【グラスリップ】透子「かけるくん?」 (171レス)
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1: [sage saga] 2019/04/03(水)19:40 ID:DvK9a+dU0(1/18) AAS
 †

 ピアニストの母さんは、職業柄なのか、人柄なのか、ひとところに留まらない人だった。

 それが原因で、子供の頃から俺は各地を転々としてきたけれど、そのことで母さんを恨んだことはない。

 むしろ、母さんのしていることは、それがなんであろうと、正しいように感じられた。

 母さんのような生き方に、憧れていた。
省11
2: [sage saga] 2019/04/03(水)19:54 ID:DvK9a+dU0(2/18) AAS
<第1話 花火>

 転校は初めてじゃない。

 ただ、これが最後になるかもしれなかった。

 高校三年生の夏。

 進路を決めるのに、腰を据えて考えられたほうがいいだろう、と誘われて、俺は父さんの地元で一緒に住むことになった。
省20
3: [sage saga] 2019/04/03(水)20:07 ID:DvK9a+dU0(3/18) AAS
『花火、少しくらい見ていかないのか?』

 ほとんど歩く機械みたいになっていた俺を見かねたのだろう、《俺》が苦笑気味に言う。

『よせよ。俺は祭りが苦手なんだ。知ってるだろ?』

 何も答えない俺の代わりに、もう一人の《俺》が俺を擁護する。すると、花火が見たいらしい《俺》は、納得いかないといったように言い返した。

『祭りが苦手、とはちょっと違うだろう』
省22
4: [sage saga] 2019/04/03(水)20:11 ID:DvK9a+dU0(4/18) AAS
 何が起こっている?

 《未来の欠片》で何かが見えたことは一度もない。

 明らかにこれまでのものとは違う。

 俺はその理由を求めて、周囲を見回す。

 すると、山吹色の帯に桃色の浴衣を着た、明るい髪色の女の子の姿が目に飛び込んできた。
省10
5: [sage saga] 2019/04/03(水)20:28 ID:DvK9a+dU0(5/18) AAS
 翌日、俺は転校の手続きに必要な書類を受け取るため、日乃出浜高校を訪れた。

 既に夏休みに入っていたので、登校している生徒は少なかった。野球部員がグラウンドで練習していたり、美術部員がなぜか放し飼いにされている鶏をスケッチしていたりと、そんな程度。

 閑散とした校舎に入り、担当の先生と会って、少し話をした。しかし、昨日のことが気になって内容が頭に入ってこない。俺は適当なところで話を切り上げ、そそくさと帰り支度をした。

 日差しが遮られて薄暗い昇降口から、炎天下の屋外へと足を踏み出す。

 ふと、つば広の帽子を被った美術部員の姿が目に留まった。
省14
6: [sage saga] 2019/04/03(水)20:35 ID:DvK9a+dU0(6/18) AAS
「ありがとうございます」

 先生が校舎へ戻っていくのを見届けてから、俺はスケッチを続ける彼女の隣に、ゆっくりと腰掛けた。

「面倒だよね。転校って」

 こういう雑談はそれなりに得意だと思っている。ひとまずは、様子見だ。

「何年生?」
省22
7: [sage saga] 2019/04/03(水)20:44 ID:DvK9a+dU0(7/18) AAS
 『他から来た子』――その単語が、胸の奥に無断で手を突っ込まれたように、嫌に耳についた。

「……だから一羽だけ浮いてるのか」

 少し暗い調子でそう呟いた俺に、トウコが不思議そうに振り返る。だが、俺が何も言わないでいると、彼女はまたデッサンに戻った。

「放し飼いだから、描きづらいったらないのよ」

「なら、小屋に入れればいいのに」
省25
8: [sage saga] 2019/04/03(水)20:51 ID:DvK9a+dU0(8/18) AAS
「ここは港町だし、猫もたくさんいる。――襲われる可能性は考えない?」

「魚でお腹いっぱいだから大丈夫っ! ……たぶん。今まで猫に襲われたっていう話、聞いてないし……」

「猫以外は?」

 直接的な外敵なんかではない。

 もっと概念的なものに、不意に襲われる可能性。
省25
9: [sage saga] 2019/04/03(水)20:57 ID:DvK9a+dU0(9/18) AAS
 *

 あんなことをしでかして、結局、俺は彼女に《未来の欠片》のことを切り出せずに終わった。

 けれど、もちろん、一歩目で躓いたくらいで諦めるつもりはない。

 狭い街だからだろう、少し聞き込みをするだけで情報は手に入った。

 彼女――深水透子は、普段はカゼマチという喫茶店に数人の仲間とたむろしているらしい。
省17
10: [sage saga] 2019/04/03(水)21:01 ID:DvK9a+dU0(10/18) AAS
「紹介します。ええっと、名前は――」

