異説 ひのきの棒と50G (83レス)
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1: ◆CItYBDS.l2 [] 2024/03/20(水) 15:46:44.62 ID:A9ppvjBR0(1/3) AAS
「ははは、ありゃあ籠城も意味ねえわな」
領主の野郎、溜め込んだ食料をすべて吐き出すわけだ。
あんな数の化け物相手に時間なんか稼げるはずもねえ。
空を飛ぶ大蛇に、櫓よりもでかい巨人。
俺たちを守ってくれる壁なんて、あってないようなもんさ。
見てみろ、あの大狼なんか二本足で立って槍を握ってやがる。
あまりに健気で泣けてくるじゃあねえか。
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59: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:28:34.03 ID:aGyuAlWz0(9/20) AAS
領主が、一体の魔物の亡骸に松明を近づける。
狼の頭をもちながら、二本の後ろ足だけで歩いていた魔物だ。
その大きな目を極限にまで見開き、口からは泡をあふれさせ、尋常ならざる形相で息絶えている。
魔物たちの亡骸は、館に近づくほどその数を増やしていった。
一方、街の戦士たちのそれは一向に見受けられない。
では、魔物たちはいったい何と戦い死んだのだ。
館にたどり着くと、その有様は道中と比べようもないほどに酷いものであった。
食卓に並べられた絢爛豪華な料理に、魔物たちが突っ伏しその腹の中身をぶちまけている。
血と強い酸の入り混じった匂いに、少年は思わずえづいた。
60: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:29:01.70 ID:aGyuAlWz0(10/20) AAS
そんな少年をしり目に、領主はくつくつと笑い始めた。
魔物たちの作り上げた地獄を眺め愉快に笑うその姿は、おとぎ話で知る邪悪な魔王そのものであった。
「いったい、何を為されたのですか」
「残った料理に、毒を盛った」
61: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:29:28.77 ID:aGyuAlWz0(11/20) AAS
少年の脳裏に、昨夜の豪勢な晩餐がよぎる。
人々に食べ尽くしようがない大量の料理。
その残された皿の処遇に、わずかながらの罪悪感を抱いたが。
領主が、それを無駄にすることは無かったのだ。
戦の後、広げられた豪華な料理を前に魔物たちは一体どうするであろうか。
そんなことは、考える間でもなく明らかであった。領主は、そこに一計を案じたのだ。
「襲われた村々を見て思いついた。奴らは、糧秣も持たずに侵攻を続けていたからな」
「……魔物たちは毒で全滅したのでしょうか」
「そこまで愚かでもあるまい。生き残りは散ったか、あるいは他の街へ向かったか」
62: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:30:03.69 ID:aGyuAlWz0(12/20) AAS
「妹を探してきます」
館のあまりの惨状に、少年の不安が搔き立てられる。
館には、少年の妹が預けられていたはずだ。
戦の前に、穏やかに眠り続けるその顔を覗き見たのが最後であった。
「まあ待て」
勇む少年を、領主が手で制する。
「女子供は、枯れた水路から街の外に逃がした。追うにしても準備が必要だ」
領主は、逡巡の後、続けて言った。
63: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:30:33.93 ID:aGyuAlWz0(13/20) AAS
「一先ず―――金が要る。死体の懐を漁ってこい」
領主のあまりに人道に反した言葉に、少年は戸惑いを見せた。
それは、少年の知る「正しい生き様」からかけ離れた行いだ。
だが、先ほどの反省から少年は不用意に意見を口にすることを抑えた。
そこには、少年には思い至らぬ何らかの「正しさ」があるのかもしれないと。
一人館を離れ、坂を下る。広場の遺体は、燃え盛る炎の中だ。
到底、懐を漁ることなどできない。
ならば、戻るべきは街の正門。最も過酷であった戦場だ。
64: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:31:04.20 ID:aGyuAlWz0(14/20) AAS
少年が正門にたどり着くころには、東の空が薄明るくなってきていた。
影の塊にしか見えなかった数多の遺体が、その姿を明らかにされる。
人、人、人、人、大勢の戦士達。そして、僅かながらの魔物。
ひときわ目立つのは、一つ目の巨人の亡骸だ。
昨晩、少年が金的を潰した魔物である。
少年が恐る恐る近づくも、息は完全に途絶えていた。
意外であったのは、巨人の瞳が傷一つなく残っていたことだ。
膝を屈した巨人のどこを狙うかとすれば、その巨大な瞳だと少年は考えたが。
巨人の命を奪ったのは、その太い首を3分の1ほど切り裂いた太刀筋であった。
65: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:31:33.83 ID:aGyuAlWz0(15/20) AAS
少年は、巨人の隣にうつ伏せに倒れている男を見つけた。
どこか、見覚えのある背中であった。
少年は、意を決して男の体をひっくり返す。
