[過去ログ] 関西オフに長年蔓延る「わて」という名無し Part.3 [転載禁止]©2ch.net (388レス)
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149: 2015/09/27(日) 09:57:17.09 ID:QXRoWfL/(1)調 AAS
ワテワテ
165: 2015/12/05(土) 22:03:46.09 ID:B5TK6H/v(1)調 AAS
しかしほんとうに腹が立つことは、きわめてキリスト教的な考えをもった敬虔な
その著『幽界の光景』第二巻・第一景一五頁で、次のような比喩をあげているこ
収縮して、 言いあらわしようのないほどた。それはちょうど、大きな女郎蜘蛛を
沸騰点 にあるビーカーに入れて、膿のような血が灼熱のなかでぐつぐつと煮えた
つまりこの神のしもべは、こういう恥さらしの行為を自分でやったか、あるいは
観したのだ。――この場合、どちらでも同じことだ。――じっさい、彼はそうい
とも思っていないから、話のついでに淡々として語っているのだ! これは創
ヤ的自然観の影響である。これに反して、インド教徒や仏教徒にあっては、偉
わたしがゲッティンゲン大学で勉強していたとき、ブルーメンバッハは生理学の
おそろしい面について切々とわれわれに語った。それがいかにも残忍でおそろし
たがってめったに用うべきではないこと、ごく重要で、直接役立つ研究にだけ
あること、それを行なう場合には、科学の祭壇にささげられた残忍な犠牲が最大
う、大講堂で最大限に公開し、あらゆる医学者を招待したうえで行わなければな
くれたのである。――ところが今日では、どんな藪医者でもいろいろな問題を決定するために、その拷問室で残忍きわ
ただ彼らがあまり怠惰・無知であるために、その書物をのぞかないだけのことな
教養によって、ある種の人間性と気品をそなえていたが、いまの医者はもはや古
のだ。いまはできるだけ早く大学に行って、そこでせめて膏薬塗りだけでも覚。
生体解剖ではフランスの生物学者が先例を示したように思われる。そしてドイツ
を加えるのであるが。その目的とすると
ころは純理論的な、往々愚にもつかない問題を決定するためにすぎない。わたし
たえない二つの実例をあげたいと思うのであるが、それはけっして散発的なもの
は百をもって数えることができる。マールブルクのルートヴィヒ・フィック教授
因について』のなかで、幼い動物の眼球を摘出したことを報告している。それは
そのあとの間隙に骨が成長していくという彼の仮設を確証するためなのだ!(一
ニュルンベルクのエルンスト・フォン・ビブラ男爵が行なった非道の仕打ちる。
以下で、いかにもしたり顔に、不可解なほど素朴に、読者に語っているところに
183: 2015/12/06(日) 21:20:11.09 ID:WH2etBej(1)調 AAS
マイナンバーを保険の対象に明記するのは初めて。日本年金機構の情報流出が発覚したことで制度の先行きが不安視され
年金や児童手当の給付、確定申告などの税の手続きでマイナンバーの記載が必要になり、企業には社員やアルバイトのマ
められている。番号を漏えいした際の罰則規定もあり、最も重い刑事罰では「4年以下の懲役または200万円以下の罰
ーを悪用された社員らの被害などを補償の対象とする。10月に個人番号の通知が始まるのに合わせて売り出す。年金機
保各社はサイバー攻撃で個人情報が流出した際の被害を補償する企業向けの保険を取り扱っているが、損保ジャパン日本
マイナンバーを補償対象に新たに加えて商品化する。 サイバー攻撃の対策システムを研究している国立研究開発法ると
機構の提携先の企業や自治体、大学に対する不審なアクセスのうち、昨年度はササイバー攻撃への対策が遅れており、大手損保によると、保険の加入率は5%
未満という。 ただ、損保各社にはサイバー攻撃に関する企業からの問い合わせが急増しており、今後は保険商品が広海
上日動火災保険は不正アクセスがあった時点で侵入経路などを調査する費用を補償する中小企業向けサービスを10月に
険は7月からサイバー攻撃被害の補償の上限額を、これまでの5000万円から
