何も無いロレンシア (83レス)
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10: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:34 ID:zJUkddjZ0(10/82) AAS
※ ※ ※

 こうすればどうなるか予想できていた。

 背後で立ち上がる音に、手が届きやすいようにとやや前かがみで振り返る。

 予想通り、頬に衝撃がはしった。
 
 ああ、やはりこうなるんだ。

 自分に求められていること。自分がやりたいこと。自分が為すべきこと。
省19
11: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:34 ID:zJUkddjZ0(11/82) AAS
 楽しいから生きたい。楽しめなくなる死が怖い。

 多くの罪を犯し、断罪の刃が目の前に迫ってなおそう思えるほど、奴の人生は楽しいものだった。

 これでやっと終われるなど、微塵も考えなかったんだろう。

 それのなんと羨ましいことか。

 そしてそれを、多くの人が当たり前のように享受している。
省13
12: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:35 ID:zJUkddjZ0(12/82) AAS
 まるで俺がとんでもない提案をしたかのように、女は目を見開いて後ずさる。あまつさえ体を小刻みに震えさせてまで。

「奴が逃げ出して時間は経ってしまったが、何せあの傷だ。血は失い、体のバランスも以前とは違って思うように走れない。血の痕跡もあって追いやすいだろう」

「で、でも……」

「オマエは疲れているだろうが、奴だって傷ついている。さらに奴は負け犬で、一方のオマエは怒りに満ちている。奴の方が争いごとに向いていることを差し引いても、勝ち目は少なくない。それに安心しろ。[ピーーー]手伝いはしないが、反撃でオマエがやられそうになったら割って入る」

 あれほど奴を憎んでいた。そしてその怒りは正当なもの。ならばそれを助けるのが人というものかと思っての提案だ。
省25
13: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:36 ID:zJUkddjZ0(13/82) AAS
※ ※ ※

「目付け役がいてな。途中から置いてきてしまったが、道すがら目印は用意していた。多分もうじきここに来るだろう。奪われた物を運ぶのに人手も必要だから、そいつ等と合流してから帰る」

「……そう」

 俺の言葉に妹は関心なさげに相槌を打つ。先ほどまで姉に泣きすがっていたが、今は無表情にただ姉を抱きしめている。

 回収した物品のことを置いておいても、こんな状態の二人を街まで連れ帰るのは俺一人では無理だ。
省12
14: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:36 ID:zJUkddjZ0(14/82) AAS
 盗賊団の生き残りではない。茂みへの距離は約十メートル。こんな近くに接近されるまで気づかせない隠形の業を、奴ら程度ができるはずがない。

 血の匂いに惹きつけられた狂人か、俺の首を狙う賞金稼ぎか。考えにくいが、“魔に心を呑まれたモノ”の可能性すらある。いずれにしても只者ではない。

 とはいえ、これ以上のことは対峙しなければわからなかった。

 姿の見えない相手に向けて、やや早足で近づく。

 反応は無い。距離が縮まっても茂み越しに攻撃するわけではない。なら茂みをかき分けた瞬間を狙うつもりか。
省13
15: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:37 ID:zJUkddjZ0(15/82) AAS
※ ※ ※

 あれから目付け役も追いつき、何事も無く――妹の俺に向ける敵意から、目付け役たちが俺にあらぬ疑いをかけはしたが――街まで戻ることができた。

 城主伯の遣いである執事が大喜びで出迎えてくれた。

 それはそうだ。この街は『安全』という信用で成り立っている。盗賊団に襲撃されたのは痛いが、わずか二日後に盗賊団を壊滅に追いやり、さらわれた街の者も生きたまま取り返すことができた。その信用は首の皮一枚つながったと言える。

 もっとも、大喜びなのは俺が持ち帰った戦果に対してのことで、俺自身に対しては慇懃ではあるものの、侮蔑や嫌悪を必死になって隠そうと躍起になっているのが見て取れた。
省24
16: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:38 ID:zJUkddjZ0(16/82) AAS
 俺に礼を言えないことなど、どうでも良かった。

 そんなことよりも注目すべきことがあるのだから。

「俺に礼を言わなければならない。助けてもらったのに非難したことを謝らなければならない。けどこんな奴に、そんなことしたくない。でもしなければならない。そして――命の恩人に、形だけの礼なんて失礼極まりないことをするわけにもいかず、固まっている」

「……っ」

「別に礼を言う必要は無い。ここまで誠意を見せてもらったのは、ずいぶんと久しぶりだから」
省21
17: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:38 ID:zJUkddjZ0(17/82) AAS
「俺が引き受けた依頼と、その結末をいくつか話そう」

