西遊記 (447レス)
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(2): 三種の神器 2010/09/14(火)21:06 AAS
山   |   )
|   |   |

熊   如   宝
手   意   杖
    棒
2: 2010/09/16(木)19:00 AAS
北大(当時)の中野先生の西遊記考証なんか面白いですよね。
3
(2): 2010/09/17(金)09:01 AAS
どこが面白いとか言ってくれんことには。

中野美代子のエッセイ『龍と博山炉』では龍の頭上の博山を象ったと
言われる(さだかではないが)博山炉の色んなデザインについて
実例をいろいろ挙げているが、それらはみんな、蓬莱山、亀、鳳凰の
3点で構成されているのだが、たしか近東でも、亀の代わりに牛を
入れた、山状の塊、牛、鳥の三点セットの置き物が古代遺跡から
出土してるのが面白かった。
無論と言ってはなんだが、博山炉も近東出土の置き物も、
蓬莱山、亀(牛)、鳳凰の三点が三段重ねになってるんだよな。
恐らく中国のも、近東のも出所は同じだと思うんだが。
省3
4
(1): 2010/09/17(金)10:56 AAS
>>3 口調が上から目線ですねw
私は全くの素人ですが、子供の頃から物語やアニメ等で親しんだ西遊記を扱うスレということで覗いてみました。
中野先生の西遊記の考証で特に印象深いのは…
五行説に当てはめてのキャラクターの展開や、三三蔵の説明を絡めての三蔵法師の人物像の解説などが中心です。
また思うほど直接的ではないもののハヌマーンをはじめ神話・奇譚の影響等も面白く感じました。
書籍もですが、NHKラジオや教育テレビでの講義(?)シリーズなど一般向けのもので親しめました。
またこのスレを時々覗き、中野先生のものに限らず、興味深く感じた書籍など参考にさせて頂きたいと思います。
5: 2010/09/17(金)11:22 AAS
また>>3の方の話題は大変面白かったです。
私は異民族間共通、また異民族間で共通に近いが変形しているイメージ、文化などについても興味深く感じます。
また機会があれば、西遊記に関しても宜しくお願い致します。
6
(1): 2010/09/17(金)12:25 AAS
>>4
上から目線というのは人を見下してるんだけど、俺のは
自分の直観に自信があるってだけ。
俺は本をほんの少ししか読んでないし、教養は無論ないw
7: 2010/09/17(金)12:38 AAS
>>>6「気持ちは上から目線ではない」こと了解しました(私は2、4、5です)。
また機会があれば、興味深い話題を宜しくお願いします。
私も基本的に教養の無い野蛮人ですが、またこのスレを覗いてみたいと思います。
8: 2010/09/17(金)23:20 AAS
西遊記は、日本では『通俗-』により江戸時代から親しまれて来た(昭和35年に完訳本)。
主人公と言える孫悟空について、インドの『ラーマーヤナ』の神猿ハヌマーンを連想する人も多いと思う。
私も高校生の頃までは、孫悟空にはハヌマーンがモロに影響していて、その変形ではないかとさえ思っていた。
しかし、勿論『西遊記』は『ラーマーヤナ』の変形などという単純なものではない。
西遊記には中国民間伝承の奇譚、説話、インド等の海外の神話・伝説等が幾筋もの川となって流れ込んでいるらしい。

(^^)私は門外漢ですが、西遊記の各論の様なものにも多くこのスレで出会えれば、甚だ幸福なことであります。
9
(2): 2010/09/18(土)03:23 AAS
西遊記の三蔵の従者は三人いるけど、これはシェイクスピアの道化が
スライフール、ビターフール、ドライフールの三様に分けられると
いう中橋一夫の説に対応しているのではないか?
シェイクスピアほど鮮明に描き分けてはいないものの、道中記におい
ての三種の道化の存在は西遊記の成立した時期からして、かなりの
独創ではないかな?
もっとも、俺は少年少女向けの『西遊記』しか読んでないんだがw

