◆三島由紀夫の遺訓◆ (514レス)
上下前次1-新
抽出解除 必死チェッカー(本家) (べ) 自ID レス栞 あぼーん
リロード規制です。10分ほどで解除するので、他のブラウザへ避難してください。
134: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2011/02/14(月)12:38 ID:PWfHU2J0(1/4)
はつきり言へることは、近代戦のもつとも凄壮な様相が如実に描かれてゐる点で、又、ただ僥倖としか思へない事情で
生き永らへた証人によつて、人間の「滅尽争」Vernichteter Kampf がはつきり描かれてゐる点で、これは世界に
比類のない本だといふことである。この本は実にありえないやうな偶然(すなはち証人の生存)によつて書かれた
ものであるから、これ以上の文学的贅沢などを求めるのは全く無意味である。
私の貧しい感想が、この本に何一つ加へるものがないことを知りながら、次の三点について読者の注意を促して
おくことは無駄ではあるまいと思ふ。
第一は、もつとも苛烈な状況に置かれたときの人間精神の、高さと美しさの、この本が最上の証言をなしてゐる
ことである。玉砕寸前の戦場において、自分の腕を切つてその血を戦友の渇を医やさうとし、自分の死肉を以て
戦友の飢を救はうとする心、その戦友愛以上の崇高な心情が、この世にあらうとは思はれない。日本は戦争に
敗れたけれども、人間精神の極限的な志向に、一つの高い階梯を加へることができたのである。
三島由紀夫「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より
135: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2011/02/14(月)12:40 ID:PWfHU2J0(2/4)
第二は、著者自身についてのことであるが、人間の生命力といふもののふしぎである。
舩坂氏の生命力は、もちろん強靭な精神力に支へられてのことであるが、すべての科学的常識を超越してゐる。
あらゆる条件が氏に死を課してゐると同時に、あらゆる条件が氏に生を課してゐた。まるで氏は、神によつて
このふしぎな実験の材料に選ばれたかのやうだ。氏は、水も食もない戦場で、左大腿部裂傷、左上膊部貫通銃創二ヶ所、
頭部打撲傷、右肩捻挫、左腹部盲管銃創、さらに左頸部盲管銃創といふ致命傷を受け、一旦あきらかに戦死したのち、
三日目に米軍野戦病院で蘇り、さらにペリリュー収容所で、敵機を破壊しようと闘魂を燃やす。
しかも氏が生を無視しようとすればするほど、死もあとずさりをするのである。もちろん、氏に課せられた死の条件が
十であるとすれば、その条件がたとひ一であり二であつた人も、一方では現実に命を失つてゆく。それは意志とも、
あるひは勇気とも関はりがない。氏の勇猛果敢が、氏の命を救つたすべての理由であつたといふわけではない。
三島由紀夫「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より
136: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2011/02/14(月)12:42 ID:PWfHU2J0(3/4)
体力、精神力、知力に恵まれてゐたことが、氏を生命の岸へ呼び戻した何十パーセントの要素であつたことは
疑ひがないが、のこりの何十パーセントは、氏が持つてゐたあらゆる有利な属性とも何ら関はりがないのである。
それでは、ひたすら生きようといふ意志が氏を生かしてゐたか、といふと、それも当らない。氏は一旦、はつきりと
自決の決意を固めてゐたからである。
氏が拾つた命は、神の戯れとしか云ひやうがないものであつた。その神秘に目ざめ、且つ戦後の二十年間に、
その神秘に徐々に飽きてきたときに、氏の中には、自分の行為と、行為を推進した情熱とが、単なる僥倖としての
生以上の何かを意味してゐたにちがひない、といふ痛切な喚起が生じた。その意味を信じなければ、現在の生命の
意味も失はれるといふぎりぎりの心境にあつて、この本が書き出されたとき、「本を書く」といふことも亦、一つの
行為であり、生命力の一つのあらはれであるといふことに気づくとは、何といふ逆説だらう。氏はかう書いてゐる。
「彼ら(英霊)はその報告書として私を生かしてくれたのだと感じた」
三島由紀夫「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より
137: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2011/02/14(月)12:43 ID:PWfHU2J0(4/4)
第三には、これは私自身にとつても大切な問題だが、「見る」といふことの異様な価値である。
行為のさなかでも見ることをやめない人間が、お互ひに「見、見られること」を根絶しようとして戦ふのが、
戦争といふものであるらしい。敵をもはや「見ること」のない存在、すなはち屍体に還元せしめようとするのが、
戦ひの本質である。氏がつひに生きのびたといふことは、氏が戦ひに勝つたといふことであり、自分の目と、
自分の見たものとを保持したといふことである。そして氏の見たものは、他に一人も証人のゐない地獄であると
同時に、絶巓における人間の美であつた。
そして目が見たものは、言葉でしか伝へやうがない。そこに言葉の世界がはじまり、文学の根元的な問題がはじまる。
言葉が、徐々に、しのびやかに、執拗に、とどまるところを知らぬ動きをはじめるのである。……
三島由紀夫「序 舩坂弘著『英霊の絶叫』」より
上下前次1-新書関写板覧索設栞歴
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル
ぬこの手 ぬこTOP 0.025s