馬場このみ「シクラメンの花の香」【ミリマスSS】 (23レス)
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(1): ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)22:53 ID:dy8vOWdb0(1/21) AAS
ミリマスSSです。プロデューサーはP表記。
今回は地の文形式です。

シリーズものです。
P「同級生はアイドルに」馬場このみ「ん?」
vip2chスレ:news4ssnip
馬場このみ「同級生はプロデューサー」P「ん?」
vip2chスレ:news4ssnip
馬場このみ「同級生は好きな人」ミリP「へ?」
vip2chスレ:news4ssnip
ミリP「同級生とお出掛け」馬場このみ「……デート?」
省14
2: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)22:54 ID:dy8vOWdb0(2/21) AAS
 十二月にもなると、アルミサッシから漏れて見える五時過ぎの外の景色は真暗になっていた。

「ねえ、プロデューサー。今夜、時間あるかしら?」

 事務作業が一区切りついたところを見計らって、私はプロデューサーに声をかけた。

「今夜? ……ああ。これといって予定はないけど、どうして?」

「コレに行かない?」
省13
3: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)22:55 ID:dy8vOWdb0(3/21) AAS
 事務所を後にして外に出ると、日はすっかり暮れきっていた。通りを吹き抜ける風も冷たく、頬も思わずこわばる。

「ホント、冬になったわねえ」

「そうだな。ちょっと前まで、この時間は明るかったのに」

「それに東京はまた、日が暮れるのも早いからね」
省4
4: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)22:56 ID:dy8vOWdb0(4/21) AAS
「しかし、今日はあの店は何があるかなあ」

「Pは何が食べたい?」

「そうだなあ、俺は刺身食べたいんだよな」

「ああ、いいわね。この時期は色々あるだろうし」
省12
5: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)22:57 ID:dy8vOWdb0(5/21) AAS
「それじゃあ、かんぱーい」

 ごちん、と鈍いジョッキグラスのぶつかる音がカウンター席で響く。

 ジョッキを傾ける、というよりも呷る勢いでビールを一口、二口と喉に流す。夏は汗をかくから喉が渇くが、冬も乾燥しているから喉は渇く。炭酸が渇いた喉を刺激する。グラスを口から離し、ふうと息を吐くと、ビールの甘苦い香りが鼻を心地よく抜けた。

「はあ……、やっぱビールは冬でもいつでも美味しいわねえ」
省7
6: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)22:57 ID:dy8vOWdb0(6/21) AAS
「二人とも今日もありがとねぇ。はい、お通し」

「ありがとうございます」

 女将さんがお皿を置いた。柿と春菊のお浸しだ。薄目に切った柿は赤みを帯びた橙色で、春菊の鮮やかな緑色とのコントラストが美しい。

 まずは春菊を食べてみる。火の通りが絶妙で、シャキっと小気味よい食感の後に、春菊の爽やかな香りが広がる。今度は柿を箸でつまんで口に運ぶと、優しい甘さがして、それが春菊の風味と、薄目の出汁の心地よい味わいがマッチしている。

「これ美味しいわね」
省4
7: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)22:58 ID:dy8vOWdb0(7/21) AAS
 調理場で作業している大将が、カウンター越しから器を置いた。

「あら、美味しそう」

 落花生は殻付きのまま茹でてザルで水気を切ってから、そのまま豪快に鉢に盛られている。大将曰く、生の落花生が出回るのはそろそろ終わりかな、とのことだ。落花生独特の香りが、湯気と一緒に漂う。

 落花生を一つ手に取る。まだ十分に熱を持っていて、しっかり握ると熱くて持てないかもしれないほどだ。歯を立てて殻を割り、中身を出す。一粒取り出して口に放り込むと、ホクホクした食感と、落花生らしい香ばしさ、甘みが広がる。それからビールを一口飲めば、得も言われぬ快感だ。
省3
8: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)22:59 ID:dy8vOWdb0(8/21) AAS
 ビールもまた一口と進んでしまい、ジョッキに並々注がれていた黄金の液体は、あっという間に空いてしまった。

「次は何飲む?」

 ほぼ同時にビールを飲みほしたPが尋ねた。

「日本酒にしよっかな」
省14
9: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:00 ID:dy8vOWdb0(9/21) AAS
 間もなく、お酒の入ったグラスの徳利と、切子の猪口が運ばれてきた。

 まずはお互いに酌をする。だが、遠慮は無いから、二杯目からは手酌だ。

 くいと一口お酒を含む。なめらかな口当たりが心地よい。熟成されながらひと夏を越えた『ひやおろし』らしい、旨味がのった酒の味わいだ。きっと温かくしても美味しいと確信できる。

 先ほど頼んだサワラのたたきに箸を伸ばす。サワラの身は皮ごと炙っているから、周辺は縁どられるように色が変わっているが、中は美しい薄桃色をしている。脂もよく乗っているので、身はてらてらとほのかに輝いている。

 添え付けの玉葱の薄切りを乗せ、ポン酢を軽く付けてから一口で頬張ると、柑橘の酸味と、たたきの香ばしい香りの後に、脂がよく乗ったサワラの旨味が、とろりと柔らかな身を噛むごとにやって来た。
省13
10: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:00 ID:dy8vOWdb0(10/21) AAS
 あっという間に、お酒とタタキが空になってしまった。

「飲み物はどうする?」と私が尋ねた。

「もう一杯、冷たいお酒を飲もうかな」

 彼はそう答えて、『花の香』を注文した。熊本の日本酒だ。私は、さっきの日置桜をお燗に付けてもらう。
省2
11: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:01 ID:dy8vOWdb0(11/21) AAS
「早いなあ、もう年の瀬やもんね」

