が死んでも、人の霊は消滅するわけではない。
罪を犯した者(神に背いた者)は天国に行くことができない(全ての者に罪がある)が、イエス・キリストを信じ、心の中に受け入れた者は、義(罪のない状態)と見なされ、天国に行くことができる。
4: 2010/03/28(日) 11:05:39 ID:pmZLymUQ(4/15)調 AAS
◆悪霊とは?◆
悪霊は死者の霊ではない。悪霊は神に背いた天使である。従って、天使と同等の力を持っていると考えるべきである。言い換えれば、神よりも弱く、人よりも強いということになる。
悪霊は、人を神に背かせようする。悪霊は、人に取り付く場合がある。稀に、物理的な怪奇現象を起こすことがある。

◆どのようなときに悪霊に取り付かれるのか?◆
神に背いた(罪を犯した)ときである。出エジプト記20章3〜17節
特に霊的な罪を犯したときである。
霊的な罪とは、偶像礼拝、異教の儀式への参加、占い、口寄せ、まじない、コックリさんなどである。申命記18章10〜12節
迷信深い家庭などに生まれ育ったために、悪霊の影響を受ける場合もある。
耐えがたい痛み、恐怖心などが切っ掛けとなる場合もある。

◆偶像礼拝とは?◆
刻んだ像を拝むことが偶像礼拝である。偶像礼拝は悪霊を拝むのと同じである。
仏像、観音像、マリヤ像、キリスト像などを拝んだら偶像礼拝である。(プロテスタントでは、キリスト像やマリヤ像などを拝んだりしない)
仏壇でも、板でも、天然の樹木や岩でも、天体でも、異教の神でも、天使でも、聖人でも、自分が考え出した神でも、死人でも、芸能人でも、絵画でも、三位一体の神以外のものを拝んだら偶像礼拝である。
地蔵とか、祠(ほこら)などを拝んで回ったら、悪霊を掻き集めてしまうだろう。
5: 2010/03/28(日) 11:07:52 ID:pmZLymUQ(5/15)調 AAS
◆死人礼拝、口寄せ◆
死人を拝むことが死人礼拝。霊媒が(死者の)霊を呼び出すのが口寄せである。
義人が死ねば、その霊は天国に行く。義人以外の人が死ねばハデスに行き、最後の審判を経てゲヘナに行くことになる。
その辺をさまよったり、仏壇に住むことはない。生きている人間に影響を与えることもない。三位一体の神と地上で生きている人間以外で、人間に影響し得る霊的存在は天使だけである。
偶像礼拝(死人礼拝も含む)や口寄せなどをすれば、神に背いた天使である悪霊と交わることになる。

