【ミリマス】げき子「鈍色の光を見つけて」 (22レス)
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1: ◆Kg/mN/l4wC1M 2022/11/25(金)00:00 ID:YjhaJr8i0(1/22) AAS
最初の記憶は、みんなの笑い声だった。

鈴が鳴るような桃色の声。芯が通っていて澄んだ桔梗色の声。
包み込むような優しい檸檬色の声。
ひとり、またひとりと楽しそうな声が聞こえるたびに、無機質だった私の心は暖かくなっていった。

みんなの声を聞いているだけで、私は心地よくて、幸せで。いつまでもこの幸せが続いてくれたら、って思ったんだ。

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2: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:02 ID:YjhaJr8i0(2/22) AAS
ある時、気がついたら私はそこにいた。
白飛びした視界は、まるでガラスの曇りが解けていくようにだんだんと鮮明になっていく。
何度か瞬きをして、私はゆっくりと瞼を開いた。

そこは、床一面が板張りになっている大きな広間だった。
目の前にはCDやDVDが詰め込まれた棚があって、そのすぐ横の壁には大型のモニタが据え付けられている。
その近くにはホワイトボードが何枚も並んでいて、その全てに書き込みがなされていた。
後ろを振り向くと、壁一面をほぼ埋めてしまうほど大きな鏡が貼られていた。
――ここは、765プロライブ劇場のレッスンルームだ。
3: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:02 ID:YjhaJr8i0(3/22) AAS
これは、私が「げき子」と名乗るようになるよりも、ずっと前のお話。
私の、最初の記憶。
4: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:03 ID:YjhaJr8i0(4/22) AAS
このときの私は、自分が何者であるのかも、なぜここにいるのかも分からなかった。
私が知っていたのは、ここが765プロライブ劇場という名前の施設であること――この劇場が、アイドルたちが共に過ごし、公演を通してファンたちと夢を共有する場所である、ということだけだった。

壁に貼られたコルクボードに、写真がいくつか貼られていた。
写真の中の少女たちは、長い髪を振り乱しながら、ステップを踏んでいる。
レッスンの最中だろうか? その表情はあまり余裕があるようには見えなかった。

ただ、その瞳たちは力強い輝きを纏っていた。瞳に宿る色は一人一人違っていて、その一つ一つが彼女たちを突き動かしているのだと分かった。

最後の写真は、彼女たちがステージに立っている姿を舞台袖から映したものだった。
アイドルたちはいま、煌びやかな衣装を身にまとって、色とりどりの光の波に包まれている。
彼女たちの頬には幾筋もの汗が伝っている。そして、その横顔はどれも、夢を抱きしめた喜びで満ちていた。
省3
5: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:04 ID:YjhaJr8i0(5/22) AAS
そのとき、天井の蛍光灯が、ジジと音を立てて明滅した。
天井を見上げてみたけれど、とくに変わった様子はなかった。
6: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:05 ID:YjhaJr8i0(6/22) AAS
部屋を見回していると、さっきまで見ていたレッスン風景の写真がこの部屋で撮られたものだと分かった。
今はしんとしていて静かだけど、きっとレッスン中は、音楽に合わせて、部屋にダンスシューズの音が響いて……。
私は、まだ私が知らないそんな景色に想いを馳せながら部屋を歩いていた。

そこで私は初めて、鏡に映る自分を見つけた。

年齢は、写真に写っていた子たちと同じくらい――十五、六歳くらい――かな?
さらさらとした綺麗な黒髪は、腰の少し上あたりまで伸びている。
垂れ目気味なのもあって、少し大人しそうな子のように見える。
ただ、右側の髪は、白い飾りのついたヘアゴムで一摘み分だけ束ねられていて、そのせいか、少しだけあどけない雰囲気もあった。

私は、写真の中のアイドルと同じレッスンウェアを着ていた。
省4
7: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:06 ID:YjhaJr8i0(7/22) AAS
それから私は、廊下へ出た。
私のことを誰かが呼んでいるような気がして、胸の高鳴りが大きくなる方へ、歩いていく。

ある大きな鼠色の扉の前で、私は立ち止まった。
私はこの場所を知っている。劇場のステージへと続く扉だ。
胸に手を当てると、心臓がどきどき鳴っているのがよく分かった。

