【にじさんじ】社築「家族旅行は異世界で」 (38レス)
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1: [saga] 2020/09/20(日)12:50 ID:DMraZkfV0(1/14) AAS
 非現実を目の当たりにしたプログラマーの、第一声はなんとも彼らしいものではあった。

「ロープレのラスボス戦とかで見たこと有るな、ここ」

 率直な感想をつい口にしてしまうのは配信者としての性なのか。独り言ばかりが多くなる、とは普遍のストリーマー間における話題ではあった。社築は溜息を吐く。

「お陰で生きにくいんだわ、マジで」

 配信に乗っけている訳でもねーのに、と続ける。彼は初め、その身が置かれた状況を夢と断じて疑っていなかった。
省16
2: [saga] 2020/09/20(日)12:55 ID:DMraZkfV0(2/14) AAS
 一日は二十四時間しかないのに実質三十時間働く。それを一週間続けたのだから過労死は誰の目にも――もはや本人の目にすら明らかな論理的かつ極めて現実的な帰結であった。それはつまり、社には正しく「笑うしか」残されていないことを意味する。

「はは……っていや、笑えねーし」

 より正確に言うならば、自分が今置かれた状況を夢だと強く思い込むことくらいは許されていたが。しかしながら、彼はここまで理性が鮮明な夢を明晰夢ですら見たことが無く、それは裏返って「これ」が紛れもない現実であると声高に訴えかけていた。

 今までに通ってきたどんな最新のゲームよりも解像度の高い、網膜に映り込む星明りは暖かくも冷たくも見える不思議な色をしている。いくつものそれと、虚空が彼の視界の全てである。他には何も無い。やけに殺風景な天国だった。

「いやいやいやいや、死んだとしてもここに永遠は流石に地獄でしょ。音ゲーくらい用意しとけよ、準備悪いな無能運営さんよォ」
省19
3: [saga] 2020/09/20(日)13:05 ID:DMraZkfV0(3/14) AAS
「社さん、だから何より先ずはご自愛くださいと言ったじゃないですか」

「……さーせん」

 ぷんぷんと擬音を口にしながら怒る女神の愛らしさに、社はすっかり精神を弛緩させ切ってしまっていた。それもそのはず、この女神はその類稀なる声質を買われてにじさんじに入ったのだ。社のようなドの付くオタクがやられない道理はどこにも存在してはいなかった。

「でも、でもですよ。モイラ様だって人のことは言えないんじゃないですかね。ほら、この間見ましたよ切り抜きで。振り返ったら一週間仕事しかしてないとかなんとか、愚痴ってたじゃないですか」

「アレは……わ、私のことは良いんです。それよりも今は社さんです!」
省11
4: [saga] 2020/09/20(日)13:10 ID:DMraZkfV0(4/14) AAS
「こちらをご覧ください」

 女神モイラが右手を振りかざすと何もない中空に映像が浮かび上がった。それはまるで近未来SF映画のようでもあり、そしてその有り得なさが逆説、尚更に社へと状況の非現実さを訴えかけるのだった。

「俺、ですね。これ、マジで死んでるんですか?」

 満員電車に揺られ、逃げ帰るようになんとか辿り着いた自室の椅子とテーブルに突っ伏したまま微動だにしない見覚えのある男の姿がそこには映し出されている。背後からの画角なので表情までは察することが出来ないが、しかし力の抜け落ちた両腕がテーブルの裾から投げ出されている様からは生気はどこにも感じ取れなかった。

 死んでいる、と言われれば納得しかねないほどに。
省11
5: [saga] 2020/09/20(日)13:21 ID:DMraZkfV0(5/14) AAS
 青年の問いかけにモイラは頭を押さえた。頭痛がする。自分が所属している事実も忘れて彼女は「にじさんじはこんなのばかりか」と嘆いた。

 話が早い、どころではない。

「……ぶっちゃけ、そうです」

 吐き出すように、告げる。その瞬間社築は吠えた。声にならぬ感情の奔流を、一匹のオスはただ音として喉から絞り出した。

 女神は天を仰ぐ。端正なるその額に青筋を立てながら。
省14
6: [saga] 2020/09/20(日)13:34 ID:DMraZkfV0(6/14) AAS
 そう、元はと言えば本人の不摂生が祟った結果であり、こればかりは誰のせいにも出来ないことではあったのだ。ただ、そんな現実は悔しさとは無関係で。

 やりたかったことはまだまだ有った。むしろこれからだったと言っても良い。心待ちにしていたフィギュアも来週発売だ。次にライブ配信しようとしていたゲームも既に買ってしまっている。死んでいる場合では無いじゃないかと、それを社はここに来て思い出した。

