[過去ログ] 海未「走れ園田」 (72レス)
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1: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:25:24.59 ID:ZKVDH3CE0(1/12) AAS
園田は激怒した。
必ず、恋の詩を書かねばならぬと決意した。
園田には恋愛がわからぬ。
園田は、女子高校の学生である。弓を射て、幼馴染の女性と遊んで暮して来た。
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2: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:25:49.47 ID:ZKVDH3CE0(2/12) AAS
園田は、同時にスクールアイドルでもある。
それはおおよそ、園田の人生においては相応しくない肩書きであった。
園田は日舞の家元の家に生まれ、剣道と書道、多少の登山を嗜んできた日本的な女性である。
親しき友にも敬語で話す。
閉塞的な環境ではなかったが、解放的でもなかった。
というのも、園田は高校に入るまで、おおよそ自分の想像の付く程度の人生を歩んでいたからであった。
3: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:26:27.14 ID:ZKVDH3CE0(3/12) AAS
だが高校に入ると、人生は大きく変わった。
それがスクールアイドルである。
園田は、幼馴染に誘われただけであった。
それゆえ、弓道部との掛け合いに躊躇することはなかった。
遊び半分であったのではない、園田は友に助けを求められ、それに応えただけだ。
然れども、今、スクールアイドルは園田の生活の軸になりつつあった。
園田は、中学時代に密かに鍛え上げたポエム(園田はこの存在を後に否定している)の技術を駆使し、部員の為の詩を書いていた。
4: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:26:56.40 ID:ZKVDH3CE0(4/12) AAS
園田は日中はもっぱら、このポエム、もとい本人の意思を尊重するならば、詩を考えていた。
良い詩を書くには、今まで以上に世界に対しての感性を磨く必要があった。
だがそれは園田にとっては容易いことであった。
閑静な住宅街を歩く味気のない登校時間にも、園田は時折空を見上げながら千切れる雲に自分を重ねていた。
教室に入る扉を開くときにも、それを夢幻への扉に見立てていた。
夕暮れに沈む町の姿を、命の眠りに喩えていた。
5: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:27:40.76 ID:ZKVDH3CE0(5/12) AAS
いつしか園田の詩は、他人からも評価されるようになっていった。
園田にはそれがこの上ない悦びであった。だが同時に不満もあった。
「私の歌詞は私自信の経験の域を出ません。私の知覚が理性によって歪められ、詩的なものとして一応の形式に収まっているだけです」
園田の友人はこの言葉を優しくなだめ、やんわりと否定する。だが園田自身の心に嘘はつけない。
園田は、自分の詩に、これまでの自分になかった感情を込めてみたくなった。
それでも、園田には恐れがあった。ここに来て例の持ち前の臆病さである。
自分の胸の中に存在しない、赤の他人の感情を創りだす、それは園田にとっては最も苦手なことであった。
園田に他人を思いやる心が欠落していたわけではない。寧ろ親しい人間になら何の問題もなかった。
だが楽曲は不特定多数の聴衆に満足してもらわねば、意味がない。
彼ら有象無象の人生にシンパシーを与えられる詩は、作ろうとして作れるものではない。
なので自らの心情をぼやけた言葉で書き表すのが、同じ有象無象の一員として共感を勝ち取る最良の道であった。
創られた心情を、あたかも「真」の人間の心であるかのように偽装する。
そんなことが易々と出来るほど、園田は器用な女性でもなかった。
何より、そのような勇気もなかった。
故に、園田はこの不満の解消どころか、その直視さえもいつしか諦めるようになっていた。
園田は、恋の詩を書けなかった。
園田は、恋を知らなかった。
6: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:28:11.61 ID:ZKVDH3CE0(6/12) AAS
某日未明。