 一つは家族を皆殺しにされた少年が復讐を誓い、鍛錬を積み、さらに助けとして俺を雇った時のこと。途中で俺は犯人の正体に気づいた。殺されたはずの少年の姉が、魔に心を呑み込まれて変わり果て、少年以外を皆殺しにしたことに。

 少年は自分の手で犯人を[ピーーー]ことを何年も夢見ていたが、俺は少年に姉殺しをさせるのはどうかと思い、依頼を無視して俺がこの手で殺した。正気を失った少年は俺に襲いかかるが、敵わない。そして俺に吹き飛ばされ、怒りと無力感でさらに正気を失いかけたよりによってその目の前で、異形と化していた姉が元の姿に戻ってしまった。無残な死体の姿でな。

 少年は喉が裂けるほどの絶叫をあげた。そしてその場は、濃厚な魔で満ちたままだった。吸い込まれるように魔は少年の体に潜り込み、俺の前で見る見るうちに、姉以上の異形の姿へと成り果てていった。

 そして、俺に殺された。
省21
18: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:39 ID:zJUkddjZ0(18/82) AAS
「……そんな顔をするな」

「……だって」

 今にもこぼれそうなほど目じりに涙をためた妹に、ため息をつく。

 同情は嫌いだ。

 同情された事なら何度かあるが、手を差し伸べられたことなど一度も無いのだから。
省10
19: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:39 ID:zJUkddjZ0(19/82) AAS
※ ※ ※

「一度だけ、警告しよう」

 営門を出てしばらく歩き、人気が無い街道でのこと。

 俺以外に誰もいない。

 誰の気配も感じない。
省16
20: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:40 ID:zJUkddjZ0(20/82) AAS
――もしかするとすると魔法か?

 魔に心を呑まれたモノだけが起こせる超常の力。それが魔法。

 魔法を扱える者と会ったことはこれまで三度しかない。それほど魔に心を呑まれたモノはマレで、さらに生き延びられる者は限られるからだ。

 というのも、魔に心を呑まれた時点で例外無く異端であり、その瞬間全ての人間の敵となる。魔に心を呑まれたモノが同じ村の住民で、親戚であっても容赦などしない。

 魔に心を呑まれたモノはもはや人間ではないという教えがどこにでもあり、実際下手に情けをかけて見逃そうものなら、何百何千という犠牲者が出ることになる。
省20
21: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:41 ID:zJUkddjZ0(21/82) AAS
 この男の技に興味はあったが、それ以上に関わると面倒になると思い背を向けようとした時だった。

 背を向けていたので推測だが、きっとシモンは会心の笑みを浮かべていたことだろう。

 それほど絶妙なタイミングで、シモンは俺の興味を十分に惹く言葉を吐いた。

「貴方と同等の実力者を、既に四名集めました」

「……正気か?」
省15
22: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:41 ID:zJUkddjZ0(22/82) AAS
「金額は十億。これを一ヶ月以内に標的を殺せた者に差し上げます。方法は問いませんし、情報は提供しますが指示は何も出しません。失敗しても真剣に取り組んだ結果であれば、一億を差し上げましょう」

「……ああ、なるほど。しかし十億だと?」

 確かにこの方法ならば標的の付近で惨劇はおきるだろうが、依頼人の命は守られる。現場が混沌となり、混乱に乗じて標的が逃げおおせる可能性もあるが。

 それにしても十億とは。金銭に興味が無い俺だが、実力に見合った報酬をもらったことは何度かある。十億というのは、俺がもらった報酬の中で最も高い金額の十倍以上だ。一生遊んで暮らせる。

「……俺と同等の実力者を既に四人集めたネットワークに加え金もあるようだが、なぜその標的とやらを自分たちでやらない? オマエは……オマエたちは何者だ?」
省21
23: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:42 ID:zJUkddjZ0(23/82) AAS
 ため息を一つつく。

 ほんの数日前に引き続き、また重要な選択肢を迫られた。

 依頼自体には強く興味を惹かれたが、何をしたわけでもない――もっとも、シモンの口ぶりからするとこれからしでかすかもしれないが――少女を[ピーーー]つもりにはなれなかった。

 しかしこの話に関わるには、依頼を引き受けなければならないだろう。

「前金はあるか?」
省17
24: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:43 ID:zJUkddjZ0(24/82) AAS
〜第一章 五つの贄〜

 狐目の男、シモン・マクナイトから依頼を受けてから三日が経つ。

 標的の女、マリア・アッシュベリーが潜むと教えられた山にたどり着いた。

 マリア殺害を引き受けたのは俺を含めて五人。

 “沸血”のシャルケ。
 
 “かぐわしき残滓”イヴ。
省20
25: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:44 ID:zJUkddjZ0(25/82) AAS
※ ※ ※

