1986年日航ジャンボ機UFO遭遇事件 寺内機長の手記 (92レス)
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1: 2018/12/31(月)16:58 AAS
http://imepic.jp/20181230/826660
http://imepic.jp/20181230/826650
2: 2018/12/31(月)17:03 AAS
日航ジャンボ機UFO遭遇事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%88%AA%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9C%E6%A9%9FUFO%E9%81%AD%E9%81%87%E4%BA%8B%E4%BB%B6
3: 2018/12/31(月)17:05 AAS
未来との出会 PSS期 寺内謙寿
4: 2018/12/31(月)17:06 AAS
ひと昔前、例えば縄文時代に、ひとりの狩人が、山中で、現在、一般に使われているテレビに出会ったとしたら。仲間になんと説明するであろうか。多分、誰にも理解されずに神様の前に仲間に連れられて行き、御祓いを受けさせられ清められることであろう
5: 2018/12/31(月)17:07 AAS
そんな出会いにあってしまったのである。アラスカ半島の北岸では 11月も半ばになると、日中でも太陽が見られなくなる、極地を通過するエアールートの下方では、本格的な冬を迎え、年が明ける3月頃までは暗闇がこの地を支配する
6: 2018/12/31(月)17:07 AAS
そんなある日、1986年11月17日、アイスランドのケフラビック国際空港を出発し、北極ルート経由でアラスカ州アンカレッジ国際空港へ出発した
7: 2018/12/31(月)17:08 AAS
日本航空B747 ジャンボ貨物便JL1628便が、アラスカ半島上空で、約50分にわたり、小型宇宙船2隻及び大型宇宙母艦1隻の異常に近い距離までの接近を受けた。
8: 2018/12/31(月)17:09 AAS
被害、危害は受けなかったが、人間の科学では理解出来ない事柄が多く見られたので順を追って記録することにする。
9: 2018/12/31(月)17:10 AAS
10月も半ば頃に、友人から特別便の編成を聞き、少なからず喜んだ。我々仲間うちの気質として、新型機、新型の機器 オフライン空港の使用など、常とは変った事に大いに興味がそそられる
10: 2018/12/31(月)17:11 AAS
定年を控えた機長が新型機の訓練に移行させてもらえないとボヤくのもその典型でもある。立場が同じならば私くしも変らないはずである。今回の特別便は、フランス産ワイン、86年度産出のボショレーヌーボーの大量輸送が任務である。
11: 2018/12/31(月)17:12 AAS
担当区間はアイスランドからアンカレッジ迄の2967浬約5500kmの距離で約6時間20分の飛行が予定されていた。北極ルートの通常の飛行に比べて、飛行時間が2/3という、比較的に短いフライトである。
日航機のケフラビック空港への寄港は過去2回あり旅客の容体の急激な悪化など緊急時のみであった。
12: 2018/12/31(月)17:12 AAS
ヨーロッパへの往き帰りに、遠く氷河に輝く、アイスランドの山波を横目にとらえながら、通過するのが常であった。
去る10月に行われた、米ソ主脳会談会場のあるライキャビックは50km東側に位置し、楽用車で45分の距離にある。
今回のフライトの目的は、パリからアンカレッジへ直行するよりも途中でアイスランドへ寄港した方が、貨物の搭載量を増やす事が出来るため計画されたものである
13: 2018/12/31(月)17:13 AAS
しかしながら冬期であるために、滑走路の表面が氷で覆われでもすれば、離陸性能に影響を及ぼすため、せっかくパリから空輸してきた貨物の一部分を取り下ろす状況になりかねない。
天候の変化には、ロンドン空港支店より同行のディスパッチャー松田氏、マネージャー蒲地課長、整備担当の松本氏など、非常に気を配り貨物の搭載量の決定について、ロンドン及びパリと連絡が繁雑に行なわれていた。
NATO海、空軍基地も併設されているケフラビック空港の11月の平均気温は北緯64°(フェアバンクス市付近)に位置するところとしては最高3℃最低−0.3℃と暖かくメキシコ暖流の影響は大きい。
14: 2018/12/31(月)17:14 AAS
