役人「君と世界に花束を」【ガルパンSS】  (63レス)
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32: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)10:05 ID:DcA3DrBQ0(32/53) AAS
◇◇◇

「しかし例外があるはずです」

 スポーツ庁の長官室で辻は粘り強く訴えていた。

「スポーツ関連に限った法案では、長官の承認だけで内閣法制局の審査に付すことができる。それが不文律でしたね?」

「それは、そうだけどねぇ、審議官……」
省7
33: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)10:07 ID:DcA3DrBQ0(33/53) AAS
「あなたはてっきり戦車道が嫌いなんだと思っていたけれど……」

「嫌いですよ。あんなやかましくて野蛮な競技」

 辻の眼鏡のレンズがキラリと光った。

「ですがそれ以上に譲れないものがあるのです。まあそれは私的な案件なんですが……あなたにもあるでしょう、長官?」

「む……」
省6
34: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)10:09 ID:DcA3DrBQ0(34/53) AAS
◇◇◇

「はぁ……どう思う? これで良かったのかしら」

 辻が礼をして出て行ったあと、スポーツ庁長官は隣室に控えていた人物を呼び出した。

「グッジョブベリーナイスです、長官。いえ、先輩とお呼びすべきところでしょうか」

「それはもうやめて頂戴。私は辻さんと心中する気なんて無いんだから。今日だってあなたにアレを見せられなかったら、判を押したりしなかったわ」
省7
35: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)10:12 ID:DcA3DrBQ0(35/53) AAS
<二月>

ラッシュアワーよりやや早い時間帯、寒々しい冬空の下。JR有楽町駅近くの路上で、スーツの上にねずみ色のコート姿の辻は人ごみに紛れるように佇んでいた。

目の前の東京国際フォーラムには、緊張した面持ちの女子中学生たちが白い息を吐きながら吸い込まれていく。

全国高校入学試験。志望する学園艦にかかわらず全国で一律に開催される試験会場の一つであった。辻の視線の先には、揺れる短めのポニーテール。かつての幼げな編み下げだったときと比べて、ずいぶんと背が高くなった。跳ねるようだった足取りも、いつの間にか年齢相応の落ち着きを備え始めているようにみえる。

 辻は声は掛けなかった。ただ後ろ姿を見守るのみである。それが元妻との約束だから、というだけではない。
省6
36: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)10:13 ID:DcA3DrBQ0(36/53) AAS
◇◇◇

 さて大多数の人が、法律というのは国会で審議・承認されて成立するとお考えではないだろうか。それは確かに建前としては間違っていないのだが、日本のような議員内閣制における内閣提出法律案の実質上の承認・審議を担当するのは国会ではない。その過程は複雑で官僚や政治家以外の人間には理解困難な面が多いが、実質最終的な法案成立への承認が下されるのは内閣における閣議決定である。閣議で重要法案を国会に提出すると決定された時点で、党議拘束がかかる。与党多数でない『ねじれ国会』状態でない限り、その時点で大抵雌雄は決したのも同然なのである。

 本日は辻がスポーツ庁を経由して提出した法案の是非を決する閣議の予定が組まれていた。閣議自体は閣僚しか出席できないが、当然ながら文科省大臣を含めほとんどが戦車道の現状について豊富な知識を有しているわけではなく、事前に担当者がレク(チャー)を行う。

当然本件の担当者は辻廉太スポーツ庁審議官であった。
37: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)10:16 ID:DcA3DrBQ0(37/53) AAS
◇◇◇

「よう辻。ずいぶんやってくれたじゃないか。まさかこんな展開になるとはな」

 閣議室前の控室で待機している辻に声を掛けてきたのは、アルマーニのスーツにロレックスの時計の気障ったらしい男、Sである。

「ああ。正直言って俺も驚いているんだ」

 辻は無感動に答えた。
省9
38: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:18 ID:DcA3DrBQ0(38/53) AAS
「ずいぶん無駄なあがきをしたもんだな。内閣法制局を通過しただけでも大したもんだといっておくか」

 一転してSは冷たい目を向ける。

「おまえなりに省外に味方をつけようと努力してたみたいだが、そんなもん屁みたいなもんだ。おまえがどんな理想論を唱えようが、アメリカとついでに中国の機嫌が取れるんなら与党の連中はこぞって尻尾を振るよ。高校生のガキのスポーツ道具のラインナップがどうなろうと関心無いのさ」

