白雪千夜「私の魔法使い」 (111レス)
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63: 16/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:37 ID:ldlfMP+C0(63/110) AAS
 メインステージも大盛況となり、大きな余韻を残しながらアニバーサリーイベントは幕を閉じた。

 軽く挨拶回りをし――アイドルを引き継いでもらっている同僚には何度も頭を下げつつ――今は選抜メンバーの販売ブースのあった付近でベンチに座っている。

 出店が飲食物中心だったせいか、少しだけ散乱していたプラスチック容器のゴミがイベントの終わりを告げているようで、哀愁が漂っていた。

 ぼんやりと一日を振り返る。かつて受け持っていたアイドルも、今をついてきてくれるアイドルも、そうでないアイドルも含めてみんなが輝いていた。何度でも胸がいっぱいになる。

 しかしぼちぼちイベント会場から出ていかなくてはならない。事務所に戻ろうとベンチから腰を上げたタイミングで、千夜からメールの着信が入った。
省27
64: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:39 ID:ldlfMP+C0(64/110) AAS
16.5/27

「どんな話をしてるんだろうね、魔法使いさんたち」

 美嘉さんとアナスタシアさんをあいつと引き合わせるため、会場内に残されたあいつの足取りを追ってようやく突き止められた。
 2人ともあいつに会いたがっていたのは、態度を見ていて察するにあまりある。

 なんとか美嘉さんの今のプロデューサーに挨拶していたらしいことを聞きつけ、会場内に残っていると信じてスーツ姿を探し始めた。
 そう何度も呼びつけたくはなかったし、探していることを疑われるのも煩わしいので、見つけた時はほっとしたものだ。

 ……それにしても、プロデューサーという人種はいついかなる時もスーツのジャケットを脱いではならないのだろうか。事務所の方針? おかげで何度もぬか喜びさせられた。
省28
65: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:39 ID:ldlfMP+C0(65/110) AAS
17/27

 先に吉報を持ち帰ってきていたちとせと2人で、千夜の帰りを事務所の部屋でソファに座り待ちわびること数十分。噂の人は何一つ表情を変えずに帰還した。

「……戻りました」

「おかえり千夜ちゃん、どうだった?」

 ユニットを組むことが伝えられた直後の頃に何度か受けたオーディションでは、いくら落ちようが気にした素振りも無かった千夜である。
 とせはちとせで軽い貧血を起こしてしまったりと、体調を理由に振られることもあったので特に引きずってはいなかったが。
省23
66: 17/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:41 ID:ldlfMP+C0(66/110) AAS
「大変、よいことと、存じます?」

「ふっ、この程度の演技でも騙せるものなのか。勉強になりました」

「あっこら、俺を使って演技力を試すなよ!」

「あはは♪ 千夜ちゃんの勝ちー!」

 千夜を引き寄せて撫でくり回すちとせ。怒るつもりは毛頭ないが、その気も失せていく2人のじゃれ合いっぷりに微笑ましくなる。
省26
67: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:42 ID:ldlfMP+C0(67/110) AAS
18/27

 学校の用事でちとせが遅れるとの連絡が入り、千夜だけでレッスンをこなしていた。映画の撮影に向けてビジュアルレッスン重視のカリキュラムを行わせている最中だ。

 ちとせは体力こそついてきてはいるが体調によるところも大きく、ダンスレッスンの不安定さは諦めざるを得ない。それ以上にボーカルレッスンとビジュアルレッスンはトレーナーにも評判なほど上達が早いため、得意不得意がはっきりしてきた。

 一方千夜はというと、主人に振り回されて仕方なく事務的にレッスンをこなしていた頃とは雲泥の差で、優秀な子とちとせが語るのも頷けるポテンシャルの高さを発揮している。

 今は出来ることが増えていくことに喜びを見出したらしく、以前と比較してさらに吸収力が高い。
省21
68: 18/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:43 ID:ldlfMP+C0(68/110) AAS
「うん、だけどいつもちとせと一緒とは限らない。僕ちゃんとしてじゃない時のアイドル白雪――いった、ごめん! 口が滑った!?」

 うっかり禁句を言ってしまい、ぐりぐりと胸元を押し潰される。ちょうど懐中時計がしまってあったところを押されたため威力は絶大だった。千夜も手に違和感を覚えたようだ。

「そう呼んでいいのはお嬢さまだけとあれほど……。それより、何を隠し持ってるんですか」

「まあ気付いたよな……大したものじゃないよ」

 敢えて隠し通す理由もなく、慣れた手付きで懐中時計を取り出した。
 腕には時計も着けており、携帯電話だってある。このご時世にこんなものを持ち歩く必要はない。千夜もそれくらいはとうに察している。
省22
69: 18/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:44 ID:ldlfMP+C0(69/110) AAS
 先が長くないというのはちとせの自己判断でしかないとはいえ、未来は誰にもわからない。佳人薄命という言葉もある。か弱い身体で生きてきたちとせだからこそ感じる、迫りくる死への予感があるのかもしれない。

