[過去ログ] 海未「走れ園田」 (72レス)
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1: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:25:24.59 ID:ZKVDH3CE0(1/12) AAS
園田は激怒した。

必ず、恋の詩を書かねばならぬと決意した。

園田には恋愛がわからぬ。

園田は、女子高校の学生である。弓を射て、幼馴染の女性と遊んで暮して来た。

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33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/11(火) 02:14:36.74 ID:yZ4uaytX0(1) AAS
苗字表記なのが文体と相まって尚更シリアスな笑いを呼ぶ
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/11(火) 02:47:14.05 ID:0nJWusw2O携(1) AAS
園田って字面だけでだいぶ笑えてくる
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/11(火) 09:51:55.25 ID:nJeEiqWdO携(1) AAS
文学なのかラブコメなのかシュールギャグなのか……
とりあえず面白い、走る園田に期待
36: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 01:59:55.38 ID:30oXVwbn0(1/9) AAS
嗚呼、これでは共倒れだ。そもそも東條もまた、恋を知らぬ人間ではないか。

園田は初日から自分の計画が画餅に帰したことに肩を落とした。

何事においても、持たざる者同士の議論ほど、滑稽で的を射ぬものもない。

そもそも其処には的すら無く、実践に即さぬ虚言という名の矢で互いを傷つけるに終始するのが常である。

園田は沈黙の破り方を考えあぐねた。

このまま人生相談になっては困る。そんなものはお互いの自己満足に過ぎない。

が、先に口を開いたのは東條であった。

「海未ちゃんが恋を知りたいなんて驚きや……でもごめんな、ウチにもよく分からないんよ」

「ええっと……言いにくいですけど、希が何も分からないのは承知してました」

「ええっ、ウチに相談しに来たと違うん」

「すみません、話には来たんですけど、なんだか順序をまちがえて……
 いや、順序じゃなくて、目的そのものが……
 ああっ、申し訳ない、これでは、もう、だめです、はぁっ」

「一旦落ちつき」

「はぁ、はい」

「紅茶、もう一杯、どうぞ」

「はい、頂きます、すみません」

カップにトクトクとと琥珀色の紅茶が注がれた。

東條の顔は落ち着きを取り戻していた。

園田が空回りしている姿に微笑ましさを覚え、緊張が解けたのだろう。

対して、園田は首をうなだれて視線を下に向け、フローリングの木目を目で追いかけていた。

年輪が刻んだ焦茶の模様をジグザグと目で辿ると、ますます心拍が乱れた。

嗚呼、ばつが悪い。園田は今すぐ玄関に向かって走り出したかった。
37: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:00:30.73 ID:30oXVwbn0(2/9) AAS
「海未ちゃん、下ばっかり向いてないで、顔あげてよ」

「あがりません……」

「何しに来たん、もうっ」

「いいんです、私は駄目な人間です」

「そんなに落ち込まんでも……」

「……少し待ってください、ああ、それにしても面目ないです、家にまで押しかけて、こんな醜態を晒して」

「ふふっ……海未ちゃん、海未ちゃん……」

「何です……」

「ウチ、海未ちゃんに恋しちゃったかもなぁ」

「えっ」

「海未ちゃん、可愛いもん、そりゃ好きになっちゃうわ」

「からかわないでくださいっ、私は真剣なんですっ」

「ほらっ……顔上げてくれた」

「あっ……」

「ふふっ」

「ずるいです、ずるいですよ」

「さっ、海未ちゃんもこっち向いてくれたし……ウチも真剣に聞くから、全部喋って欲しいなぁ」

「そんな、本当に、いいでしょうか。私がこの一日で考えたことです。味も素っ気もないですよ」

「もー、海未ちゃんがなに思ってるんか、ウチも聞きたくてしょうがないの」

「そうですか……ではまず、経緯から……」
38: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:01:12.60 ID:30oXVwbn0(3/9) AAS
こうして、日が落ちるまで、東條宅で会話を続け、それから家に戻った。