ファーストオフィサーの為藤氏、航空機関士の佃氏と、総勢6名の日航マンが真夜中の12時に小雨まじりのケフラビック空港に到着した。到着後、早々に受け入れ体勢を整えるために、3名の方の活動が始まった。
真夜中にしかも、他社の施設を借りての作業である。いつも熱い思いで頭が下がる。
15: 2018/12/31(月)17:15 AAS
我々は港町に面した住宅街の中にある室数8つほどの新築したばかりのホテルへ向った。
アイスランドは温泉国、豊富な温泉水を暖房に利用してあり室内は暖かく快適であったが、ベットの狭いのには驚いた。
デンマークの羽毛布団が巾135cmである理由がわかったような気がする。約17時間ほどの滞在である。
16: 2018/12/31(月)17:16 AAS
心配していた天候も、幸運なことに朝方には回復し日中には太陽も顔をのぞかせ、折りからの名物の強い北東風と3℃前後の気温に助けられ、滑走路も凍ることなく充分なる準備と余裕を持って、3名の日航マンの見送るなかを20時42分に特別機はケフラビック空港を後にした。
17: 2018/12/31(月)17:16 AAS
我々の取った飛行コースは、グリーンランド南東部より、大氷高原のグリーンランドを横切り、グリーンランド中部西岸に位置する米軍基地のあるチューレへと直行のコースを取った。
グリーンランド上空の飛行は、月も満月に近く、右前方上空にあり夜間飛行としては、視界も広く開いて良好ではあったが、しかしながら気流が不安定で、2時間ぐらい揺れに揺れたが、旅客便の厳しさを思うと、比較的に気疲れせずにすみまずまず順調なフライトであった。
チューレを過ぎた後、北極海航空路シエラに沿って、カナダ領極地北部を南西下しカナダ北岸のシングル、ポイントを目指した。
カナダ領シングルポイント(北緯68度55分西経137度15分)上空でエドモントンセンターに位置通報を行なったのがアラスカ時間で午後4時52分頃であった。
月も真後にまわり、水平線近くにあるせいか、周囲は、すっかり漆黒の闇と化していた。
18: 2018/12/31(月)17:17 AAS
エドモントンセンターからはアラスカ領空へ移行する地点ポタットでアンカレッジセンターとコンタクトせよとの指示を受けた。
ポタットはアンカレッジの北北東約480浬約890kmの位置にあり北緯67度56分西経141度がその地点である
午後5時5分ごろに、アンカレッジセンターと交信が開始された。
事前に承諾を受けている我々の飛行コースは、ジェット529でフォートユーコンへ直行でネナナへジェット125でトルキートナ、テェィガー経由アンカレッジというコースである。
アンカレッジセンターはトランスポンダーコード(識別番号)を指示すると同時に我々をレーダースコープ上に補足し、トルキートナへの直行を指示して来た。
指示に従って直行コースを取るために、左旋回を開始した。
異変はその直後に発生したのである。
19: 2018/12/31(月)17:19 AAS
旋回方向に何かわからぬが光がある、トルキートナへ向けて、針路を決定し水平飛行に移ると、30度左前方、下方約2000フィート(600m)に航空機の灯火らしきものが、我々と同方向、同速度で移動している 我々の高度は35,000フィート(10600m)速度は900km/hから910km/hであった。
通信の傍受の段階でも、目視の段階でも、今まで発見していなかったので、特別任務の軍用機か、2機の戦闘機ではないかと、あまり気にとめなかった。数分経過したが、依然としてその位置は変らない。
20: 2018/12/31(月)17:20 AAS
気になりだした頃合に為藤ファーストオフィサーが確認のためにアンカレッジセンターを呼び出した、我々の近くを飛行している航空機の情報を知らせよ、アンカレッジセンターからは、北部空域ではほかの航空機はいないとの返答が来た。
おり返し、我々は航空機の灯火を目視していると報じた。
しばらくしてから、軍関係の航空機もいない、又地上のレーダーにも我々の機影以外はないと再度知らせて来た。
又、飛行高度付近に雲はないかと、数度、質問して来た。
下方の山合いに、はり着くような、まばらな雲があるだけで、中層高層にも雲はなく気流も安定していて、きわめて快適な状況であった。
どうもレーザー光線の発達に伴って、雲を利用して影像を描き、それらしい動きをさせることが多くなったらしい、多分コントローラーはその事を心配しているのかも知れない。
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