[過去ログ] 〜みなもと太郎「風雲児たち」茶屋 其の参拾八〜 (1001レス)
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308: 2012/07/29(日) 02:43:38.13 ID:Tj2iybln0(1)調 AAS
歴史の表舞台に必要な役目として登場して、役目が終わったら即退場
そういう強烈な運命宿命を神さんから定められていたのか?
ということを後世から見て解釈できる風雲児の動向を深く掘り下げる
そういう動機があって、井伊直弼のくだりはここまで長くなったように思えた
そこに、司馬センセが深く掘り下げた坂本龍馬像との共通点を俺は感じた
幕末の血生臭い暗殺史の幕開けがこの事件なら
やはりこの事件は幕末史において重要な分岐点と言える
まあ賛否はともかく、井伊直弼お役目乙でした
309(1): 2012/07/29(日) 06:18:07.73 ID:NNsfFuOdO携(1/2)調 AAS
なんか隠蔽体質とか保身の為に死人に口無しの勝手な報告書書くとか
いま滋賀で騒ぎになってる自殺事件に重なって見えてしまう
310: 2012/07/29(日) 06:31:57.45 ID:qS7c+QRH0(1/2)調 AAS
風雲児たちの幕末編、まだやっているのかと、最近また読み始めたけど、桜田門外の変の顛末について
だらだら続けているのが面白すぎる
311: 2012/07/29(日) 06:51:17.16 ID:8Ps5pN380(1)調 AAS
>>267
同意。
史料の額面どおりに書いてあることから、その裏を読み取って本質を見抜くってことを
簡潔にまとめているよね。
側近たちが懸命に止めたのに直弼が強行登城したという当事者による史料が残っていても、
門を閉ざし見張り一つ立てていなかったという事実からそれはありえない、と検証されて
いるから長野のモノローグは説得力がある。
312(1): 2012/07/29(日) 10:12:22.18 ID:jsK4aLoS0(1)調 AAS
>>303
当時武士の脱藩や農民の逃散は最も重罪で一家だけでなく係累や近所まで罪が及びかねいない大罪だもん。
それよりさらに重いのが外国との接触。当時の人の倫理や常識で言ったら殺人や火付け強盗と同じ。
自分が狂人だからいいだろなんて理屈は絶対通らない。それをわかっててやってりゃそりゃ好意的な人間はいないよ。
313: 2012/07/29(日) 11:27:41.04 ID:DxzVGWt50(1)調 AAS
吉田松陰が主役の物語は勿論
桂小五郎や高杉達の物語でも松陰を好意的に描いてるのは
重罪なのにそれを行ったのは本人に責任はなく
そんな決まり事や法がそもそも間違っていると解釈しているせいだな
現代ならばそれで通じるが当時の関係者はたまったものではないだろう
314: 2012/07/29(日) 11:44:04.54 ID:Ofs/hrpM0(1)調 AAS
いや、武力で京を襲撃とかどう解釈しても松陰の案は違法だろ。
革命家としてのアイデアを持ちながら松陰自体は革命家じゃないという
こまったお人なんだよ。
315: 2012/07/29(日) 11:54:26.81 ID:EhRR9mvj0(1)調 AAS
>>309
できるかぎり責任を取りたくないという点で根っこは同じだからな。
日本における社会人の本能みたいなもんだ。
一度失敗して引いたら切腹/二度と這い上がれない社会となれば自然とそうなる。
316: 2012/07/29(日) 13:47:15.52 ID:NNsfFuOdO携(2/2)調 AAS
そんでもって庶民の間にはあとと言う間に真相が広まっちゃてるのに
当事者は頑として嘘を突き通そうと無駄な努力をしてるとかもそっくりだ
317: 2012/07/29(日) 14:03:53.98 ID:5maLCMoG0(1)調 AAS
福島の話かと思った。あまりにも実例多すぎでなんかもうね。
318(1): 2012/07/29(日) 19:07:45.55 ID:w/1nssUh0(1)調 AAS
>>312
とはいえ、そういう常識が崩れかけた時代だったわけだし。
実際すくなくとも海外渡航の件は罪がかなり減じられた。
ペリーの口添えもあっただろうが、幕閣も毛利の殿様も松陰の行動にある程度理解を示していた証拠。
319: 2012/07/29(日) 19:16:02.08 ID:Nb9z2BGj0(1)調 AAS
日本人に今みたいな責任という概念が生まれたのは、結構後のような・・・
仁義礼智忠信孝悌の美徳に、ちゃんとマッチする内容ではないしな
320(2): 2012/07/29(日) 20:06:18.40 ID:/6M1mfcP0(1/3)調 AAS
>>318
幕府はそんな温かい目では見てなかったよw 漫画であまりひどい状況として描かれていなかっただけ。
伝馬町の牢に入れられたら、伝手がなければ殺されることだってあったんだから。
321: 2012/07/29(日) 20:08:31.83 ID:DkPQ5ZnN0(1)調 AAS
大津無責任社会
322: 2012/07/29(日) 20:19:20.64 ID:/6M1mfcP0(2/3)調 AAS
メルトダウン知っていて3か月黙っていた政府の方が大津なんかよりはるかに罪は重いはずなんだがな。
323(1): 2012/07/29(日) 20:21:48.84 ID:R1JkYjoYP(1)調 AAS
話がずれてるよ
324: 2012/07/29(日) 20:49:32.80 ID:4Cq7AYEm0(1)調 AAS
>>320
でも長州藩に任せたという時点で、すでに幕府としても軽い刑罰だったのは確かじゃないの?
