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658
: 2008/01/17(木) 23:22:59
ID:w3uyQbbu0(21/33)
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658: [] 2008/01/17(木) 23:22:59 ID:w3uyQbbu0 それは驚くほど短い(同時にそれは無限に長い)一夜であった。長い夜のまるで無限の続きだと思っていたのに、 いつかしら夜が白み、夜明けの寒気が彼の全身を感覚のない石のようにかたまらせていた。彼は女の枕元で、ただ 髪の毛をなでつづけていたのであった。 ★ その日から別な生活がはじまった。 けれどもそれは一つの家に女の肉体がふえたということの外には別でもなければ変ってすらもいなかった。それは まるで嘘のような空々しさで、たしかに彼の身辺に、そして彼の精神に、新たな芽生えの唯一本の穂先すら見出すこ とができないのだ。その出来事の異常さをともかく理性的に納得しているというだけで、生活自体に机の置き場所が 変ったほどの変化も起きてはいなかった。彼は毎朝出勤し、その留守宅の押入の中に一人の白痴が残されて彼の 帰りを待っている。しかも彼は一足でると、もう白痴の女のことなどは忘れており、何かそういう出来事がもう記憶にも 定かではない十年二十年前に行われていたかのような遠い気持がするだけだった。 戦争という奴が、不思議に健全な健忘性なのであった。まったく戦争の驚くべき破壊力や空間の変転性という奴は たった一日が何百年の変化を起し、一週間前の出来事が数年前の出来事に思われ、一年前の出来事などは、記憶 の最もどん底の下積の底へ隔てられていた。伊沢の近くの道路だの工場の四囲の建物などが取りこわされ町全体 がただ舞いあがる埃(ほこり)のような疎開騒ぎをやらかしたのもつい先頃のことであり、その跡すらも片づいていな いのに、それはもう一年前の騒ぎのように遠ざかり、街の様相を一変する大きな変化が二度目にそれを眺める時に はただ当然な風景でしかなくなっていた。その健康な健忘性の雑多なカケラの一つの中に白痴の女がやっぱり霞ん でいる。昨日まで行列していた駅前の居酒屋の疎開跡の棒切れだの爆弾に破壊されたビルの穴だの街の焼跡だの、 それらの雑多のカケラの間にはさまれて白痴の顔がころがっているだけだった。 http://society6.5ch.net/test/read.cgi/hosp/1198315384/658
それは驚くほど短い同時にそれは無限に長い一夜であった長い夜のまるで無限の続きだと思っていたのに いつかしら夜が白み夜明けの寒気が彼の全身を感覚のない石のようにかたまらせていた彼は女の枕元でただ 髪の毛をなでつづけていたのであった その日から別な生活がはじまった けれどもそれは一つの家に女の肉体がふえたということの外には別でもなければ変ってすらもいなかったそれは まるで嘘のような空しさでたしかに彼の身辺にそして彼の精神に新たな芽生えの唯一本の穂先すら見出すこ とができないのだその出来事の異常さをともかく理性的に納得しているというだけで生活自体に机の置き場所が 変ったほどの変化も起きてはいなかった彼は毎朝出勤しその留守宅の押入の中に一人の白痴が残されて彼の 帰りを待っているしかも彼は一足でるともう白痴の女のことなどは忘れており何かそういう出来事がもう記憶にも 定かではない十年二十年前に行われていたかのような遠い気持がするだけだった 戦争という奴が不思議に健全な健忘性なのであったまったく戦争の驚くべき破壊力や空間の変転性という奴は たった一日が何百年の変化を起し一週間前の出来事が数年前の出来事に思われ一年前の出来事などは記憶 の最もどん底の下積の底へ隔てられていた伊沢の近くの道路だの工場の四囲の建物などが取りこわされ町全体 がただ舞いあがるほこりのような疎開騒ぎをやらかしたのもつい先頃のことでありその跡すらも片づいていな いのにそれはもう一年前の騒ぎのように遠ざかり街の様相を一変する大きな変化が二度目にそれを眺める時に はただ当然な風景でしかなくなっていたその健康な健忘性の雑多なカケラの一つの中に白痴の女がやっぱり霞ん でいる昨日まで行列していた駅前の居酒屋の疎開跡の棒切れだの爆弾に破壊されたビルの穴だの街の焼跡だの それらの雑多のカケラの間にはさまれて白痴の顔がころがっているだけだった
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