[過去ログ] 三島由紀夫全戯曲上演プロジェクト (632レス)
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249: 2010/09/01(水) 14:56:53 ID:aObfg08M(1/4)調 AAS
僕はキラキラした安つぽい挑発的な儚い華奢なものすべて愛した。サーカスの人々をみて
僕は独言した。「ああいふ人たちは」と僕は思つた。「音楽のやうに果敢で自分の命を
塵芥かなぞのやうに思ひ、浪費と放蕩の影にやゝ面窶(おもやつ)れし、粗暴な美しさに
満ちた短い会話を交はし、口論に頬を紅潮させながらすぐさま手は兇器に触れ、平気で
命のやりとりするであらう。彼らは浪漫的な放埒な恋愛をし、多くの女を失意に泣かせ、
竟には必らずや、路上に横はつて死ぬであらう」と。僕は又、天勝の奇術舞踏に出てくる
大ぜいの薔薇の騎士たちを愛した。彼女達は、楽屋でも、日々の生活の上でも、あの危険な、
胡麻化しにみちた、侘びしく絢爛な、表情と身振りとを、決して忘れまいと思はれた。
そこには僕の幼時にとつて禁断の書物であつた講談倶楽部やキングや新青年に出てくる
血みどろの挿絵のやうな、美しい生き方がされてゐるのだと僕は疑はなかつた。長い剣が
触れ合ふたびごとに本当に紫や赤の火花がとびちり、銀紙や色ブリキで作られた衣装が
肉惑的にゆすぶれ乍らキラキラきらめきわたるのをみて、僕は自分の胸がどうしてこんなに
高鳴るのか分からなかつた。
三島由紀夫「扮装狂」より
250: 2010/09/01(水) 14:57:19 ID:aObfg08M(2/4)調 AAS
僕が何かになつてみたいなあと思ふとき、それは大抵派手な制服であつた。僕の幼な友達も
それに心から同感した。即ちエレヴェータア・ボーイであり花電車の運転手であり地下鉄の
改札掛である。地下鉄の構内には一種麻薬のやうな匂ひがある。日もすがらさういふ匂ひを
吸ひ眩ゆい電灯の白光にその多くの金釦をかゞやかせてくらしてゐるといふことが、
彼等を尚更のこと神秘の人種めかしてみせる。僕には到底ああはなれまいと幼な心にも
思はれた。それで一そう憧れは険しくなる。――ホテルのエレヴェータア・ボーイや
花電車の運転手といふ職業ほど、此世に危険な悲劇的なやけつぱちな職業はないといふ風に
感ぜられる。僕はホテルなどで彼等に話しかけられると、不良少年によびとめられたやうに
我しらずドギマギした。
三島由紀夫「扮装狂」より
251: 2010/09/01(水) 14:57:57 ID:aObfg08M(3/4)調 AAS
僕は少年期に入る。ブラと仇名された四つ五つも年上の少年。彼は落第してきて僕らの
クラスで暴君のやうに振舞ふ。僕はすぐさま彼に英雄を発見した。言ひかへればサーカスの人を。
彼を不良だと呼ぶことは実にすばらしい信仰である。僕は彼と対等な口をきゝながら息が
つまりさうな気がした。それほどまでに僕は無理を犯した。彼の白い絹のマフラーは、
派手な沓下はまことに好かつた。(中略)
ブラの魂は人には言へぬ暗い汚濁のために哭きつゞけてゐる。――僕はさう思つて同情に
惑溺した。そしてその同情が扮装欲のわづかな変形であることには気附かないでゐた。
……ブラはしばしば学校を欠席しはじめた。それでも偶には来る。あるとき用事で
遅くなつて僕は夕日のほの明るいロッカア室へカバンをとりにゆくために入らうとした。
すると学生監室のドアが陰気に開いてブラが出てくる。ブラは無理に笑ふ。おおでも目の
赤いこと。君でも泣くのかと僕は責めたいやうな気持だつた。僕はだまつてゐた。ブラは
学生監の悪口を二言三言云つた。僕は悪口をいふブラが好きである。一緒にかへらうと
誘つたところが、珍らしくもブラは承引した。
三島由紀夫「扮装狂」より
252: 2010/09/01(水) 14:58:26 ID:aObfg08M(4/4)調 AAS
(中略)桜のトンネルを出たときにブラは僕の顔をみないで軽蔑したやうな口調で言つた。――
「平岡! 貴様接吻したことある?」僕は後から来ていきなり目をふさがれたやうな気持で
あつた。僕はもうドキドキが止まらなくなつてしまつた。上ずつた声で僕は返事をせずには
ゐられなかつた。「いや、ないんだ、一度も」「フン」とブラは感興がなささうに云つた。
「面白くもなんともないぜ。やつてみりやあね」――二人は赤い煉瓦造のボイラア室の
そばをとほつた。蝶々がうるさく足にからんだ。
「もう、俺、いゝところへいつちやふんだ」「ぢやもう逢へないかもしれないね」
「逢いたかないや」
僕にはこんな露骨な愛情の表現ははじめてだつた。なんといふ粗暴な美しい話術。僕は一瞬、
僕も亦サーカスの人々の絵の中にゐると感じた。僕は返事ができなかつた。僕は耳傾けた。
その言葉がもう一度くりかへされるやうにと。……
だがブラはだまつたまゝ歩きつゞけ、いつのまにか僕らは裏門から、灯のつき初めた町の
一劃へ出てゐた。
三島由紀夫「扮装狂」より
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