大獄の時は、長州の意向は一切関係なくその場で処刑されたのだから、幕府の公式見解としても
海外無断渡航より、老中襲撃計画(未遂)の方が重罪だったわけで。
325: 2012/07/29(日) 21:23:05.63 ID:1lDGxCF20(1)調 AAS
>>320
最終的に毛利に返した以上推して知るべきだろ。
326(1): 2012/07/29(日) 22:14:57.40 ID:/6M1mfcP0(3/3)調 AAS
基本的に脱藩者の犯罪人は藩の方で処罰すると幕府に申し出れば藩に引き渡したよ。
長州藩に引き渡したから刑罰が軽いと言うのは違うよ。だから脱藩者は普通自分の藩の名前は
絶対明かさなかった。藩の恥になる事だから。脱藩がいかに重い罪かって事。
327(1): 2012/07/29(日) 22:46:39.78 ID:8KlBsdQt0(1)調 AAS
>>323
ずらしたいんだよ、わかれよ
328: 2012/07/29(日) 22:59:31.27 ID:qS7c+QRH0(2/2)調 AAS
>>302
あの左右の目の位置がずれているキャラは、昔レ・ミゼラブルでマリウスに使ったやつだな。
みなもと太郎のスターシステムではあれで全然DQNキャラじゃないようだ。
329: 2012/07/29(日) 23:29:48.70 ID:DDNdSwVS0(1)調 AAS
>>327
無理なずらしは見苦しいもんだな
330: 2012/07/30(月) 02:24:45.52 ID:zPXfiXAW0(1)調 AAS
大江戸ロケットというヘンなアニメに
みなもとキャラが混じってて笑った
331(1): 2012/07/30(月) 07:48:44.25 ID:HBZFNnOv0(1)調 AAS
>>326
松蔭、処刑された時はまだ脱藩者扱いだったのでは?
332: 2012/07/30(月) 12:22:09.03 ID:7x2VCvuA0(1)調 AAS
>>331
吉田家は絶家の上で実家の部屋住みみたいな扱いになったはずで
少なくとも藩籍はあった。
333: 2012/07/30(月) 12:29:32.65 ID:T6ZfefPdP(1)調 AAS
自分の通う大学に吉田松陰を主に研究している教授がいて
その教授が言うには安政の大獄で処刑される時点では長州藩士だったそうだ
だから漫画に有ったような死に装束が出来たんじゃないかな
334: 2012/07/30(月) 12:44:08.07 ID:uoXpFCcS0(1)調 AAS
藩命で野山獄から小伝馬町に護送だから、一応藩士だよ
335(1): 2012/07/30(月) 17:49:10.95 ID:c8gUrunC0(1)調 AAS
吉田松陰の処刑が軽いとか言ってる人は歴史読本くらいは読んでおけよ。そもそも幕閣に海外との交易の重要性なんて
理解していた人間はほんのわずか。大半は取るに足りない小物だって判断だったんで長州藩に身柄引き渡したってだけ。
当時の刑罰からしたら思いも軽いもなく普通の犯罪者の扱い。思い込みより調べろよ。
336(1): 2012/07/30(月) 17:54:51.23 ID:GsiF7mX/0(1)調 AAS
うーむ 桜田門外の変で1年使う気かなー
337: 2012/07/30(月) 18:52:21.08 ID:lnhaq4dd0(1)調 AAS
おもしろければおk
338: 2012/07/30(月) 19:51:50.16 ID:Gy9bDcRU0(1)調 AAS
>>335
歴史読本(w
339: 2012/07/30(月) 23:04:37.24 ID:kmQ9qXei0(1)調 AAS
>>336
いいじゃん。
歴史もので、こういった切り口で書かれたものって、マンガに限らず少ないでしょ。
(早わかり○○の100の秘密とか除くと)
340: 2012/07/31(火) 04:05:54.23 ID:m+ZNM5O40(1)調 AAS
