【ポケモン】あなたと過ごす最後の日【LEGENDSアルセウス】 (26レス)
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1: 2022/02/17(木)13:04 ID:tgweQ+Xjo(1/24) AAS
ショウがついに、ポケモン図鑑を完成させた。

それがどれほど偉大で大切なことか、カイにはよくわかっていた。広大なヒスイの地に住むすべてのポケモンを捕まえ、観測し、その生態を記録すること。ポケモンという時に恐ろしい生き物を深く理解し、「共存共栄」に向けて歩み寄っていくこと。それは「人間とポケモン」の在り方をも変える、歴史的な転換点のきっかけとなるものだ。

シンジュ団の長として、同じヒスイに暮らす人として、カイはショウを応援していた。そして時にお忍びで、ショウの調査を私的に手伝うこともあった。

それはひとりの少女として。ただの友人として。ただただ「協力したい」という、年相応の純粋な思いが止められずに、こっそりとショウに同行していた。シンジュ団の面々も気づいてはいたが、やがて長になる者として幼いころから虚勢を張り続け、同年代の友達もできなかったカイのため、見て見ぬふりをしていた。

ショウはカイにとって、「初めてできた親友」だったのだ。
省7
7: [sage saga] 2022/02/17(木)13:09 ID:tgweQ+Xjo(7/24) AAS
……ショウの親。ショウの家族。

ショウはこれまで、自分が「元いた世界」のことを、カイに対してさえあまり話してこなかった。否、誰にも話してこなかった。

とくに「親」の話は、幼いころに親を亡くして顔も覚えていないというカイに遠慮して、半ば禁句のように扱っていたほどだ。カイもショウが遠慮していることには薄々気づいていた。

カイもすすんで聞けなかったし、ショウも自ら話さなかったアンタッチャブルな部分。そこについに触れたことに、カイはただならぬ衝撃を受けた。

「……長い話になるかもしれません。座りましょ」
省5
8: [sage saga] 2022/02/17(木)13:10 ID:tgweQ+Xjo(8/24) AAS
「シンオウさま……アルセウスと神殿でお別れしたときに、言われたんです。『どちらに居たいか』って」

「!」

「そのときは、何も答えられませんでした。元の世界に戻るなんて、もう二度とできないことだと思ってたから」

カイが唇を震わせながらうつむく。それでもショウは言葉を続けた。

「でもアルセウスは、あたしが望めばその通りにするとだけ言って、姿を消してしまいました」
省7
9: [sage saga] 2022/02/17(木)13:11 ID:tgweQ+Xjo(9/24) AAS
「あたしは確かに、自分から望んで『元の世界』を去りました。まさか自分が時空の裂け目に飲み込まれるなんて思ってなかったけど、確かに望んでこの世界に来たんです」

「……」

「あたしがもといた世界では……あたしなんて、特別でもなんでもない、ただの女の子でした。人より優れたところなんて何もなくて、友達もいなくて……つらい思いや寂しい思いもたくさんしました。どうしてこんな世界に生まれてきたんだろうって、いつも思ってた気がします」

「でも、アルセウスのおかげでこの世界にやってきて……たくさんの人に出会ったり、ポケモンと触れ合ったりして、色々なことに気付けたんです。前を向いて生きていくためにはどうすればいいか。人生において大切なことは何なのか」

「そして、カイさんともお友達になれて……いろんなところに遊びに行って、いろんな楽しいことを教えてもらって。世界って、こんなにも美しかったんだなって、思えるようになりました」
省5
10: [sage saga] 2022/02/17(木)13:12 ID:tgweQ+Xjo(10/24) AAS
「……本当に……帰っちゃうの」

「……」

「そんなの、わたし信じられない……嫌だよ……」

「……まだ、決めてませんよ。行かないかもしれません」

「……」
省7
11: [sage saga] 2022/02/17(木)13:13 ID:tgweQ+Xjo(11/24) AAS
「ショウさんは……わたし以外の誰かに、相談したの?」

「……」

「い、いいんだよ、言っても。怒ったりしないから」

「ふふ……わかってます。相談ってわけじゃないけど、コギトさんに少しだけそれに近い話をしたことはあります」

時空の裂け目から落ちてきた、時の迷い人。果たして自分はこの世界に居続けてもいいのだろうか。
省7
12: [sage saga] 2022/02/17(木)13:14 ID:tgweQ+Xjo(12/24) AAS
核心に触れる質問に、ショウはしばらく答えなかった。

寄せては返す波の音だけがふたりを包む。

カイは、腕の中にいる少女が、自分を傷つけてしまうことを恐れて何も言えないのだということも十分理解していた。

それでも聞きたかった。ショウの口から。

「……どっちにいたいとか、どっちにいたくないとか……そういうことじゃないんです」
省11
13: [sage saga] 2022/02/17(木)13:15 ID:tgweQ+Xjo(13/24) AAS
見たこともない世界。自分の常識が通じない時代。

はじまりの浜に落ち、あれよあれよと調査隊に入ることが決まってしまったそのときからずっと、ショウには元の世界のことが引っ掛かっていた。

家族を残してきたことへの後悔。もう元の世界に戻れないのではないかという不安。孤独感にさいなまれ、満足に眠ることもできなかったいくつもの夜。

これは夢だ。ぐっすり眠って、朝起きたらきっと、すべてがもとに戻っている……最初の頃はそう願いながら夜を明かしていた。

だが様々な人と出会い、多くのポケモンたちと触れ合い……この世界はいつしかショウにとって、大切なものになりすぎてしまった。
省9
14: [sage saga] 2022/02/17(木)13:16 ID:tgweQ+Xjo(14/24) AAS
ショウの涙を見るのは初めてだった。

