モバP「終わりと始まり」 (27レス)
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抽出解除 必死チェッカー(簡易版) レス栞 あぼーん

15: [] 2024/09/23(月) 23:53:06.58 ID:uOlWpvdA0(1/6) AAS
 この日のスタンドは満員だった。普段は閉まっているバックスクリーンの真下の席まで開放するという大盤振る舞いをするほどだった。しかしー

「……ほんまに近鉄ファンやった人、何人おるんやろ」

 ーものの見事に一見ばかりだった。何しろ近くの席から「ブライアントは見られるかな」なんて声が聞こえてくる始末である。10年前に引退しとるわボケ。それだけ近鉄というチームに、誰も興味が無かったということなんだろう。
 不意に左肩を叩かれる。目を向けると親子連れがいた。30代ぐらいの父親と、小学校に入るか入らないかぐらいの娘。
16: [] 2024/09/23(月) 23:54:07.79 ID:uOlWpvdA0(2/6) AAS
「ここ、いいかな」
 
 ああすみませんいつもの癖で、なんて言い訳をして荷物をどけた。普段から大阪ドームに来ている身には、隣に人が来るなんてことの方が珍しい話だったのだ。
 荷物をどけていると、女の子が話しかけてきた。いつの間にか父親の方はいなくなっている。
17: [] 2024/09/23(月) 23:54:37.39 ID:uOlWpvdA0(3/6) AAS
「おにいちゃん、なんでそがんとこに荷物ば置きよったと?邪魔やん」
「……君は近鉄の応援しに来たことあるん?」
「ううん、あたしキャッツファンやけん」
「キャッツみたいに人気あってファンも多くて球団消滅なんて目に遭うはずがないところのファンには分からんやろけどな、普段はこの球場誰もこーへんねん。荷物横に置けるぐらいガラガラなのがいつものことやったんや。せやから普段の癖で横においてたんや。気ぃ悪くしてごめんな」
「……」

 思ったよりきつい言い方になってしまった。こんな小さな子相手に大人げない。
18: [] 2024/09/23(月) 23:55:15.12 ID:uOlWpvdA0(4/6) AAS
「きんてつ、無くなると?」
「そこからかいな……せやねん、近鉄は今年で無くなる。うちらは好きなチームが無くなるんや。今日は近鉄がホームでやる最後の試合やからこんなに人が来とるんやろ、大半は強かった時にしか来んかった薄情者ばっかやろけどな」
「別に無くなるのはよかばってん、何で無くなると?ファンおらんと?」
「何抜かしよるんじゃボケ!」

 まずいと思った。目の前の女の子は完全に怖がっていて、泣きそうにさえなっている。だが、もう止まらない。

「経営は確かにあかんかった、せやけど楽天とかライブドアに身売りするとかなんぼでも手段はあった!それを合併とか抜かしよったんや!自分、生まれてからずっと好きやったチーム無くなる気持ち分かるんか?なぁ!ほんで球界再編とか言うてプロ野球そのものを潰そうとしよったのも自分ところのオーナーやろが!結局2リーグ制維持にしか興味無かったくせに味方面しよる選手会も同罪やがな!」
「……ごめんなさい」
「……こっちもごめん、熱くなりすぎた。別に今更近鉄ファンになってくれなんてよう言わんけど、せめて試合観て楽しんでくれたら嬉しいわ。どうでもいいチームなんてないんやからな」
19: [] 2024/09/23(月) 23:58:08.63 ID:uOlWpvdA0(5/6) AAS
 20年前のあの日。横のお兄さんにこっぴどく怒られたあたしは、お父さんに泣きついてーもっとこっぴどく怒られた。今にして思えば当たり前のことなんだけど、当時キャッツが全てだったあたしには本当にショックだった。
 なかば無理矢理に礒部公一のユニフォームを着せられたあたしだったけど、試合が始まるとびっくりした。
 ファンの熱気がすごい。赤く染まったスタンド全体が近鉄の選手に歓声を送り、メガホンや応援バットがこれでもかってぐらい叩かれる。近鉄の選手がヒットを打てば地鳴りみたいな歓声が湧いて、三振を取れば優勝したみたいな拍手。

「どうや?近鉄もええもんやろ?」

 そう聞いてくるお兄さんに、あたしは大きく頷いた。それを見たお兄さんは、とても寂しそうに笑った。
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(1): [] 2024/09/23(月) 23:58:43.28 ID:uOlWpvdA0(6/6) AAS
 試合はあっという間に進んでいった。あたしはお兄さんと一緒に同点犠牲フライに叫んだり、ヒットにはしゃいだり、奪三振に喝采を送ったりした。ほんの短い時間だったけど、にわかだったけど、あの日のあたしは間違いなく近鉄ファンだった。
 11回の裏、近鉄がサヨナラ勝ちを収めたその後で、お兄さんが声をかけてきた。

「楽しかったか?」
「うん!」
「そら良かった。今日のこと、できれば忘れんといて欲しいな。よかったらお兄さんと約束してくれるか?」
「うん!わすれないよ!いつかまたあおうね!」

 お父さんとの写真を撮って貰って別れた。無邪気に「またいつか会える」なんて思いながら。
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