佐久間まゆイチブンノイチ人形 (39レス)
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(1): [saga] 2018/12/01(土)14:15 ID:3QcdtyFE0(1/30) AAS
「なんじゃこりゃ……」

 玄関に置いてある巨大な段ボール箱を前に、俺は思わずそう呟かずにはいられなかった。

 その箱は一見するとちょっとした冷蔵庫と見間違えるほど大きかった。縦の長さで言えば俺の胸のあたり、150pほどはあるだろうし、横幅も50p近くありそうだ。これをもし俺が見る前に隣人が見たとしたら大いに怪しんだであろう。

 巨大なそれは、まるでこれを無視するなど許さないという風にドアの前にどっしり鎮座しており――もちろん、放置して家に入るという選択肢はないのだが、どこか送り主の性格が表れているような気がして、俺は苦笑いをするしかなかった。
省3
2: [saga] 2018/12/01(土)14:17 ID:3QcdtyFE0(2/30) AAS
 
 これほどの物は記憶を探ったとしても出てこない。また、直接渡されなかったのもこれが初めてかもしれない。

 担当アイドルになんで教えてもいない住所を把握されているのか、という少し恐れの入った疑問はいったんおいておくことにして、俺は家に入るべく行動に移ることにした。ひとまずドアを開けるために段ボールをずらそうとした……のだが、

「おっも!」

 思わずそんな声が出てしまった。女性の多い仕事場で自然と力仕事をすることも増え、多少の物なら軽く扱える自信があったのだが、この段ボールの重さは予想をはるかに上回るものだった。腕の力だけではまず上がらない。少し考えてから、どうにか引きずるようにずらして箱をずらしてドアを開ける。

 抱えていこうとしても腰を痛めてしまうかもしれない。引きずってみたり、横にしてみたり、また引きずってみたりと試行錯誤を繰り返すこと十数分、ようやく部屋に箱を運び終える。久しぶりに肩で呼吸をしていたし、頬から滴った汗のしずくが顎のあたりで合流して、ぽたりとフローリングのマットにシミを作っていた。
省3
3: [saga] 2018/12/01(土)14:19 ID:3QcdtyFE0(3/30) AAS
 
 一度汗を拭こうとハンカチを取り出す。ずいぶん昔に買った覚えのあるハンカチの肌触りは大分ざらついたもので、そういえば新しく買おうと少し前に思っていたことを思い出す。そんなことが一瞬頭の片隅に過ったが、頭の中はすぐに箱の中身のことでいっぱいになる。

 はやる気持ちを抑えつつ、縦長の段ボール箱をゆっくりと横にする。これを勢いよく倒そうものならトラブルは避けられなそうだ。そして、中央に真っすぐと貼りついているテープに手を掛けた。1メートル以上あるそれを掴んでから一気に引っ張ると、ベリベリと気持ちのいい音をしながら勢いよくはがれていく。これまでの苦労のせいだろうか案外楽しい。

 テープをはがし切った後、俺は心の中で『せーの』とタイミングを計ってから思い切り箱を開いた。そして、

「―――――――ッ!?」

 絶句、した。
省4
4: [saga] 2018/12/01(土)14:20 ID:3QcdtyFE0(4/30) AAS
 そうだ、あれを見たとき俺は「人間の目だ」と思ったのだ。

 ダラダラと、いやな汗が体中から噴き出すのを感じる。心臓の音が急に耳に入るようになった。俺はしりもちをついた間抜けな姿勢のままどうにか深呼吸を重ねつつ、何かにすがるようにスマートフォンの電源を入れた。

 日時を示す上の画面の下、何か通知があるときに表示されているそこに緑のアイコンがあるのが目に入る。ラインの通知を示すその右側に、「まゆ」という名前が入っているのが見えて、俺は少し冷静になってその通知を見つめた。

 文面にはただ一言、

『大切にしてくださいね』
省3
5: [saga] 2018/12/01(土)14:20 ID:3QcdtyFE0(5/30) AAS
 何が入っていたとしても、たとえ人間らしき何かが入っていたとしても、こんなに健気に俺のためにしてくれるまゆからの贈り物じゃないか――――と、半ば自分に語り掛けるようにしながら、恐る恐る箱の梱包材をどけていく。そうして、プレゼントの全容を見たとき、俺は――

「くくくっ」

 思わず乾いた笑いが口から漏れ出していた。これは反則だろ、とこの場にいないまゆにツッコミを入れる。

 箱の中に、まゆがいた。

 いや、正確にはまゆではない。確かに目も口も髪の毛も、手から足からいつも見るまゆそのものだったが、今すぐライブに行ったって違和感のなさそうな衣装に身を包んだまゆの胸にはこう書かれた紙が置かれていたのだ。
省1
6: [saga] 2018/12/01(土)14:21 ID:3QcdtyFE0(6/30) AAS
 まゆ人形と相対して数十分。俺は何度目かわからない驚きの声をあげていた。