園田は部室にいた。作詞の作業をしに来たのであった。
一日中、心の中に巡らせていた数々の比喩を、ノートに一列に書きつけていく。
こうすることで掴みどころのない思考が、整列してゆく。
園田は、あらかた書き終えると、ペンを置き、それを読み返す。
整列され、文面に現れた自分の感情を、目を通し、再び自分の心に収めなおす。
ここで、何事もなく園田の心に浸透する一文は採用される。
だが大抵は、言語としての意味を持ちすぎている。平たく言えば、堅い。
楽曲は手前から流れ、後戻りはしない。故に聴き手の耳につっかえてしまうようなものは相応しくない。
園田は、ここで「崩し」の作業に入る。
7: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:28:48.74 ID:ZKVDH3CE0(7/12) AAS
園田の持論ではあるが、楽曲において、詩は必ずしも意味を持つ必要はない。
言葉が意味を持つのは文章だけで十分である。楽曲には音符がある。
音符はそれ自身で愉悦、憎悪、享楽、背徳……あらゆる感情を表す、有能な働きをする。
純粋な音楽には詩の必要はない。その音自体がすでに何かを語る文章なのである。
歌詞とは、この文章の上に乗っかる「ルビ」のようなものに過ぎないのだ。
こうすることによって互いに働きを阻害することなく、一つの調和を持つ。
メロディを信用せず、言葉の意味を与えすぎては、あまりにくどい。
園田は、部の一員であり、作曲を担当する西木野を心から高く評価している。
それゆえいっそう、自分の言葉を消していくことに躊躇は無かった。
8: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:29:17.09 ID:ZKVDH3CE0(8/12) AAS
やがて歌詞と音律が親密になってゆき、園田の作業は終わる。
「こんなものですかね」
園田は、矢澤に完全な形となった歌詞を見せる。
「どれどれ……元気な感じ、いいじゃない、さすがね」
矢澤は答える。彼女の包み隠しのない意見は園田にとって重宝していた。
実際、彼女が一読して肯定的な意見を出すことも稀であったので、園田は単純に自信を得た。
「ありがとうございます、元気、ですか」
「スクールアイドルには元気が一番大切よ、どこぞの苦悩めいたアーチスト気風なんかじゃ困るわ」
「曲が良いからですよ、私の歌詞は元気な曲調に乗っかってるだけです」
「謙遜しなくていいわよ、私が褒めてるんだから」
「はぁ、そうですね」
9: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:30:12.59 ID:ZKVDH3CE0(9/12) AAS
「何か不満でも?」
「いえ、ありません」
「いいや、あるわね、不満が。顔を見ればわかるのよ」
顔を見ればわかると聞いて、園田は鏡が欲しくなった。
そんなにわかりやすい顔をしていただろうか?
園田は椅子のパイプに顔を写そうとしたが、当然、歪んで何も映らなかった。
「ラブソングが書きたいって言ってたじゃないの」
矢澤はピシャリと言い放った。
海未は予め用意していた返答、つまりいつも自分を誤魔化していたフレーズを口にする。
「あまり余計なことをすると、真姫の曲の良さを殺してしまいます」
「やればいいじゃない、できないのかしら」
「必要性の問題です、やらなくていいんです」
「できないんでしょうが」
「出来ます!やる必要がないんです!」
10: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:30:43.20 ID:ZKVDH3CE0(10/12) AAS
カッと声が出てしまった。若干涙腺も緩んでいる。
園田は自分が思っている以上に打たれ弱かった。
それに、矢澤の前だと園田はしばしば熱くなる。
矢澤はそれを愉しんでいるフシがあり、現に彼女の口元は緩んでいた。
「怒鳴らないでよぉ、もう。恋愛経験がないからぁ、って言ってたのあんたじゃないの」
「にこも無いんですよね、偉そうなこと言わないでくださいっ」
「そうよ、でもあんた書いてみたい、とか時々ボヤいて、結局書かないじゃない」
「いいんです、何度も言いますが、必要性が無いだけです」
「出来は私が判断するわよ、あんたならいいものが書けるって期待してるから言ってるんでしょ」
「うそです、うそです、私の反応をみて楽しんでいるんですっ」
園田は涙を堪えていた。
矢澤の顔もいつになく険しくなっていた。
しかし矢澤も引かなかった。あと一押しであった。
心を鬼にして、精一杯の挑発を試みた。