男の顔は、元の大きさの半分ほどにひしゃげていて人別はつかない。
だが、その男の手に握られている剣は少年の父親のものであった。
少年は、思わず剣に手を伸ばした。
しかし、男の拳は強く握られていて剣を一向に放そうとしない。
無理やりに手を開かせようとしたところで、少年は我に返った。
死体が握る剣を奪わんとする、自身のその姿は。
少年の思い描く「正しい生き様」から遠く離れたものであったからだ。
66: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:32:03.99 ID:aGyuAlWz0(16/20) AAS
「まずは、領主さまの指示に従おう…」
少年は、自分自身に言い聞かせ深く息を吐いた。
「この行いにもきっと理由があるんだ」
男の懐に、手を伸ばす。その体は、既に冷え切り固くなっていた。
あるはずの人肌が持つ温かみ、それがないことが男の死を明確に告げている。
メノウの釦に果実の種、教会のシンボルを模した木端。
男の懐には、碌なものが入っていなかった。
唯一、金目の物と言ったら昨夜配られた1枚の銅貨ぐらいのものだ。
67: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:32:33.26 ID:aGyuAlWz0(17/20) AAS
銅貨を前に、少年の手が止まる。少年の良心が止めさせたのだ。
これまで、多少の間違いはあれど少年は正しいと信じる道を生きてきた。
人として、踏み越えてはならぬ境を超えたことはなかったはずだ。
最後の一線を前に、少年の足は完全に動きを止めてしまっていた。
ふと、東の山より登った朝日が少年の目を眩ました。
少年の心情など歯牙にもかけず、太陽は一日の始まりを無情にも告げてくる。
日の光は、正門前に広がる昨夜の惨状を明るく照らしだしていった。
ほどかれた闇の中から、一目には数えきれないほどの骸が現れた。
その手足は千切られ、腹は食い荒らされ、流れ出た血は乾き石畳を黒く染めている。
68: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:33:06.05 ID:aGyuAlWz0(18/20) AAS
戦の有様なんてものではない。
これは、魔物にとっての晩餐の果てだ。
少年は、痛感した。
正しくあったはずの男も、そうでない男も。
ここではみな等しく屍となった。
「正しさ」は、この戦場において何の意味をも為していない。
喉から声にならない声が漏れた。
目から拭いきれない涙が零れ落ちた。
少年の良心は、その小さき体から溢れる嗚咽と共にガラガラと崩れ落ちていった。
69: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:33:33.81 ID:aGyuAlWz0(19/20) AAS
世に「正しさ」などはない。
その果てに残されるのは、屍と死体漁りだけ。
この世界に救いはない。
この世界に神はいない。
父の最期の姿を思い出す。
あの手が求めたのは、剣であった。
あの目が訴えかけたのは、懇願であった。
父のあの言葉は。
70: 今日はここまで◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/17(水) 17:34:53.68 ID:aGyuAlWz0(20/20) AAS
僕は、「正しく」ありたかっただけで「正しく」などなかった。
そして、それすらも無意味であることを僕は知ってしまった。
だから、父の剣はもう必要ない。
ただ、銅貨だけをもらっていこう。
71: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 08:14:31.26 ID:TtxL8s290(1/13) AAS
♦
「こんなに絢爛な食卓は、我が一族始まって以来だな料理長」
厨房に溢れかえる料理人と食材をかき分け、御屋形様は私のもとまでやってきてそう言った。
「朝から作り続けてもうくたくたですよ」
実際、次から次へと運び込まれてくる食材を片っ端から料理にしてきて数刻が経っている。
人出は圧倒的に足りず、庭師や家政婦にまで鍋を振るわせている状況であった。
「とにかく、ありったけを飯にしてくれ」
72: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 08:15:06.17 ID:TtxL8s290(2/13) AAS
当初こそ、戦を前に男たちによりよい飯を食わせたいという御屋形様の心遣いかと思ったが。
それにしても度が過ぎている。とてもこの街の者だけで食べつくせる量ではない。
街中から食材を集め、いったい御屋形様は何を考えておられるのか。
「ところで、話は聞いているか?」
「ええ、まあ……」
73: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 08:15:33.56 ID:TtxL8s290(3/13) AAS
話と言うのは、戦のことだ。人手が足りぬのは厨房に限ったことでは無いようで。
先ほど、防壁の中に居る全ての男たちへ召集がかかったのだ。
だが、私は決して戦に出るのを恐れているわけでは無い。
男に生まれた以上、戦いに赴くのは義務だ。誉だ。
それよりも問題は―――。
「御屋形様、どうかこれだけは勘弁なりませんか」
突き出した右手には、長年料理長に受け継がれてきた肉切り包丁が握られている。
