[過去ログ] モララーのビデオ棚in801板57 (502レス)
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427: Ground Zero(前編) ◆SXgBVRgXXw 2010/05/05(水) 21:37:35 ID:1tf2ouLN0(1/7)調 AA×

428: Ground Zero(前編)1/5 ◆SXgBVRgXXw 2010/05/05(水) 21:38:04 ID:1tf2ouLN0(2/7)調 AAS
男が治療室を訪れた時、部下は文字通り死んだように眠っていた。
肉体の損傷は既にないも同然、記憶データの修復も完了している。
しかし、あとは目覚めを待つばかりという状況にもかかわらず、
寝台に横たわる彼の姿は、生気というものをほとんど感じさせなかった。
褐色の肌はやや青褪め、鍛えられた手足は無防備に投げ出されている。
呼吸のたびに上下する胸の動きも、注意深く観察してようやく見えるほどだ。
心拍と脳波を測る計器の音がなければ、遺体安置所と見紛うほどの静謐。

男は寝台の縁に腰を下ろし、改めて部下の姿を覗き込んだ。
シーツの上へと無造作に置いた手が、横たわる褐色の指先と触れ合う。
意図せずして触れたそれは見た目より冷たく、男をわずかに驚かせた。
無論、冷たいとはいえ死人のそれではない。
微かな湿気も感じるところからして、清拭の直後ででもあったのだろう。
しかしその冷たさはやはり、男の記憶にある部下の印象とは程遠い。

――要らぬことをしてくれる。
今はもういない、自らと同じ遺伝子を持つ者に対し、男は内心で呟く。
自らもクローンでありながら、いや、クローンであったからこそなのか。
まだ利用価値のある戦力を、独断で使い潰そうとした愚かな男。

確かに、組織の誇る科学技術は、戦力としての人間を容易に生み出せる。
優れた戦闘員を規格品のように複製し、量産品のように使い潰せるほどに。
だが、男のクローンであった彼は、ひとつ重大な履き違えをしていた。
規格品だろうが量産品だろうが、生み出すには相応のコストを要するのだ。
まして、組織が擁する技術の粋をもってしても、自我までは複製できない。
優れた身体能力と安定した精神、そして忠誠心を全て兼ね備えた人員は
幹部を含めた組織全体を見渡しても、未だ数えるほどしかいないというのに。
その貴重な戦力を、かのクローンは惜しげもなく捨て駒として用いたのだった。
429: Ground Zero(前編)2/5 ◆SXgBVRgXXw 2010/05/05(水) 21:38:51 ID:1tf2ouLN0(3/7)調 AAS
男がそれを知ったのは、作戦が失敗に終わり、事後処理も完了した後のこと。
だが、男は悼むことなどしなかった。組織の技術は、そのためにこそ存在する。
母体から生まれた人間であろうと、培養槽で生まれたクローンであろうと同じ。
不用な者は廃棄される。だが有用な者はそうある限り、死ぬことを許されない。
それこそが己も含め、組織に属する者の宿命なのだと男は考えていた。

肉体の損傷を修復し、あるいはその代替を用意する。
一時は消去された記憶データを復元し、生前のそれと繋がるよう再構成する。
そうした、いわば人間として最低限の蘇生にすら、一年以上の時間を要した。
実戦に参加できるレベルにまで回復するには、さらに時間がかかるだろう。
だが、そのために必要不可欠な――当人の意識が、未だに戻らない。

青年の蘇生が始まってからというもの、男は毎日この部屋を訪れていた。
横たわる彼の傍にしばし留まり、経過を観察してから本来の職務に就く。
肉体の蘇生は成功した。理論上は、いつ意識が戻ってもおかしくない。
だが彼は目覚めなかった。男は毎日訪れ、そのたびに期待を裏切られた。
有能な人材だ。健在でさえあれば、直近の作戦にも同行を命じただろう。
彼の死を悼んだことこそなかったが、不在を惜しんだことは数知れない。
たとえば今、横たわる彼を、片時も目を離すことなく見守るこの瞬間も。

しかし、総帥から直接に与えられる任務は、当然ながら私用に優先する。
時計を見れば、文字盤は既に立ち去るべき刻限を示しつつあった。
戻らねばならない。男は腰を上げ、寝台に置いていた手を離そうとして――

その時不意に、指先に小さな手応えを感じた。

振り返る。
何気なく触れ合ったままでいた、青年の手が震えていた。
目視では見逃しそうなほどの、微かな動き。
だが肌で感じ取るには十分の、確かな動きで。
430: Ground Zero(前編)3/5 ◆SXgBVRgXXw 2010/05/05(水) 21:39:44 ID:1tf2ouLN0(4/7)調 AAS
――意識が、戻ったのか。
男はすぐさま寝台に向き直り、部下の顔を覗き込んだ。
しかし彼はそれ以上動くことなく、変わらぬ無表情で眠っている。
生気を感じさせない姿のまま、呼吸だけを規則的に繰り返して。
ただ指だけが、解けるでも縋るでもなく留まっている。
離そうと思えば振り払うことすら要しないほどの、極小の力で。

