【ミリマス】人形の願い (51レス)
上下前次1-新
14: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:26 ID:o0P+gXsG0(14/49) AAS
「ですが、現場の皆さんから周防さんへの意識が切れた時です」
えっと……?
桃子、何か変なことしてたっけ。
思い当たるものがないんだけど。
「その時の空虚な表情が、今も脳裏にこびりついているんです」
いきなり頬っぺたを叩かれたような衝撃だった。
頭の中が真っ白になって、プロデューサーさんの言葉が呑み込めない。
「誰であれ、あんな表情をさせてはいけないと、私は思うんです」
省9
15: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:27 ID:o0P+gXsG0(15/49) AAS
***************************
あれは確か、泰葉さんと初共演した時のこと。
名前のある役が貰えたのは、それが初めてだった。
主演の泰葉さんに挨拶に行って、そこで聞いたんだ。
泰葉さんみたいになるにはどうすればいいの、って。
そのお仕事が貰えた時、お父さんもお母さんも喜んでくれたから。
もっともっと頑張れば、もっともっと喜んでくれるって、そう思ったから。
だから、天才子役、なんて言われていた泰葉さんに聞いてみたんだ。
「私みたいな人形には、ならないほうがいいよ」
省6
16: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:28 ID:o0P+gXsG0(16/49) AAS
それが分かったのは、ずいぶん後になってから。
周防桃子の名前が売れてきて。
メインの役も貰えるようになって。
子役っていうお仕事が分かるようになってからだった。
どんなに凄い演技ができても、子どもじゃダメなんだ。
だって、子どものワガママで迷惑をかけちゃいけないから。
スケジュールの遅れは、関係者全員に影響する。
現場や裏方はもちろん、場合によってはスポンサーにまで。
それがどういうことかを、ちゃんと理解してないといけないんだ。
省6
17: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:28 ID:o0P+gXsG0(17/49) AAS
そんな子ども、どこにいるんだろうね?
そんなの、見た目が子どもなだけの大人じゃない。
役という衣装を着せられて。
ポーズも表情も望まれるままに。
必要のない時は手を煩わせることなく。
……ホント、お人形さんだよね。
でも、桃子はそんなに嫌じゃなかった。
演技のお仕事は好きだし。
それ以外のことだって、プロとして当たり前のことだもん。
18: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:29 ID:o0P+gXsG0(18/49) AAS
でも一つだけ、損したかなって思うことがある。
桃子には、外で一緒に遊ぶような友だちがいない。
別に友だちがほしいとか、そういう話じゃないんだけど。
クラスのみんなには、桃子が別世界の人のように見えるみたいなんだ。
テレビに出るお仕事をしてるんだから、当然だよね。
それに、桃子にとってクラスのみんなは子ども過ぎるんだ。
別にみんなが悪いわけじゃないのは分かってるよ。
だって、子どもが子どもなのは普通のことだもの。
だから、桃子とみんなの間には壁があるんだ。
省1
19: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:29 ID:o0P+gXsG0(19/49) AAS
その壁は、桃子とその周りの大人との間にもある。
みんな、桃子のことをちゃんと見ないで子ども扱いするんだ。
確かに桃子は、お仕事の時は子どもっぽく振る舞ってるよ?
だって、桃子みたいな子どもが生意気なことを言うと、大人は気にするんだもの。
それで現場の雰囲気が悪くなったら、お仕事に影響しちゃうかもしれないじゃない。
大体の人は、そんな桃子の考えまでは理解してくれない。
目に見える分かりやすい姿だけで判断するんだ。
「ま、別にいいんだけどね」
そういうものだっていうことは分かってるし。
省1
20: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:30 ID:o0P+gXsG0(20/49) AAS
……でも。
時々考えちゃうんだ。
もし桃子が子役をやってなかったら、って。
クラスのみんなと普通に友だちになって。
休みの日にはみんなと一日中遊んで。
子ども扱いにモヤモヤすることもなくて。
そういう、ただの周防桃子だったらどうなってたんだろう、って。
子役として有名になっていくと、お父さんとお母さんは段々仲が悪くなっていった。
きっと桃子が、子どもらしくない子どもになっちゃったからだ。
省6
21: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:30 ID:o0P+gXsG0(21/49) AAS
***************************
よく分からない何かが頭の中を掻き回してクラクラする。
閉じた目を開くと、自分の靴が見えた。
視界がまだ少し暗い。
「私はアイドルのプロデューサーです」
静かな声だった。
なんでか分からないけど、スッと耳に入ってくる。
「私にできるのは、周防さんをスカウトすることだけです」
省8
22: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:31 ID:o0P+gXsG0(22/49) AAS
「失礼しますね」
プロデューサーさんが、テーブルに置きっぱなしになってた名刺を裏返す。
何か書いてるけど、これって……電話番号?