「やってみなさいよ!やらないで諦めるなんて、ダメよ!ダメダメ〜」
11: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 00:31:23.51 ID:ZKVDH3CE0(11/12) AAS
園田は激怒した。
必ず、恋の詩を書かねばならぬと決意した。
園田には恋愛がわからぬ。
園田は、女子高校の学生である。弓を射て、幼馴染の女性と遊んで暮して来た。
ならば知ればいい。これから知ればいい。
「やってやります、見てなさい!」
それを聞いて矢澤は、罪悪感を交えながらも、そっと北叟笑(ほくそえ)んだ。
「私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、煮るなり焼くなり好きにしなさい」
「メロディは無くていいのかしら」
「構いません、愛を語れる詩を書いて、にこが納得すれば私の勝ちです」
「わかったわ、逃げないでよね、期待してるわよ、海未」
矢澤は部室から出て行った、
園田は口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
さあ、園田は追い詰められた。どうしても三日後までに愛を知り、詩を作らなければならない。
矢澤は挑発する素振りをして、本当は臆病な自分をを後押ししてくれた。
感謝せねばならないはずだった。動き出さずにはいられなかった。
園田は、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
園田は、その夜、急ぎに急いで、岐路を駆けた。
家へ帰って、間もなく床に倒れ伏し、園田は呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] 2014/11/09(日) 00:33:08.06 ID:ZKVDH3CE0(12/12) AAS
続きます。ちょっと期間あくかも……
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/09(日) 00:56:29.52 ID:Eb7mpUz0O携(1) AAS
前のウヨニキか
結構面白い
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/09(日) 01:03:27.86 ID:qj5FABv40(1) AAS
どっかで読んだような……いやいや、好きよ
自分のペースで書いてください
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/09(日) 01:10:38.71 ID:K7SfkQflo(1) AAS
いいね
16: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 07:38:11.61 ID:svsQ1eCAO携(1/6) AAS
園田が目を覚ました時、すでに太陽は南中を終え、正午過ぎに傾むていていた。
しまった、寝過ごした。
園田は戦慄したが、嘆いている時間も惜しかった。
今日は休日だ。
先ず、自分の為すべきことを確認した。
愛、あるいは恋を体験、見つける、そしてそれを詩にする。
ここまで考えて園田は一抹の違和感を覚えた。恋と愛の違いである。
園田は手元にあった使い古された辞書を開き、これまで目にも留められなかった語の、相貌を確かめた。
17: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 07:39:40.21 ID:svsQ1eCAO携(2/6) AAS
こい 【恋】
@特定の異性に強く惹ひかれ,会いたい,ひとりじめにしたい,一緒になりたいと思う気持ち。
A古くは,異性に限らず,植物・土地・古都・季節・過去の時など,目の前にない対象を慕う心にいう。
成る程、大方予想通り出会った。
両義とも、手に入れることの難きものを求める心である。
それに、ひょっとすると後者の意味においては園田は既に恋を知っていたかもしれない。
だが今回話題になっているのは前者であろう。園田は考えた。
手に入れることが難くとも、恋を知る程度ならば、手に入れる必要まではない。欲しいと思うだけで良いのだ。
だが3日のうちに、易く氷解すべき問いで無いのは明白であった。
園田は、次に愛を知ろうと、ページをめくった。「あい」は辞書の頭の側である。
そこでは、分厚い紙の束の見開きの左右で重量が著しく異なる。
開くのには多少難儀したが、園田は落ち着いてその文字を読んだ。
園田は驚愕した。
嗚呼、これではまるで別物では無いか!
