不思議な女の子と、クリスマスイブを一緒に過ごした話。 (26レス)
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1: [saga] 2024/09/25(水) 23:22:19.27 ID:zGU0K/8Z0(1/13) AAS
教室でよく、一人きりで本をよんでる女の子がいた。
その子は物静かでなんにも喋らないせいか、
まわりからは「カオナシ」ってよばれていた。

彼女が学校にやって来たのは、九月のはじめごろ。
家族を殺したせいで転校してきたという噂だったので、
あんまり近寄ろうとする人はいなかった。

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2: [saga] 2024/09/25(水) 23:25:28.93 ID:zGU0K/8Z0(2/13) AAS
わたしが彼女と話したのは、
ちょっとしたきっかけだった。
期末テストが終わりを迎えて、
年内の登校も残り二週間に迫っていた。

担任が冬休みの諸注意を告げるなか、
クラスメイトの連中はいつもより浮かれた気分で、
あれやこれやと小声でささやきめいていた。
3: [saga] 2024/09/25(水) 23:31:58.95 ID:zGU0K/8Z0(3/13) AAS
「うちのクラスで、冬期講習の
プリント作成を手伝ってほしい」と担任は言った。
誰も立候補しようとする奴はいなかった。
もちろんわたしだってそうだ。

ただ、運動部の連中がこちらを見てくるのが
何となく居心地が悪くて、仕方なくわたしは手を上げた。
4: [saga] 2024/09/25(水) 23:33:34.45 ID:zGU0K/8Z0(4/13) AAS
「立候補はふたりか。終礼後残ってもらえるか」
担任の言葉に、わたしは窓際の席へと視線を送る。

カオナシは、わたしの方を見ることもなく、
どこか涼しげな顔で、ただ静かに黙ったまま
こくりと一度だけ頷いた。
5: [saga] 2024/09/25(水) 23:36:54.92 ID:zGU0K/8Z0(5/13) AAS
中学に進学して、いつの間にかイジメを受けていた。
内容は、そこまで苛烈なものではなかった。

わたしの言うことは無視されたり、
クラスのグループから外されたり、その程度のものだ。
今回のことも「面倒ごとはわたしに押し付ければいい」という魂胆なのだ。

所詮、学校なんてわたしの居場所ではないとわかっていた。
だからこそ、わたしはそんな行いに堪えることができた。
6: [saga] 2024/09/25(水) 23:37:45.07 ID:zGU0K/8Z0(6/13) AAS
わたしは、担任から渡されたプリントの山を一瞥した。

机に積まれたそれらは、おおよそ一時間もあれば終わる量だった。
7: [saga] 2024/09/25(水) 23:39:41.08 ID:zGU0K/8Z0(7/13) AAS
教室にふたりきり取り残されたわたし達は、
しばらくしてすぐに書類の整理を始めた。

雑多に並べられたプリントを数字の順番にならべて、
それらをホッチキスで束ねていく、
本当に、たったそれだけの簡単な作業だった。

少しだけ開いた教室の窓からは、つめたい風が流れ込んでいた。
わたしは手のひらに息を当てて、かじかんだ指先をあたためた。
8: [saga] 2024/09/25(水) 23:44:46.47 ID:zGU0K/8Z0(8/13) AAS
「ねえ。どうして手を挙げたの?」と彼女は言った。

「え?」
わたしは思わずワンテンポ遅れて返事をした。

彼女はすこしはなれたところに立ち、
紺色のカーディガンから覗いたほっそりとした指で
鼻先をさわっていた。

「……ほんとは、ひとりでやろうと思ってたのに」

彼女の声をちゃんと聴いたのは、それがはじめてだった。
空気が冷たいせいか、それはとても鮮明にきこえた。
こちらを見ようともせず、カオナシはプリントの束を整理していた。
9: [saga] 2024/09/25(水) 23:52:51.86 ID:zGU0K/8Z0(9/13) AAS
「早く終わらせたかっただけだよ」とわたしは答えた。

