相川千夏「青い麦」 (37レス)
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1: 2019/10/19(土)22:31 ID:HME+3Lfz0(1/35) AAS
「ねえ、ずっとしたかったことがあるんだけど、いい?」

 初共演の時、何回目かの練習が終わった後だった。
 
 控え室で私は台本を読み返しながら一連の流れを改めて確認していたときに、彼女は話しかけてきた。

 いつも快活な彼女にしては、珍しく控えめな口ぶりだった。

 どうしたの? と私が聴くと、もじもじとしながら――今思えば、とてもわざとらしいのだけど――ゆっくりとした足取りで私に近づいてきた。
省5
2: 2019/10/19(土)22:37 ID:HME+3Lfz0(2/35) AAS
 どうやら、やりたかったこととは、それらしい。

「ねえ、どうかなどうかな〜。眼鏡似合う〜?」

「ダメよ、度付きなんだから。目、悪くなっちゃうわよ」

「えー、平気だよー? お洒落には我慢も必要だしー」
省16
3: 2019/10/19(土)22:38 ID:HME+3Lfz0(3/35) AAS
 数日後、眼鏡屋の前を通りかかった私は、不意にあることを思いついた。

 店内に入ると、私はかけている眼鏡を指し示しながら、店員に尋ねた。

「これを度無しに作り替えることって、出来ますか」

 もちろん、と店員は答えた。
省7
4: 2019/10/19(土)22:40 ID:HME+3Lfz0(4/35) AAS
 目覚めた私を出迎えたのは、不愉快な私自身だった。

 膜が私の意識にまとわりついて、思考を鈍化させていた。膜には毒も含まれているのか、染み込むような痛みも伴って、それがますます私の回復を阻害してくる。

 一体ここがどこなのか、それすらすぐには分からなくて。

(……ああ)
省16
5: 2019/10/19(土)22:42 ID:HME+3Lfz0(5/35) AAS
 住んでいるマンションは1DKだけど、それぞれの部屋は広々としたゆとりのある作りだった。

 ダイニングの窓際には、書斎代わりのスペースがあった。壁際には本棚があり、ソファーとミニテーブルもあって。

 そこに彼女はいた。

 ソファーの肘掛の部分を枕にして体を丸めるように眠りについている。
省4
6: 2019/10/19(土)22:44 ID:HME+3Lfz0(6/35) AAS
「今何時?」

「今は……」私も確認していなかった。壁の時計を見て時間を伝える。まだ、早朝だった。

「大丈夫、学校関係とか、お仕事は?」

「今日は両方共お休みなのー」
省18
7: 2019/10/19(土)22:46 ID:HME+3Lfz0(7/35) AAS
 正直、朝は食べる気はなかったのだけど、唯ちゃんの為と思って簡単なものを用意する。私も胃になにか入れておいた方がいいだろう。

 近所で買ったクロワッサンが残っていた。トースターに二つ放り込んで、スクランブルエッグに焼いたベーコン。

 コーヒーメーカーから、甘いコーヒーの匂いが漂ってきた。

 私たちは向かい合って朝食をとった。
省16
8: 2019/10/19(土)22:48 ID:HME+3Lfz0(8/35) AAS
 化粧を落としてくれたのも、唯ちゃんだった。

「でも、そのまま残ってなくたって」

「部屋の鍵どうするの。開けっぱなしで帰るわけにも行かないじゃん」

「まあ、そうね」
省23
9: 2019/10/19(土)22:49 ID:HME+3Lfz0(9/35) AAS
 一度家に帰った唯ちゃんと、駅前で改めて待ち合わせをした。

 待ち合わせ場所には、少し早く来てしまった。読みかけの本も持っていたし、それを読みながら待とうか。

 本を取り出しながら駅から出てきたけど、人混みの中を歩いてくる輝く少女に気がついた。

 今朝とは違い、装いもかわり、伊達眼鏡をかけて。たぶん、それを取りに戻る意味もあったのかもしれない。
省21
10: 2019/10/19(土)22:51 ID:HME+3Lfz0(10/35) AAS
「やった! ほら、行こうよちなったーん!」

