堀裕子「ぴーぴーかんかん?」 (86レス)
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1: 2021/06/23(水)17:20 ID:YBAOIjLn0(1/31) AAS
同級生くんのお話です
ユッコはあんまり出ません
SSWiki : 外部リンク:ss.vip2ch.com
67: 2021/06/24(木)15:53 ID:I9OmqLYR0(36/54) AAS
7.
映画はここで終わり。
この後に続くのは真っ暗な画面のエンドロール。
NGシーンが流れるわけでもなければ続編を匂わせる描写があるわけでもない。
だから、ここから先はただの蛇足だ。
68: 2021/06/24(木)15:54 ID:I9OmqLYR0(37/54) AAS
それからしばらくして彼女は東京へ転校していった。
俺はあの日、彼女にその言葉を伝えてから何もやる気が起きなくて、痛みだとか、辛さだとか。
そういう物も何も感じられなくて、自分の心に嘘をつくのも何も思わなくて
だから彼女が東京へ転校していく、その最後の日にも俺は彼女に会わなかった。
俺らが二年になる頃に彼女は一躍有名人になった。
バラエティを賑わせるサイキックアイドルとしてお茶の間を彩って、その知名度を上げていた。
彼女が有名になるほど、相対的に俺らの高校でもファンは増えて行った。
それどころか地域を挙げて、アイドル堀裕子生誕の地みたいな宣伝をあげて
そう言う物が増えるたびに彼女がもう手の届かない所まで行ってしまったのだという事を痛感して
失ってしまった心のピースを探し続けた。
69: 2021/06/24(木)15:55 ID:I9OmqLYR0(38/54) AAS
一度だけ彼女からチケットをもらった事がある。
三年の夏の頃だったか「エスパーユッコ」の名義でチケットと手紙が届いていた。
その手紙には東京でも案外楽しくやれている事と信頼できる人に出会えた事
ソロライブを出来るぐらいにまでなった事。
それとあの時、応援してくれてありがとうと書かれたライブのチケットが入っていた。
それから俺はしばらくその手紙を見て、チケットを破って一緒に捨てた。
その時、俺には失ってしまったはずの心の一部分がどうしようもなく痛くて仕方がなくて一人、部屋で嘔吐いた。
70: 2021/06/24(木)15:56 ID:I9OmqLYR0(39/54) AAS
大学生になって初めて彼女が出来た。栗色の大きな瞳を持った彼女だった。
何気なく入った映像サークルで初めて出来た後輩だった。それなりの恋をした。
それなりの事をして、お互いに愛を確かめ合った。
でもその彼女は「先輩はきっと私じゃなくて、私を通した誰かを愛しているんです」
と言って俺のもとを去って行った。
社会人になって適当に入社した会社で出会った
小さなポニーテールを揺らす彼女もまた同じような事を言って離れて行った。
71: 2021/06/24(木)15:57 ID:I9OmqLYR0(40/54) AAS
偶然テレビで彼女のライブ振り返りを見た事もある。
そこに映る彼女は記憶の中の彼女より少し大人びて見えて綺麗だった。それから彼女はファンに向かって感謝を述べた。
「ありがとうございます!」と。
その笑顔が俺の記憶の中のそれと全く同じものであることに気づいてから、また一人嘔吐いた。
72: 2021/06/24(木)15:58 ID:I9OmqLYR0(41/54) AAS
俺はときどき思う事がある。
あの日に、俺が告白していれば?
あの日に、俺がグーではなくチョキを出していれば?
あの日に、夕日に満たされた教室で俺が彼女に声をかけなければ?
答えは出ない。
でも俺はきっと
何万回人生を繰り返したって、何億回人生を繰り返したって。
あの日、あの教室で。
「何してんの?」
って声をかけて、それから彼女に恋をするだろう。
省1
73: 2021/06/24(木)15:59 ID:I9OmqLYR0(42/54) AAS
彼女は言っていた。
信じ続ければきっと素敵な出来事が待っているのだと。
ならば俺は彼女を信じよう。自分自身の事を見失って何も信じられなくても
彼女の事だけを信じ続けていよう。
彼女の行く末に幸あれと。
俺は強くそう思って一人少し泣いてから眠った。
74: 2021/06/24(木)15:59 ID:I9OmqLYR0(43/54) AAS
ここから先は未来
75: 2021/06/24(木)16:00 ID:I9OmqLYR0(44/54) AAS
雨の降る六月だった。
朝過ぎから降り続けていた雨は午後になってその勢いを強め
喧噪に塗れたその街を洗い流すように降り続けていた。
彼が居る映画館からは多くの人が見える。
雨に濡れながらも帰路を急ぐ者や、雨が降りやむまで適当に身を隠す者。その点において彼は後者だった。
仕事に向かう最中、突然の雨に降られてフラフラと誘われるように映画館へ入ったのが二時間前の出来事。
見たい映画なんてのも特になかったから一つだけ名前を聞いたことがあった青春映画を見ることにした。
76: 2021/06/24(木)16:01 ID:I9OmqLYR0(45/54) AAS