「終礼を?」

「うん。長引くと、あいつらうるさいじゃん」

にやにやと笑うクラスメイトの顔だけが、
やけにはっきりと脳裏をかすめた。

「ふうん、そっか」
それだけ言って、何かを納得したかのように
彼女は何度かうなずいていた。
10: [saga] 2024/09/25(水) 23:55:33.99 ID:zGU0K/8Z0(10/13) AAS
「そっちは?」とわたしは何気なく訊いた。
どうしてそんな風に話しかけたのか、
自分でも理解は出来なかった。

けれど返事がかえってこなかったので
わたしはふいに顔を上げた。

真っ白なシャツから覗いた彼女の首元には、
校則違反のネックレスがきらりと光っていた。
11: [saga] 2024/09/25(水) 23:58:33.91 ID:zGU0K/8Z0(11/13) AAS
「んー。どうしてだと思う?」

「なにそれ? 自分のことでしょ」

「それはそうなんだけど」
そう言って彼女はそっぽを向いた。

「たぶん今日が、お姉ちゃんの命日だったからかな」

「え?」

「だから少しいい子にしてみようかなって、そう思っただけ」

ふうん、とわたしは答えた。だけど姉の命日だって?
12: [saga] 2024/09/25(水) 23:59:09.73 ID:zGU0K/8Z0(12/13) AAS
「あんた、自分の家族を殺したんでしょ?」

「……ん、まあね」

「はあ?」わたしは思わず声を荒げた。

「どこまで知ってるの? 私のこと」
何にも臆することのない瞳に見つめられて、
わたしは思わず「さあ」と目を逸らした。
13: [saga] 2024/09/25(水) 23:59:45.12 ID:zGU0K/8Z0(13/13) AAS
「カオナシ」と彼女は言った。

「はい?」

「あー。周りからそう呼ばれてるんでしょ、私」

ふわふわと掴みどころのない会話だった。
けれどそっちの方が、どことなく傷ついているように見えた。
14: [saga] 2024/09/26(木) 00:01:01.01 ID:rKG8UjHE0(1/6) AAS
「べつに誰に何て呼ばれてもいいけど。なんか、悔しいよね」

「悔しいって?」わたしはそのまま訊き返した。

「うーん。私の何を知ってるんだろって、思う」

「それは、」

わたしは返す言葉に迷った。
彼女もなにも言おうとはしなかった。
なぜだか少しだけ、その場から逃げ出したくなった。
15: [saga] 2024/09/26(木) 00:01:27.71 ID:rKG8UjHE0(2/6) AAS
「ねえ。冬休みは何するの?」
彼女は垂れ下がったきれいな髪を耳にかける。

「さあ。寝て起きて、たぶんそれだけ」

「つまんないね」

「うん」

「でも、一緒だ。私もそう、それだけだよ」

「……友達、いなさそうだもんね」

「え?」

わたしは思わず自分の口をおさえた。
16: [saga] 2024/09/26(木) 00:01:56.94 ID:rKG8UjHE0(3/6) AAS
だけど、そんなことに怒る素振りもなく、
なぜだかうれしそうな顔をした彼女は、
しばらくして、くふふと笑いはじめた。

よくわかんないまま、そんな彼女のことを見つめていた。
意味がわかんないな、とわたしは自分の頬をかいた。
それなのに、どうしてか笑った彼女はやけに可愛くみえた。
17: [saga] 2024/09/26(木) 00:03:24.47 ID:rKG8UjHE0(4/6) AAS
それからしばらく他愛ない会話をしているうちに、
いつの間にか、書類の山はすべて片付いていた。

「さて。雑用も終わったことだし、先生に渡してこようか」
彼女は椅子から立ち上がると、手を差し伸べて、
わたしは、それをしぶしぶ握りしめた。

「名前、なんていうの?」

「ちひろ」とわたしは答えた。

「ふふ、なにそれ。運命じゃん」

しろくてか細い、彼女の指先にぎゅっと力が入った。
わたしは「そうかもね」と照れ隠しに笑った。
ふしぎと悪い気はしなかった。
18: [saga] 2024/09/26(木) 00:04:03.71 ID:rKG8UjHE0(5/6) AAS
わたし達はそのまま教室を出て、職員室に足を運んだ。
プリントを提出した後は、下駄箱で「おわかれ」の挨拶をした。