 嬉しそうに歩き出した唯ちゃんの後を、私も付いていった。

 歩きながら、私たちは近況を語り合った。唯ちゃんは、最近は友紀ちゃんとロケの仕事があったという。

「友紀ちゃんと一緒のロケも楽しいんだけど、はしゃぎすぎるんだもーん。食べレポとかそっちのけで野球グッズみたりしてさー。何度もビールを呑もうとするし」
省14
11: 2019/10/19(土)22:53 ID:HME+3Lfz0(11/35) AAS
 秋晴れの下、程よい気温。

 唯ちゃんは良い提案をしてくれた。歩くのにはもってこいの天気だったから。

 少し雲が出てるけど、それも風景のいいアクセントだった。

 寒いけど寒すぎず、身を縮めないで気ままに歩ける温度。微かに色めいてきた街路樹は艶やかに街を彩っていた。
省15
12: 2019/10/19(土)22:55 ID:HME+3Lfz0(12/35) AAS
 目的の駅とは逆の方向に、歩を進める。

 辿り着いたのは、小さな古書店だった。

 白いタイルの外装に入口にはプレートで作られた書店名がさがっている。入口脇のワゴンには特価品が並び、文庫や新書に混ざって洋書も置かれていた。

「こんにちは」
省22
13: 2019/10/19(土)22:57 ID:HME+3Lfz0(13/35) AAS
「ふーん、いいなあ。ゆい、海外の本なんか読めないもん」

「読みたい海外の本を探すのも結構大変なのよ?」

 洋書で読みたい本が、日本国内で手に入るならまだいい。

 でも古い本だとそうもいかないし、ネットで取り寄せるにしても、時間がかかったり、想像以上の値段になってしまうことも多い。
省19
14: 2019/10/19(土)22:59 ID:HME+3Lfz0(14/35) AAS
 店を出てから、もう少しその商店街を見て回ることにした。

 歩いているだけで、楽しくなるような商店街だった。

 新しいお店と古いお店が混じり合い、互いに切磋琢磨して活気ある空気を生み出していた。

 様々な所から芳しい香りが漂ってきて、小腹が空いてきてしまった。
省18
15: 2019/10/19(土)23:01 ID:HME+3Lfz0(15/35) AAS
 どうしたのだろう。唯ちゃんはよく自撮りをSNSにあげているのに。

 私も積極的にSNSは使っているけど、それでも頻度は唯ちゃんには遥かに届かない。

 クレープを食べながら商店街を通り抜けていく。少し道筋から逸れてしまったので、改めて地図アプリを見ながら進んで行った。

 そうしているうちに、お昼の時間になった。水族館までは、まだ少し距離がある。
省20
16: 2019/10/19(土)23:02 ID:HME+3Lfz0(16/35) AAS
 唯ちゃんはそのままスマホを操作していた。

 こちらの写真はSNSにあげるのだろう。

 でも、唯ちゃんの手は途中で止まると、スマホをうつ伏せにして机に置いた。

「投稿しないの?」
省8
17: 2019/10/19(土)23:05 ID:HME+3Lfz0(17/35) AAS
 それから、私たちはまた歩き出した。

 先ほどまで良い天気だったのに、いつのまにか空には雲が多くなり始めていた。

 秋の空は変わりやすいと言うけれど。それに合わせて、少しだけ気温も下がったように感じられた。

「曇ってきちゃったねー」
省11
18: 2019/10/19(土)23:07 ID:HME+3Lfz0(18/35) AAS
 電話を切った唯ちゃんが、 私の方へ戻ってきた。

「ゴメンゴメン」

「誰からだったの」

「えーっと、美嘉ちゃんだよ。ちょっとね」
省11
19: 2019/10/19(土)23:09 ID:HME+3Lfz0(19/35) AAS
 変だと思ったのだ、写真を撮ってSNSに上げないだけならまだしも、そのことを聞いた時、妙に歯切れが悪かった。

 上げられる訳がなかったのだ。

 本当なら美嘉ちゃんと約束をしていたのに、私と一緒だったのだから。

 先ほどの様子から、きっとなにか嘘をついていたのだろう。
省16
20: 2019/10/19(土)23:11 ID:HME+3Lfz0(20/35) AAS
 立ち止まった唯ちゃんの揺れる瞳が、私を射抜いていた。

「なんでそんなこと言うの? ゆい、無理なんか全然してない。ちなったんと居たいから一緒にいるの。ちなったんは違うの?」

「私だって、唯ちゃんと一緒にいるのは楽しい。けど、そういうことじゃ」

「どういうことなの? ねえ、どういうこと?」
省12
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