観客は彼一人。映画が始まっても聞こえるのはモニターのカタカタと無機質な音。それだけだった。
何と言うかその映画は言葉を選ばずに言うなら、普遍的で掴みどころのない物語だった。
主人公の少年は廃校間際の野球部で爛れた日々を送っていたが
不治の病で入院した幼馴染の女の子のために甲子園優勝を目指す。そんなあらすじ。
最終的に、主人公は甲子園で優勝を果たし、幼馴染の手術も成功して物語はハッピーエンドです。
ちゃんちゃん。ご都合主義も良いところの映画だと思えた。
77: 2021/06/24(木)16:02 ID:I9OmqLYR0(46/54) AAS
「見る映画を間違えたな」
一人呟いてみる。
その呟きは、この東京の街に降り注ぐ大雨にかき消されてどこへ行くわけでもなく消えて行った。
外はまだ大雨が降っている。当分の間は止みそうにない。
ふと思い出してポケットに入れていたスマホの電源を入れてみる。
着信履歴には会社からの大量の電話が入っていた。当然だ、何の言い訳もなしに無断欠勤したのだから。
仕事は嫌いではない。むしろそうやって激務に追われている方が自分の事を見つめなくて済んだ。
では何故この映画館に入ったのか? そう問われても彼自身にもその答えは分からなかった。
雨が降っていたから? 久しぶりに映画を見たかったら? それはどちらも違うように思えた。
78: 2021/06/24(木)16:03 ID:I9OmqLYR0(47/54) AAS
雨はやはり止みそうにない。今ならまだ腹痛で倒れていた言い訳が効く時間だろう。
意を決してその大雨の中に飛び込む。空から斑に降る豪雨は痛いぐらいに体を撃っている。
長くこの雨に撃たれていると体を壊してしまう。そう思えて水溜を踏む足を急かした。
その足も久しく走っていなかったからか、彼にはとても重く感じた。
79: 2021/06/24(木)16:04 ID:I9OmqLYR0(48/54) AAS
そうして少し走ってから信号に差し掛かった。
即座にボタンを押して一秒、一瞬を感じる。
向こうの信号機には家族連れが見えた。休日がこんな大雨の日になって可哀想だな。
そんな事を思って青色になった信号を渡る。肌着が水を吸って重い。
そうして、彼らがすれ違ってから一瞬目があった。
足を止めて後ろを振り返る。肩にかかった小さなポニーテールを揺らして走る後姿。
いま、彼女の名前を呼べば彼女は振り返ってくれる、そんな気がした。
記憶の中の彼女と変わらない、こんな大雨すら跳ね除けてしまいしまいそうな笑顔で、笑ってくれる気がした。
80: 2021/06/24(木)16:04 ID:I9OmqLYR0(49/54) AAS
信号の音がちくたくと点滅している。空からは大粒の雨が降り注いでいる。
東京の街に降る一年分の雨がこの瞬間のためだけに降っている。そんな突拍子もない事を思えた。
それから少し考えてゆっくりと前を向いた。
彼女に声をかけるのは辞めよう、彼女の物語にもう俺が関わるのは必要ない。
そう思えたから。再び足に力を入れた。
81: 2021/06/24(木)16:05 ID:I9OmqLYR0(50/54) AAS
その瞬間、強くズボンを引っ張られた気がした。
足を降ろしてゆっくり、ゆっくり振り向くとそこには小さな少女が
五、六歳に見える、栗色の大きな瞳を覗かせた少女がいた。
「おじさん!」
「これ!」
「お母さんがあの人に渡してって!」
82: 2021/06/24(木)16:06 ID:I9OmqLYR0(51/54) AAS
少女はそう言って、陽だまりに溶けてしまいそうな笑顔を浮かべて、手のひらに何かを握らせた。
「じゃあね!バイバーイ!」
少女は信号機の向こう側で待つ両親の元に駆けて行く。
自分の声すら聞こえない程の豪雨の中でも、不思議と、その少女の声だけはハッキリと聞こえた気がした。
その少女から貰った物を確認するのに手のひらを開く必要はなかった。
握りしめた拳からは銀色のスプーンがはみ出している。何の変哲もない先の割れたスプーンが。
83: 2021/06/24(木)16:06 ID:I9OmqLYR0(52/54) AAS
顔を上げて信号の向こう側を見る。
降り注ぐ豪雨は更に勢いを増して、ほんの先の一メートル程度も見れない程に強かった。
それでも、それでも。彼には、彼女は笑っているのだろうと。あの頃と変わらない笑顔で優しく笑っているのだと。
彼女に言わせれば、これがテレパシーってやつなのだと。根拠はないけど強く、強く思えた。
そうして彼は、水溜を踏みしめて走って行く。
夏はもう、すぐそこにあった。
84: 2021/06/24(木)16:07 ID:I9OmqLYR0(53/54) AAS
終わりです
ありがとうございました
85: 2021/06/24(木)16:14 ID:I9OmqLYR0(54/54) AAS
タイトルのぴーぴーかんかんは映画業界で使用されていた用語で
「快晴」って意味らしいです
86: 2021/06/24(木)18:44 ID:ubxzPR4F0(1) AAS
乙でした
ユッコでこういう切ないストーリーってのは珍しい
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