[過去ログ] ソ連軍が満州やドイツで行なった強姦、輪姦【5】 (1001レス)
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(1): 2008/08/13(水)00:29 0 AAS
『週刊朝日』 2008年8月22日号
残留孤児になりかけた「甲子園の怪童」の数奇な運命
昭和史秘話 板東英二「引き揚げの夏」
ノンフィクションライター 松下茂典
外部リンク:publications.asahi.com
     (前略)
 板東英二は1940年4月5日、父・操と母・ひさゑの間に4人きょうだいの末っ子として、満州の
図們で生まれた。東はすぐソ連(ロシア)、南は朝鮮(北朝鮮)と接する国境の町だった。
     (中略)
 英二が生まれる前年、徳島から一攫千金を夢見て満州へ渡った板東家は、わが世の春を
謳歌していた。図們で開いた料亭「鳴戸」が大当たりしたのだ。
     (中略)
 板東家と千治松家の人たちはパニックに陥り、近くの山に逃げ込んだ。頃合いを見はからい、
家に戻ると、マンダリン銃を下げたソ連兵がやってきた。髪を剃り、腕に入れ墨をしたソ連兵は、
シベリアの囚人部隊という噂だった。
「ポケットにヒマワリの種を入れ、それを口に運び、ペッ、と吐いているのもいれば、何の肉なの
か、生肉を齧りながら、銃を突きつけるソ連兵もいました。腹巻きの中にお金を隠していたんで
すが、みんな盗られました。きれいな仲居さんが銃で脅され、連れて行かれました」(節子《⇒
板東の2歳上の姉、住本節子》)
 その間、英二はソ連兵を追い払おうと、必死でブリキのバケツを叩いていた。日本の敗戦が
知れ渡ると、中国人が「ニホン、マケタ」を連呼し、町を練り歩いた。料亭「鳴戸」は、関東軍
御用達の店とあって、中国人に占拠された。
 再び山に逃げようとすると、火をつけられた。
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