鬼平など、さいとう・プロ作品の劣化を見ると、この作品は作者のお好きなように、行ける所まで行って下さいな、と思う。
341: 2012/07/31(火) 07:56:09.31 ID:c3uK8R3D0(1/2)調 AAS
潰れる前のフラグだなw
342: 2012/07/31(火) 12:30:58.04 ID:VpIDVjz80(1)調 AAS
超人ロック : 誕生から半世紀 聖悠紀が語る“長寿”の理由
外部リンク[html]:mantan-web.jp
>「あと29年間ロックを描き続けたいと思っています」
聖センセがあと29年書き続けられるなら、作画グループ仲間のみなもとセンセも
あと27年描けるだろう。風雲児たちは完結したも同然。
343: 2012/07/31(火) 12:40:07.22 ID:e9t5GQsj0(1)調 AAS
今のペースだと後100年ぐらいかかりそうな気もするんだが
344(1): 2012/07/31(火) 15:43:49.26 ID:EwYwVDoe0(1)調 AAS
竜馬は削ってもいいから、
水戸vs彦根の顛末をお願いしたい
345: 2012/07/31(火) 16:13:55.96 ID:c3uK8R3D0(2/2)調 AAS
水戸のごたごたなんか延々と描いていったら
それこそ10年以上かかって天狗党かもな
346: 2012/07/31(火) 19:15:29.26 ID:ou5qNV720(1)調 AAS
水戸vs彦根なんてそんなたいした事は起こらないから。両方ともまだこの時点では江戸時代の思考しか
出来なくて結局藩の浮沈と武士の意地だか何だかを秤にかけてあっさり藩の浮沈の方とっちゃうから。
なんとなく大津の教育委員会思い出すようなぶつくさだけで終わり。水戸の大粛清を描く方が面白いよ。
347: 2012/07/31(火) 21:20:05.12 ID:AAG0d//U0(1)調 AAS
水戸藩が明治維新に人材送り込めなかった理由を描くんだったら
天狗党の乱は外せないんだけどやるだろうか?
348: 2012/07/31(火) 22:18:24.34 ID:NBNdpf9e0(1)調 AAS
天狗党の乱自体は当然やるだろうけど、他の話と並行して二、三話分のページで片付けるんじゃないか。
個人的には幕府陸軍の初陣という観点で書いてほしい。現実無視の尊攘派の内ゲバなんてイラネ。
349: 2012/08/01(水) 17:30:08.77 ID:D17+YK4F0(1)調 AAS
まあ正直華がないしな>天狗党のテロ鎮圧
350(2): 2012/08/01(水) 21:26:19.37 ID:9d+zfnsc0(1)調 AAS
田沼意次の子孫も関わっちゃうし。
351: 2012/08/01(水) 21:45:12.16 ID:/eeIaBnd0(1)調 AAS
その辺ははしょってしまってなんの問題もない。
352: 2012/08/01(水) 22:23:49.86 ID:3UfzwH7i0(1)調 AAS
>>350
そういやそこは前振りがあったな
もっともこの作品の前振りは対して当てにならんが
353: 2012/08/01(水) 22:49:51.22 ID:pZuT+pSQ0(1/2)調 AAS
なんせある意味この作品自体が、関ヶ原から維新にいたるまでの
気が遠くなるよな壮大なネタ振りみたいなもんだしな
354: 2012/08/01(水) 22:51:10.36 ID:pZuT+pSQ0(2/2)調 AAS
訂正 ネタ振り→前振り
失礼
355(1): 2012/08/01(水) 23:52:24.28 ID:45vp6Fsm0(1)調 AAS
>>350
解説汁
そこまでマイナーでマニアックな情報はネット上で探すのは難しい
356(1): 2012/08/02(木) 00:08:57.48 ID:6zHGQWly0(1)調 AAS
>>355
天狗党の乱 でググれば?