◆霊媒がしていることは?◆
死者の霊は呼び出すことができない。霊媒は、死者の霊を名乗る悪霊を呼び出しているのである。霊を呼び出す振りだけをする場合もあり得る。
ある日本の霊媒師が呼び出したアンネ・フランクの霊は、日本語を話したが、ドイツ語を知らなかったそうである。
霊媒が、外国人の霊を呼び出したはずなのに、外国語を話さない場合には、霊を呼び出している振りをしているか、又は、外国語を知らない悪霊を呼び出しているのである。
呼び出された霊が、霊媒師が話すことのできない外国語を話す場合は、外国語を知っている悪霊が呼び出されたのである。
前に外国人に取り付いたことのある悪霊ならば、外国語を読み書き話すことが可能である。
6: 2010/03/28(日) 11:09:02 ID:pmZLymUQ(6/15)調 AAS
◆墓場などに悪霊は、いるか?いないか?◆
「悪霊は死者の霊ではないから、墓場に悪霊はいない」と考えがちだが、それは早計である。早計どころか大間違いである。
人が死ねば墓場に葬られる。悪霊に取り付かれていた人が死んでも墓場に葬られる。
死者の霊は天国かハデスに行くので、墓場などにはいない。しかし、取り付いていた悪霊の中には、死体と一緒に墓場に運ばれるものもいるだろう。
墓場で死人礼拝が行われているならば、悪霊が次に取り付く人を探すのに好都合であり、他からも悪霊が集まってくると思われる。仲間を求めて集まって来る悪霊もいるだろう。
悪霊に取り付かれたゲラサ人が墓場に住んでいたことは注目するべきである。彼が、死人礼拝をしていたかどうかは不明だが、彼が住んでいた墓場という場所には、悪霊が沢山いるのである。マルコ5章5節
死人礼拝は、先祖に取り付いていた悪霊を子孫がリサイクルするようなものである。
死体を教会に運び込むことは危険である。レビ21:11、民数記19:11、16
敬虔なクリスチャンであっても、死に掛けているときには病苦や、衰弱、多量の薬の投与などによって悪霊に取り付かれやすい状態になるに違いない。そんな状態になったら取り付かれてしまうのが普通だと思われる。
7: 2010/03/28(日) 11:29:35 ID:pmZLymUQ(7/15)調 AAS
◆病院、葬儀場◆
病院や葬儀場などは霊的に危険な場所である。
現代人が死ぬのは殆どの場合病院である。人が死ねば、その人に取り付いていた悪霊は、次に取り付く人を探し始めると思われる。清潔なイメージとは対照的に、病院は霊的に汚れているのである。
精神病院の場合、人が死ぬことは少ないかもしれないが、悪霊に取り付かれた人を多数扱っており、通常の病院以上に危険が大きいと思われる。
病院関係者は、カルト信者の次ぐらいに霊的に危険な環境に置かれているのである。
男よりも女の方が悪霊の影響を受けやすいようであり、看護婦は悪霊に取り付かれる危険が大きいと思われる。
病院の朝礼で賛美歌を唄ったりすれば、悪霊が留まり難くなり、悪霊の影響が大幅に軽減すると思われる。
※迷信的な家庭に生まれ育ったために、死人礼拝が習慣になっている看護婦が特に危険である。彼女たちは、死んだ直後の死体を拝むことが多いからである。

◆ナンパ男の発言◆
以前、職場で一緒だった者で
「どこそこによくナンパに行く。ナンパ待ちをしているのは看護婦が多い」と言った男がいた。
「看護婦は白衣の天使と呼ばれている。頭も良いに違いない。ナンパ待ちなんかするわけがないし、変な誘いに乗るわけがない。冗談を言ってるのだろう」と、私は、そのとき思ったのだが、意外と本当だったのかもしれない。
8: 2010/03/28(日) 11:33:08 ID:pmZLymUQ(8/15)調 AAS
◆占い◆
占いは悪霊と交流して悪霊から知識を得ることである。使徒の働き16章16〜18節

◆占いの危険◆
間接的に聞いた話だが、前に、占い師をしていたクリスチャンがいて、占い師を辞める前は、悪霊に悩まされて夜も眠れなかったそうである。
他のサイトで「金縛りに悩んでいる」という相談を見たので、「新興宗教や占いなどに凝ると、金縛りになり易くなる」と回答したところ、
私の回答を見た別の女の人が「高校生の頃、占いが好きで、自分の分だけではなく、友達の分まで占いをしていた。頻繁に金縛りになっていた」と書き込んできたことがある。
占い、新興宗教、コックリさん、交霊術、まじないなどに凝るのは危険である。

◆占い好きで金縛りに悩んでいる人へ◆
軽症の場合、占いを止めれば徐々に良くなると思う。
重症ならば、使徒の働き16:16−18のようなことも必要かもしれない。
「金縛りになるのはイヤだけど、占いを止めたくない」なんていうのはダメである。

◆金縛りになったら◆
金縛りを起こしている悪霊に向かって「イエス・キリストの御名(みな)によって命じる。私から離れろ」と言う。
長くて言えないなら「イエスの御名によって去れ」と言う。
「悪霊さん。お願いですから離れてください」という言い方をしてはならない。それでは悪霊崇拝になってしまう。必ず命令的に言う。
体を動かして抵抗する。起き上がることは無理でも、つま先を動かしたり、口を開けて、アゴを左右に動かすことは可能である。
悪霊の影響を受けるようなことをしているのであれば止める。
占い、新興宗教、偶像礼拝などの他、薬物乱用、過激な音楽、その他の悪習慣なども、悪霊と交わる原因になると考えられる。
9: 2010/03/28(日) 11:34:12 ID:pmZLymUQ(9/15)調 AAS
◆悪霊への聖書的な対応方法◆
イエス・キリストの御名によって命じれば悪霊は出て行く。

