高垣楓「れんそうげえむ」 (78レス)
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1: [sage saga] 2018/12/10(月)22:11 ID:ThdkkE4u0(1/30) AAS
デレマスのss。地の文アリです。
2: [sage saga] 2018/12/10(月)22:14 ID:ThdkkE4u0(2/30) AAS
「すいませんプロデューサーさん、あれってどうなってますか?」

 午後二時。昼食の消化もいい具合に進み、睡魔が幅を利かせ始める時間帯。俺も例に漏れず重たくなる瞼と格闘しながら、それでも給料泥棒の悪名を冠したりしないように、必死に意識を繋げていた頃合いのこと。
 肘をちょんちょんとつついてきたちひろさんに問われたのは、この前請け負ったとあるお仕事についての話。

「今手を付けてるんで、今日のうちには完成させておきます」

 ちょうど佳境に入ったところだった。優先順位的にはそこまで重たいものではないので処理を先送りにしていたのだが、だからといっていつまでも見て見ぬふりをし続けるのは不可能。「今から急ぎで」みたいな忘れていた可能性すら疑わせる返事をしなくて済んだことにほっと一息つく。こればかりは、己の慧眼に感謝だ。
 目頭のあたりをぎゅっとつまんで、再び作業に戻る。少しでもぼーっとしていると、そのまま突っ伏してしまいそうだったから。
3: [sage saga] 2018/12/10(月)22:15 ID:ThdkkE4u0(3/30) AAS
「…………」
「……あの」
「なんでしょう?」
「その、脇に立たれると気になるって言いますか」
「なるほど。じゃあこちらに」
「正面は余計に驚きますね」
「ならこうしましょうか」
「……いや……はい。分かりました」

 脇に立つことをやんわりと禁じ、正面に居座ることに難色を示した結果、声の主は空いている椅子を持ってきて、俺の横に座ることで手打ちにしたらしい。抜け道を残した自分の瑕疵なので、とやかく言うのはナンセンスだろう。
 高垣楓という女性の人間性についてある程度理解しているはずなのに、うっかりしていた。楓さんはこういうことを平然としてくる人だ。
省4
4: [sage saga] 2018/12/10(月)22:16 ID:ThdkkE4u0(4/30) AAS
 さあ、考える時間だ。議題は「あれとはなにか」。
 昨日、一昨日あたりの記憶を重点的に洗って、それでも引っかかるものがなかったのでここ一か月くらいの範囲を精査した結果、俺が導き出した答えは。

「………………………………すいません楓さん、なんの話か教えてもらっても?」
「いつか、ご飯をご一緒しようという話になったので」
「あ、ああ。あれですねあれ。もちろん考えてますよ」

 正直まるで思い当たる節はなかったが、彼女が言うのならそういうこともあったのだろう。そうに違いない。もしかしたら、アルコールが入っている時に適当な口約束を結んでいたのかも。
5: [sage saga] 2018/12/10(月)22:29 ID:ThdkkE4u0(5/30) AAS
「良かった。今週末には予定がないので、それを伝えておきたかったんです」
「分かりました。セッティングしておきますね」
「…………」
「……あの、まだ何か?」

 どうにかやり過ごしたと思ったのに、これで終わりではないらしい。フラットな視線がこちらの顔に突き刺さってきて、目のやり場に困る。しかし相変わらず、どこを見てもとんでもない美人さんだ。絶世の美女という言葉は、この人の誕生を予期して作られたのではないかと考えてしまうくらいに。

「プロデューサーさんは、どれくらい私のことをご存知ですか?」
「……それなりに、程度かと」
6: [sage saga] 2018/12/10(月)22:42 ID:ThdkkE4u0(6/30) AAS
 顔、名前、公称プロフィールの諸々、あとはちょっとした趣味とか。これくらいはファンなら自ずと頭に入ることなので、そこと一線を画そうと思えば、自宅の住所を知っていることを挙げるだろうか。
 総評して、一般的なファンより多少詳しい、的な場所に落ち着くような気がする。