優しく抱きしめても、髪を撫でても、ショウの不安を取り除くことはできない。

初めてできた大切な友達が、心を預けられる想い人がこんなにも苦しんでいるのに、自分にできることはないのか。

(わ、わたしが……)

(わたしが……言ってあげなきゃ、だめなんだ……)
省6
15: [sage saga] 2022/02/17(木)13:17 ID:tgweQ+Xjo(15/24) AAS
いつか、こんな日が来てしまうのではないかと思っていた。

空から落ちてきた、時空の迷い人。

ショウがいきなりこの世界に現れたのと同じように、この世界から音もなくすうっと消えてしまう日が、いつかは来るのではないかと……カイも心のどこかで思っていた。

それを止めることなど……「終わり」を阻止することなどできないのだろう。

だから、その日を後悔せずに迎えたい。
省8
16: [sage saga] 2022/02/17(木)13:17 ID:tgweQ+Xjo(16/24) AAS
泣き疲れてしまったふたりは、抱きしめ合った体勢のまま、砂浜にぽとりと倒れこんだ。

空には星々が瞬き、どこまでも、どこまでも広がっていた。

「……本当は……」

「……」

「本当は……どこにも行ってほしくないよ。あなたとずっと一緒にいたいよ」
省7
17: [sage saga] 2022/02/17(木)13:18 ID:tgweQ+Xjo(17/24) AAS
「……わたしね、お母さんの顔は知らないの。物心つく前に亡くなっちゃったから」

「……」

「でも……ショウさんには、まだいるんだよね。お母さんが……大切な家族が、元の世界にいるんだよね」

「カイさん……」

「だったら……帰った方がいいよ。だって、 “帰るべきところ” があるんだもん。お母さんだってきっと……ショウさんのことずっと待ってるに違いないよ……」
省8
18: [sage saga] 2022/02/17(木)13:19 ID:tgweQ+Xjo(18/24) AAS
カイは身体を起こして座り直し、ショウを抱き上げて、自分の膝の上に乗せた。

頭巾を外し、前髪を流す。

こうして見ると……ショウはやはり、どうしようもなく普通の女の子だった。

自分より一回りも小さい、ごくごく一般的な女の子。

だがカイは、この少女に大切なことをたくさん教わった。
省5
19: [sage saga] 2022/02/17(木)13:20 ID:tgweQ+Xjo(19/24) AAS
――――――
――――
――


「わたしの願いは、ひとつだけ」

「ショウさんのことがこんなにも大切で仕方ないって友達が……確かにこの世界にいるということ。それだけを忘れないでほしいの」

「あなたがわたしのことを想ってくれるなら、わたしはあなたの中で生き続け、あなたとずっと一緒にいられるはずだから」

「あなたが元の世界に戻っても、わたしはそこにいられるから」
省5
20: [sage saga] 2022/02/17(木)13:21 ID:tgweQ+Xjo(20/24) AAS
「……」

もぞもぞと身を起こす。

頬や二の腕についた細かな砂粒を払い、溜息をついた。

静謐な海風がそよぎ、髪が揺れる。

よくポケモンに襲われなかったものだ。カイは長として許されない無防備さを反省した。
省4
21: [sage saga] 2022/02/17(木)13:22 ID:tgweQ+Xjo(21/24) AAS
「……?」

あれだけ頑としてショウのことだけを見つめ続けていたレントラーがいない。

一方的に別れを告げられても、彼女を守り通すため、ずっと付かず離れずの位置で控えていたあの子がいない。

浜辺におなかを着けて静かに眠っているグレイシアだけが、そこにいた。

「……」
省3
22: [sage saga] 2022/02/17(木)13:23 ID:tgweQ+Xjo(22/24) AAS
「……ぇ……」

どく、どく、と途端に心臓が嫌な音を立てはじめたような気がした。

震える手で頭巾の結び目をそっと撫でたとき、腰元に違和感をおぼえた。

背面にいつも差しているカミナギの笛を手に取る。

かちゃん、と音が鳴った。
省5
23: [sage saga] 2022/02/17(木)13:24 ID:tgweQ+Xjo(23/24) AAS
「……」

カイは顔を上げる。

美しい、あまりにも美しい朝焼けが、目の前に広がっている。

だが、もう辺りのどこにも、ショウはいなかった。

カイは、ショウがこの世界から消えてしまったことを悟った。
省6
24: [sage saga] 2022/02/17(木)13:25 ID:tgweQ+Xjo(24/24) AAS
「……っ、ぁぁ……うぁあ……」

カイは崩れ落ち、海に向かって、子供のように泣き続けた。

涸れ果てたと思っていた氷色の目から、大粒の雫が溢れる。

さっきまで自分の中にあったぬくもりが、自分にもたれかかってくれていた重みが、もうどこにもない。

すべてが海に溶けてしまったかのように、もうそこには何もなかった。
省10
25: 2022/02/17(木)19:49 ID:g+iDxe3HO携(1) AAS

カイちゃん可愛いけど仕方ない…
26: 2022/02/21(月)07:23 ID:SHUxHxf6o(1) AAS
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