「縁が薄い相手の方が言いやすいこともありますから」
そんなことを言いながら、もう一度名刺を差し出してくる。
手書きの電話番号は、表にあるのとは違う番号だった。
個人的な番号、ってことだよね。
愚痴くらいなら聞きますよ、ってことなんだろうけど。
こういうことする意味、分かってるのかな。
省3
23: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:31 ID:o0P+gXsG0(23/49) AAS
「……アイドルの話は、前向きに検討させてもらいます」
「それは何よりです」
プロデューサーさん、嬉しそう。
単なる社交辞令なのに。
……うん。
でも、ちょっと違うかな。
正直に言って、アイドルへの興味はない。
でも、この人なら大丈夫かもって、そんな気がする。
何の保証もないけど。
省6
24: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:32 ID:o0P+gXsG0(24/49) AAS
***************************
プロデューサーさんは、桃子のことを心配してた。
会ったばっかりなのに。
きっと、アイドルじゃなくてもいい、みたいなことまで言おうとしてた。
桃子のことをスカウトしに来たのに。
でも、その言葉は聞きたくなかった。
最後まで聞いちゃったら、向き合わなくちゃいけないから。
時々感じてた疑問とか、不安とか。
そういう、ボンヤリとしたものがはっきりしちゃいそうだったから。
省4
25: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:32 ID:o0P+gXsG0(25/49) AAS
演技のお仕事は好き。
それはずっと変わらない。
じゃあ子役のお仕事は?
今はもう、すぐに好きって答えられなくなってる。
別に嫌いになったわけじゃない。
ただ、何かが邪魔して、簡単には答えられないんだ。
『その時の空虚な表情が、今も脳裏にこびりついているんです』
あの時のプロデューサーさんの言葉が耳に残ってる。
こうやって冷静になれて、気付いちゃったんだ。
省6
26: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:33 ID:o0P+gXsG0(26/49) AAS
「……人形、か」
いつか聞いた泰葉さんの言葉を思い出す。
泰葉さんは子役の時、自分を人形って言ってた。
でも、この前テレビで見た泰葉さんはそうじゃなかった。
人形なんかじゃなくて、泰葉さんだったんだ。
アイドル岡崎泰葉を演じてたわけじゃない。
それくらいは分かるもの。
桃子もあんな風になりたいの?
……分からない。
省8
27: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:33 ID:o0P+gXsG0(27/49) AAS
***************************
今日の収録は予定通りに進行したから、まだ時間はある。
でもやっぱり、待たせるのはよくないよね。
だって、桃子がお願いして来てもらってるんだし。
小走りでスタジオを出ると、もうプロデューサーさんは待っていた。
約束の時間まで、まだ三十分くらいあるんだけどな……
「遅れてごめんなさい」
「はは、仕事柄待つのには慣れてますから」
省6
28: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:34 ID:o0P+gXsG0(28/49) AAS
「……どういうこと?」
謝るくらいなら最初から言わなければいいのに。
ジト目でプロデューサーさんを見上げる。
ま、言い訳くらいは聞いてあげましょう。
桃子は優しいからね。
「今日も周防さんの仕事を見学してましたので」
……全然気づかなかった。
桃子、スタジオ内の人たちのことは一通り把握してたと思ってたんだけどな。
っていうか、それならそれで声をかけてくれればいいのに。
省9
29: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:34 ID:o0P+gXsG0(29/49) AAS
「ありがと、プロデューサーさん」
ともかく、桃子のことを考えてくれたお礼を伝える。
プロデューサーさんは目を丸くして頭を掻いてる。
別に変なことを言ったわけじゃないと思うんだけどな。
「あなたは……いえ、行きましょうか」
歩き出したプロデューサーさんの後について行く。
何を言おうとしたんだろう。
背中を見ながら歩いていると、すぐ近くの駐車場に着いた。
プロデューサーさんは後部座席のドアを開けてこっちを見てる。
省4
30: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:35 ID:o0P+gXsG0(30/49) AAS
車が走り出しても、しばらくの間は無言だった。
こういう時、どうやって話せばいいか分からない。
話を聞いてもらいたいって思ってたのに、声が出てこない。
膝の上の自分の手と、ミラー越しのプロデューサーさんの顔を見比べて。
何度か口を開いて、また閉じて。
そんなことをずっと繰り返していた。
赤信号で車が停まると、コポコポって音が聞こえてきた。
何だろうって顔を上げると、目の前に紙コップが差し出されている。
思わず受け取って、プロデューサーさんを見る。
省11
31: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:36 ID:o0P+gXsG0(31/49) AAS
「そういえばさっき、何を言おうとしてたの?」
自分でも驚くくらい、スッと言葉が出てきた。
信号が変わって、車がゆっくりと動き出す。
「さっき?」
「駐車場に行く前、何か言いかけてたでしょ?」
あの時のプロデューサーさんは、なんだか悲しそうに見えた。
驚いてるようにも見えたし、何かを我慢してるようにも見えた。
何でそんな顔をしたのか、桃子には全然わからない。
省4
32: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:36 ID:o0P+gXsG0(32/49) AAS
「周防さんは私が口にしていないことまで察していましたよね」
そうだったっけ?
でも、そういうのは当たり前だと思ってた。
現場でも、あいまいな指示しか出さない監督さんとかよくいるし。
「これだけ歳が離れていれば、普通はそんなことできないんです」
普通、っていう言葉が引っ掛かった。
それはつまり、桃子が普通じゃないってことだよね。
「そうならなければならなかった環境を思うと、ね」
省13
33: ◆Hnf2jpSB.k [sage saga] 2019/06/20(木)01:37 ID:o0P+gXsG0(33/49) AAS
――――――
――――
――
演技のお仕事が好きなこと。
子役のお仕事に迷いが出始めたこと。
お父さんとお母さんが、段々仲が悪くなってること。
岡崎泰葉さんのこと。
言わなくていいことまで言っちゃった気がする。
だってプロデューサーさん、相槌打つの上手なんだもの。
省3
上下前次1-新書関写板覧索設栞歴
あと 18 レスあります
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル
ぬこの手 ぬこTOP 0.128s*