「それなりですか」
「ええ、それなりです」
「これは問題ですね」
「どのあたりがでしょうか」
「いえ、プロデューサーたるもの、担当アイドルに関する見識は誰よりも深い必要があるかと思いまして」
「なるほど」
7: [sage saga] 2018/12/10(月)22:51 ID:ThdkkE4u0(7/30) AAS
 言われてみれば、そうなのかもしれない。彼女の魅力を限度いっぱいまで引き出すことを考えた時、まず第一に、俺が売りだすべきストロングポイントを熟知していなければならない。
 まあ、俺が小賢しい手を講じるまでもなく、楓さんは勝手に一人で売れていってしまう気がしないでもないが。馬子にも衣裳なんて言うけれど、わざわざ白鳥にドレスを仕立てるのは下策に思える。楓さんの素のきらびやかさを思えばなおさら。

「なので、今後はもっと私への関心を深めるようにお願いしますね」
「善処します」
「絶対ですよ?」
「分かってますって」
8: [sage saga] 2018/12/10(月)22:52 ID:ThdkkE4u0(8/30) AAS
 詰め寄られて、少しのけ反る。あんまり近いものだから、色の違う両の瞳に吸い込まれてしまいそうで腰のあたりが落ち着かない。

「週末、楽しみにしてますから」

 そう言って、楓さんはようやくのこと俺のデスクから離れてくれた。ちひろさんの視線が気になるので、そちらを見ないようにして仕事を再開しないと。
9: [sage saga] 2018/12/10(月)22:53 ID:ThdkkE4u0(9/30) AAS
「ワインも捨てがたいですが、やはり日本酒ですね」
 
 楚々とした所作でお猪口を傾けた後の一言。来店からそれなりの時間が経過したので、楓さんの頬はほんのり赤く色づいている。
 しかし、相変わらず何をやっても絵になる女性だ。時代が時代なら、この美貌だけで国の一つや二つ陥落させていたのではないか。前もってハニートラップである旨を告げても、その上で喜び勇んで引っかかる人間はそこそこの数に上るはず。
 俺だって、仕事で関係のある人でなければまず真っ先に美人局の可能性を疑った。実際、周りの客からはそう見えている可能性もある。
10: [sage saga] 2018/12/10(月)22:53 ID:ThdkkE4u0(10/30) AAS
「一献いかがですか?」
「喜んで」

 ファンが見たら怒り狂う光景かもしれない。『高垣楓にお酌してもらう権利』なんて、どんな人生を歩めば手に入るのだろうか。
 事実、彼女と何度か食事をするたびに、運命の数奇さのようなものを感じずにはいられなかった。役得と断じてしまうのは簡単で、しかしその根っこは意外と深い。要は運が良かったのだ、俺は。
 そんなことを考えながら口の中に流し込んだ日本酒の味は良く分からなかった。思考が飽和して、味覚が職務放棄を始めたらしい。
11: [sage saga] 2018/12/10(月)23:06 ID:ThdkkE4u0(11/30) AAS
「プロデューサー?」
「なんです?」
「心ここにあらずといった様子だったので。酔っちゃいましたか?」

 なぜか楓さんは唇の前で人差し指を交差させてばってんを作っている。「お酒はもうダメですか?」という意味だろうか。首をこてんと傾ける仕草が年不相応にかわいらしくて見惚れかけるが、また言葉を失ったら本格的に泥酔を疑われてしまう。それは芳しくない。人並みに欲があるので、もう少しこの時間を楽しんでいたい。

「すいません、仕事のこと考えてて」
「もう。めっ、ですよ」
「…………」
12: [sage saga] 2018/12/10(月)23:07 ID:ThdkkE4u0(12/30) AAS
 先ほどの人差し指をとんとんと二回叩いた楓さん。気分としては、悪戯を叱られた子供のようだ。
 しかし、普段のミステリアスさが徐々に溶かされているからお酒というものは末恐ろしい。割と茶目っ気がある人なのは知っているが、こうも行動が変わるのだから。

「プロデューサー、あれ、頼んじゃいましょうか」
「……この間話していた銘柄?」
「そうです。さっきラベルを見かけて」

 店員さんに声をかけて、奥に見える日本酒をオーダーする。一連の段取りを流れでこなしていると、楓さんはやけに満足げに二度ほど頷いた。
13: [saga] 2018/12/10(月)23:08 ID:ThdkkE4u0(13/30) AAS
「この感じです」
「と言うと?」
「詳細を話さずとも伝わる感覚とでも言いますか」

