[過去ログ] 朝鮮戦争で中国チンピラゴロツキも撃破できなかった米軍が (480レス)
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396(7): 2015/06/23(火) 07:20:51.48 ID:AWyvsPnf(5/6)調 AAS
>>393
あと、ドイツの潜水艦と日本の潜水艦では騒音の量が全く違った。
アフリカの喜望峰で遣独潜水艦作戦で日本の伊号潜水艦と会ったドイツの潜水艦の乗組員は良くこんなポンコツがここまで来れたものだ、と驚いたという。
伊号は騒音が酷く、シビアーな対潜戦が闘われていた大西洋では伊号ではすぐ沈められると分かっていたから。
それだけ技術に差があった。
399: 2015/06/23(火) 09:42:08.65 ID:tInUyFfF(1)調 AAS
>>396
>伊号は騒音が酷く、シビアーな対潜戦が闘われていた大西洋では伊号ではすぐ沈められる
太平洋戦争末期、原爆部品を積んだアメリカ巡洋艦インディアナポリスは
橋本艦長の伊58潜水艦の魚雷2本を受 け、瞬く間に沈没。 乗組員1200名のうち、
300名は艦と共にし、900名は海へ投げ出されます。油まみれの海面を艦長のマクヴェイ大佐を含む、
重度のやけどや骨折を負った者たちが 十分な救命具もないまま漂い、
やがて数 百匹におよぶイタチザメの襲来という 壮絶なサバイバルが繰り広げられます。
外部リンク:ona.blog.so-net.ne.jp
400(1): 2015/06/23(火) 09:45:39.54 ID:w/6jGCKp(1/2)調 AAS
>>396
>シビアーな対潜戦が闘われていた大西洋では
この沈没は1945年1月30日に起きた史実で、ヴィルヘルム・グストロフ号は、
もとはナチス・ドイツを支持するドイツ人のために作られた客船だった。
撃沈事件が起き た時には、ソ連の侵攻により難民となった人々を疎開させるための
難民船として稼働 していた。映画では定員2,000人の船に6,000人以上が乗っていたと紹介されて
いるが (パッケージには7,000人と書かれている)、ちょいちょいっと調べたところでは、
実際には9,000人もの人が乗っていたようだ。そのほとんどが沈没により溺死・凍死している。
外部リンク[html]:www.geocities.jp
405: 2015/06/23(火) 10:06:11.20 ID:zFw7Pb0z(4/4)調 AAS
>>396
>シビアーな対潜戦が闘われていた大西洋では
六月二十二日の“威力偵察”にはじまり、二十三日にソ連軍攻勢作戦『バグラティオン』
が本格化してみると、独ソ両軍の優劣の差は、ソ連軍の推算以上に大きかった。
<中略>
とくに空軍戦力の差は、ひどかった。
第六航空軍は、約六百八十機を保有していることになっていた。
ところが、ソ連機をむかえて飛びたったのは、わずか四十機―。
残りは整備不十分または燃料不足で飛べず、舞い上がった四十機にしても、
ガソリンが無いために三回以上の出撃はできない有様であった。
<児島襄「ヒトラーの戦い 6」の464頁 >
ガウク大統領は、次のように強調しているー
「1945年5月8日、我々は解放された。我々を解放したのは、ソ連の諸民族の
代表者達 だったが、そればかりではない。それゆえ、我々は、感謝と尊敬の念を示さ
なくてはならな い。戦後ドイツが、ベルリンの壁により長い間分断されたという事実でさえも、
そうした気 持ちに影響を与えるべきではない。
一部の観測筋は疑っているようだが、私には、ロシアにもロシア人に対しても問題はない。 」
外部リンク:jp.sputniknews.com
あ り が と う ソ 連 邦 !
429(1): だつお ◆t0moyVbEXw 2015/06/24(水) 19:51:22.12 ID:JiMQ9aJS(2/2)調 AAS
>>396
>シビアーな対潜戦が闘われていた大西洋では
ヨーロッパの戦いは圧倒的に独ソ戦であり、かつソ連へのレンドリースは半分以上が太平洋経由。
従ってイギリス人が自慢する「大西洋の戦い」に、戦略的意義はあまりない。
ノルマンディ上陸以前に赤軍がどれだけ進軍してたかを調べれば、西部戦線なんて余興でしかないとわかる。
それから戦略爆撃で降参するとのことなら、ベトナムだって降参してただろう。
なおソ連の役割は対独戦に留まらず、米国はヤルタ会談でもポツダム会談でも、ソ連の対日参戦を申し入れている。
日本降伏の原因は原爆ではなくソ連の対日参戦であり、ここでも戦略爆撃の効果は小さいことがわかる。
あ り が と う ソ 連 邦 !
