[過去ログ] 配当金・株主優待スレッド 526 [無断転載禁止]©2ch.net (186レス)
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178: 2016/05/18(水) 22:10:30.05 ID:4uTcWgUe(122/130)調 AAS
火鉢の傍そばへ坐って、茶などを注ついで飲んだ。そうしてそこに御米でもいると、世間話の一つや二つ
はしないとも限らなかった。
「小六さん御酒好き」と御米が聞いた事があった。
「もう直じき御正月ね。あなた御雑煮おぞうにいくつ上がって」と聞いた事もあった。
 そう云う場合が度重たびかさなるに連つれて、二人の間は少しずつ近寄る事ができた。しまいには、姉
さんちょっとここを縫って下さいと、小六の方から進んで、御米に物を頼むようになった。そうして御米
が絣かすりの羽織を受取って、袖口そでくちの綻ほころびを繕つくろっている間、小六は何にもせずにそ
こへ坐すわって、御米の手先を見つめていた。これが夫だと、いつまでも黙って針を動かすのが、御米の
例であったが、相手が小六の時には、そう投遣なげやりにできないのが、また御米の性質であった。だか
らそんな時には力めても話をした。話の題目で、ややともすると小六の口に宿りたがるものは、彼の未来
をどうしたら好かろうと云う心配であった。
「だって小六さんなんか、まだ若いじゃありませんか。何をしたってこれからだわ。そりゃ兄さんの事よ
。そう悲観してもいいのは」
 御米は二度ばかりこういう慰め方をした。三度目には、
「来年になれば、安さんの方でどうか都合して上げるって受合って下すったんじゃなくって」と聞いた。
小六はその時不慥ふたしかな表情をして、
「そりゃ安さんの計画が、口でいう通り旨うまく行けば訳はないんでしょうが、だんだん考えると、何だ
か少し当にならないような気がし出してね。鰹船かつおぶねもあんまり儲もうからないようだから」と云
った。御米は小六の憮然ぶぜんとしている姿を見て、それを時々酒気を帯びて帰って来る、どこかに殺気
さっきを含んだ、しかも何が癪しゃくに障さわるんだか訳が分らないでいてはなはだ不平らしい小六と比
較すると、心の中うちで気の毒にもあり、またおかしくもあった。その時は、
「本当にね。兄さんにさえ御金があると、どうでもして上げる事ができるんだけれども」と、御世辞でも
何でもない、同情の意を表した。
 その夕暮であったか、小六はまた寒い身体からだを外套マントに包くるんで出て行ったが、八時過に帰
って来て、兄夫婦の前で、袂たもとから白い細長い袋を出して、寒いから蕎麦掻そばがきを拵こしらえて
食おうと思って、佐伯へ行った帰りに買って来たと云った。そうして御米が湯を沸わかしているうちに、
煮出しを拵えるとか云って、しきりに鰹節かつぶしを掻かいた。
 その時宗助夫婦は、最近の消息として、安之助の結婚がとうとう春まで延びた事を聞いた。この縁談は
安之助が学校を卒業すると間もなく起ったもので、小六が房州から帰って、叔母に学資の供給を断わられ
る時分には、もうだいぶ話が進んでいたのである。正式の通知が来ないので、いつ纏まとまったか、宗助
はまるで知らなかったが、ただ折々佐伯へ行っては、何か聞いて来る小六を通じてのみ、彼は年内に式を
挙げるはずの新夫婦を予想した。その他には、嫁の里がある会社員で、有福な生計くらしをしている事と
、その学校が女学館であるという事と、兄弟がたくさんあると云う事だけを、同じく小六を通じて耳にし
た。写真にせよ顔を知ってるのは小六ばかりであった。
「好い器量?」と御米が聞いた事がある。
「まあ好い方でしょう」と小六が答えた事がある。
 その晩はなぜ暮のうちに式を済まさないかと云うのが、蕎麦掻のでき上る間、三人の話題になった。御
米は方位でも悪いのだろうと臆測おくそくした。宗助は押しつまって日がないからだろうと考えた。独ひ
とり小六だけが、
「やっぱり物質的の必要かららしいです。先が何でもよほど派出はでな家うちなんで、叔母さんの方でも
そう単簡たんかんに済まされないんでしょう」といつにない世帯染みた事を云った。

十一

 御米およねのぶらぶらし出したのは、秋も半なかば過ぎて、紅葉もみじの赤黒く縮ちぢれる頃であった
。京都にいた時分は別として、広島でも福岡でも、あまり健康な月日を送った経験のない御米は、この点
に掛けると、東京へ帰ってからも、やはり仕合せとは云えなかった。この女には生れ故郷の水が、性しょ
うに合わないのだろうと、疑ぐれば疑ぐられるくらい、御米は一時悩んだ事もあった。
 近頃はそれがだんだん落ちついて来て、宗助そうすけの気を揉もむ機会ばあいも、年に幾度と勘定かん
じょうができるくらい少なくなったから、宗助は役所の出入でいりに、御米はまた夫の留守の立居たちい
に、等しく安心して時間を過す事ができたのである。だからことしの秋が暮れて、薄い霜しもを渡る風が
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