園田は寝室でこの日を回想した。

あの後、話は続いた。これ以上の収穫が無いことは承知していたが、単に会話自体が愉しかったのである。

園田は自分の倫理、道徳、観念、あらゆる心境を心血を注ぎ東條に与えた。

東條は真摯に応えた。その返答の一つ一つが園田を感興、籠絡させた。

東條の返答に付随し、園田の興味深い種々の疑問が生命を持ち始めた。

嗚呼、なんと愉しいのだ!園田は感動していた。血が湧き上がっていた。

東條との会話は相互間のコミューンと云うより、むしろ自己の中の思考を清算し、潤滑させる油であった。

東條の的確な反証、肯定、それら全てによって、園田の中の無秩序な斑点が星座と成ってゆく。

自分の持つものが、意味を獲得する!その過程に園田は心から悦楽を覚えた。
39: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:03:01.93 ID:30oXVwbn0(4/9) AAS
だが、哀しいことに生産性はなかった。園田の心内の整理は行えたが、新たな情報は得れなかった。

無益ではなかったが、自分の住む町の裏路地を教えられたようなものである。

園田はもっと遠いところを目指していた。

結局、それも恋を知らぬ者同士の会話から生まれる限界なのである。

海面に映る月を掬い上げるが如き愚行であった。

例え手に入らぬとしても、月を求めるものは空を見上げねばならぬ。

園田は自分の不甲斐無さを噛みしめた。

然れども、全く何も無かった、ということもなかった。

御馳走になった中国茶のキームンだろうか?あれはよかった、と思った。

ふと、園田は自分も茶を淹れてみたくなり、ベッドから立ち上がった。

東條から貰ったパックを鞄から取り出し、台所で湯を沸かし、勝手も分からずいい加減に作ってみた。

しかし、口にすると、御馳走されたものと比べ、ひどく香りが死んでいるのがわかった。

ああ、この、へたくそめ、なんてもったいないことを、と園田は自分を詰った。

今度は上手くやりたい、紅茶の淹れ方を教わりに、いつかもう一度、東條の家を訪れよう。

そう思ってから、園田は、友人に会う理由を欲しがっていたことに気が付き、独り笑った。
40: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:03:35.38 ID:30oXVwbn0(5/9) AAS
寝る前に、園田は今日の事をノートに書きつけた。

恋そのものは見つからなかった。

だが、恋の反例を見つけるという意味では、僅かながらも真相には近づけた、と思った。

 恋は友情ではないようです。

 私の理解では、恋は愛から生まれ、より深い愛を求める感情のはずです。

 でもやっぱり、お互いの立場がすでに固まってしまっている友情とは、すこし違う様な気がします。

 ただ、遠くもありません。些か衝動に欠けているだけで、友情から転じる恋もあるでしょう。

 友情と恋は、どうやら延長線上ではなく、平行線上にあるようです。

 それに、友情を恋にするのは少々もったいなくも思えます。これはこれでかけがえのない関係でしょう。

園田は予め頭の中で何を書くか決めていたわけでもなかった。

ただ、新たな事実に気が付きながら、それを紙に書きつけた。

こういう僥倖があるから、何時も日記をつけるようにしていた。

そして、否定の形から入ったとはいえ、今日は今日で、恋に近づけた気がした。

あながち無駄な日でもなかった。東條に感謝の意を込めて、園田は眠った。
41: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:04:20.49 ID:30oXVwbn0(6/9) AAS
二日目の朝であった。明日までに恋の秘を明かさねばならなかった。

ともかく、時間が押している。園田は次に訪れるべき友人を考えた。

高坂、南の二人は、共に過ごした時間も長く、あまりに親しすぎた。

単純に、彼女たちから新しい何かが見つかる自信が無かった。

そうなると、小泉、星空、西木野、絢瀬。

結局、都合がついたのが小泉だけであった。

何にせよ、園田にとっては自分の埒も無い空論に付き合ってくれる者がいただけで、有り難かった。

彼女の貴重な時間を拝借する事に手を合わせる気持ちで、家を出た。
42: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:05:31.71 ID:30oXVwbn0(7/9) AAS
小泉の希望で、待ち合わせ場所は秋葉原駅、ガンダムカフェと云うところの前だった。

