■■アイドルマスター　いじめ・虐待専用　12■■

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248:  ('A`) [sage] 2012/07/14(土) 20:54:54.98 0

もちろんその方法を春香は知らない。人に聞いても知っているとは思えない。
インターネットで検索してみたが、人気カードゲームのページの他は、如何わしい宗教団体の逸話が極々わずかにヒットするだけだった。
だが。火事場の馬鹿力の一種なのか、その「極々わずか」の中から春香は信用できるページを見つけ出した。
信用できるといっても、それは春香にとって、のこと。根拠などありはしない。ただそんな気がするというだけの話。
けれど、その「気がする」が奇跡を招いた。最初に見つけた宗教団体の事務所に押しかけ、そこで収集した話を元に東奔西走しては新たな手がかりを得て、
ついに春香はかつて死者蘇生術を行ったという怪しい爺さんにめぐり合った。

老人は語る。たしかに、自分は過去に死者蘇生を行い、そして死ぬほどに後悔した。
自分がしたことは、死者を生き返らせることではなく、ただ動く死体を作ることでしかなかったのだから。結局は自分自身の手でもう一度葬るしかできなかったのだから。
だから私は、この秘術を人に教えたくはない。お嬢さん。本当は今すぐ、何も見なかった、聞かなかったことにしてここを去ってほしい。そして、大切な人を正しいやり方で弔ってほしい。

目の前が滲んで、老人の顔が幾重にも揺らいだ。
ここまで足を棒にしてプロデューサーを生き返らせる方法を追い求めてきたのは、彼に謝りたい一心でのこと。
だというのに、動く死体にしかならないならば、「ごめんなさい」を伝えることができないならば、そんな死者蘇生術を会得した所で何になるだろう。
ここまでの苦労が水の泡だ。それが悔しい。
――ほんとうに、そんな理由？
そんなバカな。ただそれだけの理由で、こんなに胸が痛むはずがない。
――わたしって、嘘つきだ。

「会いたいよぉ……」
本当は、会いたいだけなのだ。もう一度、プロデューサーに会いたい。その為なら、プロデューサーをおぞましいゾンビにしてしまうような方法でも、試してみたくてたまらない。
それが、身勝手でなくてなんだろうか。プロデューサーへの冒涜でなくてなんだろうか。そして、それでも会いたいと望んでしまう自分は、どれだけ罪深いのだろうか。
春香がうなだれると同時に、老人がため息をついた。それは春香ではなく、老人本人へ向けられたものだった。

私も、嘘をついたのだ。この秘術を教えたくないと同時に、教えたくもあるのだ。それは、お嬢さんの気持ち――会いたくてたまらない気持ちも、知っているから。
もしかしたら完全に生き返らせることができるかも知れないと、根拠もない希望のために大切な人の厳かな遺体を辱めるような真似を禁じえない苦しさを知っているから。
それだけ言うと、老人は口をつぐんだ。春香も、返す言葉を見つけられない。

http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/motenai/1339974799/248

249:  ('A`) [sage] 2012/07/14(土) 20:58:42.54 0

――追いかけて、波しぶき上げて――
まるでドラマの最高潮で、誤って選局ボタンを押してしまったかのよう。滑稽なまでに場の空気と掛け離れた着信音が長い沈黙を破った。
メール着信。差出人は伊織。その文面は、プロデューサーの通夜が明日に、葬儀が明後日に決まったことを伝えていた。
「出棺は、あさって午前10時……」
葬儀慣れしているわけではない春香にも、出棺して行く先くらいは分かる。そこでプロデューサーは、骨と煙になってしまうのだ。
あの優しいほほ笑みも、包容力のある大きな手も、空へと登って二度と帰ってこないのだ。
「教えて、くれますか？」
静かに、しかし力のこもった声で、春香は口に出した。