がり、より芯が柔らかい「2B」がトップに。理由のひとつとして、子どもの筆圧が下がっていることが挙げられていま。
の大部分は「三菱鉛筆」と「トンボ鉛。
トンボ鉛筆によると、1999年と2014年で比較した場合、HBは44%から31%に下がり、2Bは22%から37%に増えました。三
年と2014年を比較して、HBは5割から2割に減り、2Bは2割から4割に増えているので、ほぼ同じ傾向であることがわかりま
でしょうか? 鉛筆のJIS規格は、芯の硬さに応じて17種類が規定されています。
柔らかいほど字が太く濃くなり、硬いほど折れにくくシャープな線をひくことができます。三菱鉛筆ではJIS規格とは別、
HとHBの中間の濃さと硬さとして作られた比較的新しい規格です。Fよりも古くからあるHBは、その名前からも明らかなよ
として「基準になる鉛筆」と位置づけられてきました。戦時中は「中庸」と呼ばれ、現在も選挙の記名やマークシート式
筆圧低下が一因か なぜ、鉛筆の主流はHBから2Bへと変わったのか? その理由のひとつとして、鉛筆を主
221: 2015/12/07(月) 17:30:49.09 ID:YS9sXJKc(1)調 AAS
 貧困と奴隷とは同じ事態の二つの形式にすぎない。いや、ほとんど名前だけが違っているのだといい
たいくらいのものだ。その事態の本質がどこにあるかといえば、その人間の力が大部分は自分自身のた
めには使われないで、他人のためにふりむけられるということだ。このことから、労働の荷重というこ
とも起こってくるし、自分の欲求をみたすことが乏しいということにもなる。というのは、自然はよく
したもので、自分にさずかった力を適当に働かせて、自分の食いぶちを大地からかちとるだけの力しか
人間にはあたえておらず、だれでもありあまる余力などもって生まれてはいないからである。ところで
人類の相当部分のものが、人類が食ってゆかねばならぬという共同の重荷をまぬかれれば、それだけほ
かの人たちの荷が勝つことになり、悲惨になるわけだ。こうしてさしずめ、奴隷とかプロレタリアート
といった名のもとで、いつでも人類の大多数の者に重荷がのしかかるというあの禍が起こってくる。
その遠因は贅沢だ。つまり二、三の少数の者がなくてもすむもの・余計なもの・
ことができ、それどころか、ひとひねりしたような欲求を満たすことができるた
ている人力の大部分がそんなことにふりむけられ、したがって不可欠なものを生産するという肝心かな
めの必要なことには手をぬくということになる。何千という労働者が、自分のれ
ないのに豪荘な邸宅の建築に従事したり、自分や家族のために粗末な布地を織
ために精巧な絹のものやレースまで編むわけで、一般に彼らは富める者らを満足
さの贅沢品をつくっているのである。都会の人口の大部分は、こういう贅沢品の生産に従事する労働者
からなっており、百姓はためにこの都市労働者や、またこういう贅沢品を注文する連中の肩がわりをし
て、耕作したり、種をまいたり、放牧したりしなければならず、けっきょく自然がもともと彼に課した
以上の仕事をもつことになる。そのうえ彼はその力と土地を、穀物・馬鈴薯・牧畜にふりむけるより
は、むしろ葡萄・蚕糸・ホップ・たばこ・アスパラガスなどに割かねばならない。さらに、砂糖・コー
ヒー・茶などを輸入するために造船業や航海に従事する要員をそろえる必要から、たくさんの人間が耕
作から引きぬかれてゆく。こういう余計な品物の生産は、何百万という黒人奴隷
262: 2015/12/08(火) 23:54:29.09 ID:BcV+9w7J(1)調 AAS
 人の力量には差があって平等ではないが、人間としての権利は平等である。それはこの権利が力量に
もとづくものではなくて、権利の道徳的性質からいって、どの人にも、生きんと
の意志の客体化の同じ段階であらわれているためである。しかしこのことは、人
的・抽象的権利についてのみいえることだ。めいめい各人がその力量によって手に入れる財産とか名誉
などは、この力量の程度と種類しだいであって、その権利の及ぶ範囲は広くな題
では平等ということはなくなる。しかし財産の多い人とか活動的で名誉にめぐま