 指示語の内容を問わずとも理解できる状態を言うのだろうか。前後文脈から彼女の性格嗜好を考慮して、『あれ』にあたるものを特定する感じ。これはまた、なんともハイコンテクストな……。
14: [saga] 2018/12/10(月)23:13 ID:ThdkkE4u0(14/30) AAS
「山と言ったら川。阿と言ったら吽。そんな風に、私を理解していただけたらなって」
「言葉を尽くすのはお嫌いですか?」
「そういうわけではないのですが。でも、こういうのもなかなか悪くないなんて最近は」
「なるほど」

 発展コミュニケーションだ。彼女への理解を深める一環として、いずれは通る道だったのかもしれない。
15: [saga] 2018/12/10(月)23:14 ID:ThdkkE4u0(15/30) AAS
「なんだか、連想ゲームみたいだ」
「そうですか?……そうですね。それに近しいような気がします」

 最近の流れを汲みながらことあるごとに対象を変える指示語は、山と川の対応関係よりは、連想ゲームに当てはめた方がしっくりくる。プリセットをなぞるだけに留まらない以上、常にこちらの高い意識が求められるような。
 気を抜けないのは今に始まったことではないので、特段手間が増えるわけではないのが幸い。
 
「まあ、ひとまず今のところは、さっき頼んだ『あれ』で乾杯ということに」

 お猪口同士をくっつけ合わせると、ガラスが擦れるような、すごく涼やかな音がした。
16: [saga] 2018/12/10(月)23:18 ID:ThdkkE4u0(16/30) AAS
 後日。定時過ぎの事務所にて。
 街の各所がだんだんと光を消していく中、俺は誠に悲しくも残業にいそしむ羽目になっていた。年が暮れようとしているこの時期は、業種を問わずに忙しさがピークを迎えていることだろう。うちの会社もその例には漏れなかったというだけの話。師走とはよく言ったものだ。確かにこの繁忙期なら、師匠だって走り出すかもしれない。
 ふと思い立ち、席を離れて窓の側に寄る。
 そこから見えるクリスマスを間近に控えた町はどこか浮足立っていて、毎年恒例の活発さを思い起こさせた。今年も事務所でクリスマスパーティをすることになるだろうから、ちびっ子連中へのプレゼントを考えておくべき頃合いかもしれない。
 そうすると、どうだろう。お菓子あたりが一番無難だろうか。各人の好みに合わせてカスタマイズできればなお良い。全部同じにしてしまうとやっつけ作業感が出て不興を買うかもしれないし。特に女の子はそういう部分に敏感だったりするから。
17: [saga] 2018/12/10(月)23:19 ID:ThdkkE4u0(17/30) AAS
「わっ」
「……どうしました、もう夜ですよ?」
「わっ」
「楓さん、今日はもう帰ったものとばかり思っていたんですけど」
「わっ」
「……うわあ!」

 どうせなら最後まで何事もない様子を装ってみようかとも思ったが、徐々に彼女の表情が曇り始めたので急速方向転換を決めた。オーバー気味に驚くと、満足してくれたのか握られっぱなしだったスーツの袖が解放される。
18: [saga] 2018/12/10(月)23:19 ID:ThdkkE4u0(18/30) AAS
「ここのところずっと眠そうだったので、もしかしたら今日も残業かと思いまして」
「顔に出てました?」
「ほら、くまが」

 両手の爪を見せるようにして楓さんは訴えかけてくる。これはもしかして、熊とかけていたり……?
19: [saga] 2018/12/10(月)23:20 ID:ThdkkE4u0(19/30) AAS
「がおーっ」
「…………」
 
 予想は的中。なお、本当に熊がそう鳴くかは不明。ソプラノボイスで綺麗に囁かれても、可愛いなあと思うだけだ。
20: [saga] 2018/12/10(月)23:20 ID:ThdkkE4u0(20/30) AAS
「忙しいのも今くらいですから。ここを乗り切れば年末休みがありますし、あと少しの辛抱です」
「ドリンクにばかり頼っていると、くまったことになっちゃいますよ?」

 熊の手は崩さないままに、彼女はそう続ける。気に入ったのだろうか、それ。
 しかしまあ、そう言われれば確かに、卓上には空き瓶が数本並べられているのだが。
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