まあ、ややこしいというか、たいしたことないくせに突っ張るだけで。
あと、慶喜ってやっぱ「英明」と言われていただけなんだなあ。
357: 2012/08/02(木) 01:17:49.07 ID:38wqabtn0(1)調 AAS
「ひであき」
358: 2012/08/02(木) 10:21:38.77 ID:Mbl0PvNI0(1/2)調 AAS
>>356
平時の将軍としてなら充分英明というレベルだったんだろう。そもそも体制改革するような
タイプの為政者になるような教育なんてどこの大名家もお目見え以上の旗本も跡継ぎには行ってない。お飾りに
徹する教育しかしないから、殿中で刃傷沙汰が起こるたびに大名も幕臣たちも逃げ惑う醜態をさらす。
359: 2012/08/02(木) 12:59:12.02 ID:HGqKlxDX0(1)調 AAS
いや、あの動乱に適切に対応しうる政治指導者の教育なんて
ノウハウそのものが存在しえない。
360: おじん ◆abcDBRIxrA 2012/08/02(木) 18:52:30.92 ID:iJSsBCPS0(1)調 AAS
(/-\) 徳川慶喜は「百才あって、一誠なし」と批判されてる。
小器用だけど、ドロひっかぶっても目的を達成しようというねばり強さがない。
才だけなら家康に匹敵したかもしれないけど、ねばり強さとか、執念深さでは家康の足もとにも及ばない。
361: 2012/08/02(木) 19:05:09.58 ID:eYYMqG0P0(1)調 AAS
そりゃお育ちが全く違うから…。
362(1): 2012/08/02(木) 19:29:12.57 ID:djckDOQA0(1)調 AAS
「コミック大河」休刊で打ち切りになった外伝の慶喜編はどうなるのだろう。
あの続きをそのまま余所で続けるのも無理がありそうだが、あれでおしまいか。
363: 2012/08/02(木) 19:29:53.50 ID:kuExf9030(1)調 AAS
むしろ朝廷との和解も図り皇女和宮との仲も良く好奇心旺盛で勝海舟など人材登用も
どんどん許可した徳川家茂がもっと長生きだったらもう少し違っていたかもしれない。
364: 2012/08/02(木) 19:33:51.41 ID:LU2VaAkaP(1)調 AAS
小5の息子が遠足で岡崎城行った時に「家康はうんこちびったんだよ〜」と資料館の人に教えて貰ったと話していたな
そんな情けない自分の姿を絵に残す家康はそりゃあ凄いと思うよ
365: 2012/08/02(木) 19:43:06.93 ID:g2mDjJMb0(1/2)調 AAS
むしろあの幕府の体たらくでかなり良いとこまで行ったのは慶喜のおかげとすら思うよ。
井伊が粛清をやったおかげで、幕府は人材が枯渇しすぎだ。
366(1): 2012/08/02(木) 22:08:53.57 ID:wy4B/eTl0(1/2)調 AAS
14代の時点で将軍になっていたならともかく、あのもうどうしようもない状態で将軍職を
渡されても、あれ以上何が出来たんだろって気がするが。実際、将軍在位は半年だけだし。
仮に家康があの状態でバトンタッチされていても、どれほどのことが出来たんだろうな。
367: 2012/08/02(木) 22:46:32.28 ID:g2mDjJMb0(2/2)調 AAS
>>362
サムライエースあたりで再開してほしいな。
368(2): 2012/08/02(木) 23:09:13.36 ID:Mbl0PvNI0(2/2)調 AAS
>>366
とりあえず優秀なブレーンを登用して情勢分析はしただろうね。家康が独立してからの半生で必ずやってる事だから。
しかも一度は敵に回った本多正信やかつては敵の武田に仕えていたと言われる大久保長安など
家臣にとどまらず多彩な能力のある人間を使いこなした。ヨーロッパの情報も三浦按訊から得ていたと言われる。
369(1): 2012/08/02(木) 23:24:49.48 ID:wd+Nni+B0(1)調 AAS
>>368
家康得意の寝技で、国内の不満は封じ込めることは出来たかも知れない。
ただ、欧米列強との関係はどうにもならなかったんじゃネ?
370: 2012/08/02(木) 23:39:26.02 ID:SeJ3ZkYuO携(1)調 AAS
再開します―。
…と、何度も打ちきりになっているみなもとの漫画なのである。
↑
だらだら描くからでしょ
なんてコマが想像できるぜ
371: 2012/08/03(金) 00:00:46.70 ID:wy4B/eTl0(2/2)調 AAS
>>368
出自が怪しい人材をブレーンとして登用できたのは、家康を絶対的に支える三河武士がいたからこそだよ。
慶喜にはそれがなかった。徳川宗家にも一橋家にも、実家の水戸家にも。
むしろ慶喜のような立場で才覚を発揮しそうなのは家康よりも秀吉の方だと思う。家康はむしろ不得手じゃないかな。
372: 2012/08/03(金) 00:02:56.54 ID:ZjIYtmSB0(1)調 AAS
>>369
商人の茶屋四郎次郎は元家康の家臣で堺の情勢や本能寺の変などの情報収集に役立たせている。
外国とは窓口に有能な商人を置いて交易で諸外国との外交に役立てる方針を立てた可能性もある。
なんか万能じゃんと言われそうだが、実際他にも天海僧正に比叡山などの僧侶勢力との交渉を
任せて、例の方広寺の鐘銘事件の時京都五山の学識のある僧侶たちにあのなんくせを正当だと
言わせたりしている。少なくとも慶喜とかとは一線は画したと思うよ。
373(1): 2012/08/03(金) 06:52:45.95 ID:lNxHV1/e0(1)調 AAS
徳川家康は、精強で忠実な三河武士という累代に渡る隠し財産を引き継いだ。
徳川慶喜は、日本最弱の旗本八万騎などの累代に渡る負債を引き継いだ。
徳川家康は権力を得てから、何年も、何十年もかけて地盤を固める時間があった。
徳川慶喜が権力を得たとき、もはや幕府に時間はなかった。
時間で言えば、
家康が権力を握るのが1560年の桶狭間の合戦で、滅亡寸前の大敗を喰らう三方ヶ原の合戦は1573年。
慶喜が将軍後見職に就くのが1862年7月で、将軍就任が1866年12月、大政奉還が1867年10月。
もちろん、家康に比べて慶喜が恵まれていた部分も多々あるわけで、だから慶喜が家康より優秀だとかいうわけじゃない。
でも、慶喜は、短い期間でも小栗上野介や勝海舟の起用、フランス流の軍制改革やら、慶応の改革やら、
いろいろと手を打っているわけで、慶喜がブレーンも起用しない無為無策だというのは違うんじゃないかなぁ?