「年寄り臭い言い方だけど、本当、一年経つのもあっという間だよなあ」

「ふふっ、でも実際、事務所のほとんどの子と比べたら私たちの方が年上なんだから、年寄り臭くなるわよ」

「でも身長は……」
省7
12: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:02 ID:dy8vOWdb0(12/21) AAS
「特に深い意味はないから、そんな真面目に受け取らんでも……。あ、お酒来たわよ」

 お酒と共に、食べ物も運ばれてきた。りゅうきゅうと、葱の揚げだしだ。徳利に入ったのは私の日置桜で、桝の中にグラスを入れた、いわゆる『もっきり』スタイルのお酒は彼が頼んだ花の香だ。

 りゅうきゅうは大分の郷土料理で、アジの刺身を醬油ベースのタレと、ネギや生姜、ゴマに大葉といった薬味とともに和えた料理だ。元は漁師飯で、これをご飯の上にのせて丼として食べるそうだ。現地ではサバやブリといった魚を使うこともあるらしい。前回この店を訪ねたときは、ブリのりゅうきゅうを食べたが、それもとても美味しかった。

 小皿にそれぞれの分を取り分けてから、りゅうきゅうを口に運ぶ。新鮮なアジは身が締まっており、コリコリとすらしているうえ味も濃い。それに薬味の香りと、甘みのある醬油ダレが絡むと、複雑な味わいだ。

 磁器の徳利からお酒を酌むと、冷やの時には感じられなかったお酒の薫りが湯気とともにぷんと漂う。一つ口に含めると、お酒が隠していた米の旨味、酸味がパッと花開いた。
省2
13: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:03 ID:dy8vOWdb0(13/21) AAS
「美味そうに飲むなあ」

 Pがくすくすと笑う。

「アンタも飲む?」

「ええの? 正直、気になっとった」
省14
14: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:03 ID:dy8vOWdb0(14/21) AAS
 揚げ出しは、立派な太さの下仁田葱を二、三センチごとに切って揚げている。大将が丁寧にピラミッド状に盛り付けていて、その上に大根と生姜をおろしたものを乗せ、さらに熱い出汁をかけている。油の香ばしさが混じった出汁の香りに喉が鳴る。

 三つほど取って、一つを頬張る。葱の外側は繊維がしっかりとしていて歯ごたえがよく、シャクッと小気味よい音を立てる。中心は、熱い。揚げていたときの熱をまだ持っているからだろう。はふはふと口の中に空気を入れながら食べる。次第に葱の中心部から、トロっとした蜜のような質感と甘みがあらわれた。

「熱いけど、これは美味しいわね」

 そう言って、Pのほうを見遣ると、彼は葱の熱さに悶絶していた。俯いて目を見開きながら、鼻から大きく息を吸って耐える彼の姿に、私は思わず噴き出した。
省7
15: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:04 ID:dy8vOWdb0(15/21) AAS
 それから、私は念願の温かいものをということで、焼き白菜と豚肉の炊いたんを注文し、お酒は『九州菊』を燗で頼んだ。炊いたんは出汁がたっぷりと入っていて、そのうえ、焼いた白菜が香ばしく、とても美味しいものだった。九州菊は福岡のお酒で、うまみのある昔ながらのお酒の味で、炊いたんによく合った。

 だんだん胃袋も満たされ、酔いの加減も丁度よくなってきた。要するに、出来上がってきた。

 向こうの座敷にいた人たちは、会計を済ませたのか、陽気な声を上げながら外へと出ていった。あの調子だと、おそらく彼らはあのまま二次会だろう。

 店内が静かになり、有線もよく聞こえるようになった。ちょうど曲が変わったばかりだったのか、哀愁漂うギターのイントロが流れ、それから、静かだがよく通る男性の声が響いた。
省5
16: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:04 ID:dy8vOWdb0(16/21) AAS
「そうそう。なあ馬場、知ってるか?」

「何?」

「『シクラメンのかほり』の歌詞に出てくる、薄紫色のシクラメンって元は無かったんだって。そのうえ、シクラメンの花にそもそも、香りもないらしい」

「そうなん?」
省5
17: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:05 ID:dy8vOWdb0(17/21) AAS
「というと?」

「無ければ作っちゃえばええ」

 酔ってはいたが、彼の言葉には芯があった。

「ほう」
省9
18: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:05 ID:dy8vOWdb0(18/21) AAS
 Pがこの話題を持ち出したのは、特に深い意味はないのだろう。でも、彼が言った言葉が、不思議と私の心に沁み入った。実際、自分のアイドルとしての方向が、気になるときがある。その時は自分を信じようと努めるが、やはり、どこか心の奥で一抹の不安が残ってて、それをぬぐい切るのは難しいものだ。

 でも、私は少しだけ肩の力が抜けた心地がした。それはきっと、彼がプロデューサーだからであり、そのプロデューサーがその道を信じていてくれるからだろう。

「でも私だけじゃ、その新しい花にはなれんけね?」

「そのときは、俺がプロデューサーとして頑張ります。きちんと育てますとも」
省4
19: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:06 ID:dy8vOWdb0(19/21) AAS
 通りは居酒屋やバーといったお店の明かりが灯り、行きかう人で賑やかだ。冬の空気は冷たいが、書き入れ時の飲み屋街は熱気を帯びている。

 私たちは家路へ向かう。私の家も彼の家も、この店から歩いて五分くらいの近さだ。

「あー、美味しかったぁ」

「相変わらず美味かったな」
省6
20: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2022/01/06(木)23:07 ID:dy8vOWdb0(20/21) AAS
「ねえ、P」

「どうした?」

「私、Pと飲むの楽しいし、好きよ」

「……そっか」
省10
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