ルカ10章17節
さて、七十人が喜んで帰って来て、こう言った。「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」

使徒16章18節
幾日もこんなことをするので、困り果てたパウロは、振り返ってその霊に、「イエス・キリストの御名によって命じる。この女から出て行け。」と言った。すると即座に、霊は出て行った。

マルコ9章38〜39節
ヨハネがイエスに言った。
「先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。
しかし、イエスは言われた。「やめさせることはありません。わたしの名を唱えて、力あるわざを行いながら、すぐあとで、わたしを悪く言える者はないのです。」

使徒19章13節
ところが、諸国を巡回しているユダヤ人の魔よけ祈祷師の中のある者たちも、ためしに、悪霊につかれている者に向かって、主イエスの御名をとなえ、「パウロの宣べ伝えているイエスによって、おまえたちに命じる。」と言ってみた。
そういうことをしたのは、ユダヤの祭司長スケワという人の七人の息子たちであった。
すると悪霊が答えて、「自分はイエスを知っているし、パウロもよく知っている。けれどおまえたちは何者だ。」と言った。
そして悪霊につかれている人は彼らに飛びかかり、ふたりの者を押えつけて、みなを打ち負かしたので、彼らは裸にされ、傷を負ってその家を逃げ出した。
このことがエペソに住むユダヤ人とギリシャ人の全部に知れ渡ったので、みな恐れを感じて、主イエスの御名をあがめるようになった。
10: 2010/03/28(日) 11:47:18 ID:pmZLymUQ(10/15)調 AAS
◆精神は分裂しない◆
幻聴や、幻覚、妄想などの症状のある人を、精神科医は、精神分裂病と診断する。
人間の精神は分裂して複数になるようなものではない。一人の人間に複数の精神が存在するとしたら、悪霊が取り付いているのである。
江戸時代には精神分裂病を「キツネ憑き」と言った。悪霊が取り付いたのに「キツネが取り付いた」というのは不正確だが、憑依を憑依と認識している点においては、江戸時代の人の方が現代の精神科医よりも正しいのである。
精神科医は、霊が取り付いているのだと薄々気付いていても「霊などない」という前提で、的外れな治療をしているのである。

◆多重人格は悪霊が取り付いたものである◆
多重人格障害は、幻聴や、幻覚、妄想などの症状がある点は、精神分裂病と同じなのだが、時々、人格が全くの別人に入れ替わってしまうほどの極端な症状を有する。
精神科医の多くは、多重人格を「精神分裂病」と診断する。
専門的に、多重人格を研究している一部の精神科医や、心理学者だけが多重人格という言葉を使っているようである。
交代人格が、基本人格の知らない外国語や、方言を話す場合もある。それが何を意味するかは、霊媒のところで説明した通りである。
精神科医や心理学者は、霊が取り付いているのだと薄々気付いていても、「霊などない」という前提で、的外れな治療をしているのである。
テレビではカットされているようだが、実際の交代人格はもっと卑猥な言葉や、冒涜的な言葉を連発すると思われる。

