Helleborus Observation Diary  (436レス)
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1: [saga] 2019/10/22(火)02:54 ID:ShxRzgitO携(1/74) AAS
【0】

 今となってはとても昔のことのようで、けれど歳月にしてみればまだ数年前の話。

 小学生の頃、かなりのお祖母ちゃん子だった私は、たくさんの時間をお祖母ちゃんの家で過ごした。
 自分の家がどちらかと聞かれたら答えを迷うくらい、朝も夜もそこに居続けた。

 両親が忙しそうにしていたことも大きな理由だけれど、やはり一番の理由は、私がお祖母ちゃんのことを好きで、なついていたからだろう。
 だから、お父さんの転勤が決まったときも、私は積極的に付いていこうとはしなかった。
省4
2: [saga] 2019/10/22(火)02:55 ID:ShxRzgitO携(2/74) AAS
AA省
3: [saga] 2019/10/22(火)02:56 ID:ShxRzgitO携(3/74) AAS
 私から見たお祖母ちゃんは、真面目で、すごく優しい人だった。
 褒めるときはちゃんと褒めてくれて、叱るときはちゃんと叱ってくれる。
 子供は子供らしくしてるのが一番と、口癖のように言っていた。私としては結構ワガママを言っていたつもりだったけど、それでも足りないというように世話を焼いてくれた。

 ああでも、コーヒーや紅茶には砂糖を入れて飲みなさいと言っていたのは、単にお祖母ちゃんの好みだったのかな。甘いもの好きだったし。
 お祖母ちゃんの影響を受けた部分も結構ある。性格については、多分そんなに似てない。私はだいぶ不真面目で、別段優しいわけでもない。

 似ているのは、食べ物の好みとか、そういう部分。甘いものは私も好き。辛いものは少し苦手。
 テレビはあまり観ない、本はそこそこ読む、夜に弱くて朝はそれなりに強い、つまり早寝早起き健康体。
 趣味も、ちょっとだけ影響を受けた。当時はあまり惹かれなかったものなのに、今では毎日のように触れている。

 嫌いなものは、そこまで、いや、まったくと言っていいほどなかったと思う。
省3
4: [saga] 2019/10/22(火)02:57 ID:ShxRzgitO携(4/74) AAS
AA省
5: [saga] 2019/10/22(火)02:58 ID:ShxRzgitO携(5/74) AAS
【1】



 目の前に差し出された小指。
 私のよりも、幾分か細くてしなやかなそれを視界に捉えながら、ついさっき言われた言葉を思い浮かべる。

 えぇと、私の聞き間違いじゃないよなあなんて思ったけど、できればそうであってほしかったけれど、それはまずなさそうだった。なにせ相手は目の前に座っているのだから。
 どう考えたって間違えようがない。ない、ないのだが、いや待ってくれ。隣に座っている友達と斜め前に座っている友達もご飯を食べる手が止まってる。
 けれど、この場にうまく言い表しがたい空気をもたらした帳本人は、私を含めた三人の困惑なぞなんのそのでにこにこ笑って、こっちを見ている。
省3
6: [saga] 2019/10/22(火)03:00 ID:ShxRzgitO携(6/74) AAS
 晩秋、風流っぽい言い回しをするなら、雪待月やら小春日和の候とでもいったところか。
 日が完全に短くなってきていて、なんとなく憂鬱さと物寂しさが入り交じった季節。外で息をすれば白が空に溶け、肌を刺す寒さが襲ってくる。

 今日は久しぶりの秋晴れで、こんな天気なら中庭に行ってお昼ご飯を食べるのが習慣になっていたけど、最近はもう毎日のように学食のお世話になっている。
 テーブルの上には各々の食事と、すぐ近くの購買で買ったプリンが置いてある。

 そして目の前に座っているのは、私の友達の一人。
 桃、と私は名前をそのまま呼んでいる。他にはももちんやらもももやらあった気がするが、いつの間にかお蔵入りしたようだった。
 思い返してみると、私は今まで桃に対してあだ名のような呼び方を一度もしていない。初めて名前を聞いたときから、ずっと桃のままだ。

 持ったままでいた箸を置いて、目を戻してから、桃に訊ね返してみる。

「あのさ、桃、もっかい言って」
省3
7: [saga] 2019/10/22(火)03:00 ID:ShxRzgitO携(7/74) AAS
 これねこれね、と桃は小指を立てたまま手をぷらぷらさせる。
 僅か数十秒前のことを忘れたわけではないだろうけど、桃に限ってはそうとも言い切れない。
 私がこのまま黙って待ってれば話し始めてくれる。……かな。結構ビミョーな感じがする。