18: ◆pjcAosyDG/fJ [] 2014/11/09(日) 07:41:07.64 ID:svsQ1eCAO携(3/6) AAS
あい 【愛】
@対象をかけがえのないものと認め,それに引き付けられる心の動き。また,その気持ちの表れ。
Aキリスト教で,見返りを求めず限りなく深くいつくしむこと。
愛は、その唯一性を認めることから発生する。
ならばその前提として、対象の把握は終えているはずだ。
つまるところ、恋とは違って、愛とは、愛するべき対象が既に自分の側にある、そう考えて良いだろう。
親が、娘に対して注ぐのが、恋では無く、愛である道理を、園田は知った。
それならば、園田は愛を知っていた。
園田は、家族を愛していた。友人を愛していた。世界に対しても愛を感じていた。
然れども、園田が増して驚いたのは、恋という言葉の孕む恐るべき矛盾であつた。
すなわち、こうだ。
或る人が親しき友人、自分の愛すべき友を持っていたとしよう。
この時、愛は所有物への感情である。
ではその友人に対して、或る日、恋心が芽生えるとする。
こういったことは珍しくも無いはずだ。園田も言葉の上だけなら幾度も目撃して来た。
19: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 07:41:54.19 ID:svsQ1eCAO携(4/6) AAS
しかしここで問題なのは、恋が「非」所有物への感情ということだ。
愛し、自分の持ちたるものが、或る日突然自分の手を離れてしまい、それを、求める気持ち、恋に変わる。
持っているものが欲しくなる?
これではまるであべこべだ!
園田はわからなくなった。
やはり恋とは難しいものではないか。こんなものを大方の人類が経験していたことを信じられなかった。
恋とは、いわゆる、一目惚れ、なのだろうか?
解決はするが、それを全ての事例に当てはめるのは傲慢が過ぎる。
園田は考えた。考えざるを得なかった。すると一つの光明が見えた。
そうか、捉え方の問題なのだ。
恋の発生は、よく知る、愛する友人に対しての、疑問の発生であろう。
疑問はなんでも良い。
それが起床時間であろうと、朝食の品目であろうと、なんでも構わない。
既知の対象から、未知の情報を引き出したくて堪らなくなる、その情報を求めたくて堪らなくなる。
結果、その人そのものを、既に自分のもので有るのにも関わらず、求めたくなるのだ。
この錯誤こそが恋だ。
恋とは、愛から生まれるのだ。
愛は芽生えぬ!愛という土壌から、芽生えるのは恋だけだ。
20: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 07:44:36.83 ID:svsQ1eCAO携(5/6) AAS
恋と愛に対する議論は多くなされて来ただろうし、これからもそうだろう。
これが絶対的解釈とは言えないし、論理の飛躍が無いでもない。
ただ、園田は元来、情緒よりは理屈で動く人間であった。
そのため、正誤は別として、自前のこの結論に至れただけで、心象の霧は晴れた。
人の常として、霊魂の如き未知の対象には畏怖を抱くものだ。
だが相手を知ってしまえば対策のとりようはある。
次に園田は、なにをするべきかを考えた。
新しいものを探す必要はない。
自分がいま持っているもの、愛すべきもの、それをしっかりと観察すれば良いのである。
そこから恋は生まれるはずだ。園田は友人たちに会うことにした。
21: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/09(日) 07:53:23.57 ID:svsQ1eCAO携(6/6) AAS
とりあえずここまで……
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/09(日) 09:14:55.16 ID:VdDPmfjho(1) AAS
したり
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/09(日) 09:23:24.46 ID:l4X7v2ht0(1) AAS
乙
海未ちゃん書道もやってたのか、知らな
かった
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/09(日) 14:28:09.11 ID:MlfwicPgO携(1) AAS
面白い
25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [] 2014/11/09(日) 14:41:02.42 ID:pK7co2iS0(1) AAS
面白い。支援ぬ
26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage] 2014/11/09(日) 18:07:46.78 ID:befGAtHV0(1) AAS
走れと言うか歩けの方がしっくりくるなww
27: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/11(火) 01:58:57.78 ID:DzEFr0wn0(1/6) AAS