春香にとってある意味幸運だったのは、事故が起きたのが新年早々だったことだった。
無常の風が人の命を塵芥のごとく吹き散らすのに時を選ぶことはない。しかし役所は年末年始には窓口を閉める。
窓口が開かないことには死亡届が出せず、死亡届が出せないことには火葬場の使用許可が降りない。
火葬の日取りも決まらないのに、通夜、葬式の予定もあったものではない。かくして三ヶ日明けには、葬送のラッシュが起こる。
プロデューサーも、このラッシュに巻き込まれて霊安室から身動きが取れずに――もとい、動かしてもらえずにいた。
さらには、いい加減な社長がろくに身辺関係を把握していなかったために、葬儀は仏式か神式か、誰を呼んで、誰が喪主を務めるか、といったことを決めるにもいちいち手間取っていたのも一因だった。
そしてようやく、翌日の夕方にミナセ葬祭のホールで通夜、翌々日にそこから出棺というのが決まったのがついさっきというわけだ。
このメールに春香は腹をくくった。ホールに運び込まれれば人の目がある。その中でプロデューサーを連れ出すのは難しい。今日のうちに、病院から連れ出すしかない。

――通夜には765プロの仲間もみんな、もしそうじゃなくても、ほとんどみんなが来るはず。みんなに頼んで、人払いをしてもらえば。
浮かびかけたそんな考えを、春香の心の中に棲むもう一人の春香がそわそわしく無意識の底へと押し戻した。

だって、後ろめたいじゃないですか。
わたしのドジで、プロデューサーさん死なせちゃって。美希が主役やるはずだったミュージカル、中止にしちゃって。私のわがままで仕事サボって、事務所に迷惑かけて。
みんなわたしが悪いのに。そんなわたしが、プロデューサーさんを生き返らせるから人払いをしてね、なんて言い出したら、みんながどんな顔をするか。
想像するだけでも、怖くてたまらないじゃないですか。

http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/motenai/1339974799/249

288:  ('A`) [sage] 2012/07/28(土) 15:00:11.94 0

そこからの春香の動きは速かった。
神妙な顔で霊安室の受付へ行くと、故人と二人きりにさせて欲しいと申し出た。
本来は内規違反であった。だが、珍しい依頼ではなかったし、それを黙認するのもまた珍しいことではなかった。
遺体を寝かせている”ロッカー”の鍵は、施錠しなければ抜けない。締め忘れによるトラブルはないはずだ。
担当のスタッフは春香の身元を確認すると鍵を手渡し、専用のエレベータに乗り込む後ろ姿を見送った。

このフロアがひんやりと寒いのは、暖房が入れられていないためだけではないだろう。春香の手元にある鍵には[224]の刻印がある。
2号室の2段目の4列目を意味しているのだ。まさしくロッカールームだと思った。
鍵を開け寝台を引き出すと、プロデューサーの相貌はひどく変わっていた。血の気が失せているのみならず、肉がみな重力に負けて垂れ、鼻は潰れ唇は落ち込み、額は広がり、うなじには肉が余って皺を作っていた。
胸が潰れぬばかりの思いに目を固くつぶる。だがまごまごしている時間はない。
禁忌たる呪文を全霊をかけて唱える。最後に画鋲で指の先を刺し、小さく盛り上がった緋色の玉をプロデューサーの額にそっと塗りつけた。
しかしプロデューサーの様子に変化はない。呪文を間違えただろうか。必要な物が足りないのか。それとも――一杯食わされたのだろうか。
もはや考えている余裕はない。膝をつき瞳を閉じて手を合わせる。今できることは、ただひたすらに祈り念じるだけだ。
どれだけの時間、そうしていただろうか。かすかな衣擦れの音にはっと顔を上げると、プロデューサーが立っていた。
「はる……か？俺、いったい……」
「プロデューサーさん、ごめんなさい……！」
春香は病院着の袖をぎゅっと掴み、顔を寄せて声を押し殺して泣いた。
後から考えるに、体ごと飛びついてわんわんと大声を上げて泣かなかったことが不思議だ。
ともかく春香は、すぐに手を放して涙を拭くとバッグから男物の服を出し、まだ当惑しているプロデューサーを手際よく着替えさせた。
病院着をバッグに押し込み、寝台を戻して施錠すると赤くなった瞳や頬に残る筋はそのままに霊安室の裏口へと向かった。
「ありがとうございました……」
独り言をつぶやくように礼を言って、裏口の受付に鍵を返す。
その後ろをさり気なくプロデューサーが通った。
彼が黒ずくめの格好をして帽子を目深にかぶっているのも、この特殊なフロアを訪れる人にはは珍しいことではない。
病棟側から降りてきた人間が、ふたたび人目にさらされる病棟を通って帰るのを嫌いこの裏口側受付で鍵を返すのも珍しいことではない。
それゆえ、病棟側の受付に電話して「224番さんの面会は、女の子一人と男性一人でしたか？」などと確認しようとは、裏口の受付係には思いもよらないことだった。