 社築はオタクの例に漏れず煩悩にまみれている。だが、その何がいけないというのか。悔いを残し過ぎて死んでしまった事実は冷静になればやはり受け入れがたい。

「……ただ、自業自得とは言え、それでもやっぱり悔しいですけどね」

「泣かないんですね、社さん」
省14
7: [saga] 2020/09/20(日)13:41 ID:DMraZkfV0(7/14) AAS
 モイラは言う。ごめんなさいと。微笑は崩さずに。人間の生と死は女神にとって日常でしかない。

「そうですか」

「生き返らせられません――私には」

 人間の生と死が日常でしかないのならば、奇跡も、取りも直さず恩寵すらもまた女神にとっては日常である。

「だから自力で生き返ってください」
省16
8: [saga] 2020/09/20(日)13:47 ID:DMraZkfV0(8/14) AAS
 実はも何も尊敬と畏敬の念を抱いて然るべきであった相手が同僚であったのだという事実と、その女神と対等かつフレンドリーな関係を築いてしまっていた意味の分からなさに社は困惑を隠せない。

「すんません、率直な疑問なんですけどどうして俺なんかにそこまでやってくれるんですか? だって、俺なんかただの下等な人間じゃないですか」

「何言ってるんですか」

 社にとって当然の疑問に、しかし女神はぴしゃりと。

「当たり前でしょう。仲間じゃないですか」
省12
9: [saga] 2020/09/20(日)13:56 ID:DMraZkfV0(9/14) AAS
「それで話を戻しますと。つまり、こんなところで死んでる場合じゃないんです、社さんは。いまさらスケジュールも配役も変更きかないので」

 青年にとってそれはありがたい話、のはずだった。しかしなぜだろうか。社にはもはや、モイラの言っていることが極まった社畜の同調圧力にしか聞こえなくなってしまっていた。

「酷ぇハナシだ……」

「え、社さん生き返りたくないんですか?」

「いや、生き返ることそれ自体は非常に助かるお話なので受けさせていただきたいと前向きに検討している所存ではありますが……ディティールが……ねえ?」
省13
10: [saga] 2020/09/20(日)14:10 ID:DMraZkfV0(10/14) AAS
 憂いの無い異世界転生が始まると決まってからの社は、その生来持つ慎重さを存分に発揮した。それは、ともすれば女神が引くほどに。

「魔剣所有者……これは無いな。剣が無いと一般人なのはウィークポイントがデカすぎる。魔術の素質……保留。どんくらい魔法が有用な世界か分からない以上、ここで判断はできない。すいません、モイラ様? 他にボーナス候補書いてある紙ってまだありません?」

「ええ!? まだ決まらないんですか!?」

 一つだけ、好きな転生ボーナスを持って行って良いと。そう異世界転生のオヤクソクを社に告げてから既に三時間が経過している。過去にモイラが同様に手引きした英雄たちがそれぞれに選んできたボーナスの履歴一覧を矯めつ眇めつ、青年はしかし一向に決める様子がない。

「正直、どれもチートレベルだからどれ選んでも大丈夫なことは私が保証しますよ?」
省10
11: [saga] 2020/09/20(日)14:21 ID:DMraZkfV0(11/14) AAS
「なら自分で考えたら良いじゃないですか、社さん」

「それも考えましたよ、勿論。ただ、ボーナスの振れ幅がデカすぎてどこまでが許されてどこからが『無理だ。その願いは私の力を超えている』ってなるのかの境界がこんだけサンプルスキル閲覧してもいまいち明瞭としないんですよね、俺には」

 面倒臭いゲーマーの筆頭は床に散乱したスキルカード群から目を離すことはなく妄言を続ける。

「どうせなら願い上限ギリギリのぶっ壊れ恩恵を所望する訳なんですが、なら例えば『即死チート』って出来ます?」

「無理に決まってるじゃないですか」
省10
12: [saga] 2020/09/20(日)14:28 ID:DMraZkfV0(12/14) AAS
 言われてみれば、確かに二度目は通用しないような、システムの穴を突くような内容ではあったか、と社は独り言ちる。

「え? でもモイラ様、ここに『火竜使役』ってスキルカード有りますよ? これ使役能力だけ……んな訳ないんですよね?」

「ちゃんとモンスター本体も着いて来ますよ。当たり前じゃないですか」

「当たり前……当たり前ですか……」

 さも当然と言う、その女神の顔を珍しくじっと見てしまう社。とは言え彼にとって人の顔をじっと見ることは本来非常に苦手とするところである。それが出来るというのはつまり、実際は焦点が女神の顔に合っていないことに他ならない。
省8
13: [saga] 2020/09/20(日)14:39 ID:DMraZkfV0(13/14) AAS
「社さんがどんな都合の良いことを考えていらっしゃるのかは知りませんが。ただ、よくよく考えないと無能力者で終わりますよ、それ」