 Sは辻から離した指を振りかざした。

「いいか、はっきり言っておいてやる。おまえらスポーツ庁がせこせこ作った法案は全部無駄だ。ゴミクズだ。与党も野党も財界も外務省も全部俺のプランに乗ってる。今更おまえがどれだけ演説ぶとうと負け犬の遠吠えだよ。風車に突っ込んでいくドン・キホーテそのものだ」
省11
39: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:21 ID:DcA3DrBQ0(39/53) AAS
◇◇◇

「確かに、戦車道をスポーツとしてとらえた場合、双方の車両数や車両性能を揃えた方が校正だという意見には一理あります。取り回しの利きやすいアメリカ戦車の方が生徒学生の教育面では向いているという意見も大筋は間違っておりません。しかし」

 閣僚たちとそれを補佐する官僚たちの前で、辻は最後のレクを行っていた。

 Sは教育局長として同席はしているものの、何も言わないというか、言えない。形式上は文科省の承認を得て提出された法案なので、それに反論を唱えては文科省の体面が保てず大臣の顔に泥を塗ることになるからだ。

 それに反論などする必要もなかった。
省8
40: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:23 ID:DcA3DrBQ0(40/53) AAS
「もちろん廃校の件を除いても今まではあまりに各校の自主努力に負担を強い過ぎました。これからは行うべき補助は行い、各校の特徴や個性を伸ばす形での運用を──」

(まさか海千山千の政治家や官僚たちが辻のご高説に感銘を受けて密約を翻した、とでもいうのか? まさかまさかまさか、そんなバカなことが──)

「──以上になります。ご清聴ありがとうございました」

 ついに一言も反論もないまま、レクが終了してしまった。ぱらぱらと遠慮がちな拍手まで上がる。

「ではこの件はそういうことで──」
省2
41: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:24 ID:DcA3DrBQ0(41/53) AAS
◇◇◇

「待て!──待て、辻ぃ!!」

 大役をどうにかこなし終え、さすがに疲労した辻が廊下へと退出すると、必死の表情のSが追いすがって来た。

「どういうことだ! おまえ、何をした! 汚い手を使いやがったな!?」

「言いがかりはよしていただきたいね」
省6
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(1): ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:26 ID:DcA3DrBQ0(42/53) AAS
◇◇◇

  話はその前日に遡る。与党第一党総裁である内閣総理大臣が、公邸にて夫人と共に夕食を摂った後のことである。

「ねえ貴方。お話があるのですけれど」

 嫌な予感がした。そもそも公邸に戻ったときから夫人の目つきに尋常ならざる光が見え隠れしていたのである。

「何かな」
省7
43
(1): ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:27 ID:DcA3DrBQ0(43/53) AAS
「あの頑張ってる女の子子たちの戦車を取り上げて新しい戦車を無理やり押し付けようだなんてとんでもない侮辱ですわ、私絶対に許せませんからね」

「お、おいおい……ちょっと待って」

「いいですか、もしあの子たちの戦車を守る法律が通らないのなら、私断固として『行動』させていただきますから」

「待ってくれ待ってくれわかった!」

 その鋼のように剣呑に光る視線を見た途端、妻が間違いなく本気だと悟った総理は必死で両手を差し出し、降参のポーズをした。
省5
44: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:29 ID:DcA3DrBQ0(44/53) AAS
◇◇◇

 かつて戦車道は『乙女の嗜み』と称され、良家の子女たちにこぞって履修されて隆盛を誇ったという。

その乙女たちはどこへ行った? 戦車道の斜陽とともに歴史の幕間へと消えてしまったのか?

否である。

かつての戦車乙女たちは今では良家の妻として、母として。日本を牛耳っていると信じている男たちの、その首根っこを押さえていた。
省6
45: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:32 ID:DcA3DrBQ0(45/53) AAS
 児玉七郎が発案し、蝶野亜美が主導して(もちろん自衛官が関わったことは極秘で)作成されたPR動画は内容としてはそれほど大したものではない。これまで出回っていた動画には無かった、連盟が保管していた各種映像を追加し、さらに辻が企画している法案とそれが通過しなければどういう事態になるかを簡単に解説したものだ。

 ネットで流すだけでは効果は薄いと考えられたためスポーツ庁長官のコネを使ってテレビ局に送り込まれた動画は、法案審議の直前の時期になりワイドショーで紹介され、大変な反響を呼んだ。ネットに疎い往年の戦車道少女たちの元に、初めて西住みほたちの戦いと新たに迫る政治上の窮状が伝えられたのである。ぎりぎりのタイミングではあったが、辻たちは賭けに勝った。

 閣僚も文教族含めた与党議員も財界人も野党議員たちも、普段亭主関白を気取っている男たちですら、女たちが煌めかせる鋼の視線の前には逆らえなかった。動画は、彼女たちの魂の奥底に沈んでいた熱い何かを呼び起こしたらしかった。

