春を売る、そして恋を知る (28レス)
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1: [saga] 2019/08/18(日)22:49 ID:jc7g5yNHO携(1/5) AAS
高層ビルが並ぶ街並みの中で、一際高いタワーの上層階。そこに私の住処がある。
 
政治家や官僚、実業家に時には裏稼業の人たちも。俗に言う『ステータス』を持つ男たちに抱かれるのが、私の仕事だ。生まれた時から、それは宿命づけられていた。

私の上で、汗をかきながら腰を振っているのが今晩の客。この時間を過ごすためだけに、彼は一般人が一年かけて働くような額を支払っているらしい。一般人とかかわることがないから、あまり実感はわかない。

「気持ち良い……んっ……」

ウィスパーボイスで言葉を漏らし、足を彼の腰に絡ませる。こういう演技はオーナーに躾けられた。12で母を亡くした私を、彼は父親代わりのように育ててくれた。感謝しつつも、そのおかげで私はいよいよここから抜け出すことができなくなったわけだけど。

間もなく、男は果てた。汗で濡れた体をそのまま私の体に重ねてきて、不快感を隠すために演技のため息をついた。
省2
2: [saga] 2019/08/18(日)23:04 ID:jc7g5yNHO携(2/5) AAS
男を部屋から送り、しばらくするとオーナーが部屋にやって来た。

四十路を超えているはずなのに、見た目はそれよりも十は若い。すらっと伸びた手足にグレーのスーツが様になっている。テレビに映れば、俳優と思われても不思議ではない。

「お疲れ様、まどか。今日もいい仕事だったらしいね」

満足気に私かけた声色は、出来のいい娘に話しかけるものなのか、それともよく躾けられたペットに向けたものなのか分からない。

返事をしない私に「反抗期なのかなぁ」とわざとらしく肩をすくめて見せた。
省3
3: [saga] 2019/08/18(日)23:11 ID:jc7g5yNHO携(3/5) AAS
「つれないなぁ、せっかくの家族団らんでもと思ったんだけど」

拗ねた振りで、彼は舌打ちして見せた。

私には父親がいない。いないというより、誰か分からないということが正しいのかもしれない。私と同じ仕事をしていた母親は、誰の子かもしれぬ私を孕んでしまった。父親が分からないままに私はこの世に生まれてきて、そしてそれからずっと、このビルで育ってきた。

だから、このビルのオーナーである彼が父親というのも強ち間違いでないのかもしれない。母親の後を継がせると、小学校を出るころ(とはいえ、私は学校に通ってはいなかったのだけど。母が亡くなったタイミングでもあった)に私を働かせ始めた彼が真っ当な人間だとは思えないけれど、少なくとも私も真っ当な人間ではないのだろうし。

そんな彼が「家族」という言葉を使ってくると、少し耳を傾けてしまう自分が自分でも嫌いだ。
4: [saga] 2019/08/18(日)23:20 ID:jc7g5yNHO携(4/5) AAS
「まどかの好きな、チーズタルトを用意したんだ。良かったら、お茶でもしないかい?」

時計の針が指さすのは日付の変更後だというのに、この時間にそんな提案をしてくるなんて。抜け目ないようで、こういうちょっと不思議な面がある。

だから私は彼を憎めない。憎めきれない。

「……いいよ」

私をこの部屋に閉じ込めた男と家族であるということに。母親の跡を継がせると決めた男と一緒に暮らしているということに。
省4
5
(1): 2019/08/18(日)23:22 ID:ARHfS1OQo(1) AAS
きたい
6
(1): 2019/08/18(日)23:25 ID:HhbFP5PHO携(1) AAS
きたい その2
7: [saga] 2019/08/18(日)23:31 ID:jc7g5yNHO携(5/5) AAS
タルトを食べ終えると、彼はそれが当然のように私をベッドに誘った。その日一番の『仕事』をしたと評価した子を、一日の最後に彼は抱く。