園田はここ数年、男性との交流が希薄であった。
振り返れば、幼稚園、小学生あたりには級友との会話も弾んだものであった。
だが、中学に入学したころから、めっきり男性と話す機会は減ってしまった。
別段、男性に対しての恐怖が生まれたでも、特別な意識が生まれたわけでも無かった。
ただ、男女の関係の危険性に、園田は人より早く敏感になった。
園田は、この頃に不埒な異性の交流を何度か噂に聞き始めるようになった。
然る羞恥が同年代で繰り広げられることに、はじめ、園田はぞっとした。
次第に、その類の話しを耳にするたびに、彼女たちに軽蔑の念がふつふつと湧き上がっていった。
中学生など、何ら自らの行動を律することも、贖うこともできない、その意味で無力な赤ん坊に過ぎないではないか。
そのくせ中途半端に頭だけは出来ている。批判することを覚え、やたらに権利を主張する。
園田にとっては、衝動的な恋に身を焦がした彼女たちの姿は、本能が先行した、けだものにしか見えなかった。
恋や愛に耽るには自分たちはまだ若すぎるのである。
それを自覚していない輩が多すぎる。
28: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/11(火) 02:00:03.52 ID:DzEFr0wn0(2/6) AAS
そんなふうに、園田は特定の性に対する感情ではなく、人間そのものの在り方に対しての拘りが強かったのだった。
園田は人間の尊厳の核心が、その理性にあると堅く信じてたのだ。
感受性も人一倍強かった園田は、この経験から、愛や恋を、肉欲的で卑俗な悪事と捉えはじめていた。
恋は、両親のような、そんな責任のある者同士の関係でなければならない、そう考えていた。
だが同時に、そんな風に極端な考えに走る自分の器量の小ささを恥じる冷静さもあった。
自分だけがこの状況に不満を覚えているのでは?
園田は次第に自分の過激な考えが恐ろしくなっていった。
それゆえ園田は沈黙した。
普遍的な話はさておき、せめて自分だけは清潔でありたかった。
幸い、園田は友に恵まれていた。
古い馴染みの、高坂と南である。
園田は、多かれ少なかれ、彼女たちの共感を得る自信があった。
類が友を呼んだのであろう。
園田は決して主張はしなかったものの、そんな彼女たちと過ごす雰囲気を快く思っていた。
そして共に、園田は女子校に入学した。
自ずと、男性との接触は閉じて行った。
だが今の園田は違った。
園田は今、恋を求めている。
ひとつ、異常なのは、その恋の相手が人間ではないことだった。
園田は明らかに、恋という言葉自体に、恋をしていた。
29: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/11(火) 02:00:44.72 ID:DzEFr0wn0(3/6) AAS
先ず、園田は、東條を訪ねた。
深い理由などなかった。
然れども、誰でも良いなら、隣家の高坂で良いはずだから、何か思う所があったのだろう。
園田が呼び鈴を押すと、すぐにドアが開いた。
「海未ちゃん」
やんわりとした表情がこちらを覗いた。
「急に申し訳ありません、お話ししたいことがあってーー」
「まあまあ、入りよ。ウチも誰かとお話ししたかったところ」
「そうですか、では失礼します」
30: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/11(火) 02:01:36.15 ID:DzEFr0wn0(4/6) AAS
東條は園田に紅茶を振舞った。
キームンという中国の茶らしい。世界三大紅茶の一つだ、と東條は自慢げに云った。
園田はさほど関心なく、相槌を打つ程度で、カップを手に取り、茶を口にした。
香が良く、上品な味だった。外の気温は高いが、熱さも嫌にはならなかった。
東條は、感想が早く聞きたいらしく、園田の一挙一動を体を揺らしながら観察していた。
「美味しいかな、どうかなぁ」
「ええ、美味しいです。……初めて口にした味ですね、なんだか新発見、という感じです。」
本心からの感想であった。
それに、普段はジュースばかりの同級生に振舞われる茶も、一層新鮮であった。
「良かったぁ、実はウチも、誰かにごちそうするのは初めてやから」
「いえ、本当にいいですよ……これ。良かったら少し貰えませんか?」
「ははっ……嬉しいなぁ、ええよ、帰りにね」
東條は、ほっとひと息ついて、微笑んだ。
園田も、ああ、初めが東條で良かったと思い、ほっとした。
31: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/11(火) 02:02:09.21 ID:DzEFr0wn0(5/6) AAS
園田がカップを机に置くと、東條はきゅっと視線を定めた。
「それで、どういう話なん?」
「ズバリ言わせてもらいます、恋の話です」
「ええ、恋」
「そうです、恋の詩を書かねばなりません、そのために恋を知らねばならないのです」
そう云ってから園田はハッとした。
しまった、相談に来たのでは無い!