翌日の総合病院を、ミナセ葬祭を、そして765プロを襲った大騒動を、わざわざ述べる必要などないだろう。
通夜をやるために遺体を取りに行ったら、それが姿を消していたというのだから。
ある者は、文字通り死んだようになっていた。またある者は異常にハイになって笑っていた。ある者はどんな些細なことにも烈火のごとく苛立ち、誰かれ構わず当たり散らしていた。
そんな中だったから、春香が冷静すぎるのを訝しまれることもなかった。
幾度も仲間に何か声をかけようとし、その度に言い出せずに身を引いてしまう春香の様子に気を止める余裕のある者などいなかった。
「わたし、もう帰りますね」
言葉少なに音無小鳥にそう告げ、春香は都内のアパートへと帰っていった。

http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/motenai/1339974799/288

289:  ('A`) [sage] 2012/07/28(土) 15:01:30.43 0

春香が帰宅すると、プロデューサーは部屋の中央でぼんやりと虚空を眺めていた。それは「どこでもない、どこか」を見つめているようでもあった。
実家が遠い春香のためにホテル代わりとして事務所で借りていた安アパート。そう頻繁には使っていなかったが、まさか霊安室から蘇らせたプロデューサーを匿うために使うことになるとは、誰が予想し得ただろうか。
「けっきょく、言い出せませんでした……。えへへ、わたしったら、ダメですよね……」
泣きたい気持ちを顔には出すまいと、作り笑いをして言う。
「まだ……実感が、沸かないんだが……」
一言ずつ、その度に確認するように間を置きながら。
「オレは、死んだのか……。それで、春香が、生き返らせてくれたのか……」
春香は答えなかった。かわりにプロデューサーの隣に座り、彼の袖を固く握りしめてうつむいた。スカートの裾に、いくつかの滲みが広がった。
プロデューサーはもう何も聞こうとはしなかった。ただ、春香と一緒に黙って座っていた。
その夜、春香は彼にぽつぽつと事情を話した。幾つかは前日にこのアパートにプロデューサーを連れて帰った時に話したことの繰り返しだったが、プロデューサーは春香が語るに任せていた。
プロデューサーを死なせてしまったことへの自責の念、彼がついに火葬場へ送られると聞いたときの胸が張り裂けんばかりの気持ち、今こうして再び逢えた喜び。
それらを少しづつ語る春香の顔は終始暗く、今にもまた涙が溢れ出しそうだった。
どんなに言葉を尽くしても、言っていることは一つ。
――わたしの我儘で、一度死んじゃったプロデューサーさんを生き返らせました。でもこのあとどうするかは何も決まってません。

すでにプロデューサーには死亡診断書が出ている。役所にも死亡届が出されている。もはやプロデューサーは、この世のどこにもいるはずのない、いてはならない存在。
プロデューサーを連れて病院へ行き、現にこうして生きているではないかと示して見せても納得してもらえるものではないだろう。
いるはずのない人間が、これからどうやって生活していけばいいというのだろうか。
なんにしても、17歳の少女が一人で解決できる問題ではない。早急に協力者を見つけなくてはならない。
それに、プロデューサーが生き返ったことは自分一人だけの秘密にしておくのではなく、事務所の皆にも伝えなくてはならないことだろう。
送られる人のいない通夜にわざわざ出向いたのも、本当はそのためだったはずだ。それなのに――

http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/motenai/1339974799/289

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