[過去ログ] ■■剣道の当たり判定は不自然■■2本目 (1002レス)
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44: 2008/07/12(土)02:50 ID:5NJQU6k3(1/9) AAS
 >>38
>「不自然だ」というには、「何が剣道にとって自然か/合理的か」を先に考えなくちゃ
>評価を下しようがないだろ?当たり前だが
ああそういう理屈か。
剣道擁護はやっぱ頭が悪い。
剣道にとって、剣道のルールが不自然なわけないだろw

>で、否定派に対して「ところで君らはどうして実戦的でなくてはならないと思うんだい?」と
>たずねているわけ
別に剣道が実戦的である必要はないだろ?
このスレの命題は、剣道のルールは、実戦を想定した場合は「不自然」であり「不合理」である
省3
46
(2): 2008/07/12(土)02:57 ID:5NJQU6k3(2/9) AAS
>>42
剣道のルールなり精神?は剣道をやっている人間にのみ通用する話であって、
一般的な武道、武術の世界から見れば取るに足らない理屈だってことなんだよ。
心ある人はそれを嘆いているわけ。

>そんなお前らに武道や精神の話が理解できる訳がない
>だから馬鹿と一蹴されて終了する
>誰もが極めて合理的な判断をしているわけだ
つーか、剣道という狭い世界でしか通用しない「変態的な精神」なんか理解する必要ないってw
首を捻って一本を交わすとか、精神が歪むだけ。

前スレで、剣道は実戦的とか真剣なら〜とか剣道厨がいたが全部デタラメだったろ?
省2
54
(6): 2008/07/12(土)04:06 ID:5NJQU6k3(3/9) AAS
>>48-49
これが武術の世界だ。
心して読めよ。

大義塾塾長 中村藤雄(剣道日本2008年六月号より抜粋)
中村博道、持田盛二、森寅雄に師事。亀井一郎範師、小林英雄範師、篠塚増穂範師、
宮崎正裕教師に技を伝えた。

中山(博道)先生は父の道場で「おい藤雄君。」と言って、私に足捌き、体捌きを教えた。
〜中略〜相手が打って来る時は、左右いずれかに開いて打つ。〜中略〜
「決して相手の刃の下に立つな。刃の下に立つと、かわしたつもりでも肩を切られる。
相手の刃は肩の外で空を切るようで無ければいかん。」と言って、
省9
63: 2008/07/12(土)17:43 ID:5NJQU6k3(4/9) AAS
>>57
やっぱ剣道厨だわな。
現実が見れないんだから。それで現実を提示されるとファビョルw
厨が理解できるまで一般的な武道・武術の世界を提示しよう。

大義塾塾長 中村藤雄(剣道日本2008年六月号より抜粋)
中村博道、持田盛二、森寅雄に師事。亀井一郎範師、小林英雄範師、篠塚増穂範師、
宮崎正裕教師に技を伝えた。

中山(博道)先生は父の道場で「おい藤雄君。」と言って、私に足捌き、体捌きを教えた。
〜中略〜相手が打って来る時は、左右いずれかに開いて打つ。〜中略〜
「決して相手の刃の下に立つな。刃の下に立つと、かわしたつもりでも肩を切られる。
省10
65
(2): 2008/07/12(土)17:49 ID:5NJQU6k3(5/9) AAS
>>57
剣道というものは剣術から生まれたもので、真剣を扱うという「精神」が根底にあるわけだ。
だから件のように、剣道でも実戦を想定しての足捌き、体捌きを教わる。
これがその部分。

>中山(博道)先生は父の道場で「おい藤雄君。」と言って、私に足捌き、体捌きを教えた。
>〜中略〜相手が打って来る時は、左右いずれかに開いて打つ。〜中略〜
>「決して相手の刃の下に立つな。刃の下に立つと、かわしたつもりでも肩を切られる。
>相手の刃は肩の外で空を切るようで無ければいかん。」と言って、
>打って出る私の竹刀を半歩右に開いて私の左半面をポンと叩く。〜中略

ここでは剣道のルールに現れない部分、すなわち「精神」を教えているわけ。
省2
67: 2008/07/12(土)17:55 ID:5NJQU6k3(6/9) AAS
>>57
剣道が真剣を扱う剣術から派生したことは「一般常識」と言ってよいだろう。
それ以外の答えはないのだから。
剣道厨は厨ゆえにそれがわからない。

だからこういうことを書いてしまう。
>さっさと「実戦を想定すれば」と限定した趣旨の発言指定アンカーと文字通り
>「一般的武道、武術の世界」の説明よろしく。「一般的」って言葉の意味が
>分からないなら辞書引いてこい。

まともな剣士であれば、先生の言わんとすることは理解できるはず。
スポーツ化した剣道をみて「精神がなくなった」と嘆いているわけだ。
省3
73
(3): 2008/07/12(土)18:39 ID:5NJQU6k3(7/9) AAS
>>68
まさにそこなんだよね。
剣の術理とか理合いというのものは、ルーツを同じくする剣道でも多くは通じるのだが
現代剣道は、そういうものを意図的に排除して、内にこもっている面が強い。
排他的なんだな。

歴史も伝統も理合いも関係なく、「ごく一部の人間」の作った価値観を金科玉条の
ごとく信仰している剣道は、中村先生の言を持ち出すまでもなく剣の理合いに触れた
立場からみれば滑稽にしか見えないものなんだが。
75: 2008/07/12(土)18:48 ID:5NJQU6k3(8/9) AAS
>>71
柔道についてはその通りだと思う。
さらに多くの人が剣道に感じている違和感も同じ理屈と思えばいい。

柔道における「死に体」というのは、相手の技が効いた時点で死んでいるのだから
その後の反撃は認めない。
という「精神」なわけだ。
だが、外人にはその「精神」が理解できない。
「死に体」が理解できないから、外人の理屈では、体が動くなら反撃は認められるべきであろう
ということになる。

よって柔道の国際ルールは変わって、どんな状態であろうと最後に背中をついたほうが負け
省5
78: 2008/07/12(土)19:00 ID:5NJQU6k3(9/9) AAS
>>72
>素肌剣術で相手を崩す最初の一撃として相手の顔面を斬り付ける攻撃が
>真剣勝負で非常に有効であったから、というのが理由といわれている。
  ↑
ちなみにこの理屈は都市伝説ね。
顔面というのは反射的に防御しやすく、的としても小さく、致命傷になり難い。
また、真剣は折れやすいので崩すなんて手間隙をかけずに、初撃から致命傷を狙う。
よって古流の剣術では、袈裟切りが基本になるわけ。

首筋には頚動脈が走っているから、1センチでも刃先が当たれば致命傷。
また、外れたとしても肩に当たれば相手の戦闘力を削ぐことができる。
省4
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