 1分の1フィギュア、というワードはどこかで聞いたことがある。あまり興味があるわけではなかったが、テレビ局などに飾られている大きなマスコットキャラクターなどでその類のものは見たことがあった。だから、驚いたのはそこではない。

 たしかに、そういう人形はある。だからと言って、ここまで精巧なものが人に作れるものなのだろうか。

「まゆ人形」のクオリティは常軌を逸していた。肌に触れてみると、本物の人間との違いは人形が少し冷たいくらいだろうか、そのくらいの違いしか感じることができなかった。何の材質なのか見当もつかないがもちもちと柔らかく、それでいて深く押し込むと骨のような固い感触を感じる。

 もしかしたら、この人形の重さからしてまゆの体重まで再現しているのかもしれない。表情はいつも見る微笑んでいるまゆを忠実に再現しており、もしこれが本物のまゆだと言われても何ら不自然のない。写真で見たら本物と間違えてしまいそうなクオリティだった。
省4
7: [saga] 2018/12/01(土)14:22 ID:3QcdtyFE0(7/30) AAS


 夢を見た。

 場所は、事務所……だろうか。目の前にはまゆが、祈るように手を合わせながらこちらを見つめている。

「お返事を……聞かせてもらえますか?」

 どうやら、まゆからの何かしらの提案があったらしい。俺の思考とは関係なく、口が、
省7
8: [saga] 2018/12/01(土)14:23 ID:3QcdtyFE0(8/30) AAS
「Pさんがそういうのなら、まゆにも考えがあります」

 そう言って、ゆっくり、一歩一歩踏み占めるようにこちらに向かってくる。近づいてくるまゆにはなんとも形容しがたい迫力があって、本能的に逃げようとするも足が動かない。そうして、まゆは俺の目と鼻と先まで迫ると、

「……ぁ!? ま、まゆ……」

 その細い両の腕の手のひらを俺の首に絡みつけるのだった。

 苦しい。呼吸ができない。
省9
9: [saga] 2018/12/01(土)14:25 ID:3QcdtyFE0(9/30) AAS
「――――――――――――」

 思わず息が止まるような感覚。もしかしたら、本当に息が止まっていたのかもしれない。

 まゆ人形。

 昨晩には箱の中に入れておいたはずのそれが、直立の姿勢のまま俺をまっすぐに見つめていた。
省2
10: [saga] 2018/12/01(土)14:27 ID:3QcdtyFE0(10/30) AAS


 威張れるほどの人生を歩んできたわけではないのだが、俺だって色々な経験をしてきた大人なつもりだ。朝の事をいつまでも引きずっているわけにもいかない。

 朝の恐怖体験は、昼、そして夕方にかけて事務仕事をこなしているうちに、偶然が重なりあっただけだということで落ち着きを見せ始めていた。

「あら、プロデューサーさん。今日は随分と調子がいいんですね」

 などと、同じように事務仕事をこなすちひろさんからからかわれる。つまり、それほどまでに熱心に書類と向き合っていたということだろう。熱心というよりは、何か他の事に脳のキャパシティを遣わなければやっていられなかったのだが、今日の事を笑い話にすることもまだできず「ありがとうございます」と苦笑で返事をした。
省3
11: [saga] 2018/12/01(土)14:27 ID:3QcdtyFE0(11/30) AAS
「え? 一旦、って……プロデューサーさん、まだお仕事ありましたっけ?」

「別に、ないっちゃあないですけど」

「だったら、まゆちゃんを送っていただいたらそのまま帰って大丈夫ですよ?」

「え、ええとですね……ちひろさんのお仕事が残っているならお手伝いしたいんですけど」

「どんな風の吹き回しですか」
省7
12: [saga] 2018/12/01(土)14:28 ID:3QcdtyFE0(12/30) AAS


 まゆを送り届けたとき、何も聞くことができなかったことを最初に報告しておく。

 会話をかいつまむと、

「なぁ、まゆ」

「なんですか?」
省12
13: [saga] 2018/12/01(土)14:30 ID:3QcdtyFE0(13/30) AAS
 もし。

 もしもまゆが人形に細工をしていたとして、俺の言葉を聞いた時にどんな行動をするだろうか。もしそんなことがなかったとしても、そうしたら今朝の事はどう説明をすればいいんだ? 大金をかけたであろうプレゼントが怪奇現象を引き起こしたと知って、まゆはどんなことを思うだろう?