『浮き世床』では道化は三者以上、登場するが道中物では東海道中
膝栗毛での弥次喜多の2者以外、俺は知らないんだが。
道化と道中は道ということで共通しているが、ユーモアと移動、
省7
10: 2010/09/18(土)03:28 AAS
ギリシャで言う、dithyrambあるいは iambの要素だな。
11: 2010/09/18(土)07:02 AAS
オッスオラ悟空
12
(2): 2010/09/18(土)13:09 AAS
心なしか悟空って天界荒らししたときよりも弱くなってないか?
13: 2010/09/18(土)14:01 AAS
防具ないからな
14: 2010/09/18(土)21:34 AAS
西遊記はみんなそれぞれ役割があるからいいね。
勘違いしてる人たまにいるけど八戒も沙悟浄は決して足手まといじゃないよ。

悟空・・・幅広いコネクション。
八戒・・・ハマると相当強い。水軍出身。
沙悟浄・・・悟空と八戒がカッカしてるときでも氷のように冷静。
15
(1): 2010/09/18(土)23:23 AAS
中島敦の悟浄はものすごく悩んでたなあ
16
(1): 2010/09/19(日)00:03 AAS
>>9
初期の西遊記物語では悟空・八戒だけでてきた可能性が指摘されている
ので、最初から弟子三人という物語のデザインがあったかのような論考には
問題がある。
また、龍の変じた馬も実は弟子であるので、そもそも三蔵の
弟子が三人という設定だという認識でよいのかにも議論の余地がある。

沙悟浄の起源が深沙神であることはほぼ明らかであり、この神に関しては
もともと悟空・八戒とまじわることなく説話として成立していることから、
もともと別系統の物語が融合することで結果として三人になったとみるほうが
自然なように思う。
省6
17: 2010/09/19(日)17:51 AAS
>>12
天界荒らしの時は向かうところ敵無しだったのに、
取経の旅に出たとたん強い敵がゴロゴロ
すぐに困った時の観音頼みw
でもそんな悟空が好きですw

このスレでは平凡社版と岩波版は基本中の基本?
18
(1): 2010/09/19(日)18:35 AAS
>>16
西遊記は何百年もかかって完成した作品だから、その間に内容的な
進化はあったろうね。それがfoolの二人から三人へのバリエーション
拡大かもしれない。

ユーモアのある道中記という点では、日本では成立時期の比較的近い
義経記とのアナロジーを感じる。弁慶の、義経や同輩、追跡する吉野の
僧兵らとのユーモアあるやり取りは「婆娑羅」を思わせる。その点で
孫悟空にも「婆娑羅」を感じる。
そして義経記の中盤以降の義経が精彩を失い、無力な主人と化して
行く点でも、西遊記が、愚かで無力な主人と賢くパワフルな従者という
省19
19
(1): 2010/09/20(月)17:54 AAS
京劇の『西遊記』は非常にアクロバット的、サーカス的で非常に
激しい動きを伴うらしいが、ここに、日本の「能」と違った、本来の
散楽雑技の伝統が生きているのではないか?元来が「立ち回り」の
場面の多い「西遊記」は舞台で演じられることを主眼に置いていた
のかもしれない。
さらには、京劇の『西遊記』では相当にユーモアも強調されている
ようで、三蔵と彼を誘惑する女達との絡みの場面など、大人向けの
寓話と言える。これは道中記であり、日本の道中記は「東海道中膝
栗毛」や同じ作者の「金草」など、ユーモアを強調したものが多い。
勝海舟の父親の自伝も、その大きな部分が少年時代の伊勢詣りの
省18
20
(1): 2010/09/20(月)23:57 AAS
唯一の基本設計があったというきわめて疑わしい前提をまずは捨てるべきかと。

>>18
気宇壮大なのはたいへん結構だが、そもそも何か一つを直系の先祖と
みようとすること自体に根本的な無理があると思う。

異常生誕も悲劇的末路もそこらじゅうにある典型的な英雄譚(共通的すぎて伝播
の順序を辿ることもまず不可能だろうし、今は失われた同類の説話も山ほどある
だろうことが想像に難くない)なわけで、君の挙げた根拠だけでは「共通点
がある」以上のことはとても言えない。

>>19
西遊記の作者は一人ではなく、講談のネタとしてだんだんにふくれあがったもの。
省5
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