374(1): 2012/08/03(金) 09:07:13.71 ID:uAkpIW2Z0(1)調 AAS
>>373
なんで家康の場合三河で独立した時から起算して
慶喜の場合は日本の将軍になった時から起算するの?
375: 2012/08/03(金) 10:32:38.95 ID:VrMJygsN0(1/2)調 AAS
>徳川家康は、精強で忠実な三河武士という累代に渡る隠し財産を引き継いだ。
精強なのはたしかだけど、三河武士が「犬のように忠実」ってのは(史料に出て来るけど)幻想じゃないかな?
鳥居親子みたいに忠誠無比なのは一部にいたけど、ほとんどは広忠死後の松平家を見限っていたし。
家康がかなり出来が良かったからついてきた…っていうのが、三河者の大半だと思うけど。
もちろん尾張者に比べれば忠誠心は高かっただろうけど、ほかの田舎武士に比べて突出はしてなかったと思うけどな。
>徳川家康は権力を得てから、何年も、何十年もかけて地盤を固める時間があった。
桶狭間直後からの松平家なんて、何度も何度も滅亡の危機を迎えているわけで、時間をかけて基盤をつくる余裕なんかなかった。
必死になって生き残りながら、徳川家の体制をつくっていった…っていうのが正解だと思う。
幕府を開いてから権力を固める時間には恵まれたのはたしか(それも節制の成果だけど)。
イチャモンつけて、すまん。ちょっと事実関係の解釈が気になったから。
オレも慶喜はよくやったほうだと思う。
そもそも疑問なのは、「慶喜がなにをどうできていれば家康と同等とみなさせるのか」ってこと。
あの期に及んで、幕藩体制をもう何百年も続けさせることができれば、評価されるのか?
それとも、徳川家が日本の首長である状態を維持できていれば良かったのか?
376: 2012/08/03(金) 10:57:35.68 ID:PA/Keu+F0(1)調 AAS
なんか、仕事に対する社会的な責任感はあるけど、別に仕事は好きじゃないし出世や権力とかどうでもいいという人の印象がある。
大企業の社長の子息で会社を継いではみたももの内情はボロボロ、部下も無能や保身を考えるやつらばっかりで、
アホらしいから会社をライバル企業に売り払ったよ、社員も路頭に迷わないし日本全体の視点から見れもこれがベター、
プライド?何それ?、みたいな感じ
377: 2012/08/03(金) 11:22:59.85 ID:l2OeHL7h0(1)調 AAS
そもそも、慶喜は最後まで戦おうとはせず、あっさり戦いを放棄して、明治の世をぬくぬくと生きているし
それで一番貧乏くじを引いたのが会津藩
慶喜は、「会津藩が勝手にやったこと、余は命令しておらん。」と知らん振りしている
読売ジャイアンツにも「よしのぶ」という名前の選手がいるが、彼が監督になる頃には、もう滅亡は近いんじゃないか
378: 2012/08/03(金) 13:36:31.08 ID:T0krk3Mw0(1)調 AAS
>>374
神君だから(ドヤァ!
379: 2012/08/03(金) 16:06:49.85 ID:YAg/fCVM0(1)調 AAS
>>344
武家諸法度があるので藩同士の戦争なんか出来るわけがない!
380: 2012/08/03(金) 19:39:20.37 ID:SRYBwNhS0(1)調 AAS
まあ武装はしたようだがかっこだけだったという話も・・・
381: 2012/08/03(金) 20:01:14.30 ID:bNJwtHWNO携(1)調 AAS
戦って玉砕すりゃ評価されたのか?
馬鹿らし
382: 2012/08/03(金) 22:20:03.74 ID:eiZSGzlu0(1)調 AAS
当時からしたら多分そっちの方が評価されて歌舞伎にでもされていたんじゃないの?
383: 2012/08/03(金) 22:38:49.62 ID:VrMJygsN0(2/2)調 AAS
うん。「武家の棟梁」である以上、善戦して負けるのが、いちばん評価が高かったろうね。
「退いて家を守る」のも武士としては立派な選択なんだろうけど、時はすでに「退いた時点でおしまい」な状況だもんね。
384(1): 2012/08/03(金) 23:16:58.26 ID:9l2aL4CF0(1)調 AAS
政権返上したのは、
幕藩体制の次にくるのが諸藩の合議制であって、
最大の生産力と行政ノウハウを持つ徳川家は首班になるに違いないと踏んでいたからだよ
385(1): 2012/08/04(土) 02:17:44.58 ID:bmPxjFuR0(1)調 AAS
>>384
ここで慶喜が「戦おうとしなかった」と話題になってるのは、戊辰戦争時点の話じゃないの?