目的は友人を深く知ること、それだけなのに、まんまと乗せられてしまった。
対して、そんな画策も無かった東條は、単純に友人の話の内容に唖然として、パチパチと瞬きをしていた。
しばらく、お互いの空気が凍ってしまった。
園田は、恥ずかしさで言葉も出ず、なんとか慣れない作り笑いをした。
東條はそれさえも気味が悪く思った様子で、尚更沈黙を深めてしまった。
32: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/11(火) 02:11:52.86 ID:DzEFr0wn0(6/6) AAS
今日はここまで
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/11(火) 02:14:36.74 ID:yZ4uaytX0(1) AAS
苗字表記なのが文体と相まって尚更シリアスな笑いを呼ぶ
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/11(火) 02:47:14.05 ID:0nJWusw2O携(1) AAS
園田って字面だけでだいぶ笑えてくる
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2014/11/11(火) 09:51:55.25 ID:nJeEiqWdO携(1) AAS
文学なのかラブコメなのかシュールギャグなのか……
とりあえず面白い、走る園田に期待
36: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 01:59:55.38 ID:30oXVwbn0(1/9) AAS
嗚呼、これでは共倒れだ。そもそも東條もまた、恋を知らぬ人間ではないか。
園田は初日から自分の計画が画餅に帰したことに肩を落とした。
何事においても、持たざる者同士の議論ほど、滑稽で的を射ぬものもない。
そもそも其処には的すら無く、実践に即さぬ虚言という名の矢で互いを傷つけるに終始するのが常である。
園田は沈黙の破り方を考えあぐねた。
このまま人生相談になっては困る。そんなものはお互いの自己満足に過ぎない。
が、先に口を開いたのは東條であった。
「海未ちゃんが恋を知りたいなんて驚きや……でもごめんな、ウチにもよく分からないんよ」
「ええっと……言いにくいですけど、希が何も分からないのは承知してました」
「ええっ、ウチに相談しに来たと違うん」
「すみません、話には来たんですけど、なんだか順序をまちがえて……
いや、順序じゃなくて、目的そのものが……
ああっ、申し訳ない、これでは、もう、だめです、はぁっ」
「一旦落ちつき」
「はぁ、はい」
「紅茶、もう一杯、どうぞ」
「はい、頂きます、すみません」
カップにトクトクとと琥珀色の紅茶が注がれた。
東條の顔は落ち着きを取り戻していた。
園田が空回りしている姿に微笑ましさを覚え、緊張が解けたのだろう。
対して、園田は首をうなだれて視線を下に向け、フローリングの木目を目で追いかけていた。
年輪が刻んだ焦茶の模様をジグザグと目で辿ると、ますます心拍が乱れた。
嗚呼、ばつが悪い。園田は今すぐ玄関に向かって走り出したかった。
37: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:00:30.73 ID:30oXVwbn0(2/9) AAS
「海未ちゃん、下ばっかり向いてないで、顔あげてよ」
「あがりません……」
「何しに来たん、もうっ」
「いいんです、私は駄目な人間です」
「そんなに落ち込まんでも……」
「……少し待ってください、ああ、それにしても面目ないです、家にまで押しかけて、こんな醜態を晒して」
「ふふっ……海未ちゃん、海未ちゃん……」
「何です……」
「ウチ、海未ちゃんに恋しちゃったかもなぁ」
「えっ」
「海未ちゃん、可愛いもん、そりゃ好きになっちゃうわ」
「からかわないでくださいっ、私は真剣なんですっ」
「ほらっ……顔上げてくれた」
「あっ……」
「ふふっ」
「ずるいです、ずるいですよ」