 千夜には先が長くないということを隠している手前、話題運びとしては二重に失態を犯している。どうにか切り替えなくては。

「……お嬢さまは」

 気まずい空気を打ち破るように口を開いたのは、千夜だった。

「いずれどなたかとご結婚なさるとかは、考えていないのですか?」
省23
70: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:46 ID:ldlfMP+C0(70/110) AAS
19/27

 悪い予感とはどうにも当たるように世界は構築されているのか、時間になっても事務所に訪れない2人を定期報告に来ていたちひろと待ち呆けていると、僅かな時間差でメールが2通届いた。

「ちとせちゃんからですか?」

「そうみたいですね、えっと……うおっ、千夜からもだ」

 まずはちとせの方から確認する。今日は行けそうにない、という旨の謝罪が書いてある。
 これだけでも十分だというのに、千夜からのメールはプロデューサーの想像力を瞬時に掻き立てらせた。
省16
71: 19/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:47 ID:ldlfMP+C0(71/110) AAS
 タクシーを降りたプロデューサーはエントランスのインターホンで千夜にロックを解除してもらい、晩餐会のあった夜を思い出して土地勘の薄い建物を進む。

 エレベーターで目的の階層に着くと、千夜の姿はなかった。部屋番号は覚えているし、2人で往復した記憶を遡れば迷わず真っ直ぐに辿り着いた。

 ノックすると、すぐにドアが開いた。いつもより生気は感じられないが、それは確かに見慣れた学生服姿の千夜だった。

「……来てくださったんですね」

 声まで覇気が無く、目を離せば消え入りそうな儚さが見ていて心苦しい。まるで今日、事務所に来れなかったのは千夜に原因があったかのようだ。
省21
72: 19/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:49 ID:ldlfMP+C0(72/110) AAS
 寝間着の上に何かを羽織っただけのちとせの姿は、もはや主しか見えていない千夜の影にほとんど隠れている。部屋から一緒に出てきた人がかかりつけの医者だろう。

 ちとせのような金髪の女性で、少なくとも日本人ではなさそうだ。古くからの知り合いなのだろうか。会釈をしてみると、事務的に返してくれた。

「お身体の具合はどうなのですか? ちとせお嬢さま!」

「あん、心配しないで。何でもないよ、すぐに良くなるから」

 落ち着かせるようにちとせは千夜の頭を撫でてやっている。その横顔を比べてみると、やはり千夜の方が顔色は悪い。どちらが倒れたのか勘違いしそうだ。
省21
73: 19/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:51 ID:ldlfMP+C0(73/110) AAS
「えっ」

「さっきは……その、私もどうかしていた」

 忘れろとは手を重ね合わせたことだろうか。それともちらりと見えたちとせの寝姿だろうか。

 私も、と言っているのだから前者であろう。その前提で千夜の話に耳を傾け直す。

「一番おつらいのはお嬢さまだというのに……独りになってしまった時のことを思い出すなんて……」
省20
74: 19/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:52 ID:ldlfMP+C0(74/110) AAS
 最後の微妙に聞き慣れたものじゃない響きの言葉が気になり、千夜の方を向いてみる。すると千夜もこちらを見ていたのか視線が合い、とっさに反対側へ向かれてしまった。

「……」

「……」

 なんだろうかこの空気は。助けてほしい、の真意もまだ千夜から聞けていないし、立ち去るにはまだ早い。

「あー、その……俺を呼んだのって、どういう?」
省15
75: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:53 ID:ldlfMP+C0(75/110) AAS
20/27

 頬を撫でていく風がすっかりと涼しいではなく寒いといえる時期になり、日が沈むのも早くなってきた。事務所の部屋の窓を閉め、ソファでくつろいでいたちとせと主人の世話をする千夜に改めて向き直る。

「どうかな、今年を締めくくる最後の舞台。スケジュールは調整してあるけど……」

 ちひろとも話していた、年末にあるイベントの件について2人に打診していた。

 他の事務所も交えたアイドルたちのLIVEパフォーマンスを競う大会、その新人戦にちとせと千夜を『Velvet Rose』として送り込みたい。個人での仕事も入ってきている中、そのためにレッスンを組まなくてはならなくなる。
省17
76: 20/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:54 ID:ldlfMP+C0(76/110) AAS
「入れ込み過ぎじゃないですか、プロデューサーさん」