け獲得するものが多いからといってその権利が大きくなるわけではなくて、権利
わたしの主著(続編・第四七章)で説明しておいたとおり、国家は本質的に単な
対外的には国全体を外的の攻撃から守り、対内的には個人がおたがいに攻撃しあうことをふせぐための
施設なのだ。以上のことから結論されることは、国家が必要なゆえんは、つまる
間の不正にあるということだ。人間が不法なことをやらなければ、国家など考え
そうなれば自分の権利をおかされはしまいかと思う人もなくなるわけだし、たんに野獣の攻撃をふせい
だり天災を避けたりするためのただの団体というのだったら、国家と似ても似つかないものになるはず
だからだ。大げさな美辞麗句を使って、国家こそ人間存在の最高の目的であり精華であるなどと述べた
とて、俗物根性讃美まるだしにしている似非哲学者どもの馬鹿さかげんと平板さもしこの世に正義が行なわれていれば、家を建ててしまえばそれでじゅうぶ
に、べつだん防衛を必要としないことになろう。ところが不法がまかりとおって
ということになる。侵略者は強者の権利をもっているからだ。強い者は暴力をふ
の万能の力によるのだ、という奇妙な説明をつけ加えている。――市民社会で理論的に葬られたとはいえ、実践面では
依然として通用している。現に最近、北
も実証されたばかりだ。もっともこれをはるかに凌駕するものに、フランス人が
に全ヨーロッパを掠奪した昔の例があるけれども。ただこうした征服者は、掠奪行そのものよりもはる
かにしゃくにさわることの多い、例の公式の嘘で事態を言いつくろったりしないで、むしろ堂々と厚か
ましくマッキャヴェッリの学説を採用すべきであろう。というのは、この学説か
363: 2015/12/09(水) 23:22:56.09 ID:o/kxgOYn(1)調 AAS
 とにかく、そのような事柄のもとづくところは、まず第一に、脳髄がより大きくて、その発育
が良ければ良いほど、また、脳髄に対する比例において、脳髄と神経とが、より細ければ細いほ
ど、知性ばかりでなく、同時に、四肢の動きかたや柔順さも、それだけ増大するわけだし、何と
いっても、この場合、四肢は脳髄から、より直接に、より截然と支配され、その結果、すべてが、
より多く、ただ一本の糸によってあやつられることになり、従って、あらゆる運動のうちに、そ
の意図が精密に表わされるからである。なお、これはすべて、動物が、生物としての段階をよ
り高く昇るにつれて、一層たやすく、或る唯一の場所だけを傷つけることによって、これを殺す
ことができるという事実に類似している、というよりもむしろこの事実と関連しているのだ。実
例を、蝦蟇類にとってみると、彼らの運動が鈍重で怠慢で緩慢であるがごとく、彼らは愚昧でもあ
り、と同時に、きわめて粘りづよい生活力を有っているが、これらすべての事柄
なはだわずかばかりの脳髄に対して、著しく太い脊髄と神経とをそなえているこ
つく。しかも、一般に歩行と腕の運動とは、主として、脳髄の佐用によるもので
いえば、外部に出ている四肢でも、脳髄から神経を介して、その運動とそれらの
の―ごく微細な修正にいたるまで―支配を受けるのである。それゆえ、随意運動
したちは疲れを覚えるのだが、この疲労感は、ちょうど痛みの感じと同様に、そ
にあるので、わたしたちが思い違いしているように、手足のうちにあるのではない。だから。疲れると眠気を催すのである。これに反して、有機的生活の運動で、脳髄によって喚起されないも
の、すなわち、不随意運動、たとえば、心臓・肺臓などの運動は、疲れるこ
のだ。さて、思考と四肢の管理とは、ともに同じ脳髄の任務であるから、個人の
従って、脳髄の働きかたの性格は、その両方にひとしく現われることとなり、そ
間は、あたかも、あやつり人形のごとくに運動するが、才能豊かな人々では、あ
きびきびと動くのだ。―しかしながら、精神的な特質は、態度や動作からよ
く、容貌から認められる。詳しくいえば、それは、額の形と大きさ、顔のあらゆる道具の緊張と運動、とりわけ、眼から認知される。―だが、眼にも、いろい
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