何も無いロレンシア (83レス)
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66: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)03:27 ID:zJUkddjZ0(66/82) AAS
「こんなところにこんな姿で隠れ潜む。そんなに母が恋しかったか。そんなに安全で暖かな母の中で好き勝手したかったのか。そんな幼稚な考えだから、村八分にあっただろうに」
ロレンシアの指摘は的を得ていたのだろう。ア―ソンは耳にするだけで呪われそうなおぞましき奇声を街中に響き渡らせる。だが至近距離でその絶叫を受けているロレンシアは、気にも留めなかった。
「オマエの正体がわかった理由か? それは勝手にわかってしまうことなんだ。これまでもそうだった。オマエたち魔に心を呑まれてしまったモノたちの正体と弱点は、少し戦えば自然とわかってしまうんだ」
おぞましき存在であるア―ソンを、ロレンシアは顔の間近に持ってきてその眼をのぞき込む。
「オマエは俺に聞いたな。何故剣に手を伸ばしていないのかと」
ア―ソンが手の中でもがく動きが激しくなる。左目が潰れ、右目も変色し始め――それでもなお淡々と語るロレンシアの形相は、魔に心が呑まれているア―ソンにして恐怖を抱かせるものであった。
「あれに手を伸ばしたら、きっと人間に戻れない。誰に言われるでもなくそれはわかっていた。そしてオマエの話を聞き、確証を得た。人間を止めるなんて、誰がするものか」
人間を止めてしまったモノに恐怖を抱かせながら、ロレンシアは続ける。
「多分俺は、オマエより深みにいる。だから浅いところにいるオマエの正体と弱点がわかるんだ。その程度の浅さにいる癖に、オマエは人間を止めてしまいやがって」
全力を出した反動で、ヒビの入っていたロレンシアの右腕は完全に折れてしまった。しかしそんなことは無視され、じょじょにア―ソンを握る力が増していく。締め付けられア―ソンの体が赤黒く膨らみ始める。
「ギ――――ギギィ」
「俺は、人間だ。たとえ何も無くとも、俺は人間だ。そうでなければ、きっと得られない。だから人間のまま、抗ってみせる。もがいてやる。そしていつの日か――誰でもいい、ほんの少しでもいい。次の瞬間に死んでもいい」
「俺は――――――――愛されたい」
あ――――嗚呼。
握りつぶされて弾け飛びながら、ア―ソンは最後にわかった。それは自分とフィアンマの敗因。
なまじ異常な生き方をしていたせいで、ロレンシアの飛びぬけた異常性に気づけなかった。自分たちより一歩先、二歩先にいるという次元ではない。自分たちがどれだけ速く走っても空を飛べないように、最初から段階が違ったのだ。
この男は、真正の化け物。人と同じなのは姿のみ。魔に心を呑まれているモノ以上に終わった存在。
それが、“何も無い”ロレンシアなのだと。
ア―ソンを握りつぶすと、ロレンシアの腕は糸が切れたようにダランと下がる。
傷だらけの体を、ポツリポツリと大きな雨粒が打ち始めた。空を見れば太陽は西の端のほうにあり、暗雲が覆いつつある。雨風をしのげるところで、傷を癒さなければならなかった。
だが――どうやって?
ア―ソンの毒は少しずつ、だが確実に体を緑色に蝕み始めた。全力を出した反動で、瞬刺殺にえぐられた脇腹の出血が激しい。
「まだ、だ……まだ、なんだ」
動かなくなった両腕を力無く垂らしながら、ロレンシアはゆっくりとその場を離れた。悲痛な嘆きを、この場に残しながら。
「死ぬのは、せめて……愛されてから」
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