鼓動の音を静めるように、何度か深呼吸をした。
ドアノブに手を掛けて、体重をかけながら、私は扉を開けた。
8: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:07 ID:YjhaJr8i0(8/22) AAS
扉の先、黒い暗幕を潜り抜けると、そこは舞台袖だった。
演出用の機材や大道具が所狭しと並べられていて、その奥には袖幕の隙間からステージが見えた。

ステージの上は、小さな蛍光灯でまばらに照らされているだけだった。
機材の横をすり抜けながら辺りを見回したけれど、自分以外誰もいないようだった。
辺りは少しだけ肌寒くて、シューズの擦れる音がよく響いた。

思い切って、私は舞台袖から飛び出した。
すると、たった数歩で、私の世界は変わっていった。
目の前がいきなり開けて、たくさんの客席が目に飛び込んできた。
一階席は、あんなに奥まで席が並んでいる。二階席だって、あんなに上の方までファンの人たちが集まるんだ。
省10
9: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:07 ID:YjhaJr8i0(9/22) AAS
だけど、破局はすぐそこで待っていたんだ。

私は、私のことをもっと知りたいと願った。
ただ、それだけだったのに……ううん、きっと知りたいと願ってしまったからなんだ。
10: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:09 ID:YjhaJr8i0(10/22) AAS
私は、劇場の控室で、一冊のアルバムを見つけた。
とても分厚くて、棚から取り出すのも一苦労だった。
『劇場の日々』――そう名前のつけられたアルバムの表紙は、カラフルな色ペンとシールで、隅まで綺麗にデコレーションされていた。
両手に感じるこの重さの分だけ、今の私がまだ知らない、この劇場で積み重ねられてきた時間がある――そう思うと胸が落ち着かなかった。

机の上までそっと運んでから、私はどきどきしながら表紙を開いた。
私の目に飛び込んできたのは、劇場で過ごすみんなの毎日が切り取られた、たくさんの色鮮やかな瞬間たちだった。
アルバムの中に映し出された世界は、賑やかで、ちょっぴり騒がしくて……みんな素敵な笑顔をしてる。

だけど、そこに私はいなかった。

どれだけページを捲って、どれだけ探しても。
省8
11: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:10 ID:YjhaJr8i0(11/22) AAS
……もし何も知らないままでいられたのなら、どれだけ幸せだったのかな。

劇場のみんなと一緒に過ごして、隣で同じ景色を見て、同じ未来へと進んでいく――それだけで私は良かった。
それなのに、私が欲しかったものは、私がどれだけ手を伸ばしたって、もう叶わない。

アルバムを閉じて、本棚に戻した。
背表紙から指が離れる瞬間、自分の体から何かが抜けていったような気がした。
私は本棚の前で立ち尽くしたまま、動けなかった。

――私は、どうしてここにいるんだろう?
私の声は誰にも届かなくて、そのまま薄暗い部屋の中で消えていった。
12: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:10 ID:YjhaJr8i0(12/22) AAS
新緑に染まった木々たちが海風で揺れて、さらさらと音を立てている。
窓辺に寄ると、音のざわめきに合わせたみたいに湿った潮のにおいがした。

あの日からいくつかの季節が過ぎて、今はもうすぐ夏が始まろうとしていた。
だけど、私の心の奥は、まるで失くしものが見つからないみたいに、ぽっかりと空いたままだった。

この劇場では、これまで色々なことがあった。
数え切れないくらいたくさんの公演があって、その数と同じだけ、アイドル一人一人に物語があった。

アイドルのみんなは、アイドルとしての活動の日々の中でたくさん悩んだり迷ったりする。
それでもみんなは、最後には自分だけの答えを見つけて、公演の舞台の上へと駆け出していく。
そんなかけがえのない日々が積み重なるたびに、ステージの上のみんなの輝きは大きくなっていった。
省3
13: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:11 ID:YjhaJr8i0(13/22) AAS
お昼の時間を少し過ぎた頃、劇場のみんなはエントランスに集まっていた。
今日劇場にいた子たちは全員いるみたい。だいたい二十人くらい、かな。
これだけの人数が集まると、広いエントランスも少し手狭に感じた。

私たちの視線の先にいたのは、エレナちゃん、恵美ちゃん、琴葉ちゃんの三人、それと劇場のプロデューサーだった。

「見送りに来てくれてありがとネ♪」

「にゃはは、こうしてみんなに囲まれてるとちょっと照れくさいな〜」

「うん。私たち頑張らないとだね」
省9
14: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:12 ID:YjhaJr8i0(14/22) AAS
もしも私がアイドルだったのなら、こんな想いは知らないままで居られたのに。
もしも私がプロデューサーだったのなら、みんなの隣で、みんなをずっと支えることが出来るのに。

