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【ネタバレ】ラーゼフォン多元変奏曲 第2楽章 (831レス)
【ネタバレ】ラーゼフォン多元変奏曲 第2楽章 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/
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618: 映画冒頭 [sage] 03/06/12 21:51 ID:??? 「不思議なる国を彷徨い、長き日を夢見て暮らすつかの間の夏は果てるまで。 金色の夕 映えの中どこまでもたゆたい行かん。人の世は夢にあらずや」 二学期の終業式の後。 夕日に紅く染まった教室の窓際で、寄り添う二つの影があった。 美嶋遙は、そっと『鏡の国のアリス』の表紙を閉じた。 ため息をつくように囁く。 「来年には、この校舎も取り壊されちゃうんだね」 「うん」 隣の少年、神名綾人は静かに頷いた。 「ちょっと寂しいかな」 遙は、少年の横顔をそっと窺う。 彼と一緒に過ごした日々が、数々の思い出が蘇った。 「でもね、あたし思うんだ。後輩クン達には悪いけど、神名君との思い出の場所が、二度 と誰の目にも触れないようになっちゃうのも、ちょっとイイかな、なんて……」 最後のあたりでは、さすがに気恥ずかしくなってしまって、言葉が途切れて消えてゆく。 また馬鹿なことを言ってしまった。 呆れられてしまったかもしれない……。 と、左手が暖かくなったのを感じる。 綾人が右手を重ねていた。 「美嶋……」 ゆっくりと綾人の顔が近づいてくる。 吐息が感じられるほど近くに。 胸が、高鳴った。 「神名……くん……」 囁き返しながら、遙はそっと目を閉じた。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/618
619: 映画冒頭 [sage] 03/06/12 21:52 ID:??? 二人の唇が触れ合おうとした瞬間。 急に遥が顔をそむけ、綾人の胸を押しやった。 『え? な、なんだ?』 いい雰囲気だったのに、どうして。 混乱し動揺する綾人をちらりと見ると、 『もう、鈍感なんだから!』 遙はまた顔を背けて、教室の入り口を指差した。拗ねているような表情。 不審げに綾人が後ろを振り返り、教室の戸口で凍り付いている人影に気付いた。暗がり の中だったが、ほっそりした体と外にハネた髪型で、それが誰だか分かった。 綾人の幼馴染の、朝比奈浩子だった。 「朝比奈……?」 その声で、凍っていた浩子の時間が動き始めた。 「あ、あたし、なんにも見て無いから!」 震える声で、慌てて取り繕う。 傷つき絶望したその表情を。 思わず綾人は一歩踏み出し……わずかな抵抗を感じた。 相変わらずむこうを向いたままの遙の左手が、綾人の右手の袖口を摘んでいた。 あたしの傍にいて。 滅多に我儘を言わない遙の、無言のメッセージだった。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/619
620: 映画冒頭 [sage] 03/06/12 21:52 ID:??? 「美嶋……」 綾人はそのほんの少しの抵抗を振り払うことができない。 黙って、俯いたままで、それでも綾人の右腕を繋ぎとめる遙の手。 浩子の手の中で、小さな封筒が握り締められた。 『神名綾人くんへ』 そう宛名の書かれた封筒だったが、もう渡せなかった。 彼には好きなひとがいる。自分ではない、誰かが。 その予感は思い過ごしにすぎない、そう信じ続けて、今日ようやく手紙を渡す決心をし てきたのに。毎日鞄に入れて歩き、けれど決して渡すことができなかった手紙を。 これ以上、自分を騙し続けることは出来なかった。 少女の思いのたけを綴られたその便箋は、二度と人目に触れることは無いだろう。 「あたし、誰にも言わないから」 浩子の顔がくしゃりと歪んだ。 「……ごめん」 逃げるように駆けてゆく浩子の足音は、すぐに夕闇に溶けて消えてしまった。 綾人は影を縫いとめられたように、その場を動けない。 「朝比奈……」 遙は、まだ綾人の袖をつなぎとめたままだった。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/620
