【ブルアカ】頑張れヒナちゃん (56レス)
上下前次1-新
1: [sage saga] 2024/07/27(土) 20:55:38.10 ID:F26KAdyh0(1/54) AAS
ヒナはどうしてここにいるのか思い出せなかった。
視線を向けると、横倒しになっているホワイトボード。
意味のわからない模様でぐちゃぐちゃに落書きされていて、落っこちたマーカーやイレーザーがあちこちに散らばっていた。マーカーから外れたキャップが、足元に転がっている。
ここがどこかすらもよくわからない。
頭に靄がかかっているようで、書類がたくさん積もっている机があるが、それを見ていると頭が痛くなる。
空調の単調な音がずっと続いていて、それをガーッと破って、淹れたてのコーヒーの匂いが鼻をくすぐった。
よろよろと首を傾げながら目を向けると、先生がマグカップを持ちながらちょうど席につくところだったので、ヒナは、惹きつけられるようにフラフラと、一歩一歩、散らばっている書類を踏みしめて歩いていった。
背後に立つ。肩越しに覗くと、先生の視線の先にある紙面は、謎の言語で埋め尽くされていた。
目をゴシゴシと擦る。
「擦り過ぎたらダメだよ、ヒナ」
先生が急に振り返った。
子どものようでいて、どこか大人びて、いつもの安心させてくれる笑顔。戸惑い、先生のことをただ見つめて、
「先生。私はどうしてシャーレにいるの?」
と、尋ねた。
SSWiki : 外部リンク:ss.vip2ch.com
32: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:40:30.31 ID:F26KAdyh0(32/54) AAS
『ヒナ』
「なに、先生」
『逃げた子たちの逃走経路を割り出してるから、しばらく待機してて』
「うん、わかった…ごめんなさい。全員は倒しそびれて」
『十分。ヒナはよくやってくれたよ。あとは、倒した子たちは拘束して…』
「もうやってる」
『さすが。頼りにしてるよ』
「任せて」
通信を切ると、ヒナはアジトにされていた建物から拾い上げた縄やその他諸々を使って、コンクリートの破片まみれになっている不良生徒たちを次々と縛り上げていった。
「ぐぅっ…」
意識が辛うじて残っていた不良生徒の一人が、ヒナに掴まれてうめき声をあげた。
朦朧としているのか、抵抗する力は小さく、ヘイローの姿も不安定だ。
縛り上げて、建物のすぐ外へ放り投げる。のびた数十人がすでに建物の入口ら辺に転がっていた。
「〜♪」
最後の一人を縛り上げて、建物の外へ出ると青空が眩しかった。
不良生徒を放り投げて、腕を上げて伸びをしてから、壁にもたれかかって空を眺めた。
澄んだ海の色だった。先生と見た海を思い出す。
「…ば、化け物が」
うめき声に視線を向けると、先程かすかに意識を残していた生徒が地べたに這いつくばって、頭上にヘイローを現しながらヒナのことを睨んでいた。
33: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:41:51.24 ID:F26KAdyh0(33/54) AAS
「こっちが何人いたと思ってる…?」
「統制の取れてない烏合の衆なら、何人いても同じ」
「…ありえねぇ、ぐぅっ」
地面に転がって呻くのを、ヒナは飽き飽きして眺めた。
「…言っても詮無いことだけれど、あまり面倒事を起こさないで。私も先生も忙しいんだから」
「先生…?ま、まさか、お前、シャーレの…」
「…シャーレの?」
「…シャーレの番犬、空崎ヒナか…!?」
「…番犬?」
「噂になってるぜ…シャーレの先生に手を出したら、ご主人様思いのワンちゃんに噛まれるってなァ…!」
「…番犬。先生の?」
ヒナは言葉を反芻するように目を閉じた。
「…」
悪くなかったようだった。
「何笑ってやがる!番犬ってより狂犬じゃねぇか…!」
「…それだけベラベラ喋られるなら、もう少し有益な情報を吐き出してくれる?」
「ヒィッ!」
「…酷いことはしない。あなたも先生にとっては大事な生徒の一人だから…私は先生ではないけど」
「何でも喋るから許してくれぇ…ぐえぇ!」
「覚えておいて…先生に仇なすものはこの私、シャーレの空崎ヒナが容赦しない、と…」
「ひえぇ〜!」
34: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:43:49.66 ID:F26KAdyh0(34/54) AAS
「先生」
のびた不良を尻目に、通信機を作動させる。しばらくのノイズのあと、先生の心配そうな声が返ってきた。