 そこにたどり着いた時、土煙は未だに舞っているが戦闘の音は無く、パラパラと破片が零れ落ちる音がするだけだった。戦いは終わりこそしたが、終わって間もないことが見て取れる。

 山の中でも緑が少なく、比較的平らで赤土な所だ。滑る足元をゆっくりと踏みしめながら、頬に熱気を感じる。

 地面を見れば赤土であるにも関わらず踏込の跡がはっきりと、いくつも残っている。強力な踏込から繰り出される速さと威力のほどは、零れ落ちる音の方を見れば用意に想像できた。人の背丈ほどはあっただろう岩が砕け、その断面からポロポロと砂のように岩であったものが流れている。他にも目をやれば、倒れた木や大きく穴の開いた岩壁が次々と見られる。一対一ではなく、戦争でもあったかのような荒れようだ。

「……素手か」
省14
26: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:45 ID:zJUkddjZ0(26/82) AAS
 シャルケが少女以外にやられた可能性――特に競争相手である依頼を受けた他の三人を疑ってみたが、その線は薄い。

 岩壁にめり込んでいる角度と外傷から推測するに、シャルケは強力な力、おそらくは打撃を胸部に与えられ十メートルほど吹き飛ばされた。八十キロを超すシャルケをそれだけ吹き飛ばすだけでとどまらず、岩壁にめり込ませる威力を出せる者が相手であった。そして他の三人はそれに該当しない。

 “かぐわしき残滓”イヴならば、遠距離からの射殺ないしは背後から喉を掻き切る、又は毒殺。“深緑”のアーソンならば、全身が膨れ上がって死んでいるはず。そして“血まみれの暴虐”フィアンマならば、体に大穴が空き、酷ければ跡形も残らない死に方をしているはずだ。

 より詳しい情報を得ようとシャルケに近づき、体に触れた時だった。

 剣の柄に手を当て、全速力で振り返る。遮蔽物がろくにないこの空間で、十歩足らずの距離に女がいつの間にかいた。
省12
27: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:46 ID:zJUkddjZ0(27/82) AAS
「そういう貴方は“何も無い”ロレンシアですね。“深緑”のアーソンかとも思えましたが」

「その言葉は、俺と奴の両方に喧嘩を売っているぞ」

「その言葉は言いえて妙ですね。いくら“深緑”といえども、“何も無い”貴方と見間違えられたと聞けば不愉快でしょう。そして意外な発見です。“何も無い”貴方であっても、魔に心を呑まれたモノと同一視はされたくないのですね」

 別に煽っているわけではなく、ただ淡々と思っていることを口にしているのだろう。悪意を感じられない。もっとも、それ以上に思いやりも感じられないが。

「ところで、シャルケをやったのはオマエか?」
省20
28: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:46 ID:zJUkddjZ0(28/82) AAS
「あの世に片足をかけ、目覚めれば天国に来たと思いきや……若い癖に辛気臭い顔をした奴もおる。天国を見せた後に地獄に引きずり込む腹積もりか」

「……苦労して蘇生させた奴を、再び[ピーーー]というのは一興だろうか?」

「用済みになる前にそれをするのですか? しかねない貴方が言うと笑えないので慎みなさい」

 シャルケはまだ息を吹き返したばかりで意識が朦朧としているはずだ。しかし俺とイブのわずかだが十分な情報を含んだ言葉を耳にし状況を理解し、忌々しげに息を吐く。

「ふん……っ。“何も無い”ロレンシアと、“かぐわしき残滓”イヴか。一応命を救ってもらった礼は言おう」
省18
29: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:47 ID:zJUkddjZ0(29/82) AAS
 どうしたものかと考えていると、言いたいことだけ言ってシャルケは限界だった意識をわざと手放した。活を入れて意識を戻しても堂々巡りになるだけで、時間の無駄だ。

「……オマエ、標的がどこにいるかわかるか?」

「それは、私と手を組む腹積もりということか」

 “何も無い”俺と手を組むことに嫌悪感を覚えたのだろう。イヴは形の良い眉をあからさまに歪めた。どうもこの女、自分の意志を表明するにあたって声の抑揚の無さをカバーするためか、言葉がきつかったりボディランゲージが大きいようだ。暗殺者とは思えない以外な癖だが、存外暗殺者なんぞやってるとらしくない癖の一つや二つ欲するようになるものかもしれない。

「いや、別に。ただ俺は情報が欲しいし、情報の与えかた次第でオマエは俺をいいように利用できるかもな」
省19
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