◆彼らは架空の人格と実在する人格とを混同している◆
多重人格を専門的に研究している心理学者や精神科医は「基本人格が虐待の苦痛から逃れるために別の人格を作り出したのだ」と説明を付けている。
しかし、虐待の苦痛から逃れるために人格を作り出したといっても、それは想像上の人格に過ぎない。多重人格障害における交代人格は、実在する人格なのである。
11: 2010/03/28(日) 11:54:57 ID:pmZLymUQ(11/15)調 AAS
◆発症前の虐待と発症後の虐待が混同されている◆
虐待の苦痛や恐怖によって精神的に不安定になっているときに、悪霊に取り付かれ、多重人格を発症した者は少なくないだろう。
しかし、通常では、多重人格を発症する前よりも、発症した後の方が虐待は激しくなるはずである。多重人格を発症し、交代人格が異常な言動をするようになれば、親が、しつけのために、あるいは恐怖心から、暴力を振るうことは十分あり得るからである。
「多重人格を発症してから、激しい虐待を受けるようになった」という場合が結構多いのではないだろうか。
心理学者や精神科医には、この前後関係を意図的に無視してしまう傾向がある。凄まじい虐待があったことを指し示すことで「多重人格は虐待が原因」という自説が支持を受け易くしたいのだろう。
悪霊は、心理学者や精神科医の思いを見抜いており、不幸な被虐待者を演じ、誇張した虐待の記憶を語って自分の正体を隠すのである。
12: 2010/03/28(日) 11:56:02 ID:pmZLymUQ(12/15)調 AAS
◆交代人格には首領がいる◆
一人の多重人格患者に潜んでいる複数の交代人格の中には、大抵、首領格の交代人格がいて、他の交代人格に指図をしている。
天使のところでも述べたが、悪霊は力の強弱や性質が千差万別である。当然のことながら、強い悪霊が首領の座に付くことになる。
首領格の悪霊が二ついて、悪霊たちが二手に別れて対立しているような場合も稀にあるそうだ。

◆悪霊の行動には制限が掛けられている◆
交代人格の行動は、子供の悪戯程度のものや、死なない程度の自殺未遂などが多い。どうして、もっと盛大に悪いことをしないのだろうか?
ある多重人格の少女は、駅のホームで「お母さんを突き落とせ」という幻聴を聞いたという。交代人格が出て来て突き落とせば良いのに、それはしなかったのである。
悪霊は、人を惑わしたり、罪を犯す(神に背く)ように誘惑することを許されているが、人間の体を勝手に操って好き勝手に罪を犯すことまでは許されていないのである。悪霊の誘惑を実行に移すのは人間なのである。
悪霊は、罪を犯すことを、直接、人に強制することができない。
例えば、日本のクリスチャンは、強制的に偶像礼拝をさせられそうになったことや、それに近い経験のある者が多い。強制的に偶像礼拝をさせようとするのは悪霊だろうか?否、それは常に人間である。

※有名な多重人格者であるビリーミリガンの事件は、交代人格ではなく、基本人格であるビリーミリガンが、悪霊にそそのかされて犯したものである可能性が高いと私は考える。
13: 2010/03/28(日) 12:04:58 ID:pmZLymUQ(13/15)調 AAS
◆天使や悪霊は何時からいるのか◆仮説
天使が創造されたのは、神と同質の神の御子が生まれたとき(降誕のことではない。天地創造の前のことである)よりも後である。コロサイ1:15
天使と、悪魔や悪霊が区別されたのは、創世記3:15以前である。
天使が創造され、天使と悪霊とが区別されたのは、創世記1:3−5あたりではないかと思われる。

◆では人の霊が創造されたのは何時か?◆仮説
人が創造されたことは、創世記1:26−27、2:7に書かれている。
人が生まれてくる度に、人の霊が創造されているわけではないように思う。
人の霊は、天使が創造されたのと同じときに創造され、天使が、天使と悪霊とに区別されたのと同様に、人間も、救われる者と、救われない者とに区別されたのだと思われる。
光と闇が区別されたというのは、それを抽象的に表現したものなのではないだろうか。創世記1:4

◆悪霊はズル賢さを増す◆
ミュレル師は「悪霊が一つしかいなかった人には、出会ったことがない。たいていは、十〜二十の悪霊がいる。一人の中に五十〜六十の悪霊を見つけることも珍しくない。何百もの悪霊がいた人々にも出くわした」と書いている。
新約聖書の時代は、一人の人に一つの悪霊が取り付いている場合が殆どで、分裂した精神の破片などに成り済ますこともなかった。
単独で取り付いているよりも、複数で役割を分担した方が効率良く活動でき、団結すれば力が増し、分裂した精神の破片に成り済ましていれば追い出されることがないからだろう。
新約聖書の時代から約二千年が経過しており、悪霊は当時よりもズル賢くなっているのである。
ミュレル師が「悪霊に打ち勝つ方法を」書いてから十年が経過しており、悪霊は当時よりもズル賢くなっている。更に十年経過したらもっとズル賢くなるだろう。
14: 2010/03/28(日) 12:08:48 ID:pmZLymUQ(14/15)調 AAS
◆人口と悪霊の数の関係に関して◆
人口は次第に増加するが、悪霊は、生まれたり死んだりすることがなく、数が変化するものではない。
昔、悪霊は、数少ない人間を相手にするだけだったが、人口が増えて、多くの人間を相手にするようになれば、力を分散させなければならず、一人一人の人間に及ぼす悪影響は少なくなるはずだが、人口増加に反比例して、悪霊の影響が減少しているとは思えない。
それに関して、私は次のように説明を付ける。時間の経過と共に人口が増えれば、悪霊は力を分散させなければならなくなるが、悪霊は死なずに経験を積むことができる。
その為、分散によって力が弱まる以上にズル賢くなり、効率良く活動するようになる。