『…ヒナ?どうしたの?何かあった?』
ヒナが弾んだ声で喋る。
「あのね、えっと…捕まえた奴から他の拠点の情報を訊きだした」
『さすがヒナ、助かる!』
「…うん」
『じゃあ、とても頑張ってくれたヒナには』
「ご褒美をくれる?」
『…ワンパターンかな?』
苦笑して頭をかいてる姿がありありと頭の中に浮かんだ。
「ううん、何度だって嬉しいよ。それなら、先生。時間をちょうだい。今度は、私がいいお店を、見つけたの」
『…そっか、わかった。楽しみにしてる』
「うん」
ヒナはとても幸せそうに微笑んだ。先生の気まずそうな声が続く。
『…他には、ない?』
「…他?」
『だって、ヒナはいつも、本当に頑張ってくれてるから…本当に、四六時中、寝る間も惜しんで…』
「先生の役に少しでも立てるなら、それでいい」
『少しどころじゃないよ…』
先生は情けない声を上げる。
『ヒナに頼ってばかりだ。私は…』
「あなたのそばにいられるだけで、幸せだから、いいの」
35: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:44:41.17 ID:F26KAdyh0(35/54) AAS
『…もっと我儘を言っていい。ヒナはそれだけ頑張ってくれてる。何でも言っていいんだよ』
「…なんでもって?」
『なんでもだよ。ヒナのためなら、キヴォトス征服だろうとなんだろうと、絶対に叶えてみせるから!』
ヒナはおかしそうに、くすくすと笑った。
「本当?」
『本当に』
「それなら…」
『…それなら?何でも言って』
「…なんでも?」
『なんでも』
「…」
『…』
「それなら、これからも一緒にいてくれるって、約束が欲しいな」
『…もちろん、約束するけど…それが、我儘なの?』
「これ以上の我儘なんて無いよ、先生。だってね、私は先生のことが」
36: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:45:43.99 ID:F26KAdyh0(36/54) AAS
ジリリリリ!ジリ
ドゴォン!ガシャーン!カランカラン!
「…はぁっ!はぁっ!」
壁にぶつかって再起不能になった目覚まし時計をしばらく見つめてから、ヒナは呆然と自室を見回した。
「せ、せんせい…?」
夢から醒めて意識がハッキリし始めると、ヒナはポロポロと涙を零した。
ここにいるのは寝不足で疲れてるヒナだけ。
「…ううう」
心がポッキリ折れてシナシナになったヒナは、泣きながら布団にモゾモゾと戻った。
今すぐ寝れば夢の続きが見られるかもしれない…夢の中の私はシャーレに所属していて…先生が私のことをいつも褒めてくれて…仕事は大変だけれど先生と一緒だから楽しくて…。
…すうすうと、寝息を立て始めた。
スマホの通知が、鳴った。
「…」
薄目を開けて、ちょっとの間無視したが、諦めて起き上がると、スマホを手に取った。
先生からの連絡だった。
「…!」
一気に目が覚めて、慌てて、確認する。
『おはよう。最近大変なんだってアコから聞いたよ。たまたま時間が空いたから、今日だけでも手伝えればと思うんだけど、どうかな?』
「…」
ちょっと迷って、返事を送った。
そうやってからしばらくの間、ヒナは先生のことを考えていた。
37: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:47:49.79 ID:F26KAdyh0(37/54) AAS
薄暗い空気の中、学園内はまだ静かに眠っている。
徐々に明るくなり始めてきた空を眺めながら、ヒナが歩いていた。
「…」
思えば今まで朝焼けをまじめに見たことがなかった。
驚くほどに鮮やかで赤く、静かな暗い空気の上で輝いていた。
だから、どうということもないけど。
眠気でぼんやりとした目にしみる。
「…」
建物の前にはすでに先生が待っていた。
「やほ」
「…お、おはよう」
久しぶりなのに、まったく久しぶりでない気がする先生の顔を直視できずに、ヒナは視線をそらした。
38: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:49:03.16 ID:F26KAdyh0(38/54) AAS
「こんな朝早くから、ごめんなさい…」
「ううん、こちらこそ急にごめんね。時間が空くって言ったけど、実は午前中までだけでね…」
胸が締め付けられる。
「たまたま時間が空いたって…無理をして空けてくれたんでしょう?」