私の心に、嫌な感情が蛇のように纏わりついて離れなかった。
15: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:13 ID:YjhaJr8i0(15/22) AAS
三人を見送ったあと、私は劇場の屋上にいた。
この場所だと、一人になれるから。

建物の壁際に据え付けられた腰掛けに、私は腰を下ろした。

ふと、そこから空を見上げた。
目の前にあったのは、今にも泣き出しそうな曇り空だった。
まるで今の私みたいだ、と思った。

劇場のみんなは、それぞれの輝きを持って光っている。
客席に広がるペンライトの光を受けて、スポットライトを浴びて、みんなはどんどん輝いていく。
それは私にとっても嬉しいことのはずなのに、私は――。
省5
16: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:14 ID:YjhaJr8i0(16/22) AAS
「げき子さん。……良かった、ここにいたんですね」

壁の影から顔を出したのは――箱崎星梨花ちゃんだった。

「星梨花ちゃん、どうしてここに……?」

「げき子さんを探してたんです。その……琴葉さんたちをお見送りしたとき、げき子さんが、なんだか元気がないように見えたので……」

その声は、いつもの鈴が鳴るような可愛らしい声と違って、明らかに心配の色を纏っていた。
……本当は私がしっかりしなきゃなのに、星梨花ちゃんに心配をかけちゃって。だめだなあ、私。
17: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:14 ID:YjhaJr8i0(17/22) AAS
「……ありがとう、星梨花ちゃん。私のことを心配してくれて」

 私は、少しだけ深く息を吐いた。

「でも……大丈夫。これは、私の問題だから」

ごめんね、星梨花ちゃん。
――私のこの不安は、誰にも相談できないの。
だって私は、みんなに本当の私を打ち明けることなんて、できないから。

「星梨花ちゃんに話しても、きっと星梨花ちゃんを困らせちゃうだけだと思うから……」
省5
18: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:15 ID:YjhaJr8i0(18/22) AAS
運河の方から微かに風が吹いた。葉が擦れる音がした。

「わたしは……わたしは、げき子さんにそんなこと言ってほしくないです」

私の耳に飛び込んできたのは、星梨花ちゃんの声だった。
静かで、芯の通った声だった。

「……確かに、げき子さんの話を聞いても、私は何もできないかもしれません。……わたしは劇場の皆さんと違って、まだ上手くできないことも多くて……」

「そんなこと……」
省3
19: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:16 ID:YjhaJr8i0(19/22) AAS
「……星梨花ちゃんは、強いね」

ぽつり、そう溢れた。

「……劇場を出ていく琴葉ちゃんたちを見て、みんなどんどん先へ進んでいっちゃうんだな、って思ったの」

そのときのことが、瞬きするたびに瞼の裏に浮かぶ。
あのときの私の心は、暗く悲しい気持ちで押しつぶされそうになっていた。
だけど、今なら、少しだけ言葉に出来そうな気がする。

やっぱり――私は、劇場のみんなのことが大好きなんだ。
みんながアイドルとして輝いているのを見て、それで私も何か頑張りたい、応援したい、って思ったんだ。
省6
20: ◆Kg/mN/l4wC1M [saga] 2022/11/25(金)00:17 ID:YjhaJr8i0(20/22) AAS
そんな中、私の手に、何かが触れた。
柔らかくて暖かくて、きゅっと私の手を握った。
それは、星梨花ちゃんの、小さな両手だった。

私が顔を上げると、目の前に星梨花ちゃんがいた。

「わたしも……以前げき子さんと同じことを悩んだときがありました。可奈さんと海美さん、志保さんとのユニット――『Clover』のために、わたしは何ができるんだろう、って」

 私の手を握ったまま、星梨花ちゃんは少し伏し目がちに話し始めた。

「でも……そんなとき、亜利沙さんがわたしに『たとえ小さく儚いと思っても、そこにいることに絶対意味はある』、『わたしの輝きで救われる人もいる』って言ってくれたんです。
 だから、わたしも『Clover』の一員として……劇場のアイドルとして、わたしが今できることを目一杯頑張ろう、って思えたんです」
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