人口はアダムの時から徐々に増加してきたわけではない。一時的に激減したことがある。大洪水の後、生き残ったのは、ノアと、その家族だけであった。
それまで、多数の人間を惑わしてきた悪霊たちは、大洪水直後には、ノア一家だけに集中的に働きかけることができたはずである。
ノア一家は、悪霊の影響を多く受け、多くの罪を犯したはずであるが、実際には、創世記9章20〜27節を除いて、たいして影響を受けなかったようである。
一見、矛盾しているようだが、説明は付く。
大洪水直後、ノアは父であり、祖父であり、長老であり、神学者であり、裁判官であり、王であった。最も正しい人が統治していたわけである。
それ故、人々は、たいして惑わされずに済んだのではないだろうか。
ノアに代ってニムロデが権力者になった途端に、人々は神に刃向かうようになった。
その際、言葉が混乱したことによって、悪霊が好き勝手に誰にでも取り付いたり、惑わしたりすることが、ある程度制限され、悪霊全体の影響力と、少ない人口との比率が妥当なものになったのではないだろうか。
その後、時間の経過と共に人口が増えるのに比例し、悪霊は経験を積んでズル賢くなり、効率良く活動するようになる。
主は、それ以外にも、自らの権威によって悪霊の活動を制限しておられるに違いない。
16: 2010/03/28(日) 12:13:36 ID:pmZLymUQ(15/15)調 AAS
◆悪霊に関するお勧めの本◆
「悪霊に打ち勝つ方法」 ICM出版 コンラッド・ミュレル 著
「悪霊を追い出せ」 マルコーシュパブリケーション 奥山実 著
「サタンの策略と悪霊の活動」「サタン・悪霊に勝利 ―実際篇―」 国際クリスチャンセンター内 あづまキリスト教伝道協会出版部 東泰男 著

◆ミュレル師 奥山師 東師の本の比較◆
ミュレル師と東師の本は、文書がしっかりしている。
奥山師の本はイイカゲンな部分が多い。ミュレル師や東師の本と読み比べてみればその差は歴然である。
奥山師の本は、内容はイイカゲンではあるが、悪霊の存在や影響を無視するような、今の日本の福音派諸教会の風潮に一石を投じたものであることと、前半は、日本の未信者でも興味を持って読める内容であることは評価できる。
しかし、未信者でもクリスチャンでも、前半しか読まない人が多いのではないだろうか。

◆異言に関する主張の違い◆
ミュレル師の主張は「異言の殆どが悪霊によるにせの異言」というものである。
東師は本にはあまり記してしないが「異言=聖霊のバプテスマ」という立場のようである。
奥山師は「聖霊からの異言と悪霊からの異言がある」という中間的な立場である。

◆私の見解◆
実際には、奥山師の主張するような状態からミュレル師の主張するような状態に移行してゆくものだと私は考えている。
異言の全てが聖霊のバプテスマではない。悪霊による偽の異言を言う者やグループが存在するのである。
聖霊による真の異言を言う者でも「異言=聖霊のバプテスマ」と考えて、悪霊による偽の異言を言う者やグループと無警戒に交流していたら、すぐに偽異言の悪霊に取り付かれることになる。

■■■■■
前次1-
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ

ぬこの手 ぬこTOP 0.224s*