「…そんなことないよ」
「アコが、また先生に連絡した?」
「…まあ」
先生はちょっと言葉に詰まってから、苦笑した。
「何でもするから、ヒナ委員長のことを助けてくださいとは言われたけど」
「…何でもって」
「いや、何もさせないよ。本当に。アコはなんか、勝手にヒートアップしてたけど…ヒナが大変なんだったら、多少無理してでも駆けつけるよ」
「…そう」
ヒナが、先生を見上げた。
先生は、優しくヒナを見下ろして楽しそうに笑う。
「朝早くこうして二人でいるのって、なんか良くない?」
「…なんかって?」
「朝焼けが綺麗だし。空気も美味しい」
「…そう?」
「そうだよ、いつもは…っと、時間がないんだった…はやく入ろっか」
「…うん」
先生について歩き、それからヒナは後ろを振り返った。朝焼けが先程と同じようにまぶしかった。
「…」
39: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:51:03.70 ID:F26KAdyh0(39/54) AAS
先生がコーヒードリッパーを操作すると、機械の唸り声が響いた。
ヒナは書類を手にガサガサとまとめていく。
「私にしか判断できないものがほとんどだから、先生には種類に応じて整理してほしくて…今、用意するから、待ってて…」
「うん」
先生がカーテンを引いて、窓をカラカラと開ける。
仄暗いままの部屋に、忙しない鳥の囀りや、遠くの車の音がかすかに聞こえてくる。
ふんわりと外の空気の匂いが流れ込んだ。
部屋に二人だけでいると喉が少し窮屈で、やけに気恥ずかしくなる。
なんだか夢のことを思い起こさせて、妙に緊張してしまう。
書類を手に持っていると、先生が2人分の淹れたてのコーヒーを持ってくるのに気がついた。
「先生、席はここ、使って…」
「ありがとう…はい、ヒナの分。ブラックでよかったよね?」
「う、うん…ありがとう…」
「よーっし、じゃあ頑張ろっか」
「うん…」
各自席に座って、それからは二人して黙々と仕事を続けた。
必要以上の言葉は発さずに、書類を処理していく。
ヒナは先生のことが気になったが、わざわざ来てくれたのにこちらが集中してないのは申し訳ないので、生真面目に机に向かった。
40: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:52:32.55 ID:F26KAdyh0(40/54) AAS
窓の外からちらほらと、登校しだした生徒の声が聞こえ始める。
陽は空に昇っていた。床を照らす光もすっかり明るい。
ヒナが、すぐそこにいる先生を見る。
先生の服はいつもよりもくたびれていて、書類に向かう目を時々しぱしぱとさせながらも、すごく真剣に書類整理を続けていた。
その姿を見ているだけで、ヒナの胸がいっぱいになって、もっと頑張ろうと思った。
あっという間に時間は過ぎていった。
先生がゆっくりと伸びをした。もう昼を回っていて、食堂へ向かう生徒たちの声が聞こえてくる。
何事にも終りは来る。
先生が申し訳無さそうに言った。
「あとちょっとしたら別の用件があって…最後まで手伝えなくてごめんね」
「そんなことない、本当に助かった。先生だって、すごく忙しいはずなのに…」
「ヒナはいつも頑張ってるからね」
先生がヒナの頭をポンポンと叩いて、軽く撫でた。
「あ…」
「それじゃあ、もうそろそろ行くね」
「うっ…えっと…」
「ん?」
「…いや…先生も…仕事、頑張って」
「うん」
41: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:53:44.81 ID:F26KAdyh0(41/54) AAS
部屋を出ていく先生に大した事も言えないまま、ヒナはただ見送ろうとする。
控えめに手を振っていた。先生がドアノブを握る。
「…」
扉に手をかけたまま、先生がピタリと止まった。
「…?」
ヒナが怪訝そうに見るが、そのまま十秒間くらい指一つ動かなかった。
「…」
やっと動いたかと思うと、扉へもたれかかるように前のめり、今度は振り子のように後ろへぐらりとよろめいた。
「…っ!?」
ヒナがとっさに手を伸ばして、背中を支えた。ずしりと両手に重さを感じる。
「先生!?ど、どうしたの!?」
背中に向かって声を張ると、先生は苦々しくうめいて、「ごめん、足がもつれて」とだけ言った。
「足がもつれて…?」
「もう、大丈夫だから…よっと」
ぎこちなくヒナの手から背中が離れて、徐々に体勢を戻していった。