386: 2012/08/04(土) 06:56:04.67 ID:n3keJiQo0(1)調 AAS
アマゾンで10〜20巻大人買いして昨日届いた。
今日は一気に読むぜ。
387(1): 2012/08/04(土) 08:54:11.86 ID:p6zmimGV0(1/2)調 AAS
>>385
まぁ戦争の最中にストレスで死んじゃう14代目に比べたらまだマシと言えないこともない。
388: 2012/08/04(土) 08:56:48.69 ID:Y3wT4ulKP(1)調 AAS
>>387
脚気を甘く診たらアカン
389: 2012/08/04(土) 08:57:58.39 ID:xIxIoIRO0(1)調 AAS
>慶喜は、「会津藩が勝手にやったこと、余は命令しておらん。」と知らん振りしている
いやでもこれは事実じゃね?
390(1): 2012/08/04(土) 11:30:18.07 ID:1cBntiya0(1)調 AAS
>389
徳川慶喜と松平春嶽で京都守護職に任命しているのだから、任命責任はある。
391(1): 2012/08/04(土) 14:46:27.02 ID:P+KJxVih0(1/2)調 AAS
>>390
任命責任なんて、当時の概念にあったけ?
392(1): 2012/08/04(土) 14:50:44.36 ID:Ir/8enc40(1/2)調 AAS
あるんなら、歴代の征夷大将軍を任命している者の責任も問われることになるよね。
393: 2012/08/04(土) 14:57:09.93 ID:d8Yhz6l70(1)調 AAS
待てまて。奥羽越列藩同盟への参加は、会津藩主としてであって
「江戸幕府京都守護職」の立場で新政府軍と交戦した訳じゃあるまい?
394: 2012/08/04(土) 19:40:03.18 ID:QS/A6JFL0(1)調 AAS
>>391
少なくとも近代よりはある、とも考えられる
今は政治家を任命する責任が有権者たる国民にはあるけど
選ばれた政治家の失政を理由に国民が(法的に)責任を取らされ
ペナルティを科せられたことは未だかつて一度もなし
つか、それでこその普通選挙の秘密性なのだから
無責任を憲法によって保障されているのは近代のやむをえない仕様なのだ
一方、慶喜は当然負うべき責任を放棄したわけだ
395: 2012/08/04(土) 19:44:43.97 ID:Ir/8enc40(2/2)調 AAS
選ばれた政治家の失政のツケは、結局は選んだ国民にかぶってくるんだよ。
それこそ合法的にね。
396: 2012/08/04(土) 20:18:32.74 ID:p6zmimGV0(2/2)調 AAS
だから選挙は慎重に投票すべきだし、
政府が間違った方向に舵を切ろうとしたら「間違ってる」と主張しないといけないんだよ。
397: 2012/08/04(土) 20:36:06.82 ID:0QYvy2z10(1)調 AAS
任命責任なんてあるの?
天皇陛下が、「こんなやつを総理大臣に任命しちゃって、申し訳ない」とか謝罪しなくちゃいけないの?
398: 明治大帝 2012/08/04(土) 21:59:46.87 ID:mE7AQSMK0(1)調 AAS
>>392
故に、逆賊・慶喜を将軍に任命した父・孝明帝のことは責任を持ってどk(ry
399: 2012/08/04(土) 22:08:02.47 ID:P+KJxVih0(2/2)調 AAS
美の巨人たち
今週は彦根城
今やってるから、すぐチャンネルを
400: 2012/08/04(土) 23:42:52.07 ID:b59s8P490(1)調 AAS
井伊のあと、大老職が乱発されるけど、いちいちそれ追ったりしないよね?
401(1): 2012/08/05(日) 00:28:17.83 ID:9AQPmqU30(1/2)調 AAS
会津藩の生き残りを薩長が青森に開拓させた辺りの話しは出てくるのかな?