……と、長々と言い訳脳内でこねくり回して正当化しようとしたが、要するに俺はビビったのだった。まゆが車を降りて女子寮に消えていく数十分の中で覚悟を決めることができなかった。

 そうして今、俺はあの人形の待つ部屋の前で深呼吸をしながら立っている。

 何度目かわからないスマートフォンによる時間チェック。今はちょうど20時だから、かれこれ30分は玄関前でうだうだしていることになる。
省2
14: [saga] 2018/12/01(土)14:32 ID:3QcdtyFE0(14/30) AAS
 よし、と口に出してみる。

 何度目かわからない空元気だったが、今回はたまたまいい助走になったようだった。俺は思い切ってドアの鍵を開け、そのまま一目散に家の電気を点けた。台所、バスルーム、そして部屋とお構いなしにスイッチを入れたから、たちまち部屋が光でいっぱいになる。

「よかった〜」

 部屋の様子を見た俺の第一声がこれだ。目に見える範囲でだが、特に何かが変わっている形跡もない。朝見たときのまゆ人形は部屋の隅、ベッドの反対側に突っ立ったままでいる。安心からか力が抜けて、思わずへたり込んでしまった。

 そこからは、あらかじめ決めていた行動をテキパキとこなすことができた。人形を放置したまま飯を食うのもシャワーをあびるのもまっぴらごめんというものだ。壊すのは流石にはばかられたため、触りたくもない重たい人形をゆっくり、ゆっくりと再び箱の中に戻していく。元々入っていた白い梱包材を、出来るだけ記憶のままに同じように配置してふたを閉めてから、家にあったガムテープを段ボールにグルグルに巻き付けていく。ほぼ新品だったガムテープがなくなるまで巻き付けるのはいかにも臆病な俺らしかった。
省5
15: [saga] 2018/12/01(土)14:33 ID:3QcdtyFE0(15/30) AAS


 なにか、足音のようなものが聞こえた気がして俺は目が覚めた。

 薄目を開けて部屋を見渡すも、カーテンから明かりが漏れている気配はなく、部屋は漆黒に包まれている。

 なんだ、気のせいか。

 まだ寝ぼけていた俺は、そんなことを思いながらもう一度寝なおそうと体勢を変えようと身体を横に――――
省11
16: [saga] 2018/12/01(土)14:35 ID:3QcdtyFE0(16/30) AAS
 人間は、本当に恐怖を感じると声も出ないらしい。少なくとも今の俺がそうだ。

 彼女の顔を見るのが心底恐ろしい。視界の端に、子供の遊び散らかした画用紙みたいにグチャグチャになっている段ボール箱が見える。どうやったらああなるんだ。あの、堅いはずだった段ボール箱が。

 俺はどうなるんだ。一体何をされるんだ。

 脳裏にちらつく想像――あるいは、あまりの恐怖にちらついた幻想はあまりに恐ろしく、グロテスクだった。

「ふふ、そんなに怖がらなくてもいいんですよぉ」
省10
17: [saga] 2018/12/01(土)14:36 ID:3QcdtyFE0(17/30) AAS
「……え?」

 かからなかった。彼女の指は予想に反し首を通り過ぎ、強張っているであろう俺の頬をそっと撫でたのだった。その、まるで産まれたての赤ん坊にするようなふわりとしたタッチからは、俺に対して何か害を加えようという気持ちは感じられない。

 ――温かい?

 ここにきて、初めて違和感に気が付く余裕ができる。彼女の指からだけではなく、のしかかられている腹にも寝巻越しにじわりと熱が伝わってきていた。彼女は無機質なただの人形だったはずだ。
省6
18: [saga] 2018/12/01(土)14:37 ID:3QcdtyFE0(18/30) AAS
「大丈夫ですよ、Pさん」

 左の耳元に甘い声が響く。

「Pさんが怖がっていること、なんとなくわかります。でも……」

「…………でも?」

「『まゆ』が、そんなことするわけがないじゃないですか」
省8
19: [saga] 2018/12/01(土)14:37 ID:3QcdtyFE0(19/30) AAS
 そう言って彼女は――まゆは、もう一度俺に唇を重ねた。ちょん、ちょんと、彼女の舌先が唇をつつく。恥じらうように、彼女は目を閉じた。あざとい動作だったが、深く絡ませようと必死な舌とは対照的な表情はなんとも愛らしく感じられた。ものの数秒後には彼女の侵入を許してしまう。

「んっ……ふふ……ぁむ……んっ……」

 電球に照らされた静かな部屋の中、口の中で唾液の混じり合う音だけが響き合う。彼女の舌も、唇も、とろけてしまいそうなくらい柔らかくて熱い。どれほどの時間が経っただろうか、もう一度唇を離したときにはお互いの呼吸は乱れきっていた。

「ねぇ、Pさん」

 と、まゆはおもむろに彼女のイメージカラーである赤の衣装に手をかけた。丁度、彼女の右手が胸の谷間のあたりに添えられている。
省5
20: [saga] 2018/12/01(土)14:38 ID:3QcdtyFE0(20/30) AAS
「ねえ……」

 軽く腰を浮かせ、パジャマの上からスリスリと手が前後する。

「まゆに……」

 時々指に力が入り、竿の部分をキュッとつかまれる。思わず呻くような声が出る。

「なにを……」
省9
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