 巨大な風車に通せんぼされて途方に暮れていたひょろひょろのロートル騎士の後ろから、ありったけの徹甲弾をぶち込んで粉々に撃ち砕いたのは、ずらりと並んだかつての戦車乙女たち。要約すれば、たったそれだけの話なのであった。

 文科省のドン・キホーテと呼ばれた男は、確かに幸福ではなかったかもしれないが、さりとて後悔もしていなかった。間違っていようがいまいが、己の道を突き進んでやりきった人間というのはえてしてそういうものである。
46: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:34 ID:DcA3DrBQ0(46/53) AAS
「何故だ……何故俺が負ける……俺は文科省を、文科省で天下を取ってやるはずの男だ!それなのに、何故だ!」

 その驕りが敗因だよ、と辻は心の中でSに答える。

 世界はおまえのものじゃない。もちろん自分のようなポンコツのロートルのものでもない。官僚たちのものでも、政治家たちのものでもない。強欲な大統領閣下のものでもないし、傲慢な共和国主席のものでもない。

 辻の目の前のモニタを、西住みほたち、戦車道に生きる少女たちが駆けていく。チャンネルを変えても、どうやら他の局でも繰り返し彼女たちの雄姿が放映されているようだった。

 どう考えても今さらだし面映ゆいし、もちろんこんなことを口に出したりは、絶対にしないが。
省5
47: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:38 ID:DcA3DrBQ0(47/53) AAS
「どうしてくれる! アメリカの通商部にはどう言い訳すればいいっていうんだよ! 中国体育委員会には!?」

 幻想に浸っていた辻に、Sがまた詰め寄ってきた。折角の高級スーツがぐちゃぐちゃに乱れている。その手のスマホからは英語らしいわめきたてる声と、つぎつぎと入るキャッチホンの音が響いてくる。それにしても忙しい男であった。

「そこまでの義理はないんだが……利用するためとはいえ一度は俺を助けてくれたわけだし、昔使った便利な言葉を教えよう」

 辻はついっと眼鏡のブリッジを押し上げた。

「“口約束は約束では無いでしょう”。そう言ってみたらどうだ?」
省1
48: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:41 ID:DcA3DrBQ0(48/53) AAS
<三月>
後は特に追補すべき事項はない。法案は閣議で承認され党議拘束を受け、衆参議院を何事もなく通過してスピード成立した。

◇◇◇

「辻審議官。何を見てらっしゃるんです?」

「いや、その……花をね」

 法案成立に尽力したスポーツ庁職員たちとささやかな祝賀会へと向かう道の途中。夜も遅いというのに開いているフラワーショップを見つけ、辻は思わず足を止めていた。
省10
49: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:44 ID:DcA3DrBQ0(49/53) AAS
<4月>

「西住どのーっ! こっち、こっちです! 見てくださいよぉ!」

「えっ、えっ、あの私、まだ新一年生のみんなに挨拶の途中で……!」

 新学期、大洗女子学園。

 本来だったらは記念すべき新入生を迎えての最初の授業になるはずの日。
省9
50: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:48 ID:DcA3DrBQ0(50/53) AAS
「アネモネ、コスモス、マリーゴールド、桜、胡蝶蘭……」
 
 五十鈴華が首を傾げながら花の名前を数え上げる。

 まったく季節感も統一感もない、花の種類などにはとことん無知な人間が手当たり次第に選んだような色とりどりの花々。車体といわず砲塔といわず履帯といわず、それでも置き場が足りなくて砲身の中にまで花を突っ込まれたポルシェティーガーは、まるで両手で抱えきれないほどの花束を持って少女たちを出迎えているかのようであった。

「もしかして私の熱烈隠れファンが贈ってくれたんだったりしてー! ついに私モテ期が来ちゃったのかなぁ!?」

「そんなわけがあるか。……でもまあ、こういうのは別に、悪くない」

 やだもー、と身体をくねくねさせる武部沙織に突っ込んだ冷泉麻子が、清楚な佇まいの白いオリーブの花を取り上げてわずかに口元をほころばせる。
省11
51: ◆663LzicDVs [saga] 2017/07/30(日)10:53 ID:DcA3DrBQ0(51/53) AAS
※一年後、NSHT工房と改名された民間戦車工場は【学生戦車道の保護と育成に関する法律】の下に数台のポルシェティーガーを生産。実際に戦車道競技でも運用された。

※※スイートピーの花言葉:ほのかな喜び、優しい思い出、別離、門出。
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