402: 2012/08/05(日) 00:39:13.75 ID:gROEymaH0(1)調 AAS
「斗南藩の悲劇とか書いていたらキリがないし」という話は何かのインタビューで言ってた。
あくまで蔵六&土方の死のあたりで終わるという構想。
403(1): おじん ◆abcDBRIxrA 2012/08/05(日) 08:56:08.11 ID:avyvchfx0(1)調 AAS
>>401
(/-\) それは俗説で、もっと南の肥沃な土地と、東京(薩長の拠点)から離れた斗南のいづれかを選べたらしい。
NHK大河「獅子の時代」によれば、会津の残党は、辺境で薩長の手助けも受けずに生きていく道を選んだらしい。
北海道へ渡って、開拓民になった人々もいる。
404: 2012/08/05(日) 09:35:22.40 ID:IQ9+RUNf0(1)調 AAS
あれはやるの?これはやるの?と言った所で作者の興味が向くか否かとしか言いようが無いよな
誰か個人にスポット当ててる作品なら予想もできるが群像劇だし
405: 2012/08/05(日) 09:35:35.36 ID:ZMahJUzi0(1)調 AAS
会津の人は意地の張り方がズレてるイメージ。
406: 2012/08/05(日) 09:44:58.43 ID:rPKllKWgO携(1)調 AAS
きっと当時の人にとっての意地の張り方というのがあったんだろう
後世になって他人に押し付けられた!不当に虐げられた!と被害者面するのは論外でずれてるが
407: 2012/08/05(日) 09:47:53.40 ID:u2kRgS5u0(1)調 AAS
正直、桜田門をここまで丁寧に描くとは思わなかったもんな。
たしかに直弼が暗殺されたことに焦点がいきがちだが、その準備及び後始末はその後の影響という点で
大きかった。
普通は後始末をサラッと流して、他の藩への影響とかに飛ぶもんな。
高橋親子&有村が京都に着いてからの話はよく語られるけど、まだこいつらその道中だし。
408(1): 2012/08/05(日) 20:54:21.46 ID:9AQPmqU30(2/2)調 AAS
>>403
むしろそっちの方が俗説では?
廃藩置県などの薩長の扱いは定説だし。
あと、北海道開拓は国策として力を入れてやることになったからで、本当は会津藩の人だけでやらせるつもりだったとも聞いた。
(これはあまり確かではないが)
409: 2012/08/06(月) 02:44:34.27 ID:z9mpUIuy0(1/3)調 AAS
>>408
とりあえず俗説を定説と言い張り伝聞をなんとなく主張するのはなぜなの?
410: 2012/08/06(月) 07:45:26.91 ID:nEMTZnRp0(1)調 AAS
会津観光史観というやつか
411(2): 2012/08/06(月) 09:14:28.72 ID:JvS8qcZoO携(1)調 AAS
廃藩置県の薩長の扱いの定説ってなんのこと?
412(1): おじん ◆abcDBRIxrA 2012/08/06(月) 10:47:32.64 ID:UlMewr2u0(1/2)調 AAS
>>411
(/-\) 賊軍側の県は、もともとの城下町に県庁を置かせなかったという話では?
だけど長州なんて、県庁は山口。城下の萩はいまでも寂れてる。
413(1): 2012/08/06(月) 10:57:08.67 ID:dADwPEl00(1/3)調 AAS
>>411
>廃藩置県の薩長の扱いの定説ってなんのこと?
アレじゃね?
「永久不滅の賞罰的県名」論
薩長や『忠勤藩』は、主だった藩の中心都市名がその後の県名になったが、
『朝敵藩』や、官軍側に付くのが遅かった『曖昧藩』の藩名は、県名になっていないってヤツ
414(1): 2012/08/06(月) 12:13:23.10 ID:6rQa7Q4uO携(1/3)調 AAS
>>412
もともと毛利家としては山口に本拠を置きたかったのに、徳川の意地悪で萩にされたのは風雲児にも描かれている。
だから毛利としてはいつか山口に本拠を移すのが悲願で、
実際幕末に勝手に移して第一次長州征伐食らって萩に戻ったりしてる。
415(1): 2012/08/06(月) 12:50:04.25 ID:dADwPEl00(2/3)調 AAS
>>414
悲願だったかどうか走らないけど、
「風雲児たち」では違う表現になっているが、
毛利側より、減封に伴う新しい居城地として、防府・山口・萩の3か所を候補地として伺いを出したところ、
防府・山口は分限にあらずと萩に築城することを幕府に命じられた。
と言うことらしいね。
416(1): 2012/08/06(月) 13:01:16.93 ID:6rQa7Q4uO携(2/3)調 AAS
>>415
いずれにしても幕末には山口に本拠を移してるので、県名・県庁ともそれを踏襲しているのは他の勤王藩と同じということ。
417(1): 2012/08/06(月) 13:13:25.99 ID:dADwPEl00(3/3)調 AAS
>>416
>いずれにしても幕末には山口に本拠を移してるので、県名・県庁ともそれを踏襲しているのは他の勤王藩と同じということ。
なんか変な流れになってるかなと思えば、>413に絡んできてるのか?
別にオレは、山口の県名のことは何も言ってないんだがなぁ。
418: 2012/08/06(月) 13:25:22.36 ID:z9mpUIuy0(2/3)調 AAS
静岡の県庁所在地と元の領主は誰でしょうか?