「は? どゆこと?」

「知性の無いモンスターならともかく、知性も理性もあるものがおいそれと召喚に応じるとは思えません。その場合、社さんがさきほど言った通り『英雄使役』能力は持っていても実際に召喚された英雄はいないといった事態になりかねません」

「その口振りだと事前にここで召喚可能か確認していく事は出来ないんですね……良い考えだと思ったんだけどな、英雄召喚」

 ただしエクスは要らんけどな、と社は小さく口にする。
省9
14: [saga] 2020/09/20(日)14:46 ID:DMraZkfV0(14/14) AAS
「そこまで言います?」

「言いますよ。ついでに言っちまうと、この空間だってモイラ様がチョイスしたんでしょう? 俺がオタクだから。『分かって』っから。ぶっちゃけ『この〇ば』のオープニングリスペクト丸出しじゃないですか、ここ。この空間」

「だとしたら? なんなんです?」

「だとしたら俺はオヤクソクに則ってここにあるカードから能力を選ぶことは最初からしちゃいけないって事になる。突拍子もない提案をしなきゃいけないって事になる」

 だが、知っているだろうか。英雄は最初から英雄ではないということ。
省9
15: [saga] 2020/09/21(月)01:32 ID:7av7wDk10(1/6) AAS
 目を開ける。眼下に広がるはずの新しい世界を、風を肺いっぱいに吸い込むよりも早く、彼は電光石火で土下座をしていた。

「「「やしきずゥゥゥッッッ!!!!」」」

「この度は、本当に! ほんッとうにィッ!! 申し訳ございませんでしたァァッッ!!!!」

 そう、その愛する家族の姿を認めるよりもなお早く。それは人間の限界速度に挑んでいるようだった。

 とにかく謝罪だ。社築はこの状況を出来得る限り穏便に済ませる方法を他に知らなかった。誠心誠意の平身低頭、許されざる内容であることは分かり切っている。地面に頭を擦り付け妻に、そして子供たちに許しを請うに彼には何の躊躇もプライドも無かった。
省14
16: [saga] 2020/09/21(月)01:41 ID:7av7wDk10(2/6) AAS
 娘と息子は敏感に察する。あ、これのろけだ。喧嘩に見せかけたいつものやつが今日も始まったのだ、と。

 「儂だけで良かったであろうに」。その言葉の真意を察せられないのは実に当人とその相方ばかりであり、このままでは周囲は共感性羞恥を一方的に味わう事になるのであった。

「儂がファイアードレイクの姿で召喚されてなくて幸いだったな! 完全に頭に血が上っておったから、貴様の頭蓋など今頃地面と同化しておったであろうに!」

「お慈悲に心より感謝しておりますッ!」

「何か言い分は有るか、築ッ!」
省9
17
(1): [saga] 2020/09/21(月)01:51 ID:7av7wDk10(3/6) AAS
「いやいや、ARKじゃねえし。現実だし。とは言えその感想は俺にもワカル」

 姉弟は顔を見合わせる。二人とも、鏡映しのようにその顔は喜色満面である。そして声を合わせた。

「「冒険だァッ!!」」

 その目はきらきらと、まるで子供のように、宝石のように。幼いころにヒーロー特撮を、魔女っ子アニメを毎週追いかけていた時のように。

 それ以上の彩度で。
省8
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(1): [saga] 2020/09/21(月)02:12 ID:7av7wDk10(4/6) AAS
「ああ、なーるほろ」

 思っていた以上に母親を理解している弟に内心舌を巻くひまわりだった。その事に自分よりもともすれば大人なのではないか、姉としての尊厳が危ういのではないかという一抹の不安と、葛葉のくせに生意気だというジャイアニズムがムクムクと鎌首をもたげてくるのであった。

「なら、仲良く喧嘩させとくぅ? トムとジェリっとくぅ?」

「いや、俺腹減った。姉ちゃん、なんとかしてくれ」

 肝心なところは絶対に人任せにする末っ子気質はとても年相応とは思えないが、それが葛葉という少年――もとい吸血鬼の人となりだった。
省8
19: [saga] 2020/09/21(月)02:17 ID:7av7wDk10(5/6) AAS
>>17>>18の間

「後は……やしきずのためでも有るのかもな」

「ん、それはどゆこと?」

「分っかんねえかなあ、姉ちゃん。ここで滅茶苦茶に怒っておく事によって、父さんの持っているであろう俺たちを巻き込んだが故のなんっつーの……罪悪感? それにケリをつけてやろうっていう」

コピペミスです
20: [saga] 2020/09/21(月)02:18 ID:7av7wDk10(6/6) AAS
というわけで今後時折来て「ド葛本社×異世界転生」書かせていただきます
よろしくお願いします

今日はここまで
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