園田は雑踏は好まなかったが、友人の希望とあらば断わるほどのものでもない。

時間のはずだが小泉はいなかった。刻限に疎い性格でもないはずだったので不審に思った。

園田が視線を回すと、少し遠くに黄色のパーカーを着た小泉が見つかった。

小泉の目の前には屈強な、筋骨隆々とした男性が、ひとり、ふたりいた。

小泉は腕を曲げたり回したり、カクカクと動き、彼らに対して奇怪な動きをしていた。

園田が見るに、明らかに、その姿は恐怖に震えていた。

この輩!園田は怒髪衝天し、気が付くと小泉の方に向けて走り出していた。

小泉を抱えるように男たちの前に躍り出て、鋭い目を向けた。

「花陽、大丈夫ですか、どうしました!」

「あっ!海未ちゃん、助けてよぉ……」

「なんと、殿方がよってたかって、こんな女性を!恥を知りなさい!」

「ええっ……なんか違うよ、海未ちゃん、英語できる?」

「えっ」

「えっと、英語……」

「どういうことですか」

「この人たち、道に迷ってるみたいだけど、英語で話しかけてくるからわかんないの、うわぁん」

「ははっ……左様ですか」
43: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:06:47.64 ID:30oXVwbn0(8/9) AAS
園田は昨日に続き、又もや醜態を晒した己を恥じた。

園田は近頃、どうも自分で思っていたより自分は冷静な人間でないのでは、と考えるようになっていた。

そうすると、過去の振る舞いを回顧して、ますます慙愧に堪えなくなるのであった。これではほんとうの馬鹿ではないか!

さて、園田がぽかんとしている内に、二人の外国人は怒鳴られたことに怯えてどこかに消えてしまった。

嗚呼、異邦人たちよ、誠に申し訳ない。

私という卑俗な人間を目の当たりにしても、どうか日本を嫌いにならないで頂きたい。

園田は心の中で必死に陳謝した。念のため「I'm sorry」とも心の中で呟いた。

小泉は感謝の旨を述べたが、それもこの上傷口に塩を擦り込まれる思いだった。
44: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:14:09.37 ID:30oXVwbn0(9/9) AAS
今回はここまで
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(1): VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/13(木) 02:23:00.36 ID:NV91PEd4O携(1) AAS


小泉と言われてもピンとこねーんだ
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/13(木) 08:20:05.26 ID:/A8yRhGQo(1) AAS
>>45
泉ピン子かと
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/13(木) 11:25:51.06 ID:bQL1EMHyO携(1) AAS
めっちゃ乙
48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/13(木) 12:01:50.63 ID:GZq60CBfO携(1) AAS
園田ちょっと走った!
49: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:14:46.48 ID:0bPObFrQ0(1/12) AAS
「どうして今日は秋葉原なんです」

園田は尋ねた。

「今日はもともと一人で来るはずだったの、でも海未ちゃんが声かけてくれたから、一緒に行こうかなぁって」

「成程、つまり、私は実は花陽を誘ったのではなく、花陽に誘われたんですね」

「ええっ、そうなるのかなぁ」

「いえ、すみません、どっちでも構いませんね。さぁ、今日は楽しみましょう」

「そうだね、うん」

園田はひとまず安堵した。

先ほどは取り乱したが、小泉と二人でいる限りはとりわけ難事は起こるまい、と。
50: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:16:15.72 ID:0bPObFrQ0(2/12) AAS
園田は小泉の横、正確にはやや斜め後ろに位置しながら、道路を闊歩した。

人波は、氾濫した川の如く横断歩道で堰き止められ、頭上のランプが青に切り替わると決壊したように溢れ出し、再び動き出した。

秋葉原と云う町は、或る種では狂瀾怒濤の町。ここでは全てが溶質として受容され、溶融し、それ自体が溶媒となる。

だが、或る種では平穏な桃源洞裡。この町では秩序を定めるのが法ではなく、訪れる人々の目的意識によるものであろう。

群衆は無秩序に見える。然れども、彼らは確かに、何かを渇望し、そのために此処を訪れている。その意味で彼らは結束しているのだ。

玉石混交というより、此処は大きな掃き溜めだ。虐げられた文化たちの埋め立て地。だからこそ此処は夢の島でもあるのだ。

園田は、たとえそれが恋という無形物であろうと、「何か」を求めるには、ここ程相応しい町もないのでは、と合点した。
51: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:17:51.85 ID:0bPObFrQ0(3/12) AAS
無論、小泉は園田の目的を未だ知らぬ。