「なんていうの、あまりものどうし付き合っちゃわない? っていう提案」

 桃がこういう時に続きを自分から話し始めるのは珍しい。
 それに言ってる内容まで珍しい。いやまあ珍しいって言葉は適切じゃないかも、この場合はなんて形容するべきか。
 少なくとも友達同士での日常会話で出てこないことはほぼ確実だと思う。

「あまりもの」

「そう、あまりもの」
省3
8: [saga] 2019/10/22(火)03:01 ID:ShxRzgitO携(8/74) AAS
 桃は小指を引っ込めて、少し悩んだように腕を組む。様子からして冗談を言っているわけではないようだ。
 ふゆと、で私に指を向け、わたし、で自分に指を戻す。それは分かるから、と伝える間もなく、

「栞奈ちゃんは、前から彼氏さんがいるじゃん」

 と私の横に座っている栞奈に話が飛んだ。

 栞奈は、多分私たち四人のなかで一番まともな女子高生。成績優秀で部活も真面目。文武両道を体現している優等生。
 それでいて真面目すぎるようなきらいはなく、メリハリが出来ているタイプで、何気ない所作に頭の良さを感じる。
 実際、制服もそれなりに着崩していて、スカートの丈も四人の中では一番短かったりする。

 そんな栞奈の「そうね」という返事で、ああそういえば彼氏がいるとかなんとか言ってたような気がしなくもないな、と遅れて思い出した。
 いつか写真を見せてもらったことがあった。印象は……特に覚えていないけど、仲は良さそうだった。付き合ってるなら当たり前か。
省2
9: [saga] 2019/10/22(火)03:02 ID:ShxRzgitO携(9/74) AAS
「お、おー。ありがとう」

 こっちはこっちで、戸惑った様子を少しも隠すことなく、私を見ながら返事をする。
 それもちらちらとではなく、じっと。特徴的な大きな瞳で、じぃーっと、見つめてくる。

 つかさのこういうところは、控えめな反応を向けてきている栞奈とは対称的に思える。
 感情の発露がストレートで、表情にも態度にも出やすい。細い身体と俊敏な動きも相まって、どこにいても目に付く。
 座っていると分かりづらいが、手足がそこそこ長い。身長はこの中で一番低いけど、クラスでは真ん中くらい。高校に入学してから一年のうちに何センチか伸びたらしい。

 あと、少し前に恋人が出来たらしい。
 テーブルの上のプリンは三つともつかさのものだ。細やかなお祝いとして三人から一つずつ渡した。

「伝わった?」
省3
10: [saga] 2019/10/22(火)03:03 ID:ShxRzgitO携(10/74) AAS
「どうかな?」

「いや、どうって言われても」

「楽しいと思うよ?」

 なんだか押しが強い。必死さとは違うけど、迂闊に流せもしないような。

「楽しい例をあげよ、楽しい例を」
省9
11: [saga] 2019/10/22(火)03:03 ID:ShxRzgitO携(11/74) AAS
「だって付き合ってたらもっと楽しい気がするし」

 なんて言いながら、「ね?」と桃はつかさの顔をちらりと見る。
 一瞬きょとんとして、何を思ったか「そうだぞー」とうんうん頷きを返すつかさ。めっちゃ流されて言ってる感が半端ない。

「ちょっとちょっと、ふつーに困ってるよ」

 ふわふわしたやり取りを見かねて、先ほどから静観していた栞奈が助け船を出してくれる。
 が、その先を続けるつもりはないらしい。デリケートというか、単に口を挟むのが面倒な話題だからだろう。

「あーそのー、大丈夫大丈夫。ちょっと驚いたのと、少し考えてるだけ」
省6
12: [saga] 2019/10/22(火)03:04 ID:ShxRzgitO携(12/74) AAS
 最初に聞くべきことはもっとあるはずだけど、単純に思ったことを口にしてみる。
 つかさの目はまだこちらを向いているけど、この際気付いていない振りをしよう。

「さっき言ったみたいなことだよ?」

「遊んだり?」

「うん、うんうん」

 またしても、ほわあ、と効果音が出ていそうなくらいに桃の顔がほころぶ。
 そういうことじゃなくて、と言いたいのはやまやま。困った顔でもしてみればいいのか。
省6
13: [saga] 2019/10/22(火)03:05 ID:ShxRzgitO携(13/74) AAS
「次の体育って、種目分かる?」

「マラソン」

「うわ」

「ふゆ、うそだよ。先週の続きで、自由時間だと思う」

 うだうだ話しながら、どっちもペースを速めようとはしない。
 もう遅刻確定だろうと思っているところに「一口食べる?」と今度は指ではなくスプーンが私に向く。
 マイペースというか、なんというか、こういうところはとても気が合うところだと思う。
省6
14: [saga] 2019/10/22(火)03:05 ID:ShxRzgitO携(14/74) AAS
 どうやら、提案すれば私は断らないだろうと確信を持っているみたいだ。
 桃は最近になって、こういうふうに私の振る舞いを読んでくることが多くなった。