そうして十秒間動かずにいてから、前へ一歩を踏み出す。酔っ払いが頑張っているかのようだった。
やっと扉に手をかけて、息をつくと、
「…ヒナ?」
後ろから腕を掴まれて動けなかった。抵抗する余地が微塵もない程度に力強く、指が肌に食い込んでいた。
42: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:55:38.66 ID:F26KAdyh0(42/54) AAS
「痛い、かなーって…ヒナちゃん…?」
先生の声はもはや弱々しかった。鋭い視線が先生の背中を射抜く。
「先生。どれくらい寝てないの?」
その声色は、とても平坦だった。いろいろなものが押しつぶされて整地されたかのようだった。
先生はつばを飲み込んでから、声を絞り出す。
「…うん、ええと…」
「正直に言って…」
目を泳がせていたが、やがて圧力に耐えきれなくなってボソボソと自白を始めた。
「…3」
「3?」
「日」
「…どうして私のこと手伝ってるの!?」
「はい…」
「休んで!!」
「でも、まだ仕事が」
「先生?」
「ごめんなさい」
「…連絡が必要なら、私がするから!」
「いや、生徒にそんなことはさせられない…」
「先生」
振り返った先生を、腕を掴んだまま扉に押し付けて、真正面から見据える。
先生は、申し訳無さそうな表情でこちらを見ていた。
「…っ」
「ヒナ」
「…とにかく、私につかまって。ソファで悪いけど」
「ちょっと、休むくらいでいいから」
「喋らないで」
「…ごめん」
「ちがっ、だから…もう…!」
「うう…」
「…〜っ」
43: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:57:31.41 ID:F26KAdyh0(43/54) AAS
担ぐようにしてソファまでたどり着くと先生を横たえさせる。
ぐったりとしていた。先生の顔は病人のように血の気が失せていた。
「…」
「…あの、立て続けに他の子のところで、トラブルが起きちゃって…」
「私は、先生に無理をさせてまで手伝ってほしいとは思わない」
「返す言葉もないや。ごめん」
「…前にあんな事を言ったから、私、余計に先生を心配させてる?」
小さくて遠慮がちな声でつぶやいた。
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、ヒナ」
「隈ができてる」
ヒナは悲しそうに言った。それを聞いて、先生が「言い辛いんだけどね…」、と力なくつぶやいた。
「ヒナにも酷い隈があるんだよ」
「…」
「…ごめん。私の身体が2つあればよかったね」
ヒナは、泣きたくなった。
「………ホットタオル、持ってくるから、待ってて。先生」
ヒナは先生の手を大事そうに握りしめてから、立ち上がり、カーテンを閉めて部屋を薄暗くして、静かに扉を開ける。
「…じっとしててね」
「うん、どこにもいかないよ…」
「…」
44: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:59:11.60 ID:F26KAdyh0(44/54) AAS
扉をゆっくり閉めると廊下を走って、風紀委員用の生活品がまとめられている部屋へ急いだ。
棚から重なって置いてある清潔なタオルをひっつかみ、側にあった洗面器の中に放り込んだ。
先生のいる部屋にすぐ戻って、ポッドからちょうどいい温度のお湯を張り、タオルを半分それに浸す。
ソファの脇に洗面器を置いて、タオルのお湯に浸った部分で乾いた部分を包んで絞る。
それから丁寧に畳むと、ぐったりと横になっている先生に声をかけてから、目の上にホカホカのタオルをゆっくりのせた。人肌よりも少し高くて心地よい温度で、ヒナの小さな指先が動いて、端を丁寧にのばす。
「…ヒナ、ありがとう」
先生の声はふにゃふにゃしていて、本当に疲れているのだということが伝わってきて辛かった。
「それに、今日は本当にごめんね。助けるつもりが世話になって…先生失格だ…」
「…」
「こうならないように気をつけてたんだけどなぁ…」
先生の弱音にヒナの胸が苦しくなる。
「…」
45: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:00:36.75 ID:F26KAdyh0(45/54) AAS
指先が先生の頬に触れようと動いた。しかし先生が丁度身じろいだところで我に返って、やめた。
疲労のこもった息を吐き出しながら、立ち上がろうとしているのか、ソファの背を確かめるように何度も掴んでいた。