だが突然、園田に休日に指名された!これもまた小泉の経験せぬことであった。

故に、小泉は園田にも何らかの、深遠な、目的意識がある事を察していた。

そもそも、胸中に目的を秘めるている事、それがこの町を歩くための必要条件なのだから、当然と云えば当然である。

小泉は、園田の意図を、あからさまに、訝しそうに窺っていた。

やはり小泉は、いや、小泉も、心象が行動に出やすい。園田はそんな彼女を近頃の自分に重ね、微笑ましく思った。

信号が赤に変わった。車両が眼前を水平に通り過ぎる様を、二人はぼんやりと眺めていた。
52: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:18:26.61 ID:0bPObFrQ0(4/12) AAS
園田は、どうせなら今、と思い、自ら揺さぶりをかけた。

「花陽、どうかしましたか?何か言いたそうですけど……」

小泉は少し動揺の色を出して、ためらいがちに答えた。

「ええっと、海未ちゃんはどうして私を遊びに誘ったのかなぁ、って」

「そうですね、花陽と二人なのは初めて、ですね」

「ご、ごめんね、嫌ってわけじゃないんだけど……」

「今日は手持ち無沙汰だっただけですよ、どうせ一人で過ごすくらいなら、誰かと遊びに行こうかと」

「そうなんだ。じゃあ、海未ちゃんは秋葉原に用事ないの?」

「まぁ……特にこれと言っては無いですけど、いいんです、花陽と休日を過ごしたい、そう思っただけですから」
53: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:19:31.26 ID:0bPObFrQ0(5/12) AAS
表現はぼやかしたが、嘘では無かった。目的は小泉と共に過ごし、恋を学ぶこと。

小泉もまた、恋を知らぬ人ではあったが、それも問題ではない。

園田は、一見して温良貞淑な彼女の中に潜む、強烈な、勇猛さを知っていた。

感情の発露こそは穏やかであるものの、常日頃から、言葉の節々に強い信念の片鱗を感じていた。

だからこそ、園田は今日、小泉からは間違いなく重大な何かを学べる。そう確信していのだった。
54: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:20:33.28 ID:0bPObFrQ0(6/12) AAS
「ははは……私と居ても、面白いかなぁ?まぁ、とにかくっ!今日はよろしくお願いしますっ」

小泉は自信なさげながらも、喜色満面の様子だった。それを見た園田もまた、安心感を覚えた。園田が『温和な』小泉に抱く例の安心感である。

「こちらこそ、今日はよろしくお願いします。ところで花陽の方は何の用事でしょうか」

改まった返事をして、園田は尋ねた。返答次第では心構えも変わる。

だが小泉は少々沈黙した。園田も返事が遅れるとは予想しなかったので、少し戸惑った。

そして、目を逸らすようにしてボソリとつぶやいた。

「ええっと……炊飯器なの」

「え?」

「家のやつが壊れちゃったから、買い替えに来たんだ……もう6年くらい使ってたから……」

「はぁ……そうですか」
55: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:20:59.29 ID:0bPObFrQ0(7/12) AAS
それより、今は小泉に聞きたいことがあった。

「家電製品を買いに来たのに、親御さんとの相談は無いんです?どうして花陽が一人で」

「恥ずかしながら……私が希望したから、です。美味しく作れるものはどれか、自分の目でじっくり確かめたくて……」

「ええっ、炊飯器を買いに、女子高生が、一人で!そんな、破廉恥です!」

園田は動揺のあまり、またもや意味の解らぬ事を口走ってしまった。
56: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:21:59.35 ID:0bPObFrQ0(8/12) AAS
「は、はれんち……」

