何も無いロレンシア (83レス)
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72: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)03:30 ID:zJUkddjZ0(72/82) AAS
 口にしながら自分でも助からないことに気づいたのか。言葉から力が抜けていくが、それでも彼女は手当を止めようとはしなかった。そして俺ももう止めようとはしなかった。きっと何を言っても彼女は止まらないだろう。なら、残された時間で伝えなければならないことは別にある。

 そう、残された時間。俺はもう死ぬ。結局何のために生まれてきたわからぬまま、誰に愛されることもないままに、見るも無残な姿で死ぬ。

 せめてもの救いは、ひょっとしたらという儚い可能性ではあったが、俺にとって何か大切な存在かもしれないマリアと出会えたこと。そしてこの想いが錯覚であったと気づく前に[ピーーー]ることか。

「聞け……」

「な、なんですか?」

 なら――そのせめてもの救いを享受して、彼女が大切な存在だと思い込んだまま死ぬとしよう。

「……オマエを狙っていた奴ら……その一人…シモン・マクナイト……という、狐目の……胡散臭い男。そいつが……あるいは、そいつらが……俺を含む五人を雇い、オマエの命を狙わせた」

 雨音に遮られそうな、かすれた声しか出ない。彼女の今後に関わるこの情報は、ちゃんと伝わっているだろうか。

「雇われた五人……のうち、イヴは……依頼を途中で降りた。そして……ア―ソンとフィアンマは、もう死んでいる。俺も……死ぬ。最後のシャルケだが……北の寺院の近くに住む、医者に預けた。奴は……オマエに、負い目がある。オマエを……守って、くれるだろう」

 唾を飲み込む音がする。この異常な状況の中、彼女は俺の話がどれだけ重要かをわかり、一言一句聞き漏らさぬように集中している。これで懸念が無くなった。

 大丈夫。彼女は助かる。そして彼女が助かるために“何も無い”命が役立ったのならば、それは上出来ではないか。
 
「奴らがどういった連中なのか……わからない。だが、俺たちクラスの実力者を五人も集め……そこからすぐに追加は……大国でも難しい。それまでに……シャルケの傷は、癒えるはずだ。彼を……頼れ。」

 なんとか必要な情報を渡すまで、この命はもってくれた。他の人からすればささやかな願いはついぞ叶えられなかったが……こうして看取られながら[ピーーー]るのだ。なら、もう、これで――

「どうして……」

「……?」

「どうして、私のために……あんな恐ろしい人たちと戦って……こんな酷い目にあって……どうして、ですか?」

 ああ、いけない。ア―ソンとフィアンマの死因は言わなかったが、奴らと殺し合ってこうなってしまったことは気づかれてしまった。そしてあんな化け物たちと殺し合いになった理由が、マリアを守るためということにも。

 いつかは気づくこと。自分のために命を捨てて戦った人がいたことを、受け入れなければならないだろう。けどそれは、彼女の心が傷ついている今じゃなくてもいい。このまま意識を手放して地獄に落ちようと思っていたが、最後に一仕事しなければ。

「ク……ハハ、ハハハハ。何を、言い出すかと……思えば」

「……ロレンシアさん?」
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