「さっ、海未ちゃんもこっち向いてくれたし……ウチも真剣に聞くから、全部喋って欲しいなぁ」
「そんな、本当に、いいでしょうか。私がこの一日で考えたことです。味も素っ気もないですよ」
「もー、海未ちゃんがなに思ってるんか、ウチも聞きたくてしょうがないの」
「そうですか……ではまず、経緯から……」
38: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:01:12.60 ID:30oXVwbn0(3/9) AAS
こうして、日が落ちるまで、東條宅で会話を続け、それから家に戻った。
園田は寝室でこの日を回想した。
あの後、話は続いた。これ以上の収穫が無いことは承知していたが、単に会話自体が愉しかったのである。
園田は自分の倫理、道徳、観念、あらゆる心境を心血を注ぎ東條に与えた。
東條は真摯に応えた。その返答の一つ一つが園田を感興、籠絡させた。
東條の返答に付随し、園田の興味深い種々の疑問が生命を持ち始めた。
嗚呼、なんと愉しいのだ!園田は感動していた。血が湧き上がっていた。
東條との会話は相互間のコミューンと云うより、むしろ自己の中の思考を清算し、潤滑させる油であった。
東條の的確な反証、肯定、それら全てによって、園田の中の無秩序な斑点が星座と成ってゆく。
自分の持つものが、意味を獲得する!その過程に園田は心から悦楽を覚えた。
39: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:03:01.93 ID:30oXVwbn0(4/9) AAS
だが、哀しいことに生産性はなかった。園田の心内の整理は行えたが、新たな情報は得れなかった。
無益ではなかったが、自分の住む町の裏路地を教えられたようなものである。
園田はもっと遠いところを目指していた。
結局、それも恋を知らぬ者同士の会話から生まれる限界なのである。
海面に映る月を掬い上げるが如き愚行であった。
例え手に入らぬとしても、月を求めるものは空を見上げねばならぬ。
園田は自分の不甲斐無さを噛みしめた。
然れども、全く何も無かった、ということもなかった。
御馳走になった中国茶のキームンだろうか?あれはよかった、と思った。
ふと、園田は自分も茶を淹れてみたくなり、ベッドから立ち上がった。
東條から貰ったパックを鞄から取り出し、台所で湯を沸かし、勝手も分からずいい加減に作ってみた。
しかし、口にすると、御馳走されたものと比べ、ひどく香りが死んでいるのがわかった。
ああ、この、へたくそめ、なんてもったいないことを、と園田は自分を詰った。
今度は上手くやりたい、紅茶の淹れ方を教わりに、いつかもう一度、東條の家を訪れよう。
そう思ってから、園田は、友人に会う理由を欲しがっていたことに気が付き、独り笑った。
40: ◆pjcAosyDG/fJ [saga] 2014/11/13(木) 02:03:35.38 ID:30oXVwbn0(5/9) AAS
寝る前に、園田は今日の事をノートに書きつけた。
恋そのものは見つからなかった。
だが、恋の反例を見つけるという意味では、僅かながらも真相には近づけた、と思った。
恋は友情ではないようです。
私の理解では、恋は愛から生まれ、より深い愛を求める感情のはずです。
でもやっぱり、お互いの立場がすでに固まってしまっている友情とは、すこし違う様な気がします。
ただ、遠くもありません。些か衝動に欠けているだけで、友情から転じる恋もあるでしょう。
友情と恋は、どうやら延長線上ではなく、平行線上にあるようです。
それに、友情を恋にするのは少々もったいなくも思えます。これはこれでかけがえのない関係でしょう。
園田は予め頭の中で何を書くか決めていたわけでもなかった。
ただ、新たな事実に気が付きながら、それを紙に書きつけた。
こういう僥倖があるから、何時も日記をつけるようにしていた。
そして、否定の形から入ったとはいえ、今日は今日で、恋に近づけた気がした。
あながち無駄な日でもなかった。東條に感謝の意を込めて、園田は眠った。
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