「あっ……いえ」

「はれんち……そうだよね、なんだか、女子高生って感じじゃないよね……ひとりで……」

まずい。つい飛び出した言葉が、何やら小泉に傷をつけてしまったようだ。

園田は自分の失敗を恥ずべき前に、彼女の誤解を解かなければ、と焦った。

「あの、あの、言い間違えです、すみません!全然破廉恥なんかじゃないです、家庭の為に一人で、立派ですよ!」

「言い間違い……?そうなの、よかったぁ、急にびっくりしたよ、もう」

良かった。修復が早かったようで、何とか取り繕えた。

「炊飯器と破廉恥はいくらなんでも結びつきません、ああ、とんでもない間違いです」

園田は自分で淡々と説明しているうちに、恥ずかしさがまた込み上げてきた。

「でも私も、確かにちょっと、はれんちかもなぁ……って思ったんだよ」

小泉は、そう云う。園田は意外だった。

「おや、それはどうして?」

「だって……ご飯に情熱を……なんて、ちょっぴり、女の子らしくなくて……」

「そんなの、気にしてはダメですよ!好きなものに素直になれるなんて素晴らしいことですよ!」
57: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:22:43.89 ID:0bPObFrQ0(9/12) AAS
これは小泉への励ましの言葉で在るとともに、園田自身への叱咤であった。

こうも小泉のように、夢中になれるものが自分には無いから、ふらふらと、恥ずべき失態を犯すのだ。

自分には芯が無いことの表れである。代わりに、その場凌ぎの言動で自分を支えようとするから、たちまち崩壊するのだ。

園田は小泉が心底羨ましかった。彼女は好きなものを好きと云える。嗚呼、なんと実直な美しい心だろうか!

米に対する確乎不動の愛。確かに、やや下世話かも知れないが、構わない。兎も角、愛する姿勢が素晴らしいのだ。

だが、園田は同時に肩をすくめた。

いくら愛があるにせよ物質的な、生活的な話題となると、恋からは遠ざかってしまう気がした。

これでは、今日は本来の意味での『情熱的』な小泉を目撃するのは些か厳しいかもしれぬ。

彼女の今日の目的……炊飯器は、あまりに窮屈な、家事の必要性から生まれたものである。

壊れたから買い換える。失われたから補償する……それでは必要に自分の心が押し出されているだけだ。

自分から、求め、引き寄せる!それが恋の大前提条件だ!

知りもしないくせに、園田は恋に対するイデオロギーが出来上がってしまっていた。

いずれにせよ、園田はそんなわけで、期待が折られた気分でもあった。

まぁ良い、小泉は何も終日、炊飯器に追い回されるわけでもないだろう。

この件についてはさっさと済ませて、小泉の趣味に勤しむ情熱的な姿を目撃できるよう、上手く誘導してやろう。

園田はそんなことを図りながら、小泉に連れられ、ヨドバシカメラの自動ドアをくぐり抜けた。
58: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:23:18.18 ID:0bPObFrQ0(10/12) AAS
「海外の人もね、日本の炊飯器は質が良い、って言って、お土産に買って帰るくらいなんだよ」

エレベーターに乗り込みながら、小泉は嬉しそうに云った。

「そうなんですか、もしかしたらさっきの道を尋ねてたお二人方も……」

「ははは……違うとは言い切れない、ね」

「炊飯器一つで、そんなに違うものなんでしょうか。どちらかというと大事なのは米の質では……」

そう、園田が言い終わる前だった。

突然、小泉は顔を近づけ、激しく言葉を走らせた。

「全然違いますよっ!お米はサラダみたいに素材そのものを食べている、と思ってる人が多いですけど、大間違いです!お米は、料理なんですよっ!」

「お米は……料理!」

園田は小泉の恐ろしい表情に圧倒され、言葉が震えた。

「そうです、料理です。圧力、時間、時間、水分……これを調理と呼ばずして、なんでしょうか!」

「あまりそのようなことは意識していませんでした……蓋を閉めればできあがり、かと……」

「本当は炊飯器なんて使わずに、釜で炊くのが一番おいしいですけど、現代人はそうもいきません、だから炊飯器という『ブラックボックス』に委ねるんです!」

「炊飯器という……ブラックボックス!」

「食事の根本はお米。最近は西欧化でこの地盤が揺るいでいますが、まだまだ日本人はお米が主食です。

そんな中心となるお米を、下準備をすまして、後は蓋を閉めて、完成までボタン一つに任せる……どれほどこれが恐るべき飛躍かっ!

お米をx、炊飯器の効能をfとするならば、我々が普段食べている食事はすべてf(x)と+αに過ぎませんっ!