って言えば一瞬で論理破綻するからね
419(1): 2012/08/06(月) 16:37:02.88 ID:74d0wFvf0(1/4)調 AAS
廃藩置県直後はほぼ旧藩=県だったところが多いが
その後の県の統合で県名と県庁所在地名が合わない県が出来ちゃったからね
松山市のある愛媛県とか西条県、小松県、今治県、松山県を統合して生まれた県だし
政府としても県を統合して県庁を置くのに都合が良い市が県庁所在地になったってだけだろ
420(2): 2012/08/06(月) 16:56:33.63 ID:6rQa7Q4uO携(3/3)調 AAS
>>417
おれは最初412にレスしたんだけど?絡んでるのはお前じゃないのか?
>>419
滋賀や福島は明らかに変な場所に県庁置いてる。
普通なら彦根と会津だろ。
421: おじん ◆abcDBRIxrA 2012/08/06(月) 18:06:22.26 ID:UlMewr2u0(2/2)調 AAS
(/-\) 滋賀県の場合、鉄道ができるまでは大津が水運の要所だったと思う。大津を押えれば、琵琶湖の物流を支配できる。
422(1): 2012/08/06(月) 18:12:17.59 ID:74d0wFvf0(2/4)調 AAS
>>420
彦根が県庁所在地にならなかった理由は分からんが
彦根藩は譜代であるにも関わらず鳥羽伏見の戦いとか
早期に薩長側に寝返って功大きいから賞罰的な意味合いはあまり感じられないね
会津が県庁所在地から外れたのは奥州街道から外れているからかな?
まぁ、俺も福島は福島市より奥州街道や会津街道が交わる郡山辺りが適当とは思うが
423: 2012/08/06(月) 18:15:22.35 ID:yiCEHbwK0(1)調 AAS
滋賀県に関しては京都に近い方に県庁を置きたかったんだろ。
424: 2012/08/06(月) 18:43:01.23 ID:tItzl3130(1)調 AAS
>>422
会津が県庁所在地になったら会津人ですら不便だと思っただろう。雪が降られたら県庁に
行くのが命がけになる。
425: 2012/08/06(月) 19:00:23.73 ID:uHZVMJf00(1)調 AAS
神戸の開港がなければ、あんな雑多な地域の寄せ集めの
兵庫県が生まれることはなかっただろうし、
姫路あたりに県庁を置く県が存続していただろう。
426(2): 2012/08/06(月) 20:46:27.26 ID:7SsQTyxf0(1)調 AAS
会津は県庁所在地にさせてもらえず福島県に統合、国鉄の路線もなかなか通してもらえないという嫌がらせを受けた
弘前、八戸も県庁になるはずが、八戸は南部藩(盛岡)のほうに吸収され
青森市が県庁に
427(1): 2012/08/06(月) 21:18:53.11 ID:z9mpUIuy0(3/3)調 AAS
>>426
根拠一切なしの被害妄想だけですねー
428(2): 2012/08/06(月) 21:57:49.29 ID:74d0wFvf0(3/4)調 AAS
>>427
前にも言ったが会津は鉄道通るの山口や鹿児島より早かったんだが
それに当時は国鉄(官営鉄道)なんてごく一部地域のみしか路線無かったし
九州鉄道や会津の岩越鉄道等私鉄を国有化して生まれたのが国鉄なんだがな
429: 2012/08/06(月) 22:25:25.09 ID:74d0wFvf0(4/4)調 AAS
あ、ごめん
>>428は>>426宛てね
430: 2012/08/07(火) 02:28:50.16 ID:ZCZwemEi0(1)調 AAS
なぁみんな、たまには漫画の話でもしようよ。
コミケが近いけれど誰か行く人いる?
431: 2012/08/07(火) 10:35:39.02 ID:tgXw0Utv0(1/2)調 AAS
>>420
正直会津に県庁とかw、福島の人間の大半は勘弁してくれだろうなw
ていうか山口の政治家って良くも悪くも国レベルで考えるから、地元とか放置なんだよな。
桂の時に県の統廃合を進めようとしたわけだが、
この時は山口は長門は福岡、周防は広島に吸収される予定だったした。
432: 2012/08/07(火) 10:48:52.73 ID:tgXw0Utv0(2/2)調 AAS
>>428
鉄道といえば新幹線でもあったな。
田中は地元にひいて、全国津々浦々にも新幹線を走らせるべきだと当時の首相佐藤にいったわけだ。
そこで佐藤は、萩に新幹線wwwたぬきでも乗せるつもりかと拒絶して計画もぽしゃった。
大幅に新幹線の路線は削られて今に至る。(最近かなり彼方此方で再度計画建設されているけどね)
山口の政治家は地方出身なのに、地方切捨てで都市部重視、東北の人間は地方の発展重視な気がする。
433: 2012/08/07(火) 11:07:43.65 ID:Z3boqkAH0(1)調 AAS
コミケは関西人には遠くてねえ いっぺんぐらい大阪や京都でやってくれんかな?
434(1): 2012/08/07(火) 12:59:12.80 ID:dp05XdeL0(1)調 AAS
東京でコミケとオリンピックと熱波が重なったらと想像するとぞっとする。
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