 後日、定期報告に来ていたちひろがたしなめるように、プロデューサーへ忠告する。

 ちとせはオフ、千夜は現場まではついていったのだが外せない別件があり、途中で千夜を残して事務所へ戻らざるを得なかった。

 仕事が終わり次第帰るようにとタクシー代を渡してあるが、気になって集中出来ていないのを咎められたのかもしれない。

「ちとせちゃんも千夜ちゃんも放っておけないのは分かります。ですが……最近また、お顔が怖くなってきましたよ」
省25
77: 20/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:55 ID:ldlfMP+C0(77/110) AAS
 ちとせとはまた違った笑顔を絶やさないちひろだが、その笑顔がただただ無性に不吉なものだと第六感が告げてくることがある。まさに今がそうだった。

「……でも、必要な時は見逃さないであげてくださいね。それについては私も目を瞑りますから」

「前より一緒に居られなくなったはずなのに、どこから見てるんですか……」

「秘密です♪ それではそろそろ、私も行かないと。プロデューサーさん、失礼しますね」

 持参してきた資料の束をまとめ、席を立つちひろを視線で見送る。ドアの前でぺこりと一礼してから去ろうとするちひろの足が、ドアも半開きの状態で止まった。
省16
78: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:57 ID:ldlfMP+C0(78/110) AAS
21/27

 駅前とはまた鉄板な待ち合わせ場所だが、他に良い場所も思い当たらなかったので千夜と意見は一致した。

 そしてこれまた鉄板ではあるが、今日は学校帰りの千夜の買い物を付き合わされている。

 今頃ちとせはレッスンに励んでいるだろう。そんな中で事務所を抜け出して千夜と買い物とは、心が痛みっぱなしだった。

 しかしこれもちとせのためであり、そこだけは弁解の余地は残されている。今日買いに来たのは他でもない、ちとせの誕生日プレゼントなのだ。
省16
79: 21/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)20:58 ID:ldlfMP+C0(79/110) AAS
「いや、そうだよな……。格好を気にするよう口を酸っぱくしてたのも、とりあえず事務所に残ってた定番の帽子と眼鏡を渡しておいたのも、俺だ」

 学生服で気付いてもよかったはずだが、違う印象の色が加わるだけでこうも千夜とは結び付かなくなるとは。普段のトレードマークともなっている黒い手袋が無いのも大きい。

ファンに私服姿まで知られていることはそうないだろうが、普段のカラーを変えることも提案しておいてある。いつも黒い装いに身を包ませている千夜が赤いカーディガンとは、さすがに他の色の服も持っていたようだ。

「……これでお前も共犯だ」

 ちとせから黙って拝借したらしい。そのためのカバンか、事情が事情だけに千夜の苦悩が窺える。
省19
80: 21/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:00 ID:ldlfMP+C0(80/110) AAS
 褒められた人間のする表情にはとても見えない千夜だが、お世辞と取ったりしないだけマシにはなっていた。

 いや、そうではない。自己評価の低い人ほど誉め言葉を素直に受け取れず、何か裏があるのだと勘繰る傾向にあると聞いた覚えがある。

 千夜の場合は自己評価が低いどころか無だった。無の場合はどうなってしまうのだろう。

「……お前にはそろそろ、手の内を明かしてやるとします」

「え、なにそれ」
省28
81: 21/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:01 ID:ldlfMP+C0(81/110) AAS
 ちょっとだけ歩くのが速くなった千夜の後をついていくと、途端に急ブレーキが掛かり危うくぶつかりそうになる。

 何かを見つけたのか一点に集中された千夜の視線の先には、ゲームセンターのクレーンゲーム、の景品、の中にある千夜に教えた緑色の物体があった。似たような黒いのと桃色のまである。

「……ぴにゃこら太、実は気に入ってたの?」

「ノーコメントで」

「そこは素直になった方が得だぞ? どれ、ちょっとやってみるか」
省22
82: 21/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:02 ID:ldlfMP+C0(82/110) AAS
 これを誕生日に贈られて喜ぶ人もいないことはないのだろうが、少なくともちとせはそちら側ではない、ような気がする。千夜からの贈り物であれば別だが。

「違うって! 千夜にあげるってば。いらない?」

「私に厄介払いさせるつもりなら断ります」

「あ、そう? もしかして前持ってったやつ、捨てちゃった?」

「さぁ、どうでしょうね」
省12
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