ならばこの家庭における食事のもっとも重要な過程……いや、根本過程を握る炊飯器を、どうして蔑にできましょうか!いや、できません!

家庭生活の回転軸……っ!それこそが、炊飯器、なんですっ!」
59: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:24:27.30 ID:0bPObFrQ0(11/12) AAS
疾風怒濤の言葉の暴風に、園田の心は吹き飛ばされた。

まるでナチス・ドイツの演説である。米のプロパガンダだ。

園田は理性を取り戻す前に、脳が動きし、錯誤した。

そうか、これが、愛か。これが愛なのか!

恋を知らぬといったが、自分は本当の愛さえも知らなかったようだ!

焦がれるような、狂おしい、そんな真実の愛(注1)が、ここにあったのだ!

(注1)……のちに園田は、さすがにこれを真実の愛と呼んだのは気の迷いであった、と反省することになる
60: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/18(火) 02:26:03.37 ID:0bPObFrQ0(12/12) AAS
「まさかそこまで語られるとは、驚愕でした」

「……あっ!ベラベラとごめんなさい……なんだか、熱くなっちゃって……」

「いえいえ、いいんですよ。でもちょっと気になったんですけど、花陽の家は6年も同じ炊飯器だったんですよね、それって性能は良かったんですか?」

園田はぶしつけに尋ねた。

「ええっと……しょれわ……」

急に弱々しくなってしまった。ああ、やっぱり。

おそらく、小泉は近頃、本当に良い炊飯器で米を食べる機会があって、そのの重要性を知ったのであろう。

きっと、そのような美味しい米を食べたときは、驚いたに違いない。まさに青天の霹靂であっただろう。

なにせ、自分が今まで愛を注いだ米が、もっと至純至精とした姿になって、眼前に再来したのだ。

その時、悦びと同時に、嫉妬に近い感情も渦巻いたに違いない。どうして、今まで隠していたんだ、本当の味を!と。

他の家庭では最新型の炊飯器が普及していたとすれば、小泉だけが『米』を知らなかったことになる。

それは何にも増して耐えがたい屈辱であっただろう。真の理解者でありたかった自分が、本当は根本からの背信者だったのだ。

小泉は、今日ここに、罪を告白しに来たのだろう。そうして、再洗礼をうけに来たのだろう。

米のように、研がれにきたのだろう。そうして、再び、自分も輝きに来たのだろう。

不言実行。園田は、先ほどの落胆を撤回した。これはこれで、恋なのかもしれぬ。

小泉の広壮豪宕とした希求心に感服し、深い敬意を覚え、気が付くと頭を下げていた。

暫くの沈黙。エレベーターが到着するまでの間、東條の時と同じく、二人の間に、微妙な空気が流れた。
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/18(火) 07:34:57.17 ID:a0J7amYjO携(1) AAS
おつおつ
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/18(火) 12:41:11.05 ID:EFMyg8Hoo(1) AAS
園田飛ばすなぁ
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/18(火) 13:30:12.05 ID:9kz/QIiHo(1) AAS
ヨドバシカメラが文体と似合わなさ過ぎて笑ってしまう
64: ◆pjcAosyDG/fJ [sage] 2014/12/05(金) 02:16:49.64 ID:NUd1YFSw0(1) AAS
もうちょい空きます…すみません
65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/12/05(金) 02:20:53.93 ID:ggEv8S2ko(1) AAS
私待つわ
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/12/05(金) 02:23:43.11 ID:k0LzibTPo(1) AAS
私も待つわ
67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/12/05(金) 07:53:56.74 ID:C6LeJH5DO携(1) AAS
待ってます
68: [sage] 2014/12/23(火) 07:17:48.97 ID:O9Dy7DJ+o(1) AAS
いつ頃になるのかな・・・
69: [sage] 2014/12/31(水) 00:54:27.42 ID:ZinvLzVKo(1/2) AAS
この時期は忙しいから
70: [sage] 2014/12/31(水) 00:55:32.70 ID:ZinvLzVKo(2/2) AAS
のんびり待ちます
71: [sage] 2015/01/30(金) 09:27:05.93 ID:+br52Fhpo(1) AAS

72: [sage] 2015/02/17(火) 12:55:48.15 ID:tyc9xqxSO携(1) AAS
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