「沖倉です」

「沖倉ダビデ?」

 カチューシャで前髪を上げた男が、そんなとぼけたことを言う。きっと人が良いのだろう、彼からは敵意を感じない。

 ただ、彼の隣にいる眼鏡の女の子、それに透子の隣にいる目つきの鋭い男からは、かなり不興を買っているように思う。
省14
11: [sage saga] 2019/04/03(水)21:13 ID:DvK9a+dU0(11/18) AAS
唐突な当たり前のグラスリップSSです。

このSSは完全かけるくん視点なのでヒロくんはもうラストまで出てきません。

第2話はしばらくしたら更新します。
12: [sage saga] 2019/04/03(水)23:10 ID:DvK9a+dU0(12/18) AAS
 †

 その《声》のことは、母さんにも、もちろん父さんにも、話したことはない。

 あれは、忘れもしない、あの夏祭りの日。

 家へと続く道を悄然と歩いていた俺の元に、それは通り雨のようにふらりとやってきた。

《――またな――》
省17
13: [sage saga] 2019/04/03(水)23:16 ID:DvK9a+dU0(13/18) AAS
<第2話 ベンチ>

「俺はあの日、君と同じものを見た」

 そう告げた俺に、透子は何も答えることはなかった。

 代わりに反応したのは、周りにいた透子の友人たちだ。

「同じものって……」
省16
14: [sage saga] 2019/04/03(水)23:26 ID:DvK9a+dU0(14/18) AAS
 *

 そして、翌日。

 父さんの家のリビングのリクライニングソファの上で、俺は母さんの演奏する夜想曲を聴いていた。

『昨日は随分と思い切りがよかったな』

『けど、確実に反感を買った』
省15
15: [sage saga] 2019/04/03(水)23:37 ID:DvK9a+dU0(15/18) AAS
『何はともあれ、今日の約束に深水透子がどう応じるかだ』

『彼女の協力は必要不可欠なんだから、うまくやれよ』

 わかってる……やれるだけのことはやるさ。

 決意を固めると、俺は逸る心を鎮めるため、母さんの演奏に集中する。

 深く呼吸をして、身体の力を抜いていく。
省23
16: [sage saga] 2019/04/03(水)23:46 ID:DvK9a+dU0(16/18) AAS


 来ないという可能性も考慮していただけに、女の子一人が同伴しての登場とは、昨日の突貫はかなりの成果を上げたと考えていいだろう。しかし――、

「やあ、こんにちは。君は昨日の……」

「永宮です」

 同伴者がこの眼鏡の子――永宮となると、かえって対応は難しい。彼女に下手なごまかしは通じないだろう。何もかもを喋るわけにもいかないが、話せる範囲で誠意を見せるしかない。
省15
17: [sage saga] 2019/04/03(水)23:51 ID:DvK9a+dU0(17/18) AAS
「でも……」

 永宮はなおも反対したが、最終的には透子の意思を尊重することに決めた。

「透子ちゃんを、助けてくれるのよね?」

「……恐らく」

 俺と短いやり取りを交わし、永宮は俺と透子を残して席を外す。ただし、
省10
18: [sage saga] 2019/04/03(水)23:54 ID:DvK9a+dU0(18/18) AAS
 *

 いざ透子と二人きりになってみると、自分でも意外だが、多少の緊張があった。

 それもこれも父さんや永宮の一言のせいだ――というのは、さておき。

 あまり長い間二人でいると、永宮が上がってくるかもしれない。

 限られた時間の中で、うまく説明できるといいのだが……。
省6
19: [sage saga] 2019/04/04(木)00:00 ID:dmglIwuH0(1/7) AAS
 *

 クーラーの効いた室内から外に出た瞬間、痛いほどの日差しが肌を焦がした。

「暑い……」

 自ら進んで外に出たはずの透子だが、早くも後悔しているようだった。

 どこまでも飾らないというか、感情がそのまま表に出るというか、少し抜けてるというか。
省13
20: [sage saga] 2019/04/04(木)00:08 ID:dmglIwuH0(2/7) AAS
 言いながら、俺は透子の反応を伺う。

 すると、彼女はどういうわけか瑣末なことをぶつぶつと呟き始めた。

「……謝るってことは、誰にも聞かれてないと思ってお風呂場で歌を歌ってたり、いや、そんなことより、まさかテストの点、呟いてないよね……」

「どっちでもない」

「よかったぁ」
省14
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