河出書房の奇想/国書刊行会の冒険/晶文社の追悼 7 (783レス)
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(1): 名無しは無慈悲な夜の女王 [sage] 2024/03/26(火) 13:03:20.56 ID:EuOda/ye(1) AAS
>>621
> 教育を受けてない子供文体に工夫してる柴田訳も新訳が読みにくい例としてはおかしい

日本語の場合、箸、橋、端みたく同音の単語が多いため、かなが多過ぎると文章にメリハリが無くなり読みにくくなる。
たとえば、一休さんの「このはしをわたるべからず」みたく、複数の意味が生じてしまうようなパターンや、どの漢字に相当する単語なのかがパッと分からず戸惑ってしまったりで、文章を滑らかに読めず引っかかる部分が増えてしまうため、読みにくい文章だと感じる人が増えてしまうことになる。

ふつうの大人なら、次のように漢字を使った文章の方が読みやすいという人は多いと思う。

「トム・ソーヤーの冒険」 ていう本を読んでない人は、オレのこと知らないわけだけど、それは別にかまわない。
あれはマーク・トウェインさんていう人が作った本で、まあ大体はホントのことが書いてある。ところどころ誇張したとこもあるけど、大体はホントのことが書いてある。別にそれくらいなんでもない。
誰だってどこかで、一度や二度はウソつくものだから。まあポリーおばさんとか未亡人とか、それとメアリなんかは別かもしれないけど。ポリーおばさん、つまりトムのポリーおばさん、あとメアリやダグラス未亡人のことも、みんなその本に書いてある。で、その本は、大体はホントのことが書いてあるんだ。さっき言ったとおり、ところどころ誇張もあるんだけど。

と、ここまで書いて――
あれ? 621の発言は、「(「未來のイヴ」の齋藤訳が意図的な古めかしい訳文というのなら)子供文体に工夫してる柴田訳も新訳が読みにくい例としてはおかしい」という意味かな? と思い至ったので追加しておくと――

もう紙幅(発言文字数)が足りないのでザックリ話をすると、平安時代からつづく歴史的かな遣いで国語教育を受けた世代は、子供のころから総ルビで難しい漢字を読んでいた世代なので、日本語の語彙力が(戦後教育の世代より)圧倒的に勝っている。
そういう意味では、新訳というのは訳文のラノベ化みたいなことにもなっていて、「我輩は猫である」を「ぼくは猫です」みたいに訳しているような空しさを感じてしまうところもある。
また、色々と新訳のおかしな実例も挙げたいところだけど、文字制限でそこまで書けないため今回はここまで。
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(1): 名無しは無慈悲な夜の女王 [sage] 2024/03/27(水) 01:40:58.37 ID:ltgatgjP(1) AAS
>>622
後半、説明になってませんよ

あと、あなたはずっとそうだけど、まず最初から日本語の作品と海外翻訳を一緒にして考えるをいい加減にやめませんか?
今では普通は使わない言葉や言い回しが翻訳に使われてるのは「時代錯誤」であって「語彙が豊富」ではない(原作者の考えじゃないんだから)
旧訳ファンは好きならそれを読んでればいいが、新規読者を無意味に狭める読みにくい要素はない方が良い
実際に『未来のイヴ』には、齋藤訳を敬遠していたという感想がある(好きな人がいることよりも、そっちが問題)

日本文学を例えに使ってる時点で変なんだけど、補足
漱石が尊大さと滑稽さを意図して使わせてる「吾輩」と、訳者が元の一人称に無いニュアンスを加えた「吾輩」では意味が違う
「I am a cat」の訳だとしたら、「吾輩」の方が訳者が勝負に出たなという感じで、やりすぎの恐れもある
実際に「吾輩」をプレーンな「私」にした改訳の『泰平ヨン』の方が、ユーモアと時にシリアスなSFアイディアのぶつかり合いをしっかりと楽しめる
語り手の立ち位置を考えたら「吾輩」より相応しいのではと、「小生」に変えた『ほら吹き男爵』の新訳では、イメージが変わるので「この人物ならこの場面でこう話しそう」と読者が気にいった方を選べばいい
だけど、どんどん新訳が出されなければ、そもそも選べないのよ
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