これが『家族団らん』なんて、鼻で笑ってしまう。

ユズさんはこの行為を心待ちにしていると言っていたけれど、私はどうしても好きになれなかった。私に本当の家族はいないと、改めて伝えられているようで。

オーナーの行為はいつも決まった流れで、それを守っていれば乱暴に扱われることも、不機嫌になることもない。まるで仕事のルーティーンであるかのように、彼は私を抱く。

愛情は無い。それでも、私はそれを拒むことができない。
省3
8: [saga] 2019/08/18(日)23:55 ID:Q++LUeiVO携(1) AAS
昨日の最後の仕事のせいか、翌朝は目が覚めるのが遅かった。既に時計の針は11時を回っていて、太陽の光が布団から出るように急かしてくる。

欠伸をしながら身支度をしていると、ドアホンが鳴った。ユズさんが「おはよう、お姫様」とモニター越しに挨拶をしていて、それを確認した私はドアを開場して彼女を招き入れた。

「おはよう、ユズさん」

ファンデーションを塗りながら彼女に挨拶をすると「まだ十代の小娘がお化粧なんかしちゃって」と茶化された。そういう彼女だってまだ二十歳になりたてだというのに、既にかなり大人びたメイクを纏っている。

「今起きたんでしょ? ブランチしようよ」
省2
9: [saga] 2019/08/19(月)00:06 ID:wMUcUiBSO携(1/4) AAS
彼女が甲斐甲斐しく食事の準備をしてくれている間に、私もメイクを終了させた。よし、と満足をしてメイクボックスの箱を閉じると、ユズさんから「ナイスタイミング!」と声をかけられた。

「さ、食べましょ」

今日のサンドイッチはたまごサンドとBLTという定番のものだった。私たちの部屋にはそれぞれキッチンも備えられているけれど、自炊をしている人たちがどれほどいるのかは分からない。私だって、ユズさんがこうしてお茶を淹れてくれる以外にはキッチンを使ったことがない。

手料理を作ってくれる唯一の存在で、オーナーが父親代わりならユズさんは母親代わりみたいなものだ……と以前話したら、「私はそんな歳じゃない!」と怒られたものだ。

「うん、美味しい」
省11
10: [saga] 2019/08/19(月)00:12 ID:wMUcUiBSO携(2/4) AAS
ひとしきりそれをやってしまうと、満足したのか「そうじゃなくて!」と話を転換させる。

「私たちだよ? 麗しい美女だよ? なのに恋の話の一つや二つ……あっても良いじゃない」

「ユズさんはオーナーのこと、好きなんでしょ?」

物好きだな、というのが率直な意見ではあるけれど口にはしない。

以前、オーナーに抱かれた後に自棄になったのか、酔っぱらったユズさんが夜中に私の部屋に押しかけてきたことがあった。
省8
11: [saga] 2019/08/19(月)00:19 ID:wMUcUiBSO携(3/4) AAS
「オーナーとは違うの?」

「オーナーには何ていうか……好きだけど辛い、でもやめられない! っていう感じかな。ほら、太るって分かってても夜中に甘いもの食べたくなっちゃう感じっていうか」

昨夜を思い出すような喩えに少し焦りつつも、それには納得してしまった。ダメだと分かったうえで、それでもやめられないらしい。とはいえ、それを人に対して抱くことが恋愛感情であるというのなら、やはり私にはそれが欠けているらしい。

「まどかはさ、良い人いないの?」

「いるわけないじゃない。会う男の人、みんなお客さんだよ」
省4
12: [saga] 2019/08/19(月)00:21 ID:wMUcUiBSO携(4/4) AAS
とりあえず今日の更新はここまでです。
前作があまりに長すぎたので、今作はできるだけ中編程度に収めたいなという願望。。

>>5
>>6
ありがとうございます。励みになります。
13: [saga] 2019/08/19(月)08:16 ID:NQ1K5SrnO携(1) AAS
それに、恋ってどんな感情か分からないもん。

