マルチジャンルバトルロワイアルpart20 (683レス)
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394: 貴方を瞼が憶えている ◆pSc/w7EBTk 2012/12/21(金)18:39 ID:SqjdEM8k(3/5) AAS
その男を止めるものなど、何もなかった。
人生の内で最も下らない出来事が、人生の内で最も大きな爪痕を残してから。
空腹、痛み、困難、敗北、屈辱、絶望。
死の恐怖ですら、男の足を止めることはできなかった。
そして、男自身に止まるつもりなど毛頭無かった。
「世界一の剣豪になる」という、どこにあるかもわからない目標に向かって突き進むのだから。
止まっている時間など、ほんの一瞬ですら必要無かった。
息を吸い、血が流れ、身が動く限り。
彼は、ただひたすらに前を向いて進むだけ。
足を止めるブレーキなんて必要ない。
あの日、心に誓ったときからそんなものはへし折っていた。
だから男は止まらない、いや止まれないはずだった。
こんな訳も分からないところで、へし折ったはずのブレーキを見つけるまでは。

彼の足を止めたのは「喪失」というブレーキだ。
あの日、大親友かつ絶対に越えると誓った友を失った日にへし折ったはずのブレーキ。
そのブレーキがいつの間にかそっくりそのまま元通りになっていて、今の彼の足を止めていた。
「世界一の剣豪になる」まで、こんな訳の分からないところで止まっている時間などあるわけがないのに。
彼は、止まってしまった。

この場所で、二人の男が死んだ。
嘘が上手くて、逃げ足が早くて、狙ったモノは外さない、行く行くは勇敢なる戦士を志す男が死んだ。
夢に向かってまっすぐで、自分の気持ちに正直で、どこまでも強くなり続ける、自分を海賊に誘った男が死んだ。

死人は蘇らない。
それは、あの日から知っていることだ。
どれだけ声をかけても、どれだけ涙を流しても、どれだけ起こそうとしても。
死人は、起きあがらない。
分かっているのに、分かっているのに。
あの日へし折ったはずの「喪失」のブレーキは、キリキリと金属音を上げながら彼の足を止めていく。

やがて、男はあの日ぶりに完全に足を止めた。

ぐるりと周りを見渡す。
あの日以来目に入れることがなかったモノが次々に飛び込んでくる。
世界で一番の大剣豪になると誓った幼き頃の自分。
腹が減って死にそうなときに食べた砂利まみれの飯。
曲芸士から始まり猫背やなんやと妙ながらも自分の前に立ちはだかってきた敵たち。
戦いの中を共に潜り抜けていった仲間たち。
男のそんな「過去」が視界に広がり、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
そして最後に、男の目に映った「過去」は。
鷹の目に斬られる自分の姿と、動かない体となった幼なじみの姿。
その二つが、交差するように同時に映った。

全ての「過去」が霧のように立ち消えた後、遠い遠いところに見覚えのある顔が映る。
長鼻の男を初めとした横一列に並ぶその集団は、彼が「喪」った者達だった。
笑っているのか、泣いているのか、よく分からない顔で。
彼らは、じっと男を見つめていた。
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