456(1): 2015/08/29(土) 01:16:07.54 ID:RnTW0Udb(1)調 AA×
>>396
外部リンク[htm]:www.naval-history.net
470: だつお ◆t0moyVbEXw 2015/09/10(木) 16:14:13.57 ID:x0DRGQWg(1)調 AAS
>>396
>シビアーな対潜戦が闘われていた大西洋では
■ フランスはすぐに降伏した。イギリスは全期間を通してひどかった。
アメリカは間違いなく勝てるという確信を持てるまで様子見してた。
勝利はすべてソビエトのおかげと言っても過言じゃない。 +5 ロシア
外部リンク[html]:kaigainohannoublog.blog55.fc2.com
もしもドイツ空軍が本当に西高東低型の対応を取っていたのであれば、彼らはソ連軍をなめており、
その代償を支払わされたと言うしかない話だ。結局のところ、ドイツの戦争はソ連軍にベルリンへ突入
されたことで終わったのだから…
外部リンク[html]:www.geocities.co.jp
こうなると敵を恐れる必要はなく、私らは自ら戦いを求め、これでもか!とばかりに喰らわせてやったのさ。
クルスク・ベルゴロド作戦以降は怖いものなしの状態だった。皆すでに勝利を確信し、搭乗員たちの士気
は非常に高かった。出撃する度ごとに戦果を挙げられたよ。空中戦では負け知らずだった。逆にドイツ軍の方も、
モスクワの頃とは、それどころかスターリングラードの頃とも違っていた。我々と遭遇するや否やすぐに
逃げてしまい、戦いを挑んでくる気配がない。
外部リンク[html]:www.geocities.co.jp
実はこのルート、米英からソ連に渡った補給物資の半分以上が使ったとも 言われているそうだ。
太平洋にはドイツ海軍がいなかったので、安全だったのだろう。ナチスドイツの側からすれば、日ソ中立条約があるとはいえ、
同盟国・日本の目の前(おそらく津軽・宗谷両海峡)を最大の敵国・ソ連の戦争を支える資源や補給物資が
通過していくのだから、 さぞや悔しい話だったと思う。日本の陸軍・海軍も、目の前を行く「同盟国最大の敵」
ソ連の輸送船団をそのまま通していたのだと思うと、なんというか。
外部リンク[html]:ameblo.jp
480: 2015/10/23(金) 02:52:28.86 ID:LmSOQkYf(1)調 AAS
>>396
>シビアーな対潜戦が闘われていた大西洋では
「潜水艦戦は終わりなどという話はごめんだ」五月三十一日、デーニッツ提督が北大西洋からUボートを
引き揚げたという報告をすると、ヒトラーは烈火のごとく怒った。「大西洋は西部の防衛線なのだ」。
言うのはたやすかった。十二月十二日、デーニッツは絶望気味に日記に書いている。
「敵はあらゆる切り札を有している。長距離哨戒機で全地域に目を光らせ、位置探知装置を使っているのに対し、
われわれは警戒手段を持っていない。・・・・・・敵がわが方の手の内を知りつくしているのにたいし、
われわれは敵について何も知らない」。
<第三帝国の興亡5 ウィリアム・シャイラー 152頁>
一九四四年二月の終わり頃、ふたりはウルム近郊のヘルリンゲンにあるロンメルの自宅で会い、
胸襟を開いて話し合った。
東部戦線の陸軍高級将校のある者ったいが、ヒトラーを捕虜にしてラジオで引退を発表させるのはどうかと提案した、
と彼に話した〔市長はのちにそう語った〕。ロンメルはこの考えに賛成した。
わたしはさらにつづけて、彼はドイツでもっとも偉大で人気のある将軍であり、国外でも彼ほど尊敬されている
ひとはいないと言った。「ドイツで内戦を防ぎうるのはあなたしかいない。あなたの名を、ぜひ運動にお貸しください」。
ロンメルはためらっていたが、結局は肚を決めた。
「ドイツを救出するのがわたしの義務だと信じます」彼はシュトレーリンに言った。
<第三帝国の興亡5 ウィリアム・L・シャイラー 198頁>
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