「体調が回復したら、行くね…ずっとここで横になってて、ヒナの邪魔はしたくないし…」
上半身を起こすことができなくて、何回もうめいていた。
「…ちょっとやること済ませたら、ちゃんとしたところで横になるから、心配しないでね」
「…」
「うー…」
このまま何も言わなかったら、本当にどこかへ行ってしまうつもりなのだろうか。
ヒナは怖くなった。
「先生。ここで、安静にしていて」
「でも…」
「…私が言えたことではないけれど、体調管理をまずはしっかりして」
「…仰るとおりです」
「責めたいわけじゃないの…先生がみんなに頼りにされてることは、よく知ってるから」
「はい…」
「…でもね…先生の体が第一で」
「そうだね。ちゃんとわかってるよ」
「…」
物騒な考えがほんの一瞬だけ頭によぎった。
46: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:01:55.70 ID:F26KAdyh0(46/54) AAS
『まあ、生徒全般に対して同じ態度なんでしょうけど…そういう意味では、私は先生を信頼しているんですよ』
そうだね、アコ。こういう人なんだよね。
苦しくなった。
先生のことが心配で怖かったし、自分が生徒の一人でしかないのだと、大事に思われているのはわかっていても、身勝手にもそれが怖くなった。
少しだけ恨めしくて、先生に甘えたくなって、気づかれないくらい控えめに髪の毛を一本つまんだ。
「…」
ヒナはそのまま何も言えずに、先生の髪の毛を指先ではさんで黙り込んでいた。
指の腹で無心に髪の毛をこすっている。なんとも言えないが、悪戯をしているようで悪くない気分になってきた。
47: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:02:57.32 ID:F26KAdyh0(47/54) AAS
そのうち、先生が噴き出した。
「…?」
「ヒナ…くすぐったいよ」
「…」
気づかれているとは夢にも思ってなかったので、慌てて先生から手を離す。声がみっともなく震えていた。
「ご、ごめん…ごめん!ごめん、あの…!」
「てっきり、撫でてくれるのかと」
「…えっ、せっ、先生?」
「人に触れているとリラックスするんだよね。オキトキシンだっけ?」
「いや、あのっ」
「人肌が恋しいなぁ」
「…〜っ、ぅ」
「一生のお願いだよ、ヒナ」
「…いやっ、まぁ、私なんかでも、先生の役に、立てるのなら、嬉しいけれど」
「やった。ありがとう」
「〜〜っ……」
耳まで赤くなっていた。
そうして、何度目かの躊躇の後、待ち構えている先生の頭を、大事そうに撫でた。
「あっ…きく〜…」
「…」
しばらくそうやっていた。
48: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:04:23.27 ID:F26KAdyh0(48/54) AAS
ヒナは先生のことを撫でられて嬉しそうな表情をしていたが、それでも先生がぐったりしている姿を見ているうちに、またさみしげな表情になった。
先生の髪を、丁寧に撫でつける。ボサボサしていた。跳ねてるところを整える。
「…先生は…もっと自分を大切にして。いつも、無茶ばかりして」
「そうかもね」
「…私なら、十分気にかけてもらってるから」
「足りないくらいじゃない?」
「生徒一人にきりがないでしょう…何人いると思ってるの?」
「それでも、私は先生だからね」
「…先生が思うほど、私は子供じゃないのよ?」
「…そう?」
「そうなの。だから、あまり心配しないでいい」
「そうかな?」
「先生。私はね」
ヒナが優しい声で喋る。
「あなたと、穏やかに話している時間が、すごく好き」
そう話すヒナの表情は少しだけ緩んでいた。
「先生が楽しそうに話しているのとか、聞くのが楽しくて。わたしのつまらなくて、なんでもないことを、先生は楽しそうに聞いてくれる」
「…」
「…でも、それで先生に無理させるなら、そんなのはいらない」
「…ヒナ」
「たまに我儘を聞いてくれれば、それだけで私は嬉しいの」
「…たまに?」
「うん。先生が元気でいてくれない方が、困ってしまうから」
ヒナは優しく微笑んで、先生の頭を撫で続けた。
「いつもありがとうね、先生」
49: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:05:45.41 ID:F26KAdyh0(49/54) AAS
しばらくの沈黙。