かっこいい、優しい、いい人。それだけでは恋になり得ないなら、何を以て恋になるのだろうか。

「恋ってよく、わかんない」

そう漏らす私に、ユズさんは「ま、そのうちいい人が見つかれば分かるよ」と慰めるように言った。

「ユズさんにとって、オーナーは『良い人』なの?」
省8
14
(1): [saga] 2019/08/19(月)18:31 ID:NFiIwucU0(1/6) AAS
ユズさんはそう言ったけれど、そんな人に出会える気配はどこにもない。

それからも連日連夜、見知らぬ男に抱かれる、抱かれる。お互いに恋慕や愛情なんてものはない。欲を満たすために、仕事を果たすために裸になって絡み合う。

会う度に「可愛いね」「綺麗だね」と声をかけられるのも、私からのサービス向上を期待してのものでしかない。私はどうやら綺麗らしく、他の女の子より優先して男を回される。そして、そんな男達はこぞって私の容姿を賞賛する。ハルさんの方がよっぽど美人だと思うのに。

新しい客でも、何度も見た顔であっても、私のやるべきことは変わらない。彼らの欲とプライドを満たしてあげることだけだ。どんな相手でもそれは変わらない。美醜も年齢も資産も。

「はー、これまたえらい別嬪さんで」
省4
15: 2019/08/19(月)19:34 ID:NFiIwucU0(2/6) AAS
>>14
ハルさん→ユズさん
の間違いです。。
16: [saga] 2019/08/19(月)20:02 ID:NFiIwucU0(3/6) AAS
彼が部屋に入ると、私はいつも通り腕を組もうと彼の横に並ぶ。そっと彼の袖に触れた。

「あ……いや、そういうのじゃなくて」

そういうのじゃない、というのがどういうのじゃないのか分からないけれど、腕を組みたくはないらしい。

彼の希望を察して、私はそのまま並んで彼をソファに案内する。

「おかけになってお待ち下さい。あ、お飲み物はどうされます?」
省6
17: [saga] 2019/08/19(月)23:28 ID:NFiIwucU0(4/6) AAS
彼はそれを受け取って口に含むと、結構な量を一度に飲み干した。酔っ払ってしまうのではと私が心配してしまうくらいには、勢いよく。

ぷはぁ、とまるで演技のようにわざとらしく息を漏らして、彼は缶をテーブルの上に置いた。

そのタイミングで、私は彼の前に跪く。

「失礼します」

一声かけて、ベルトのバックルに手を伸ばしたところだった。
省8
18: 2019/08/19(月)23:36 ID:NFiIwucU0(5/6) AAS
「そうだよ。アイアム、ユアゲスト。私は、あなたの、お客さんです」

わざとふざけた素振りで彼は言った。

「それじゃなんで嫌がるの?」

ここがどこかを知らないはずがないのに。東京で、いや日本で最高の娼館と称されている中の、更に上層階に住む私。お金を払えば抱ける私をそうしたいと願っても、叶えられない人の方が多いともオーナーには教えられた。

なのに、私の目の前にいる男は、自ら私に会いに来て、なのに手を出そうとはしてこない。
省7
19: [saga] 2019/08/19(月)23:49 ID:NFiIwucU0(6/6) AAS
「したいわけじゃ……ないけど」

「じゃ、良いじゃん」

そして彼は再びビールの缶を手に取り、ぐっと煽って飲み進めた。どこか無理をしているように見えてしまうのは気のせいだろうか。

「えーと……まどかちゃん、は、何、えーと、好きなこととか趣味とかあんの?」

やたらと途切れ途切れな言葉を不審に思って彼の顔を見ると、もう真っ赤になっていた。酔っ払ってしまうには早すぎる気もする。お酒に弱いのであれば、ビールなんて飲まなければ良かったのに。
省10
20: [saga] 2019/08/20(火)00:05 ID:MEC1zLhn0(1/3) AAS
「なるほどタルト……どんなのが好きとかあるの?」

奉仕をしようとした時よりも嬉しそうに、彼は問いを重ねてきた。

タルトについてなら、いくらでも語ることができる。理想の生地感、甘さ、フルーツタルトなら何が良いか。

ユズさんじゃないけれど、私にとっての楽しみはそれくらいなのだ。

「へぇ……勉強になった。ありがとう」
省9
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