621: 映画冒頭 [sage] 03/06/12 21:53 ID:??? 夕焼けの中、線路沿いをとぼとぼと歩く。 寒かったが、遙はコートから右手を出して歩いた。 綾人と手を繋いで歩きたかったが、勇気が無くて出来なかった。誰かに見られてしまう かもしれなかったし、こんなに寒いのに手のひらが汗ばんでしまったりしたら、恥ずかし い。ほんのちょっとの、勇気が出ない。 だから、綾人の左手と、小指だけを触れ合って歩いた。 そのほんの少しの面積が、綾人と遙を繋いでいる全てだった。 とうとう遙は、沈黙に耐え切れなくなった。 「……怒ってる?」 綾人はとぼけた。 「何を?」 「……さっきのこと……」 「怒ってない」 「やっぱり、怒ってる」 「怒ってないってば」 嘘だと思った。 絶対怒っている。朝比奈さんを傷つけたことを。 神名くんを止めたあたしのことを。 朝比奈さんを追いかけられなかった自分のことを。 当たり前だ。神名くんは、あたしと知り合うずっと前から朝比奈さんと知り合いなんだ から。 大事な友達なんだから。 ひょっとしたら、友達よりも大切な……。 嫌だった。そんなことを考えたくはない。 遙は一人落ち込んだ。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/621
622: 映画冒頭 [sage] 03/06/12 21:53 ID:??? 綾人は、右手をコートのポケットから取り出すと、息を吹きかけた。 「寒い?」 「……寒くない」 ほら、また嘘ついた。寒くないはずないのに。 なんだか泣きたくなった。 「ごめんね。プレゼント、間に合わなくって……。あたし、どんくさくって」 「いいよ」 本当は、クリスマスプレゼントにするはずだった、編みかけの手袋を思う。 何度も失敗して、ほぐしては編み直し、ほぐしては編み直し……。 まるで、いつまで経ってもなかなか縮まらない、綾人と遙の間の距離みたいだ。そんな ことを考える。と、突然綾人が立ち止まって振り返った。 小指が離れて、不安になる。 遙も立ち止まる。 「み、美嶋、あのさ……」 綾人の表情が強張っていた。 「今日、これからっ、俺の家、こ、来ないか……。その、母さん遅くなるって、言ってた、 し……」 びっくりした。 遥が綾人の家に誘われるのは初めてだった。 なんとなく、人を家に呼びたがらない様子を感じ取って、自分から遊びに行きたいとは 言い出せなかったのだ。綾人が男友達の誰も家に連れて行ったことが無いのを、遙は知っ ている。家を、あるいは家庭を見せるのを躊躇っているのだと思っていた。 その綾人が遙を誘ってくれた。舞い上がるほどに嬉しかった。 轟音を上げて西武線の車輌が通り過ぎるのを背景に、遙はぶんぶん頭を振って、一生懸 命頷いた。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/622
623: 映画冒頭 [sage] 03/06/12 21:54 ID:??? 「そう、年末は名古屋に行かれるの……」 綾人の母親、神名麻弥と遥の間で話が(一見)弾んでいた。 その横で、綾人は思い切り仏頂面をしてむくれている。 まかさ、先に母親が帰宅しているとは思わなかった。いつも仕事で遅いくせに、どうし て今日に限って、と天を呪った。 「そう。それがいいわ」 微笑む麻弥に合わせて、遙もにっこり微笑み、相槌を打った。 噛み合うようで、微妙に噛み合わない会話だった。 遙は、正直言って苦手な人物だと思ったが、なにせ相手は神名綾人の母親である。失礼 な真似をするわけにはいかなかった。 時計を見た綾人が、不機嫌そうな表情のまま立ち上がった。 「それじゃあ母さん、俺、美嶋のこと送ってくるから」 その声に、慌てて遙も立ち上がる。 「あ、いけない。すいません、こんな遅くまでお邪魔しちゃって」 椅子の背から鞄とコートを取り上げながら、ぺこりと頭を下げる。 綾人の後を追って部屋を出てゆく遙を、麻弥が呼び止めた。 「……遙ちゃん?」 「は、はい?」 びくりと身を震わせて立ち止まる。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/623
624: 映画冒頭 [sage] 03/06/12 21:55 ID:??? 麻弥には手に取るように分かる。鈍い綾人は気付いていないが、遙はまるで小鳥のよう に怯え、緊張しきっていた。その証拠に、用意した紅茶もケーキも、一口も口をつけてい ない。 別に、萎縮させようとしたわけではないのだ。息子が初めて連れて来たガールフレンド をいびって喜ぶような、心の狭い母親では無いつもりだった。 だから言った。 「遙ちゃん、これからも綾人のことよろしくね」 みるみる遙の顔がほころんだ。 「は……はい! はい!」 何度も何度も頭を下げる遙を、麻弥は小さく手を振って見送った。 それは別れの挨拶だった。遙も、綾人も気付きはしないだろうが。 遙の姿が消えると、右手は力なく垂れ、テーブルの上に落ちた。 麻弥の表情が翳る。 残酷なことを言ってしまったという自覚があった。 目の前の少女が不憫で、つい心にも無いことを言ってしまった。 またひとつ、罪を重ねた。 希望など与えないほうが良かったのだ。 二人の未来には、小さな、しかし確実な悲劇が待っているのだから。 その引き金を引くのは、他でも無いこの自分なのだから……。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/624