先生が無言でいきなりゾンビのように起き上がったので、ヒナはびっくりして思わず手を引っ込めてしまった。
「せ、先生…?」
ホットタオルがはずみで落ちた。先生はそれを拾って、時間をかけて丁寧に畳んだ。
その間タオルをじっと見つめていた。
「…今の私はただの情けない先生で、偉そうなことは言えないけどさ」
「…?」
「私が、ヒナの力になりたいんだよ。言ってしまえば私の我儘だ」
「…」
「ていうか、ヒナの子供みたいな我儘を聞くのが一番気持ちいいんだから」
「は?」
「だから…ううん…そうだなあ」
先生は考え込むようにまたしばらく黙った。
頭をかいてから、小指をそっと、ヒナに突き出した。
50: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:07:27.24 ID:F26KAdyh0(50/54) AAS
「…?」
「約束をしようか」
先生が言う。
「…どんな?」
ヒナが聞き返した。
「私達が、ずっと一緒にいられるようにって」
「………………」
「無茶をしがちな私達が、無理をしないように。自分のことを何よりも大切にするって、約束をしようか」
「…あ、ああ?」
「最優先で守ってね。ヒナと私との特別な約束だよ」
「…それは、先生も、ってこと?」
「うん、自分を大切にするよ。そうじゃないと約束にならないから」
「…それなら、まあ…でも」
「ヒナ、もう隈を作ったらダメだよ?」
「…う、うん、でも、先生」
「どうしたの?」
「…」
「ほら、指切りをしようか」
「…」
51: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:08:42.92 ID:F26KAdyh0(51/54) AAS
突き出される小指に、おずおず触れると、固結びのようにきゅっとつなげられた。
ぷらぷらと上下に揺らされる。
「ゆーびきーりげんまん。嘘ついたら、針千本のーます」
「…」
「ゆーびきーった!よしっ!」
「…」
「心配しないで」
小指を絡ませながら、先生はまっすぐに笑いかけてきた。
「ヒナとの約束なら、絶対に守るよ」
「…」
先生は小指を外し、ヒナの頭をぽんぽんと叩いた。
52: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:10:11.35 ID:F26KAdyh0(52/54) AAS
そして空中に腕を伸ばして、大あくびをした。
「さあて、私はこのまま寝させてもらおうかな。実はもう限界を超えてて…リンちゃんには後で謝り倒せばいいや、スマホの電源切っちゃお…ふっふっふ」
「…先生、大丈夫?」
「大丈夫だよ…あ、ヒナは自由にしてていいからね。でも、ほどほどに」
「うん…」
「おやすみ、ヒナ」
「…おやすみなさい」
先生は倒れ込むようにソファに寝そべると、すぐに眠り込んだ。無防備な寝顔だった。
規則的な寝息の音だけが部屋の中で聞こえてくる。
やがてヒナは、毛布を持ってきて、安らかに眠る先生にそっと被せた。
物音厳禁の張り紙を作って、目立つように扉の前に貼った。
机に戻って、書類仕事の続きに取り掛かろうとして、ヒナは、黙り込んだ。
「…」
そのうち立ち上がって、歩いて、ソファの傍らで立ち止まった。
部屋の中に柔らかい風が流れ込んで、カーテンがゆっくりはためいていた。
「…うん。これからも、ずっと一緒にいてね」
先生の頭を撫でる。
ずっと、そうしていた。
53: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:13:52.57 ID:F26KAdyh0(53/54) AAS
終わりです
ヒナは例え先生が目の前で他の女のパンツの匂い嗅いでても何だかんだ嫌いにならないくらいに大好き
54: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:14:37.62 ID:F26KAdyh0(54/54) AAS
374774
55: [sage] 2024/07/28(日) 15:34:06.13 ID:bMAaIaJNo(1) AAS
おつおつ
56: [] 2024/08/04(日) 21:05:35.48 ID:k7o+gVsgO携(1) AAS
おつ
上下前次1-新書関写板覧索設栞歴
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル
ぬこの手 ぬこTOP 0.138s*