「それじゃ、また明日」

「うん」

そう頷くと、彼女は足早に去っていった。
わたしはそんな後ろ姿を、なぜだかずっと見つめていた。
19: [saga] 2024/09/26(木) 00:05:34.69 ID:rKG8UjHE0(6/6) AAS
一旦ここまで。もうすこしつづきます・・・
20: [saga] 2024/09/28(土) 09:41:56.48 ID:tn6qKCSu0(1/7) AAS
次の日から、彼女は教室で、わたしに話しかけるようになった。

「ちひろ。次の移動教室、いっしょにいこうよ」

「……ん、べつにいいけど」

そう言ったものの、突然の出来事にわたしは一瞬目を丸くしてしまった。

周りは明らかにおかしな目でわたし達を見ていた。
それは、いじめられっ子であるわたしと、
はみ出し者である彼女が、親しげに会話をしているのが
とても奇妙に思えたせいかもしれない。
21: [saga] 2024/09/28(土) 09:58:25.84 ID:tn6qKCSu0(2/7) AAS
「ねえ。わたしたちって友達に見えるのかな」

「なにそれ?」
彼女は廊下でちいさく伸びをしている。

「いやー。周りの目がさ、変に痛いっていうか」

「そんなの気にしなければいいじゃん」

「……そうかな?」

「そうだよ」

力強く頷いた彼女の言葉を、
自然とわたしは呑み込んでいた。
22: [saga] 2024/09/28(土) 09:59:01.90 ID:tn6qKCSu0(3/7) AAS
その日、わたし達に話しかけてくる者は
ひとりもいなかった。

こんなにも静かな平日は、とても久しぶりに思えた。
23: [saga] 2024/09/28(土) 10:05:33.87 ID:tn6qKCSu0(4/7) AAS
「もしかして、迷惑だった?」と彼女は言った。
帰り道のバス停には、わたし達以外は誰もいない。

「なにが?」

「今日一日、ずっと一緒にいたから」

「あー。べつに大丈夫だよ。むしろ楽だった」

「楽?」

どうやら彼女は、わたしがクラスでいじめられっ子である
という認識が欠けていたらしい。
それらを説明すると、やけに納得したかのように、
彼女は何度か頷いていた。
24: [saga] 2024/09/28(土) 10:07:57.66 ID:tn6qKCSu0(5/7) AAS
「じゃあみんなは、私が怖いからちひろに近寄らなかったんだ」

「そうみたいだね」とわたしは言った。

「……そしたらさ。やっぱり友達になろうよ、私たち」

「え?」

気付けばわたしの喉からは、
とびきり素っ頓狂な声がとびだしていた。
25: [saga] 2024/09/28(土) 10:08:35.25 ID:tn6qKCSu0(6/7) AAS
「授業を受けて、昼休みに本を読んで、
家に帰って眠って。毎日それしかやらないんだもん、つまんないよ」

わたしは目線を落として「かもね」と言った。

「私は退屈を埋められる、ちひろは学校で嫌な思いをしなくて済む。
これってすごく素晴らしいことじゃないかな」

どうだろ、と彼女はすこしだけ不安そうな表情をする。
その顔がやけにおかしくて、わたしは思わず笑いそうになってしまった。

「じゃあさ、今から遊びに行こうよ」とわたしは言った。

「今から?」

「うん。映画でもみて、それからカフェでしゃべろう」

わたしはそう言って、彼女の手のひらを取り、
駅とは反対方向のバスへと飛び乗った。
26: [saga] 2024/09/28(土) 10:09:01.79 ID:tn6qKCSu0(7/7) AAS
バスのなかで揺られるわたしの方を見て、
「よかったの?」と彼女が訊くので、
わたしは「うん」と一度だけうなずいた。
たしか、学校帰りに街へと向かうのは校則で禁止されていたはずだ。

「ねえ。カオちゃんってよんでいい?」

「いいけど……なにそれ?」

「カオナシから取ってみたの。かわいいでしょ」

わたしはそう言って彼女にピースをしてみせた。
彼女はちょっと笑って「ばーか」とわたしの肩をかるく小突いた。
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