625: 劇場版導入部 [sage] 03/06/12 21:55 ID:??? 「ここでいいよ。ありがとう、送ってくれて」 「今日はごめんな、まさかあんなに早く帰ってくると思わなくてさ」 綾人はそう言って遙に詫びた。下心が無かったわけではない。 抱き合って、キスをして……その先を求めていないわけではない。 でも、今日は。あと少しだけ、二人きりで過ごしたかった。 他愛無い世間話ができるだけで良かったのだ。 明日からはもう、年が明けるまで会うことはできない。 その空白を埋めておきたかっただけだったのだ。それなのに。 「……うちの母さん。変な人だったろう」 遙は、大慌てで否定した。 「そんなことない。お母さんは関係ないよ」 また言い方を間違えた。つくづく、自分は馬鹿だと思う。 これでは、神名くんの母親を変な人だと認めているようなものだ。 確かに少し変わっているかもしれない。 でも、ちゃんと話せば、もっともっと理解できる。 仲良くなれる。そう思った。 それに、たとえお母さんがどんな人であろうと、あたしの神名くんに対する思いは変わ らない。だから神名くんは、お母さんのことでも、他のどんなことでも、あたしに引け目 を感じたりする必要は無いのだ。大事なもの、あたしが好きなものは、神名くんの心の内 側にあるのだから。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/625
626: 劇場版導入部 [sage] 03/06/12 21:56 ID:??? なのに、いつも自分は、本当に言いたいことが上手く伝えられない。 「お母さんは関係ない」 違う違う、そうじゃなくて。 「神名くんは……神名くんだよ」 最後は尻つぼみになってしまう。 こんなんじゃ、伝えられない。わたしの気持ちが伝わらない。 本当に言いたいことは、こんなことじゃない。 伝えたい気持ちは他にあるのだ。どうして自分は、こんなに不器用なのだろう。 でも。 神名くんは……笑っていた。 たぶん、言いたいことは100分の1も伝わっていない。 でも、伝わるとか、理解するとかは、そんなに大事なことではないのかもしれない。 そう遙は思った。 綾人の笑顔を見れば、それで安心できた。 どちらからともなく手を差し出して、指先同士が絡まった。 冷え切った体の中で、そこだけが暖かかった。 言葉が無くとも、こうして微笑みあっていることができれば、それだけで良いと感じら れた。 「いつ帰ってくるんだ?」 綾人が言った。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/626
627: 劇場版導入部 [sage] 03/06/12 21:56 ID:??? 「え?」 「お正月」 「ああ……三日」 「じゃあ、四日に行こうぜ」 どこへ? 何だか思考が止まっている。 「初詣。二人で」 二人で初詣。 じわじわと喜びがこみ上げてきた。 東京に戻ってきたら、二人っきりで、一日ゆっくり過ごすのだ。 「うん。……うん!」 こくこくと、遙は熱心に頷いた。 たとえ今日、二人で過ごした時間がほんのわずかしか無かったとしても、悔やむ必要は 無いのだ。まだ中学生でしかない二人の未来には無限の時間があるのだから。 来年は受験を控えて忙しくなるだろう。その前に、うんとたくさん思い出を作るのだ。 誰だって、好き合う二人を邪魔することなんて出来ない。 と、眼前をひらりと白いものが舞い降りた。 二人で空を見上げる。 「わぁ……」 しんしんと音も無く。 無数の氷のかけらが夜の東京を舞い降りる。 この冬最初の雪が降り始めたのだった。 そして遙は東京を後にし、東京がジュピター現象に覆われるのを目撃した。 二人の世界は、未来は。 その瞬間、分かたれたのだ。 http://yomogi.5ch.net/test/read.cgi/asaloon/1051872485/627
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