何故か、ひどく弱々しいと感じた。
十分な戦闘能力を持つ部下であることは、熟知している。
当然だ。彼はそのように造られ、強化を受けてきた。
しかし、意識の戻らぬまま、男の指に触れて眠る彼の姿は
それとは無関係に脆く見え、このまま立ち去ることを躊躇わせた。

再び寝台に腰を下ろし、先刻微かな震えを感じさせた手を取る。
両の掌で包み込むと、またしても応えるように指先が震えた。
それは目覚めの前兆なのか、単なる筋肉の反射にすぎないのか。
組織の科学技術をもってしても、他者の意識までは読み取れない。
しかし男は、その手を離さずにいた。
それで部下が目覚めるなどと、予測したわけではない。
ただ、そうせずにはいられなかった。理由も、根拠もなく。

最初に感じた冷たさは、時間の経過と共に薄れていった。
当然だ。人工的に創り出されたとはいえ、生身の肉体である。
本質は母体から生まれた人間と変わらぬ、血の通ったそれだ。
負傷すれば出血を伴う。死が迫れば、恐怖を感じる。
違いなどない。何一つ。
431: Ground Zero(前編)4/5 ◆SXgBVRgXXw 2010/05/05(水) 21:40:54 ID:1tf2ouLN0(5/7)調 AAS
ふと。
傷痕に横切られた、青年の瞼がわずかに動いた。
見守る男の眼前で、それはゆっくりと開かれる。

長い眠りから覚めた青年は、無防備な表情でひとつ息をついた。
眩しげに数度瞬きをした後、当て所なく視線を彷徨わせる。
やがて彼は、手を取られているのに気づいたようだった。
未だ焦点の曖昧な視線が、男の手から腕、上半身へと伝う。
そして視界に男の顔が入り、二人の目が合ったその瞬間――
青年は突然その瞳を見開き、怯えたように顔を強張らせた。

「どうした」
呼びかけても、青年は応えなかった。否、応えられなかったのか。
喉の奥からは声の代わりに、引き攣った呼吸音が漏れるばかりだ。
握っていた手は緊張に強張り、瞬く間に冷たい汗を帯び始めていた。
心拍数を測る計器の音が、まるで警告信号のように速さを増す。

視線が合ったことがきっかけであったかのような、唐突な豹変。
男は少なからず驚いたが、同時に思い当たる節もあった。
蘇生の際に再現した、青年が一度死を迎える直前の記憶データ。
現場の崩壊に伴い、本部の指示を仰いだ彼の瞳に映ったのは
自らを切り捨てると宣告した上司の顔――男と同じ形のそれであった。
実際にその宣告を行ったのは男ではなく、そのクローンであったのだが
同じ造作の顔を目にしたことが、想起の引き金となったのだろうか。

意識が戻って間もないのは、かえって僥倖であったかもしれない。
身体を十分に動かせる状態であったなら、彼はすぐさま手を振り解き
状況もわからぬまま跳ね起きて、半狂乱で逃げ出した可能性もある。
その想像すら容易にさせるほど、彼の表情が示す絶望は深かった。
432: Ground Zero(前編)5/5 ◆SXgBVRgXXw 2010/05/05(水) 21:41:29 ID:1tf2ouLN0(6/7)調 AAS
本来なら直ちに医療班を呼び、引き継ぐべきであったろう。
たとえば薬で眠らせてしまえば、落ち着かせるのも容易だ。
だが、男はそうしなかった。
今はそれよりも、必要なことがあるように思われたのだ。

見開かれた瞳を覗き込み、呼びかける。
「私だ」
名は、あえて名乗らなかった。
男のみならず、彼のクローンにもしばしば用いられるその名は
それに裏切られた青年にとって、恐慌を深めるものでしかない。
「00だ。……判るか」
代わりに男はコードネームを名乗り、青年の手を強く握った。
自分こそがオリジナルであり、敵対の意思がないことを伝えるために。

はたして青年は、半ば朦朧としながらも、男の意図を理解したようだった。
クローンとオリジナル――姿形は同じでも、態度は違うのが伝わったのか。
未だ弱々しくはあったが、握り返してくるのが今度は明確に感じ取れた。
口を開き、掠れた声で何か言おうとするのを、男は首を横に振って制する。
意識が戻ったばかりなのだ。今は、負荷をかけるべき時ではない。
話を聞くのは、青年が心身ともに落ち着いてからでも遅くはないはずだ。
何より、長らく拠り所を失っていたその表情が、あまりに痛ましかったので。

青年が意識をはっきりと取り戻すまで、男はただその手を取って傍にいた。
433: Ground Zero(前編) ◆SXgBVRgXXw 2010/05/05(水) 21:43:30 ID:1tf2ouLN0(7/7)調 AA×

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