[過去ログ] 【シリーズ】連作怪談を語るスレ【作者・主題】 (986レス)
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273: 2008/06/10(火) 03:17:00 ID:gyYxavaE0(1/3)調 AAS
田中と影ふみの話

学校の側のバス停で最寄り駅までのバスを待っていた時のことだ。
普段は自転車を利用しているが、朝から怪しい雲が垂れ込めていたのでバスにした。
だが予想は外れ雨は降らず、さらに田中と遭遇してしまった。

隣で田中がべらべらとうるさく何か喋っていたがいつものことなので聞き流す。
それよりも前方にいる女性のほうが気になっていた。
明らかにイライラとした様子で、何度も繰り返す舌打ちが耳障りだった。

ふと雲間から太陽が顔をのぞかせた時だった。
田中がふいに声を落として呟く。
「あー、あ〜…。うん、良くない。これはいかん」
脳内に誰か住んでるんだなと思っていると、おもむろに女性の背後に忍び寄った。

「ハラさんの影ふーんだ」

女性がぎょっと振り返る。
田中は嘘くさい棒読みで「子供心に戻るのって大切だよね!」と言うと、
何事もなかったように僕のほうへ戻ってくる。
顔を背けてみたが確かに彼女の不信なものを見る目つきの先には僕も含まれていた。

ほどなくしてバスがやってくると女の人は車内に知人を見つけたのか甲高い声を上げて乗り込んだ。
相手方が「ハラさん」と声を掛けていたのが聞こえた。
僕達はハラさんから離れた場所に座った。
「あの人と知り合いかなんか?」
田中はニヤリと笑う。
「時々乗り合わせるんだよね。美人じゃん?」
ストーカーだった。
274: 2008/06/10(火) 03:18:20 ID:gyYxavaE0(2/3)調 AAS
「影ふみには「魔を解き放つ」意味があるんだよ。
なんつか、あの人の影は淀んでて不安定だっただろ。美人を放って置く訳にはいかんよ男として」
僕にはあの人の影が田中が言うようには見えなかった。
だが言われると影を踏む前と踏んだ後ではガラリと纏う空気が変わった気がした。
…ような気がするようなしないような。

「なんつか、隠してても出る、体調悪いとか元気ないとか」
そういう奴の影を名前を呼んで踏んでやんの。
田中はそう言った。

「ちゃんと名前を呼んで相手が気付くように踏むのが重要なんだ。
影は、体とは同じで違う、もう一人の自分だから。
《自分》が踏まれたことを認識させるんだよ。《自分》が意識していないとしても」

「俺の影はくっきりぱっきりして実に綺麗っしょ」
田中の影なんて見ようとして見たことなんてないが、
うっとうしいぐらい元気だから田中式で行くとそういうことになるんだろう。
「あんまむやみやたらと人前に影を晒さんほうがいいよ」
そうも言ったがそれでは闇に生きるしかない。僕は生まれたときから人間だ。

ふと思いついて聞いた。
「それじゃ田中は永遠に鬼なんだな」
そうだよ、と奴は答えた。
275: 2008/06/10(火) 03:19:15 ID:gyYxavaE0(3/3)調 AAS
田中の「影ふみ鬼の攻略法」を聞き流している内に駅に着いた。
ハラさんとその知り合いらしい人が賑やかしく降りていく。

「お前の影はぼんやりしていて実に薄い。たまに登校してても気がつかないときあるしな。
俺様が踏んでやろう。浅野の影ふーんだ。はい確かにこれこのように踏みました!」
そう言って田中は僕の影をぐりぐりと踏んづけた。
あれだけ出ていてた太陽が引っ込んですぐさま雨が降り出した。

魔を解き放つということが実際あるのかどうか解らない。
だが田中自身にそんな力はなかっただろうと思っている。確信に近い。
理由は自分が心底ヘコむだけなので話したくない。

別れしなに田中が付け加えた言葉がある。
「影を踏むのにはまだ理由があるんだけど…浅野はやらんほうがいいな」
あれが何だったのかは解らないままだ。
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