74: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 08:16:04.36 ID:TtxL8s290(4/13) AAS
「ならぬ」
御屋形様の揺るぎない言葉に、私は諦念の息を吐いた。
足らぬのは戦士だけではなく、その武具の数にもあった。
館に備えてあった武具は、襲われた村々から流れてきた者たちに配られ既に底をついた。
そのため、この厨房にある刃物すら武器として供出するようお触れが出されたのだ。
「私は、これで魔物を切りたくない」
「ならば、誰かに渡せばよい」
「だけど、見知らぬ誰かにこれを渡したくないのです」
75: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 08:16:33.54 ID:TtxL8s290(5/13) AAS
我儘を言っている自覚はある。だが、どうしても自身の中で折り合いがつかないのだ。
私の言葉に、御屋形様はしばし目を閉じ思案を巡らせている様子であった。
「見知らぬ誰かで無ければよいのだな。ならばそれは私が振るおう」
「……いや、しかし」
「おっと、そうなるとお前が空手で戦うことになるな」
76: 今日はここまで◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 08:17:06.09 ID:TtxL8s290(6/13) AAS
御屋形様は、腰に差された剣をスッと抜き柄を私の面前に突き出した。
美しい刀身には、戸惑う私の膨れた顔がきれいに映し出されている。
「我が家の宝剣だ。ちゃんと返せよ」
私は震える手で、御屋形様の剣を恭しく受け取った。
そのような貴重な剣を差し出されては、最早断る術は無いではないか。
「永らく使われてなかった剣だ。肉切り包丁の方が切れ味は良いかもしれんぞ」
御屋形様は、私の肩をバシバシと叩きながら豪快に声を上げて笑った。
77: 続けます◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 09:12:18.56 ID:TtxL8s290(7/13) AAS
♦
僅かな時間、眠ってしまっていたようだ。
いつの間にか、夜が明け朝を迎えていた。
「領主さま、集めて参りました」
目を腫らして帰って来た少年に、口元が少しだけ緩む。
瓦礫に背を預け、一見すると悠々として見せてはいるが、もはや立ち上がる力もない。
「どれほどだ」
「銅貨が50枚ほど」
78: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 09:13:06.73 ID:TtxL8s290(8/13) AAS
安物の剣が、一本買えるかどうかの金額だ。
しかし、これ以上は望めまい。
「女子供は北の集落に逃した。お前の妹もいるやもしれん」
少年は、その言葉に北へと目を向けた。
「その金を持って行け」
「領主さまは?」
子供を戦場に出した負い目からか、この少年には辛くあたっていた。
にもかかわらず、この少年は常に私の身を気遣っている。
79: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 09:13:33.80 ID:TtxL8s290(9/13) AAS
「生き残りを探す。毒のことを、皆に伝えねばならんしな」
嘘だ。
もはや、そんな余力はない。
だが、そうでも言わなければこの少年は。
戸惑う少年に、私は追い払うように手を振った。
少年はしばしの逡巡の後、礼儀正しく一礼し北へと体を向ける。
80: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 09:14:03.34 ID:TtxL8s290(10/13) AAS
遠ざかる少年から、ひと時も目を逸らせなかった。
ひのきの棒を腰に差し、懐には僅かな銅貨を忍ばせ、街から一人の若者が旅立っていく。
私は、幸運であった。
最期に、彼を見送ることができたのだから。
そうでなければ、街を守ることのできなかった不甲斐なさに苛まれ、苦しみながら神に召されることになっていたであろう。
81: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 09:14:35.12 ID:TtxL8s290(11/13) AAS
視界がかすみ、もう少年の姿は見えない。
願わくば、彼の妹、そしてその旅路が無事であらんことを。
薄れゆく意識の中。
どこからか、声をかけられた気がした。
82: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 09:15:04.37 ID:TtxL8s290(12/13) AAS
♦
少年は、森に入る直前で足を止めた。
その背に、街からの見送りの視線を感じたからだ。
少年は、街を振り返り大きく右手を振って声を上げた。
「行ってきまあす」
街からは既に遠く離れ、もはや誰にも見えるはずもなく届くはずもない。
しかし、少年はそうせずにはいられなかった。
そして、その新たな勇者の旅立ちの姿はきっと。
83: ◆CItYBDS.l2 [saga] 2024/04/18(木) 09:15:31.48 ID:TtxL8s290(13/13) AAS
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