◆三島由紀夫の遺訓◆ (514レス)
◆三島由紀夫の遺訓◆ http://egg.5ch.net/test/read.cgi/rongo/1296353789/
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37: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2011/02/02(水) 12:25:16 ID:vk9kF/RH 言ひ古されたことだが、一歩日本の外に出ると、多かれ少かれ、日本人は愛国者になる。先ごろハンブルクの 港見物をしてゐたら、灰色にかすむ港口から、巨大な黒い貨物船が、船尾に日の丸の旗をひるがへして、威風堂々と 入つて来るのを見た。私は感激措くあたはず、夢中でハンカチをふりまはしたが、日本船からは別に応答もなく、 まはりのドイツ人からうろんな目でながめられるにとどまつた。 これは実に単純な感情で、とやかう分析できるものではない。もちろん貨物船が巨大であつたことも大いに私を 満足させたのであつて、それがちつぽけな貧相な船であつたとしたら、私のハンカチのふり方も、多少内輪に なつたことであらう。また、北ヨーロッパの陰鬱な空の下では、日の丸の鮮かさは無類であつて、日本人の素朴な 明るい心情が、そこから光りを放つてゐるやうだつた。 それでは私もその「素朴な明るい」日本人の一人かといふと、はなはだ疑はしい。私はひねくれ者のヘソ曲りであるし、 私の心情は時折明るさから程遠い。それは私が好んでひねくれてゐるのであり、好んで心情を暗くしてゐるのである。 三島由紀夫「日本人の誇り」より http://egg.5ch.net/test/read.cgi/rongo/1296353789/37
38: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2011/02/02(水) 12:30:41 ID:vk9kF/RH これにもいろいろ複雑な事情があるが、小説家が外部世界の鏡にならうとすれば、そんなにいつも「素朴で明るい」 人間であるわけには行かない。しかし異国の港にひるがへる日の丸の旗を見ると、 「ああ、おれもいざとなればあそこへ帰れるのだな」 といふ安心感を持つことができる。いくらインテリぶつたつて、いくら芸術家ぶつたつて、いくら世界苦 (ヴエルトシユメルツ)にさいなまれてゐるふりをしたつて、結局、いつかは、あの明るさ、単純さ、素朴さと清明へ 帰ることができるんだな、と考へる。 いざとなればそこへ帰れるといふ安心感は、私の思想から徹底性を失はせてゐるかもしれない。しかしそんなことは どうでもよいことだ。私は巣を持たない鳥であるよりも、巣を持つた鳥であるはうがよい。第一、どうあがいた ところで、小説家として私の使つてゐる言葉は、日本語といふ歴然たる「巣鳥の言葉」である。 「いざとなればそこへ帰れる」といふことは、同時に、帰らない自由をも意味する。ここが大切なところだ。 帰る時期は各人の自由なのであつて、「いざとなれば帰れる」といふ安心感があればこそ、一生帰らない日本人が ゐるのもふしぎはない。 三島由紀夫「日本人の誇り」より http://egg.5ch.net/test/read.cgi/rongo/1296353789/38
39: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2011/02/02(水) 12:33:26 ID:vk9kF/RH 私はこの安心感を大切にするのと同じぐらゐに、帰る時期と、帰る意思の自由とを大切にする。人に言はれて 帰るのはイヤだし、まして人のマネをして帰つたり、人に気兼ねして帰るのもイヤだ。すべての「日本へ帰れ」と いふ叫びは、余計なお節介といふべきであり、私はあらゆる文化政策的な見地を嫌悪する。日本人が「ドイツへ帰れ」と 言はれたつて、はじめから無理なのであつて、どうせ帰るところは日本しかないのである。 私は十一世紀に源氏物語のやうな小説が書かれたことを、日本人として誇りに思ふ。中世の能楽を誇りに思ふ。 それから武士道のもつとも純粋な部分を誇りに思ふ。日露戦争当時の日本軍人の高潔な心情と、今次大戦の特攻隊を 誇りに思ふ。すべての日本人の繊細優美な感受性と、勇敢な気性との、たぐひ稀な結合を誇りに思ふ。この相反する 二つのものが、かくもみごとに一つの人格に統合された民族は稀である。…… しかし、右のやうな選択は、あくまで私個人の選択であつて、日本人の誇りの内容が命令され、統一され、 押しつけられることを私は好まない。 三島由紀夫「日本人の誇り」より http://egg.5ch.net/test/read.cgi/rongo/1296353789/39
40: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2011/02/02(水) 12:35:48 ID:vk9kF/RH 実のところ、一国の文化の特質といふものは、最善の部分にも最悪の部分にも、同じ割合であらはれるものであつて、 犯罪その他の暗黒面においてすら、この繊細な感受性と勇敢な気性との結合が、往々にして見られるのだ。 われわれの誇りとするところのものの構成要素は、しばしば、われわれの恥とするところのものの構成要素と 同じなのである。きはめて自意識の強い国民である日本人が、恥と誇りとの間をヒステリックに往復するのは、 理由のないことではない。 だからまた、私は、日本人の感情に溺れやすい気質、熱狂的な気質を誇りに思ふ。決して自己に満足しない たえざる焦燥と、その焦燥に負けない楽天性とを誇りに思ふ。日本人がノイローゼにかかりにくいことを誇りに思ふ。 どこかになほ、ノーブル・サベッジ(高貴なる野蛮人)の面影を残してゐることを誇りに思ふ。そして、たえず 劣等感に責められるほどに鋭敏なその自意識を誇りに思ふ。 そしてこれらことごとくを日本人の恥と思ふ日本人がゐても、そんなことは一向に構はないのである。 三島由紀夫「日本人の誇り」より http://egg.5ch.net/test/read.cgi/rongo/1296353789/40
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