「いいね」

 まあたしかに、断りはしないから間違いではない。
 
「ふゆはバド得意?」

「どうかな。あんまりやったことない」

 先週の体育は四人でテニスをした。
 クラスの人たちは体育館でぬくぬくドッジボールとかバレーをやっていたけど、つかさと桃の思いつきでそうなった。
省7
15: [saga] 2019/10/22(火)03:06 ID:ShxRzgitO携(15/74) AAS
「食べ終わったし、そろそろ行こっか。……あ、わたし片付けてくるね」

「お、ありがとー、やさしー」

 学食のおばちゃんとにこにこ会話してから戻ってきた桃と連れ立って廊下を歩く。
 他の生徒の姿はない。ちょっと急いだ方がいいのだろうか。桃の横顔を盗み見て、まあいいか、となった。

 ふと思ったけれど、さっきのアレもそういうことだったりするのかな。桃からだけってわけではないけれど、私は人に何かを提案されれば、まず断らない。
 自分でその何かを決めるのが面倒だから。ちょっと押されれば、割とあっけなく傾く。そういう自覚はある。
 それに頼まれることの希少さが拍車をかけている。私に頼み事をしてくる人なんてそうそういないのだ。

 だとすると……。
 いや、だとしても、とりあえずの感想はさして大きくは変わらない。
省1
16: [saga] 2019/10/22(火)03:06 ID:ShxRzgitO携(16/74) AAS
「んー……」

 そんなことを思ったがすぐに、ちょっと違うかも、と歩きながら頭を振る。
 階段に差し掛かったところで足を止めると、桃も同じように足を止め振り返った。

「どうしたの?」

 至近距離から私を見つめる、透き通った瞳。
 私より背が頭半分くらい高いから、必然的に見下ろされる形になる。

 一年と半年前、桃と初めて出会ったときに抱いた印象は、"綺麗な子"だった。
 どこが綺麗かっていうと、全体的に。サラサラの黒髪とか、すらっと伸びた脚とか、姿勢の良さとか。
 顔も……なんか、勝手に評価するのも悪いけど、品のある? 美人系? だと思う。
省5
17: [saga] 2019/10/22(火)03:07 ID:ShxRzgitO携(17/74) AAS
「……あ、これもちが」

 う気がする、と言いかけて、それも違うのではと心の中で指摘する。
 ちが? とこちらを窺う目に、いや、と即座に返す。

「……あーあのね、桃って歩きかたが綺麗だよね、って」

「え? え、え、っと……」

「それだけ。ごめんね急に立ち止まって」
省7
18: [saga] 2019/10/22(火)03:08 ID:ShxRzgitO携(18/74) AAS


「ふゆ、これからなにか用事ある?」

 六限の授業が終わると、桃が隣の席から話しかけてきた。少し眠気に誘われていたのもあって、ぐいんと伸びをしてから「んー特には」と返す。
 一応、あることはあるけれど。あまり大したことではないから、なにか用事があると言うなら、そっちに合わせることはできる。

 担任が教室に入ってきて、細かい連絡を済ませてお開きとなる。掃除当番は先週だったから今週は休みのはずだ。

 通学用の鞄に荷物を入れて、上着に袖を通しつつ横を向く。
 桃も同じように帰る準備をしてるところで、私の視線に気付くとすぐにこちらを向いた。
省4
19: [saga] 2019/10/22(火)03:10 ID:ShxRzgitO携(19/74) AAS
「そうそう、マフラーを新調したのです」

 桃は鞄の横ポケットに手をやって、くるくる巻かれているマフラーを取り出した。
 幅が広めで、どっちかといえばストールに近い気もするけど、生地は厚めだからどうなんだろう。違いが分からん。
 色は白っぽいベージュに何色かのパステルカラーが入っているもので、たまに桃が身につけているカーディガンと同じような色合いだった。

「巻いてくださりますか」

「えー、自分で巻きなよ」

「朝に練習したんだけど、上手く巻けなかったの」
省8
20: [saga] 2019/10/22(火)03:11 ID:ShxRzgitO携(20/74) AAS
「ありがとう。ふゆの巻き方にしてみたかったんだよね」

「ちゃんと巻き方覚えた?」

「ん、んー……」

 視線を落として、マフラーをぐいぐい。首を捻ってから私を見て、「まあまあ」と一言。
 絶対明日になっても覚えていない気がした。

 教室の掃除の邪魔になっていたので、そそくさと廊下に出る。窓から吹き付ける風はわずかに温い。
省11
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